バイオテクノロジー応用食品等の安全性評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900638A
報告書区分
総括
研究課題名
バイオテクノロジー応用食品等の安全性評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉倉 廣(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 達(国立医薬食品研究所)
  • 加藤順子(三菱安全科学研究所)
  • 熊谷 進(国立感染症研究所)
  • 斎藤衛郎(国立健康栄養研究所)
  • 河野陽一(千葉大学医学部)
  • 荒川宣親(国立感染症研究所)
  • 義平邦利(東亜大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
組み換え食品に関する安全性の議論が国際的に高まる中で、安全性に関する科学的評価と社会的な問題に対応する為の研究を行う。
研究方法
組み換え食品の安全性試験に関しては井上が担当、パブリックアクセプタンスに関しては加藤、アレルギーに関し河野、栄養学的見地から斎藤、組み換え微生物食品に関しては熊谷、薬剤耐性遺伝子の安全性に関し荒川、天然毒に関しては義平が担当した。
結果と考察
1. 組み換え食品の安全議論は複雑である。即ち、(1)完全に食べ物としての安全性、(2)環境影響、(3)宗教倫理観、が絡み合い、安全性論議としてなされているのが現状である。食品の安全性を論議していても、実際は「環境問題」の為に議論しているケースが見られる。貿易、国内農業保護、自然保護、反科学主義、等が錯綜している。
2. 科学は、食べ物としての安全性と環境影響は一応評価出来る立場にある。しかし、誰も経験した事のない事については、正確な事は分からない。特に、組み換え食品のように既に10年以上の食経験があるものについて更なる危険性の科学的評価が可能であるのか(意味があるのか)科学の立場からは疑問視される処である。
3. 環境評価については、小規模環境放出やモデルシステムを使用する事がなされている。又、薬剤耐性因子の組み換え植物から腸内細菌への伝達等が研究されている(荒川)。生きたままの微生物を食する場合のその微生物から腸内細菌へのプラスミドの伝達は十分予測される処であるが、それが確かに生体内で起こる事が証明された(熊谷)。
4. 組み換え食品の安全性の考え方
これについてはsubstantial equivalence (SE)と云う概念で安全性評価をする事がOECD、更にはWHO、FAOで提案されている。しかし、この概念について消費者団体、環境保護団体から疑問が投げ掛けられている。SEのそもそもの考え方は、「組み換え食品の安全性はその元となった従来の食品と比較すれば良い」と云う事である。しかし、日本では「実質的同等性」と訳された事も原因し、「改変したものが改変する前と同じであると云うのは可笑しい」と云う妙な議論となっている。
SEの根底にあるのは、「従来食されて来たものは完全に安全なものではない」と云うことである。殆どの植物は種類と量は異なるものの植物毒を持っている(義平)。現在食している植物は育種の長い歴史の積み重ねで毒性の低い収量の良いものとしてえられた産物である。わらびやセロリの安全性と米麦の安全性を同じ秤では較べられない。人がこれらを食する場合それぞれの毒性を十分理解し適度に食しているからである。米の代わりにセロリを食すれば1年もしない内に病気になるであろう。
従って、組み換え食品の安全性を評価するのに、絶対的な物差を期待するのは、そもそも理に沿わない事であるが、多くの安全性議論はこの点を見過ごしているように思われる。
従って、組み換え食品の安全性は従来食品との比較(即ち、SE)が基本である。
5. 以上の点に論拠し、食品安全性については急性、慢性毒性が評価されなければならない(井上)。慢性毒性に関しては、その食品全体を多量に食べさせる化学薬品の毒性試験のような方法には問題のあることがほぼコンセンサスになりつつあるように思われる。これは、投与自体により栄養のアンバランスが出てデータの解析が困難であること、逆に当該食品の量を栄養的にバランスよい範囲にした食品投与では差が出る可能性が無い事による。
急性毒性に関しては、一応検査可能であるが、組み換え食品として開発段階を終えたものにはこのような急性毒性のある食品は出てこない。
従って、組み換え食品に関する全体を食させる毒性試験は、科学的に困難である。
6. 組み換えにより、宿主に遺伝子が導入される。起こることは導入遺伝子の発現である。遺伝子により、2つの可能性が出る。
1)アンチセンスRNAのように細胞内RNAの鋳型活性を押さえるもの
2)遺伝子によりコードされた蛋白が出来る。その蛋白が
①他の蛋白を燐酸化、アセチル化等の修飾する場合(細胞の遺伝子調節に関わることが多い)。
②多糖類、脂質、mRNAを鋳型としないペプチド合成に関わる場合。
③アルカロイド、糖、脂肪酸等の低分子化合物の合成に関わる場合。
④蛋白が導入された細胞のどの蛋白とも相互作用しない場合。
が考えられる。アンチセンスの場合にはその蛋白が出来ないだけである。従って、それにより、他の遺伝子発現にも変化が出るにしても完全に新しい蛋白は出来ない。毒性学的には、その植物が本来コードしていた植物毒の有無を調べれば良いと思われる。導入遺伝子が蛋白をコードする場合については、1と4については、導入遺伝子のコードする蛋白の毒性のみを考慮すればよいが、2と3については問題がある。性格の分かった遺伝子を導入するので、可成りの予測は可能であろうが、蛋白のように決まった鋳型から出来るものではないので完全な予測は出来ない。ここは、組み換え食品の不確実性の一つである。
7. 遺伝子を導入するとランダムに宿主の染色体に組み込まれる。しかし、これ自体は問題ではない。組み込みの場所は正確に決められるし、その近傍の遺伝子配列、転写産物、それから翻訳される蛋白についても決める事ができる。
8. 遺伝子導入により全く訳の分からない事象が起こるのではないか、と云う懸念が示される事がある。この懸念の根拠は明確でない。従来の交配でも毒性の高いじゃがいも等が偶然得られる事も分かっており、育種においては重要なチェックポイントとなっている。遺伝子組み換え植物の開発においても従来の育種の経験に基づいて選択が行われている。不適当な組み換え体は当然育種から外される。前項の不確実性は確かに問題であるが、組み換え植物の作成、選択、交配等望む安定種の獲得に至る過程を考慮すると、明らかな危険因子は可成り除去されていくのではないかと思われる。
9. パブリックアクセプタンスについては、加藤が担当しメデイア関係者も含め討論会を行った。科学というものへの認識に違い、行政の現実の理解の違い等痛感させられることであったが、今後は科学者行政の人々が直接に市民と話し合う場を持つことが必要に思われる。フランスではルモンドがサポートし2000年1日も休まず、毎回45分講演、30分質議の講演会を博物館でやり4、5百人の講堂が一杯の大盛況である。来ているのは主に学生と老人である。ジャコブなど第一級の科学者が一般市民と直接に、組み換え食品は無論、試験管内人口受、クローン人間等、その技術的な進歩、倫理問題など可成り難しい問題について議論の場を持っている。今後の政策決定は、このような市民との対話なしには進まない状況にあると思われる。
結論
組み換え食品に関する安全性の議論が国際的に高まる中で、安全性に関する科学的評価と社会的な問題に対応する為に、組み換え食品安全性評価の基本となって来たsubstantial equivalence (SE)の検討、安全性試験に於ける動物慢性毒性試験の適否、組み換え食品中の抗生物質耐性遺伝子の腸内細菌への移行、組み換え食品のアレルギー原性及び栄養の問題、食する組み換え微生物の安全性の問題、組み換え食品の社会的受け入れの問題、等に関係した検討を行った。

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