内分泌攪乱物質の免疫機能に及ぼす影響に関する研究

文献情報

文献番号
199900633A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌攪乱物質の免疫機能に及ぼす影響に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山崎 聖美(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
  • 久松由東(国立公衆衛生院)
  • 香山不二雄(自治医科大学)
  • 岡田由美子(国立公衆衛生院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
6,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、内分泌攪乱物質として疑われている物質は、我々が日常生活で使用しているものにも多く含まれ、70種にのぼる。これらの物質は、野生生物に影響を及ぼすのみならず、人においても生殖器ガンや精子数の減少につながることが指摘されている。しかし、内分泌攪乱物質の人の健康に対する影響についてはまだ研究が進んでおらず、早急にこの問題に対処する必要がある。内分泌系は免疫系と密接に関係しており、内分泌攪乱物質は免疫機能を低下させていると考えられ、特に、最近増加したアレルギーや化学物質過敏症との関連も危惧されている。そこで、内分泌攪乱物質が免疫機能を低下させるか、アレルギー発症に関わっているか調べ、内分泌攪乱物質が免疫機能に及ぼす影響に関してそのメカニズムを解明することを本研究の目的とする。
研究方法
1.ヒト末梢血リンパ球のPWMに対する反応性への内分泌攪乱物質の影響
ヒト末梢血よりリンパ球を調製し、フェノールレッドフリー、無血清、低蛋白溶液を添加したRPMI1640培地にてリンパ球を内分泌攪乱物質存在下で4時間培養したのちPWMを添加し、2日間、37度、5%二酸化炭素中で培養し、トリチウム標識チミジンを加えてさらに一晩培養し、ハーベストし、細胞核内にしたとりこまれたトリチウム標識チミジンを測定し、細胞内におけるDNA合成能を比較した。
2.ヒト末梢血リンパ球のサイトカイン産生能に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
ヒト末梢血リンパ球を内分泌攪乱物質存在下で4時間培養したのちCon Aを添加し、24時間後の培養上清中のIL-2、IFN-γの濃度を測定した。
3.ヒト末梢血リンパ球のマイトージェンに対する反応性へ及ぼす内分泌攪乱物質の影響に対するエストロジェンレセプターアンタゴニストの効果
リンパ球をエストロジェンレセプターアンタゴニスト存在下あるいは非存在下で1時間培養した後、内分泌攪乱物質を添加し、さらに4時間培養したのちマイトージェンを添加し、1と同様に測定した。
4.リンパ球系培養細胞に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
Tリンパ球系培養細胞としては、Jurkat細胞を用い、A23187とホルボルミリステートアセテートで刺激し、Bリンパ球系培養細胞としてはRaji細胞を用い、SACで刺激し、同様の実験を行った。
5.NK活性に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
ヒト末梢血より得られたリンパ球に内分泌攪乱物質を加えて37℃、24時間インキュベートした。そして、target cellとしてK562細胞を用い、effector cellとして内分泌攪乱物質を加えた後洗浄したリンパ球をtarget cellに加え、4時間、37℃でインキュベートし、遠心して得られた上清のカウントを測定した。
6.胸腺に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
マウス胸腺上皮細胞のin vitro培養系に、内分泌攪乱物質を添加して培養し、培養上清中ののthymosin-alpha 1を定量した。また、卵巣摘出マウスに、内分泌攪乱物質を皮下投与し、胸腺重量を測定、胸腺病理組織を観察し、フローサイトメトリーを用いて表面抗原の解析を行い、胸腺ホモジネート中のエストロジェン・レセプターについてenzyme immunoassay法を用いて調べた。
7.内分泌攪乱物質の顎下腺におけるSS-A/Ro自己抗体の誘導卵巣摘出ラットに、内分泌攪乱物質を皮下投与し、顎下腺におけるSS-A/Ro自己抗体の発現を RT-PCR及びin situ hybridization法にて調べた。
結果と考察
1.ヒト末梢血リンパ球のPWMに対する反応性への内分泌攪乱物質の影響ノニルフェノールは10(-5)Mで、ビスフェノールAは10(-4)Mで、フタル酸ジ-2-エチルヘキシルは10(-5)Mで、フタル酸ジ-n-ブチルは10(-4)Mで完全にリンパ球のPWMに対する反応性を抑制した。また、フタル酸ブチルベンジルは10(-4)Mで70%抑制した。フタル酸ジシクロヘキシルは10(-5)Mで70%、10(-4)Mで完全に抑制した。o, p'-DDEは10(-5)Mで80%、10(-4)Mで完全に抑制した。p,p'-DDEは10(-5)Mで50%、10(-4)Mで完全に抑制した。フタル酸ジエチルは10(-4)Mまで影響を及ぼさなかった。昨年度の研究により個々の内分泌攪乱物質によってTリンパ球の反応性をより低濃度で減少させるもの、Bリンパ球に対する反応性をより低濃度で減少させるものがあったが、PWMに対する反応性はそれらの間の値で低下を示し、これら内分泌攪乱物質はTリンパ球、Bリンパ球、さらに両者の相互作用に影響を及ぼしていると考えられる。また、昨年度の研究結果により得られたマイトージェンに対する反応性を完全に抑制する濃度で、細胞の生死をLDH活性により調べたが、最大で13%程度であった。この結果から、細胞が細胞毒性により死ぬ濃度より低濃度でリンパ球の機能に内分泌攪乱物質が影響を及ぼしていると考えられる。
