内分泌かく乱化学物質等、生活環境中化学物質による人の健康影響についての試験法に関する調査研究

文献情報

文献番号
199900630A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質等、生活環境中化学物質による人の健康影響についての試験法に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
今井 清((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 永井賢司(三菱化学安全科学研究所)
  • 武吉正博((財)化学物質評価研究機構)
  • 塚田俊彦(国立がんセンター研究所)
  • 大野泰雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 西原 力(大阪大学)
  • 鈴木恵真子((株)イナリサーチ第2研究所)
  • 長尾哲二((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 渡辺敏明(山形大学)
  • 川島邦夫(国立医薬品衛生研究所)
  • 白井智之(名古屋市立大学)
  • 広瀬雅雄(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 鈴木勝士(日本獣医畜産大)
  • 吉村慎介((財)食品薬品安全センター秦野研究所)
  • 金子豊蔵(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 板井昭子((株)医薬分子設計研究所)
  • 長谷川隆一(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 関沢 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 神沼二眞(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 長村 義之(東海大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
170,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、内分泌かく乱化学物質の諸課題の内、試験法の開発を中心とした研究を推進し、ごく近い将来、国際協調下、国内諸機関の協力のもとでこの課題に則した、各種実験が行われる際に、速やかに適切な体制をとってこれに応じることができるような、国内の技術的な基盤を整える立場から、国内のこの領域での専門的試験研究者が分担して、経済開発協力機構 (OECD)や、米国環境防護庁関係機関 (EPA・ED-STAC)から提案されている諸試験法の試行的実施と必要に応じたそれらの改良、ならびに新規試験法の開発等を総合的に推進することを目的とした。
研究方法
<試験法開発部門>
1)試験管内と個体レベルの一般試験の研究として、去勢成熟ラットに合成男性ホルモン testosteron propionate(TP)あるいは男性ホルモンのアンタゴニストであるflutamide を皮下に投与して、経時的に前立腺腹葉から単離した細胞を用いて、TUNEL 法によりアポトーシスを、また、フローサイトメロリーにより細胞周期を解析した。また合成エトロジェンDES を雄ラットに経口投与して、α2u-globulin (AUG)の血中濃度に対する合成エストロジェンDES の影響を検討し、RT-PCR法により肝のAUG mRNAを測定した。
培養細胞を用いた膜受容体を介するシグナル伝達系をかく乱する化学物質検出系の検討として、NOR-1遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子につないだプラスミドを導入した形質転換細胞 (3T3NL 細胞) に、forskolinあるいは TPAを添加して酵素誘導の有無を検討した。さらに、ヒトERαおよびβレセプタ-を組み込んだ酵母に化学発光レポーター遺伝子を導入して、マイクロプレート上で出来るより簡便で、高感度の試験系の開発を試みた。また、この系にS9を添加することにより代謝活性化物質の作用が検出可能か否かを検討した。
2)薬理代謝研究では、熱安定性フェノール硫酸転移酵素の阻害剤ケルセチンを用いてヒトでのビスフェノールAの硫酸抱合に関与する硫酸転移酵素の分子種の特定を試みるとともに、いわゆるE-screen法により硫酸抱合体のエトロジェン様作用の強さ、およびRT-PCR法によりエストロジェン応答遺伝子PS2 誘導活性を調べた。
また、ラットおよびハムスターに17β-estradiol(E2)を2~5mg/kg 腹腔内投与し、尿中のCEメルカプツール酸を定量し、さらに、雌雄ラット肝のS9とミクロゾームを用いて、E2代謝における性差を確認した。
3)生殖・発生に関する研究では、生後4日の新生児に内分泌かく乱作用が有るとされている10種の化学物質を皮下あるいは経口投与して、視床下部神経核 (SDN-POA)を含む神経細胞のアポトーシスをTUNEL 法により観察した。さらに、胎齢9.5 あるいは11.5日を培養して、estradiol benzoate (EB)あるいはDESを培養液中に添加して胎児への影響を観察するとともに、ウェスタンブロット法および免疫組織化学染色により培養胚のエストロジェン受容体の局在を調べた。妊娠および脱落膜反応を人工的に惹起した偽妊娠ラットに dibuthylphthalate (DBP)を経口投与して、脱落膜形成の強さ、血清中のプロジェテロンおよびエロジェン濃度を測定した。
