生物学的ダイオキシン分解技術の開発研究

文献情報

文献番号
199900682A
報告書区分
総括
研究課題名
生物学的ダイオキシン分解技術の開発研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
平石 明(豊橋技術科学大学エコロジー工学系 教授)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木 慈郎(豊橋技術科学大学エコロジー工学系 教授)
  • 薮内 英子(愛知大学 客員教授)
  • 鈴木 晋一郎(大阪大学大学院理学研究科化学専攻 教授)
  • 河原 一芳(北里研究所基礎研究所 室長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、平成10年度の当該研究事業「ダイオキシンの生分解機能の探索と特性評価」の研究結果を踏まえ、あらたに設定した3年計画の研究事業の1年目にあたる実験調査である。本研究の最終目標は、微生物の分解活性を利用したダイオキシン汚染環境の汚染除去と修復のための生物学的技術の確立であるが、本年度は、単一菌によるダイオキシン分解の特性評価と、環境中のダイオキシンの消長と微生物動態に関する知見を得ることを主な目的として研究を行った。すなわち、ダイオキシンのモデル化合物としてジベンゾ-p-ジオキシン(DD)、ジベンゾフラン(DF)、ビフェニル(BP)を取り上げ、スフィンゴモナス(Sphingomonas)属細菌の中で比較的強い分解性を示す特定菌種について、また類縁の好気性光合成細菌菌種について、それらの分解特性を調べた。環境調査においては、ダイオキシン汚染土壌やコンポスト中に潜在するであろうダイオキシン分解微生物群集の動態を追跡し、それらとダイオキシン生分解機構の関係に基づいて、実際に生物学的修復技術として機能するアプローチを考察した。
研究方法
平成10年度の研究事業に引き続き、ダイオキシンモデル化合物DD、DF、BPの分解試験には、スフィンゴモナス属の既知菌種およびその他のプロテオバクテリアα-4グループに属する光合成細菌菌種を用いた。無機塩培地にヘプタメチルノナンに溶解したダイオキシンモデル化合物を加え、菌を好気的に培養した。生育は濁度で測定し、培地中のモデル化合物の減少はHPLC分析で追跡した。また前年度同様にモデル化合物分解に関わるジオキシゲナーゼ系遺伝子をPCRで増幅分離し、サブクローン化後塩基配列を決定した。環境微生物群集とダイオキシンの消長との関係は、平成10年度に調査した大阪府豊能郡能勢美化センター付近の土壌と生ゴミ処理過程で生じるコンポストを材料として調べた。汚染土壌およびコンポスト中のダイオキシンはGC/MS法で測定した。環境試料中の微生物群集の量的、質的動態はキノンプロファイル法を用いて行った。キノンの同定はLC/MSを用いて行い、キノンプロファイルの数量解析にはBioCLUSTプログラムを用いた。
結果と考察
本年度は次に掲げる主要5テーマについて研究調査を行った。項目ごとに結果を示す。
1.モデル化合物を用いた分解の特性評価(スフィンゴモナス属細菌)
本属細菌の中で比較的強いDD, DF分解活性を示すSphingomonas sp. RW1株をさらに精査した結果、他のどの菌種とも分類学的に異なることを再確認した。本株に対しては、分類学的も環境バイオテクノロジーへの応用を考える上においても種名を与えておく必要があると考え、Sphingomonas wittichiiの新種名を国際誌IJSEMに提唱した。
他のスフィンゴモナス属細菌ではSphingomonas yanoikuyaeがS. wittichiiに匹敵するDD, DF, BP分解活性を有することが明らかとなった。本菌はS. wittichiiとは異なり、DF分解時に黄色の水溶性色素を産生した。この黄色物質は従来知られているS. wittichiiの分解代謝産物のいずれとも異なった。したがって、S. yanoikuyaeはS.wittichiiとは異なる分解経路を持つことが示唆された。S. yanoikuyaeからこれらの分解に関する遺伝子の分離を試みた結果、まずBP分解酵素の遺伝子のクローニングに成功し、その一次構造を明らかにした。
2.モデル化合物を用いた分解の特性評価(好気性光合成細菌)