2.ヒト末梢血リンパ球のサイトカイン産生能に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
ノニルフェノールはリンパ球のCon A刺激による IL-2産生を10(-6)Mで10%、10(-5)Mで完全に抑制した。ビスフェノールA、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル、フタル酸ジ-n-ブチルは10(-5)Mで50%、10(-4)Mで完全に、フタル酸ブチルベンジルは10(-6)Mで20%、10(-5)Mで50%、10(-4)Mで完全に、フタル酸ジシクロヘキシルは10(-5)Mで70%、10(-4)Mで完全に、フタル酸ジエチルは10(-4)Mで50%、o, p'-DDEは10(-5)Mで70%、10(-4)Mで完全に、p,p'-DDEは10(-5)Mで40%、10(-4)Mで完全に抑制した。
さらに、ノニルフェノールはリンパ球のCon A刺激による IFN-γ産生を10(-5)Mで完全に抑制した。ビスフェノールA、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ジシクロヘキシル、o, p'-DDE、p,p'-DDEは10(-4)Mで完全に抑制した。フタル酸ジ-2-エチルヘキシルは10(-4)Mまで顕著な影響はみられなかった。フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジエチルは10(-4)Mで40%抑制した。
3.ヒト末梢血リンパ球のマイトージェンに対する反応性へ及ぼす内分泌攪乱物質の影響に対するエストロジェンレセプターアンタゴニストの効果
ICI182,780(10(-6)M)存在下で内分泌攪乱物質を作用させ、マイトージェンとしてCon A、SAC、PWMを用いた場合、いずれの内分泌攪乱物質に対する反応性の抑制作用もICI182,780によって阻害できなかった。
4.リンパ球系培養細胞の反応性に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
刺激に対する応答性を50%抑制する濃度の内分泌攪乱物質をICI182,780(10(-6)M)存在下で作用させたが、いずれの内分泌攪乱物質に対する反応性の抑制作用もICI182,780によって阻害できなかった。3及びこの結果から、エストロジェンレセプターを介さない、あるいは介したとしても一般に知られている核内転写因子を動員する系とは異なる新たな経路によるものと推察される。
5.NK活性に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
ノニルフェノールは10(-5)Mで、ビスフェノールA、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジシクロヘキシル、o, p'-DDE、p,p'-DDEは10(-4)MでNK活性が完全に消失した。
6.胸腺に及ぼす内分泌攪乱物質の影響
胸腺上皮細胞培養系に、17βーエストラジオール、ジェニスタイン、クメステロール、ビスフェノールAを添加したところ、胸腺上皮細胞から分泌されるサイモシンが濃度依存的に抑制された。また、卵巣摘出マウスに、14日間連続皮下投与し、15日目に胸腺重量を測定したところ、コントロール群に対して重量減少がみられた。胸腺病理組織像ではリンパ球のアポトーシスが著しく増加し、フローサイトメトリーを用いて測定した表面抗原の解析では、コントロール群に比べて、CD4+CD8+が減少し、CD4+CD8-が増加していた。サイモシンの分泌も阻害された。さらに胸腺ホモジネート中のエストロジェン・レセプターをenzyme immunoassay法を用いて調べた結果、卵巣摘出マウスのコントロール群とくらべ、それぞれの群で胸腺のエストロジェン・レセプターが増加していることが明らかとなった。サイモシンは免疫機能の発育に重要な役割を果たすTリンパ球を分化・成熟させる働きを持つことが知られており、これら内分泌攪乱物質が免疫機能へ影響を及ぼしていることが推察された。
7.内分泌攪乱物質の顎下腺におけるSS-A/Ro自己抗体の誘導
卵巣摘出ラットに17βーエストラジオール、ジェニスタイン、ビスフェノールAを皮下投与したところ、52kDaSS-A/Ro自己抗体のmRNAの発現が増加することがRT-PCR及びISHにより明らかになった。
結論
ノニルフェノール、ビスフェノールA、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジシクロヘキシル、o, p'-DDE、p,p'-DDEはTリンパ球とBリンパ球の相互作用による反応性を減少させた。また、細胞が内分泌攪乱物質の細胞毒性により死ぬ濃度より低濃度でリンパ球の機能に影響を及ぼしていることが明らかになった。また、ICI182,780の存在下でもリンパ球の反応性の抑制は回復せず、内分泌攪乱物質はリンパ球内において、通常のエストロジェンレセプターを介して核内転写因子を動員する系ではなく、他の経路を介して作用しているものと考えら
れた。
また、Jurkat細胞、Raji細胞共に内分泌攪乱物質によりマイトージェンに対する反応性が低下したが、エストロジェンレセプターアンタゴニストによっても反応性の低下は阻害されず、やはり新たな経路によるものと推察される。
本研究に用いた内分泌攪乱物質は胸腺細胞のアポトーシスを誘導し、SS-A/Ro自己抗体のmRNAの発現を増加させ、免疫機能に影響を与える可能性があることが明らかとなった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-