4)生殖機能面では、フタル酸エステルによる生殖障害に関する研究として、妊娠ラット0~8日目に250~ 1500 mg/kg のdibutylphthalate (DBP)を経口投与した。偽妊娠4日に脱落膜反応を誘起した偽妊娠ラット0~8日目に DBPを経口投与した。
5)発癌性試験研究では、卵巣摘出ラットを用いて、術後1週目にDHPNでイニシエーション処置し、更に、1週後から1000ppm のサルファジメトキシン(SDM)を8週間混餌投与し、EBまたは溶媒を皮下に埋植し28週後に殺処分した。肝中期発癌性試験法(Liver Medium-term Bioassey)を用い、試験開始1週目に雄ラットの去勢、雌ラットの卵巣摘出を行い、前がん病変の発生率を比較した。
<OECD 対応等試験法開発部門>
1)子宮肥大試験およびHershberger 試験:子宮肥大試験法により、ethynyl estradiol (EE)をモデル物質として未成熟ラットと卵巣摘出成熟ラットの反応性の相違、投与経路の相違による反応性の相違、エストロジェンアンタゴニストあるいはB(a)P,TCDDによる複合効果を検討した。また、Hershberger 試験法を用いてTP投与による用量作用関係を検討するとともにビスフェノールAの複合効果についても調べた。
2)OECDガイドライン 407 (28日間反復投与毒性試験法) に関する研究として、国際共同バリデーションを早急に確立するため、同一プロトコールに従って nonylphenol および methoxychlor のprevalidation 試験を行った。
3)内分泌かく乱化学物質の計算探索と評価の面では、エストロジェン受容体を標的とする内分泌かく乱化学物質について、受容体結晶構造へのドッキングスタディを行い、複合体構造を推定した。また、市販のフラボン・イソフラボン化合物からコンピュータスクリーニングによりエストロジェン受容体と結合する可能性が示唆された物質について in vitroの試験系で転写活性を測定した。
4)3D-QSAR に関する実験解析的研究では、エストロジェンのアゴニスト・アンタゴニストそれぞれのエストロジェン受容体への結合が、受容体とDNA 上のレスポンスエレメントとの相互作用に、特異的な変化を引き起こすか否かを検討した。
<内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する調査部門>
1)アルキルフェノ-ルの内分泌かく乱作用について、種々の情報を集積するともに、化学物質の相互作用に関する情報のデータベース化の検討およびインターネットから利用できるシステムの構築を検討した。
2)化学物質の相互作用データベースの構築と3次元構造活性相関に関する研究として、エストロジェン受容体の3次元構造のモデリングおよび甲状腺ホルモンと血液中の蛋白質 (transthyrein) との結合のモデリングの研究を開始した。
3)健康影響に関する情報収拾と評価では、内分泌かく乱物質の胎児期暴露の情報を集中的に検索した。
4)研究成果のデータベース化と社会への還元を目標に、内分泌かく乱化学物質に関する用語集の作成にむけて、内分泌かく乱化学物質のキーワードの具体的な項目の選定、執筆者の選定を行うこととした。
結果と考察
 <試験法開発部門>
1)試験管内と個体レベルの一般試験の研究として、去勢成熟ラットの前立腺腹葉から単離した細胞を用いて、アポトーシスおよび細胞周期を調べた結果、去勢後78時間でアポトーシスは正常ラットのそれの約47倍に達し、TPおよびflutamide 投与によりそれぞれ用量依存的にアポトーシスが減少および増加した。雄ラットで特異的に産生されるAUG の血中濃度は、合成エストロジェンDES 投与により用量依存的に減少した。
NOR-1 遺伝子のプロモーター領域をルシフェラーゼ遺伝子につないだプラスミドを導入した形質転換細胞では、forskolin や TPAで刺激後、約3時間でルシフェラーゼ活性が基礎値の約30倍以上の頂値を示すことを明らかにした。ヒトERαおよびβをレセプタ-を導入した酵母に化学発光レポーター遺伝子を導入することにより、マイクロプレート上でより簡便に、また高感度にERと結合する物質の検出が可能となり、さらに、S9 Mix前処理により代謝活性化される物質の拮抗作用が、E2共存により検出できることが明らかにされた。
2)薬理代謝面では、内分泌かく乱化学物質のうち、ビスフェノールAの硫酸抱合には、ヒトでは主として熱安定性のフェノール硫酸転移酵素分子種ST1A3 が関与していること、またヒト乳癌由来細胞MCF-7 を用いたE-Screenアッセイで、ビスフェノールAの硫酸抱合体は親化合物に比べ細胞増殖を惹起する活性が100 倍以上減弱していることが明らかになった。
エストロジェン発癌のリスクマーカーと考えられるカテコールエストロジェン(CE)、CEメルカプツール酸 (CE SR)および15α-ヒドロキシエストロジェン (15α-OHEs)の同時分析法を用いて、エストラジオール (E2) 投与雌ラット尿中のCEメルカプツール酸を定量した結果、2種のCE SR が検出され、4位水酸化体より1位水酸化体濃度が約4倍高かったが、ハムスタ-では、尿中の主なCEメルカプツール酸は、4位水酸化体であった。
3)生殖・発生面では、ラット胎児あるいは新生児に内分泌かく乱化学物質を適用し、脳の性分化に重要な役割を演ずる視床下部神経核 (SDN-POA)の容積の変化と生殖機能の異常を来すことを明らかにし、さらに、合成女性ホルモンおよび内分泌かく乱作用が報告されている一部の物質が新生児SDN-POA の神経細胞にアポトーシスを誘発することが明らかとされた。
