内分泌かく乱物質、生活環境中の化学物質による健康影響及び安全性確保等に関する研究(エストロゲン様化合物の組換え酵母活性とラット・スメア試験の相関及び数種の日常生活関連物質のスクリーニング評価)

文献情報

文献番号
199900632A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱物質、生活環境中の化学物質による健康影響及び安全性確保等に関する研究(エストロゲン様化合物の組換え酵母活性とラット・スメア試験の相関及び数種の日常生活関連物質のスクリーニング評価)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
片瀬 隆雄(日本大学生物資源科学部)
研究分担者(所属機関)
  • 井上正(日本大学生物資源科学部)
  • 森友忠昭(日本大学生物資源科学部)
  • 上田真吾(日本大学生物資源科学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌攪乱物質として疑われている物質のうちで、いわゆるエストロゲン様活性を示す化合物が挙げられている。既に、エストロゲン活性化合物は1930年代までに、ラット・スメア法によるDoddsらの検索が行われ、当時、約40種の合成化合物の同活性が報告されている。エストロゲン作用による内分泌攪乱物質の動態を解析するために、生活環境中の多数の試料に関して、迅速簡便に分析する必要があり、その一次スクリーニングの一つとして、ヒトのエストロゲンリセプターを組み込んだ酵母を用いる検出系が広く用いられている。この組換え酵母検出系法により、数種のプラスチック化合物、日常生活天然物質及び医薬品などの活性を検索している。それらの化合物には、既にDoddsらが検索した活性物質も含まれているので、両法による相関を求め、その結果を考察した。プラスチック製品の食品包装材ラップや給食用手袋及びノニルフェノールなどの検討の過程で、工業的に生産され日常生活で使用される化学物資の中で、それらの成分の一部を除去することによって生活環境中に放出される汚染物質を低減させることができる可能性が指摘された。
研究方法
(試料)(試料:Dodds試験関連仕供化合物)Doddsらによってスメア試験された化合物は60種以上であるが、そのなかで約40種に活性が確認された。これらの化合物のなかで市販され入手可能な化合物から本酵母検出系実験に供した。すなわちdiethylstilbestrol(東京化成,D0526)、dienestrol(東京化成,D0499)、2,2-bis(4-hydroxyphenol)propane(bisphenol A;東京化成,B0494)、trans-stilbene(関東化学,37875-53)、hexestrol(Sigma,H-7753 )、triphenylethylene(関東化学,40796-40)、trans-4-hydroxystilbene(ACROS,A012611001)、n-propylphenol(関東化学,59752-12)の8種である。また、陽性対照物質として、estradiol-17β(東京化成,E0025)を用いた。この他にestrone(東京化成,E0026)およびestriol(東京化成,E0218 )を用いた。これらの化合物を2.5mMのエタノール溶液に調製し、適宜希釈した溶液を実験に供した。以下の植物成分及び医薬品成分の市販化合物についても同様の溶液に調製した。
(試料:植物成分の市販化合物)植物成分の市販化合物として、genistein(和光純薬,546-00171)及びresveratrol(Sigma,R-5010)及びferulic acid(Estman organic Chemicals:8566)を供した。
(試薬:医薬品)1999年9月、厚生省中央薬事審議会より使用許可された経口避妊薬(OC)及びそれ以前に治療用として服用されていたOCの化学成分の17-α-ethynylestradiol (東京化成,E0037)、mestranol(OCN,6730B)及びnorethindrone(ICN,68-22-4)を供した。
(試料:プラスチック抽出物の調製と試料)プラスチック製品からの溶出物の調製は既報に基づいて行った。すなわち、水洗し、風乾後のプラスチック製品の約0.2g(ラップフィルムの場合、約9cm×9cm)を切り取り、共栓付試験管に詰め、4mlのn-ヘプタンを加え、80℃、90分に設定したオーブン中で加熱し、製品から溶出した化合物を含むn-ヘプタン溶液を実験に供した。化合物の同定及び濃度測定はGC-MSを用いた。未同定化合物の濃度は、di-2-ethylhexyl phthalate(DEHP)の濃度に換算し、同定化合物及び未同定化合物の濃度を和して、製品から溶出した化合物総量を計算した。また、プラスチック関連化合物として、nonylphenol(東京化成,N0300)及びbisphenol A(東京化成,B0494)及びbenzylbutyl phthalate(和光純薬,023-06371)を用いた。この他に、n-nonylphenol(関東化学,C156300)、di-2-ethylhexyl phthalate(和光純薬,041-16541)及びdi-2-ethylhexyl adipate (和光純薬,047-24191)及びdi-n-octyl adipate(Chem.Serv.,55-121L)を用いた。