スフィンゴモナス関連好気性光合成細菌についてダイオキシン分解機能を調べた結果、Blastomonas, Erythromonas, Erythrobacter属細菌には分解活性、分解遺伝子ともに認めらなかった。平成10年度の知見を基に、Porphyrobacter属に類縁する"Agrobacterium sanguineum"から分解遺伝子の取得を試み、BP 分解遺伝子のクローニングと一次構造解析に成功した。この細菌S. yanoikuyae同様、DF、BP分解時に黄色色素を生産した。
3.細胞表層構造とダイオキシン分解の関係
スフィンゴモナス属細菌のダイオキシン透過性、分解性と細胞表層構造との関係を明らかにするために、S. wittichiiやS. yanoikuyaeを対象として細胞表層に存在すると考えられるスフィンゴ糖脂質の構造を調べた。その結果、S. wittichiiには他の典型的なスフィンゴモナス属細菌と同様なスフィンゴ糖脂質が存在することが明らかとなった。これらを標的としたRNAアプタマーの作成に現在着手している。
4.汚染環境調査
平成10年度完了の当該研究事業の結果を踏まえ、大阪府能勢町の汚染土壌のダイオキシン濃度と微生物群集との関係について再解析した。調査土壌のダイオキシンの再分析結果から、土壌を高汚染土壌 (>1,430 pgTEQ/g)、中度汚染土壌 (562-806 pgTEQ /g)、および低汚染土壌 (<56 pgTEQ/g)に分けることができた。キノンプロファイルからみた微生物群集構造は明らかに高汚染土壌と低汚染土壌では異なり、キノン組成の違いを表すパラメータ非類似度は両者間で20%を越えた。すなわちダイオキシン汚染の影響による微生物相の変化(微生物生態系への影響)が考えられた。採取した高汚染土壌に、オートクレーブしたコンポストを有機栄養源として与えたものと与えないものとを実験室内で3カ月間インキュベートしたところ、コンポストを与えた系のみダイオキシンの減少が認められた(4塩化以上の多塩素化DD/DF (PCDD/F)の総量として22%減少)。この場合OCDD/Fは一定の速さで減少したが、HpCDD/Fは見かけ上あまり変化がなかった。TCDD/F、PeCDD/FはOCDD/Fと同様に減少したが、2ヶ月経過したところで減少は見かけ上止まった。これらの結果から、PCDD/Fの減少は、汚染土壌に存在する微生物群集による還元的脱塩素化反応によるものと推定された。一方高汚染土壌をDFで集積培養した場合には、DFを好気分解する細菌が分離された。キノン分析や16S rDNA解析から分離菌の多くはSphingomonas属と推定された。
5.生ゴミ処理過程におけるダイオキシンの消長
植木鉢を用いた簡易生ゴミ処理過程におけるダイオキシンの消長について調べた。10ヶ月間の生ゴミ処理で、生ゴミおよび処理資材から持ち込まれた総PCDD/Fの70%以上が分解された。この過程ではOCDD/Fの減少率がもっとも高く、TCDD/Fは逆に若干増加した。上記の汚染土壌の場合と同様に、ダイオキシンの初期減少は主に複合微生物群群集による還元的脱塩素化によって進行するものと推察された。
結論
本研究で明らかになったように、また既報にもあるようにDD、DF、BPの分解活性を有する微生物は多数存在する。しかし、PCDD/Fを分解できるものは今のところ、ごく一部の担子菌しか知られていない。これは単一菌を使う限りにおいてはダイオキシンの効果的分解がかなり困難であることを示唆している。一方本研究における汚染現場の解析によって、高汚染土壌には低汚染土壌とは異なる特有の微生物相が形成されており、その中の複合微生物群集はダイオキシン分解のポテンシャルを有することが示唆された。すなわち外部から有機栄養物を添加した場合、これらの微生物群集は還元的脱塩素化反応によって、PCDD/Fを低分子化することができる。これらの事実は単一菌を用いるよりも、複合微生物群集によってダイオキシン分解を行った方がより効果的である可能性を示唆している。すなわち、前半の脱塩素化を行う微生物群集と後半の酸化的分解を行う特定種の組み合わせによって、ダイオキシンを効果的に分解する技術が考えられる。この技術には、コストおよび実用的見地からコンポストの微生物群集を活用することも期待される。

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