哺乳動物胚を用いた試験系では、EBおよび DESによる形態形成異常の誘発が、胚組織におけるERの発現と関連すること、除草剤グルホシネートの神経障害にも中枢神経細胞におけるアポトーシスが関与していることが明らかにされた。妊娠ラットに DBPを経口投与したところ、胚の死亡率が有意に上昇し、脱落膜反応を誘起した偽妊娠ラットにDBPを経口投与すると脱落膜腫形成が有意に抑制された。
4)生殖機能面では、フタル酸エステルによる生殖障害に関する研究として、ラットの妊娠0~8日目に250~ 1500mg/kg のdibutylphthalate(DBP)を経口投与したところ、750 mg/kg 以上で胚の死亡率が有意に上昇した。偽妊娠4日に脱落膜反応を誘起した偽妊娠ラットの0~8日に DBPを経口投与したところ750mg/kg 以上で脱落膜腫形成が有意に抑制された。これらのことから、DBPによる胚致死作用には脱落膜反応の抑制が関与していることが示唆された。
5)発癌性試験研究では、卵巣摘出ラットにDHPNによりイニシエーション処置し、1週後にサルファジメトキシン (SDM)を混餌投与して、その後、溶媒あるいはEBを皮下埋植した結果、両群で過形成、腺腫、癌が認められDHPN/SDM/EB群での腺腫発生個数と癌のPCNA陽性率は、DHPN/SDM群に比し有意に増加した。また、肝中期発癌性試験法を用いて、雄ラットの去勢、雌ラットの卵巣摘出を行いその影響を検討した結果、内在性の性ホルモンは、肝の前がん病変の発生には影響を与えなかった。
<OECD対応試験法開発部門>
1)子宮肥大試験およびHershberger 試験:子宮肥大試験において、未成熟ラットと卵巣摘出ラットのEEに対する感受性を比較すると、7日間皮下投与の卵巣摘出ラットで最も強い反応が見られ、ついで、未成熟ラット3日間皮下投与、卵巣摘出ラット3日間皮下投与の順で感受性が低下し、未成熟ラット3日間経口投与の反応が最も低かった。なお、B(a)P および TCDD のEEに対する複合効果は認められなかった。
Hershberger 試験においては、TPの用量に依存して、ほぼ直線的に副生殖器の重量増加が認められた。TPの作用に対する抗アンドロジェン物質 flutamideの抑制効果は見られなかった。
2)OECDガイドライン 407 (28日間反復投与毒性試験法) に関する研究として、nonylphenol および methoxychlor のprevalidation 試験を行った結果、標的臓器の臓器重量、性周期観察、精巣上体における精子検査は、エストロジェン作用のマーカーになるが、血中の各ホルモン測定、精巣内に存在する精子の検査は有用なマーカーにはなり得ないことが示唆された。
3)内分泌かく乱化学物質の計算探索と評価の面では、エストロジェン受容体を標的とする内分泌かく乱化学物質について、受容体結晶構造へのドッキングスタディを行い、複合体構造を推定した。また、市販のフラボン・イソフラボン化合物からコンピュータスクリーニングによりエストロジェン受容体と結合する可能性が示唆された物質について in vitroの試験系(COS-1細胞によるレポーター遺伝子アッセイ)で転写活性を測定したところ弱いながら活性のある化合物11種が新たに見つかった。
4)3D-QSAR に関する実験解析的研究では、エストロジェンのアゴニスト・アンタゴニストそれぞれのエストロジェン受容体への結合が、受容体とDNA 上のレスポンスエレメントとの相互作用に、それぞれの化合物の生体内作用に特異的な変化を濃度依存的に引き起こすことが明らかにされた。
<内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する調査研究部門>
1)アルキルフェノ-ルの内分泌かく乱作用についてアルキルフェノ-ルの内分泌かく乱作用について体内動態及び毒性試験データからヒトに対する内分泌かく乱影響についてまとめた。
2)化学物質の相互作用データベースの構築と3次元構造活性相関に関する研究として、これらのデータがインターネットから利用できるシステムへと発展させた。
3)健康影響に関する情報収拾と評価では、内分泌かく乱化学物質の胎児期暴露の情報を集中的に検索し、整理してデータベースを作成した。このうち植物由来のホルモン物質、有機錫およびダイオキシンについて詳細な検討を行った結果を公表した。
4)研究成果のデータベース化と社会への還元を目標に、内分泌かく乱化学物質に関する用語集の作成にむけて、内分泌かく乱化学物質のキーワードを基に具体的な細かい項目の選定を行い、執筆者を選定して執筆を依頼した。
結論
本研究により、細胞膜表面の受容体を介した内分泌かく乱作用の検出のための試験法や生体内の反応をより正確に反映した簡便な試験管内試験法の開発の基礎となる情報を得ることが出来た。さらに、新たな試験法の開発に繋がる胎児、新生児の分化・発達あるいは発癌に及ぼす内分泌かく乱化学物質の影響の一部が明確にされた。また、国際協力の一環として、OECDプレバリデーション・バリデーション試験を実施し、示唆に富む情報を提供することが出来た。加えて、内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する情報の調査研究成果を基にデータベースを作成し、その一部をインターネットから利用できるシステムを開発するとともに、内分泌かく乱化学物質に関する用語集の作成のための執筆・編集活動を開始した。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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