なお、酵母活性実験のために、n-ヘプタン溶液中の溶媒をdimethyl sulfoxide(DMSO)に置換えた。活性濃度は活性曲線の半値最大濃度(half maximal)として表した。 (組換え酵母検出測定系)ヒトエストロゲンレセプター遺伝子及び大腸菌lacZ遺伝子を組み込んだ酵母はDr.Sumpter(Brunel University, UK)より分与された。エストロゲン様物質によって誘導されたβ-ガラクトシダーゼの活性は、Chlorophenyl red-β-D-galactopyranoside(CPRG)の呈色を測定することによって行った。分析は以下のようにして行った。dimethyl sulfoxide(DMSO)で希釈度した試料を96-wellに分注し、これにCPRGを含む酵母培養液を添加した。28℃4日間の培養の後にマイクロプレートリーダーを用いて540nmと620nmの吸光度を測定し、その差を誘導されたβ-ガラクトシダーゼの活性とした。活性測定に際しては、溶媒(DMSO)のみから得られた値を差し引いた。また、陽性対照として17β-エストラジオールを用いた。
(ヒト乳癌細胞(MCF-7)検出系)MCF-7細胞株は坂部貢博士(東海大学医学部)より分与された。MCF細胞の継代維持には、培地として10%ウシ胎児血清加(Eagle's Minimun Essential Medium:MEM)を用い、1週間に2度、0.1%トリプトシン加0.02%EDTA-PBS(-)を用いて細胞を分散し、新しいフラスコに継代した。アッセイ用培地にはフェノールレッドフリーのMEMを用い、ウシ胎児血清は常法に従い、チャコールーデキストランT-70で処理し、内因性のホルモンを除去したCD-FCSを使用した。あらかじめ、検討の結果DMSOは、0.1%以下の濃度でMCF-7細胞を増加させたので、代わりに0.1%以下の濃度でも増殖させないエタノールを被検体物質の溶媒として用いた。維持培地中で単層に増殖したMCF-7細胞をトリプトシン処理で剥離させた後、5%FCS加MEM中に浮遊させ、24穴マイクロプレート1穴あたり104個づつ蒔き、36時間培養した。その後、各濃度の被検体物質を含むアッセイ用培地に交換し、5~6日間培養後、細胞数を計測した。また、同時に、被検体を含まないアッセイ用培地をネガティブコントロールとして同様に培養し細胞数を計測した。
(食品包装用ラップ混合物の分取法)相対的に活性が強度であった業務用ラップ(R40)は、質量分析計による解析の結果、市販のアジピン酸n-アルキル(和光純薬,045-24332)と同一であることが分かった。そこで、ラップ(R40)溶出物に代えて、約5.0gの市販品から各画分を分取することとした。操作及び分析条件を以下に示す。TLC:シリカゲル上で混合溶剤(メタノール:5%硫酸=95:5)で展開。GLC:一定のカラム温度(10℃for 2min~280℃at 10℃/min for 15min)のカラムULBON HR-1(25m×0.25mm,id,0.25μm層厚)中を、一定のヘリウム流速(28.7cm/sec)で走行。FID検出器。HPLC:Capcell Pack C-18充填カラム(250mm×10mm,id)中を、95%メタノールが一定の流速流厚(3ml/min,4.3Mpa)で走行。UV225nm及び至差屈折率(RI)検出器。MS:JEOL GC mate装置のdirect probe-inlet法で注入し、EIイオン化法で測定。NMR:1-H及び13-C-NMRスペクトルはJEOLGSX-400装置で溶媒CDCl3中でTMSを内標準として測定。
結果と考察
(日常生活関連物質のスクリーニング)組換え酵母実験により、22種の化合物などの検体にエストロゲン様活性が検出された。1930年代のDoddsらが実測したラット・スメア法によるエストロゲン活性物質の中からdiethylstilbestrol,dienestrol,hexestrol,triphenylethylene,trans-4-hydroxystilbene,bisphenol A及び4-n-propylphenolの6種の化合物を選び、組換え酵母系検出法の活性結果と比較したところ、両法の間でよい相関が得られた。相関係数(r)と一次回帰線を(1)に示す。
Y=7161.3XE1.123,r=0.99260(n=6) (1)
しかし、関連化合物の中で、2種化合物の結果を除外した。hexstrolとtrans-stilbeneで、前者はスメア法の結果に比べて酵母系検出法の結果が相対的に強度な活性で観察され、後者は同法の結果が弱い活性で観察された。また、5種化合物について酵母系検出法と乳癌細胞系検出法の結果を比較すると、dienestrol,hexestrol,estadiol,nonylphenol(混合物)の4種は同程度の検出感度であったが、estriolは乳癌細胞系で酵母系に比べ約100倍低い濃度で活性を示し、両測定系で明らかな活性特性が観察された。未解明の必要な検討事項の残されていることを前提として、酵母系検出法のスクリーニング結果で活性を示した15種溶出物及び関連化合物(プラスチック関連物質6種、天然物成分化合物3種、医薬品3種および天然エストロゲン成分化合物3種)がDodds 法のラットへの最小効果投与量を(1)式から推定した。その結果は、3.6×10-4mgの17-α-ethynylestradiol(低用量避妊薬ピルの成分)から9.6gのプラスチック製食卓用クロス溶出物の範囲にあった。今後の課題として、酵母系で活性を検出した物資や化合物のスメア法によるラットへの最小効果量を実測し、計算結果と比較することである。
