ダイオキシン類の汚染状況及び子宮内膜症等健康影響に関する研究               

文献情報

文献番号
199900617A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシン類の汚染状況及び子宮内膜症等健康影響に関する研究               
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
金子 豊蔵(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅野 純(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 黒川 雄二(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 佐井 君江(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 鈴木 勝士(日本獣医畜産大学)
  • 長谷川隆一(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 広瀬 明彦(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 藤井 義明(東北大学理学部)
  • 三国雅彦(群馬大学医学部)
  • 安田 峯生(広島大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
92,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、ダイオキシン類の健康影響のメカニズムを解析し、以てその健康影響評価の科学的基盤に資することを目的とする。この目的に沿って、ダイオキシンの生体影響のうち、特に、①胎生期即ち器官形成期における奇形の誘発の如何、雄胎児の副生殖器発生かく乱の確認と機序の解明②成熟期における発癌性の如何、及び③障害発現への芳香族炭化水素(アリールハイドロカーボン)受容体(AhR:いわゆるダイオキシン受容体)関与如何の3点に焦点を絞って、「暴露一般」、「発がん性(in vitro指標及び、in vivo指標の双方)」、「AhRそのものの機能変化」、更に「ステロイドやコルチコイドなどの他の受容体への共役性の変化」を指標として研究を進めている。また、④ダイオキシン規制とダイオキシン研究の国際動向について調査を行う。
研究方法
①TCDDのC57BL/6マウスの口蓋裂誘発について皮下および経口投与による検討を、PCTsによる口蓋裂の好発系であるddYマウスと併せ行った。また、口蓋裂発生のメカニズムについて、p53遺伝子欠失マウスを用いてアポトーシスの修飾影響を検討した(金子)。 口蓋裂誘発機序を検討する目的で、Jcl:ICRマウスの妊娠12.5日にTCDD を強制経口投与し、胎児口蓋の細胞動態の観察を行った(安田)。 TCDDの妊娠中期のラットへの1回暴露が、雄の出生児の副生殖器、精子産生に影響するとのWilkerら(1996)の報告について、Wistar Imamichi 妊娠ラットにTCDDを投与し、再現性を検討した(鈴木)。 ②-1) TCDD類の発がんプロモ-タ-作用機構解明の一環として、GJIC阻害におけるRas蛋白の関与と変異型ras導入細胞におけるそれらの増強性について、WB細胞株(WB-RAS2a細胞)の培養過程で得られた、表現系の変化した(spindle型)細胞株を用いて、GJIC (scrape loading/dye transfer assay法)、細胞増殖(DNA content)、pan-Rasの誘導(Western blotting)、MAPK(Erk)活性(Western blotting)について解析した(佐井)。②-2) Tg/ACマウスとAhR遺伝子欠失マウスとの掛け合わせを目的とし、その背景系統であるC57BL/6マウスとのF1動物における皮膚易発癌性の検討、肝発がん好発系であるC3H系マウスとのF1動物における肝易発がん性の検討を行った。これと並行して、v-Ha-ras導入非形質転換BALB由来細胞株(Bhas42細胞)を用い、その発がんプロモーター作用のin vitro検出系の検討と分子生物学的メカニズムの解析を試みた(菅野)。 ③ダイオキシン感受性に大きな差があるハムスターとモルモットについてAhRとその抑制因子(AhRR)についてcDNAクロ-ニングを行った。また、CYP1A2のプロモ-タ-領域をHep3B細胞に導入し発現活性を検討した(藤井)。慢性可変ストレスおよびダイオキシン類の連続投与が成熟ラットの脳内代謝に及ぼす影響を検討するためにSD系雄ラットを用い、オ-トラジオグラフィにより前頭皮質の糖代謝を比較した(三国)。④ダイオキシン規制とダイオキシン研究の国際動向について調査を行った(黒川、長谷川、広瀬)。
