内分泌かく乱化学物質の人の健康への影響のメカニズム等に関する調査研究

文献情報

文献番号
199900628A
報告書区分
総括
研究課題名
内分泌かく乱化学物質の人の健康への影響のメカニズム等に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
井上 達(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 垣塚 彰(大阪バイオサイエンス研究所)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 広川勝いく(東京医科歯科大学医学部)
  • 松島綱治(東京大学大学院・医学系研究科)
  • 井口泰泉(横浜市立大学理学部)
  • 鈴木勝士(日本獣医畜産大学)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所・分子生物部門)
  • 藤本成明(広島大学原爆放射能医学研究所)
  • 笹野公伸(東北大学大学院・医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
55,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
内分泌かく乱化学物質の人の健康への影響のメカニズムを探求し、以ってその毒性評価の知識基盤とするため、本研究では、個別的に他の試験研究分野で進められている分析や反応系研究以外の、それらの総合領域すなわち高次生命系の発生・維持機構とそれに関わる組織特異的機能制御における核内レセプター分子の発現と機能修飾の分子メカニズムを系統的に解明することを目的とする。 内分泌かく乱化学物質の問題を包括的に時間軸を含めて把握するために、本研究は、高次生命系としての神経・内分泌・免疫ネットワークに対する影響を解析する立場から、1)神経、2)免疫、および3)発生・生殖について検討した。また、そのネットワークのシグナル伝達系に対する影響を解析する立場から、4)核内レセプターとその共役転写因子およびエストロジェン受容体とセカンドメッセンジャーとの相互作用、5)ステロイド代謝活性機構を検討した。また、これらの研究過程で集積される科学情報および研究結果の統合(データベース化)と出版を行う。7) 内分泌かく乱研究整備では、cDNAマイクロアレイ技術導入と運用のため予備的な検討を行った。
研究方法
結果と考察
1)神経系では、垣塚班員は、神経機能におよぼす内分泌ホルモンが作用する場合に関与すると考えられる核内受容体の新規コアクティベーター(PGC2)を同定し、このコファクターがエストロジェン受容体(ER)等の核内受容体とリガンド依存性の結合を示した。また、ゲニスタインについて検討し、高濃度においては、ERとPGC-2の相互作用が誘導されることを酵母two-hybrid 法で見いだした。菅野班員は、マウス・エストロジェンレセプターα、βの発現を検出するPCR-Southern Blotting 法の確立、並びに、神経細胞分化のモデル系として初代神経細胞培養系の樹立を行った。その結果、脳の各部位で、異なった発現パターンをとる様々なスプライシングバリアントの存在を確認し、脳の各部位におけるバリアント毎のアレイを作製した。さらに、胎生期にDESを暴露した胎児脳を用いて、アレイ系が、薬物に対しての評価系となるかを検討しつつある。また、ラット大脳新皮質の初代培養を行い、神経幹細胞のマーカーであるnestinとニューロンのマーカーであるMAP-2、グリア細胞のマーカーであるGFAPの抗体を用い免疫染色を行った。そして、 RT-PCR法により胎生15日及び17日日の大脳皮質初代培養細胞にエストロジェンレセプターαおよびβの発現を検出した。2)免疫系では、広川班員は、比較的低用量並びに高用量のジエチルスチルベストロール(DES)を用いて、マウスの免疫系に与える影響を検討し、急性投与実験では胸腺萎縮、脾臓T細胞の減少と増殖能の低下を認め、若老間の比較では老齢マウスにおける影響の方が大きいことを見いだした。一方、餌に低用量のDESを混ぜる慢性投与実験では、胸腺の萎縮がみられた。詳細については検討中である。松島班員は、マウス骨髄前駆細胞が樹状細胞へ分化する時の、種々のケモカイン受容体の発現の変動を明らかにした。また、ヒト末梢血単球が樹状細胞に分化する際の遺伝子発現の変化を Serial Analysis of Gene Expression(SAGE)法により系統的に解析し、単球由来樹状細胞に特異的に発現する遺伝子群を明らかにした。尚、当研究については、内分泌かく乱化学物質との相互作用についての研究としての展望が見られないので本年度をもって終了した。 3)発生・生殖系では、井口班員は、マウスの胎仔期あるいは出生直後にDES、ビスフェノールA(BPA)を投与し、卵巣摘出後、膣を組織学的に検討し、胎仔期での投与ではDES投与のみでエストロジェン非依存の膣上皮の多層化が誘起され、出生直後の投与では大量の DES、BPAともにエストロジェン非依存の膣上皮の増殖と、多卵性卵胞が誘起されることを見いだした。さらに、妊娠期に投与したBPAは30分で胎児の血中、脳、肝臓、子宮、精巣に移行することを明らかにした。鈴木班員は、硫酸エストロンの鶏受精卵・卵黄内投与により約20%の胚で胚盤葉下層の消失、胚の管様構造への変形、重複胚奇形、神経管形成の異常が生じ、気室内投与でも胚発生の遅延(体節数低下)などを観察し、さらに投与方法を卵殻切開、直視下で投与部位を特定できる方法に変え、硫酸エストロンの多段階投与により用量反応相関を確認した。また、孵卵0、1、2日の胚からERmRNAを検出し、発生に伴う発現増加を確認した。4)核内レセプターでは、加藤班員は、女性ホルモンレセプター(ERα)N末端領域に存在する転写促進領域に直接結合し、転写を亢進する転写共役因子の1つ(p68RNAヘリケース)を同定することに成功した。藤本班員は、ラット下垂体腫瘍細胞、ヒト乳がん細胞、ヒト前立腺細胞等にレポーター遺伝子、受容体コファクター発現遺伝子のトランスフェクションを順次行い、ERE(estrogen response element)部位とAP-1部位によるエストロジェン応答を、ERαとERβの間で比較した。EREを介する応答は、両受容体の間で差がなく、AP-1を介するエストロジェン応答はα型のみでみられること、内分泌かく乱物質においてEREまたはAP-1の応答性を見ると、全て弱いエストロジェン型として作用していたことを見いだした。5)ステロイド代謝では、笹野班員は、estradiolとestrone の転換する17β-hydroxysteroid dehydrogenase (17β-HSD
)のヒト胎児における発現動態を検討し、肝臓、消化管では17β-HSD2 が発現しており、estradiol を estrone へ変換してエストロジェン活性を弱めることによって局所におけるエストロジェン活性を制御し過剰のエストロジェンへの曝露に対するバリアとしての役割を果たしていることを示唆する結果を得た。6) 文献収集評価については、モノグラフの出版の準備を進めている。7) 内分泌かく乱研究整備では、近年、進歩の著しいcDNAマイクロアレイ技術の内分泌かく乱研究への導入と運用のため予備的な検討を行い、実用の目途を得た。  
結論
本研究におけるシグナル伝達分子種を共有する免疫系、神経系、内分泌系、及び生殖発生系での核受容体、細胞内シグナル伝達ネットワークに関する研究からなる分子生物学に基礎をおいた総合的なアプローチは内分泌かく乱化学物質研究の知的基盤を形成するものとなる。加えて、近年、進歩の著しいcDNAマイクロアレイは、大量の発現遺伝子の解析を迅速に進める手だてを現実のものとし、総合的な遺伝子発現カスケードを解析するツールとなることが期待される。

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