(食品包装用ラップと給食用プラスチック手袋の化合物とエストロゲン様活性)既に前年度までに報告したように、日常生活で用いられるプラスチック製品の抽出物中には、組換え酵母検出系でエストロゲン様活性が認められるものがある。ラップでは試料番号R40が他の試料(R101,R9)よりも強い活性を示し、手袋では試料番号R501及びR502に活性が認められたがR503からは活性が検出されなかった。これらの事実は、同じ製品でも、含まれる成分(おそらく可塑剤)の種類と量が異なっていることを示唆している。そこで、抽出された試料に含まれる成分をGC-MSで分析した。手袋抽出物の分析結果で、手袋から検出された各化合物について、市販試薬を用いてそのエストロゲン様活性を調べたところ、BBPのみに活性が認められ、DEHPやDEHAから活性が検出されなかった。試料番号R503の手袋にはエストロゲン様活性が検出されないことと、活性を示すR501とR502にはいずれもBBPが含まれることから、給食用手袋のエストロゲン様活性は含まれるBBPに由来すると推定された。また、食品包装用ラップの抽出物には合計7種類の成分が同定された。また、これからの化合物のエストロゲン様活性の詳細については現在検討中である。
(Nonylphenol(NPH)中の揮発成分の活性)アルキルフェノール中には、エストロゲン様活性を有することは1930年代のDoddsらによって示されている。なかでもNPHは日常生活において洗剤などにも含まれる原料製品で環境中からもしばしば検出され、その影響が憂慮されている。そこで、組換え酵母検出系によってもそのエストロゲン様活性が検出されることを期待して、市販のn-nonylphenol(n-NPH)について検討を加えたが、昨年度の実験ではほとんど活性を検出することが出来なかった。プラスチックに添加剤として用いられているNPHはn-NPHではなく、側鎖が種々に枝別れした各種のNPHの混合物であることが予想されたので、この混合物と純粋なn-NPHの活性を比較した。直鎖状の側鎖を有するn-NPHはほとんど活性を示さず、NPH混合物には強い活性が検出された。さらに、この活性化合物は実験操作の過程で揮発性のあることが示唆された。すなわち、今まで信じられていたNPHのエストロゲン様活性は、混合物として使用されているNPHに含まれるある一部の成分による可能性が高い。したがって、それらを除去するか、あるいは活性を有しないNPHを用いることにより、環境中に放出される汚染物質を低減させることができるかもしれない。また、NPHの各種異性体の活性を比較することにより、活性と構造の相関を検討することができる可能性もある。
(食品包装ラップ混合物の分取法)各クロマトグラムに示されるような5成分を含む試薬混合物約0.5gから、HPLCで単離した結果、5成分をそれぞれ、96.6mg,74.6mg,117.1mg,33.6mg及び70.0mg単離分取した。混合物中の各成分が十分に単離されていることをGC,MS及びNMRで確認した。単離した各成分のMSおよびNMRで化合物同定を行い単離されたことを確認した。今後、単離した各成分の組換え酵母系および乳癌細胞系によるエストロゲン活性の検出を試みる予定である。また、組換え酵母系検出法で、nonylphenol混合物に活性があるにもかかわらず、純品のn-nonylphenolに活性が見られない実験結果を得ている。本法を、nonylphenol混合物中の化合物の単離分取に応用する計画である。
結論
組換え酵母系検出法を用いて内分泌攪乱物質を検索したところ、食品包装用ラップフィルム、学校給食用手袋、オモチャなどのプラスチック製品からの溶出物や関連化合物(5種)、天然物成分化合物(3種)及び医薬品(3種)の一部に明らかなエストロゲン様活性が検出された。1930年代にDoddsらの検索したラット・スメア法によるエストロゲン活性物質の中から6種の化合物を選び組換え酵母系検出法の活性結果と比較したところ、両法の間でよい相関(r=0.99260)が求められた。しかし、Dodds関連化合物の中で、hexestrolは酵母系検出法で相対的に強い活性を示した。そこで、同様に行った乳癌細胞系検出法において、天然エストロゲン成分のestriolは酵母系検出法に比べて100強い活性を示した。未解明の必要な検討事項の残されていることを前提として、酵母系検出法によるスクリーニング実験結果をDodds法による日常で使用されている生活物資溶出物及び関連化合物(12種)のラットへの最小効果投与量を推定した結果、3.6×10-4mgの17-α-ethynylestradiol(低用量避妊薬ピルの成分)から9.6gのプラスチック製食卓用クロス溶出物の範囲にあった。プラスチック製品の食品包装材ラップや給食用手袋及びノニルフェノールなどの検討の過程で、工業的に生産され日常生活で使用される化学物資の中で、それらの成分の一部を除去することによって生活環境中に放出される汚染物質を低減させることができる可能性が指摘された。

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