結果と考察
①TCDDの口蓋裂誘発作用に対しddYマウスは嫌発系であることが明らかになった。口蓋閉鎖過程のアポト-シスがp53 dependentであるかどうかは、結論づけられなかった(金子)。 ダイオキシン曝露マウス胎児口蓋の細胞動態観察により、二次口蓋突起内の間葉細胞、これを被う上皮細胞ともに増殖
率の低下が明らかとなった。また、口蓋裂を免れた胎児でも、口蓋ヒダのパタ-ン異常が見られた(安田)。 TCDDの雄胎児副生殖器の発生かく乱については、ウィスター今道ラットでも精巣重量低下、精巣上体の萎縮等を引き起こし、Wilker (1996)の成績とほぼ同様の結果を得た。また、TCDDの用量にともない発情雌への乗駕行動は増え、挿入と射精の回数は減少し、妊孕能が低下した(鈴木)。②-1) in vitro指標:野生型細胞ではTCDDにより一過性のGJIC阻害が起き、Rasの誘導と関連した細胞増殖が引き続いた。変異型ras導入細胞は、元来GJICが低く、TCDDにより著しい細胞増殖が起きた(佐井)。②-2) in vivo指標: Tg/ACマウスおよびC57BL/6のF1、Tg/ACマウスおよびC3HのF1を作成した。それらには、Tg/ACの自然発生腫瘍として知られる歯原性腫瘍および、皮膚創傷部位の皮膚乳頭腫の発生が低頻度ながら観察された(菅野)。③-1) AhRの機能解析:ハムスタ-とモルモットのAhRの全構造を決定した。また、CYP1A2の3MCあるいはTCDDによる誘導に必要な塩基配列を決定し、そのDNAに結合する因子の存在を示した。さらにAhR/Arntはこの因子に結合して転写を活性化し、新しい作用メカニズムの存在を示した。AhRRのAhR活性の抑制はヒストンデアセチラ-ゼによることを示唆した(藤井)。③-2) ラット前頭前野における糖代謝においては、慢性可変ストレス、さらにダイオキシン類の慢性投与および慢性可変ストレスとの複合処置のいずれも明瞭な影響がなかった(三国)。④1990年のWHOによるTDIの設定から我が国における1999年のTDIの設定まで各国のダイオキシン規制を調べた。ダイオキシン研究の国際動向については、Dioxin'99に参加して、情報を収集すると共に、ドイツ(ベルリン)においてBGVV(連邦消費者健康保護・獣医学研究所)、UBA(連邦環境局)および、Freie University Berlinを訪問し意見交換を行った(黒川、長谷川、広瀬)。
結論
マウスにおける口蓋裂の検討においては、ダイオキシン類による奇形発現に至る生体内での反応カスケ-ドの一端が明らかになり、実験動物での所見をヒトに外挿して危険性を評価するための基礎的情報が得られることが期待される。TCDDの雄性生殖器に対する影響については、Wilkerら(1996)の報告を再現するとともに、妊孕能の喪失が起こることを明らかにした。今後、子宮内暴露以後の副生殖器で起こる発生遺伝的修飾につぃて明らかにする必要がある。
TCDDによるギャップ結合細胞間連絡(GJIC)阻害と細胞増殖作用について、変異型Ras導入細胞に対する作用特性を検討した結果から、TCDDによる増殖シグナルは、rasの活性化とGJ機能の低下した細胞において、とくに増強されることが示唆された。また、Tg/ACマウスおよびC57BL/6のF1、Tg/ACマウスおよびC3HのF1マウス観察結果から、遺伝的背景が異なっても、Tg/ACマウスとしての易発癌性がその標的臓器とともに保たれる可能性が示された。ダイオキシンの発がんプロモ-タ-作用の検出系としてTg/ACマウスおよび Bhas42細胞のような系を用いることにより、そのメカニズムの検討につながることが示唆され、いわゆるダイオキシン類化合物の作用を検討する基礎となると考えられた。
ダイオキシンの生物作用をAh受容体による仲介作用を中心に分子レベルで明らかにすることにより、毒性発現機構の解明に役に立つと考えられる。
胎生期のストレス負荷や dexamethasone 処置は、胎生期に暴露されたダイオキシン類の影響を受けやすくするか否かについて投与量を変動させることにより明らかにし、これによって胎生期や新生児期のストレス刺激が神経系の発達に直接影響し,ダイオキシン類の暴露に対する脆弱因子を形成していることが明らかにできれば、治療法や予防法を確立するための対応が可能となる。
TDI設定に受容体原生障害としてのリスクマネジメントがジュネーブ会議で合意に達したことからみても、ダイオキシン問題は分子毒性学的課題の中心にあると言って過言ではない。 AhR遺伝子欠失マウスなどを用いた機構研究の成果に期待されるところは大きい。更に、AhR遺伝子欠失マウスを用いた種々の化学物質の暴露によって、AhRを介するものとしからざるものとの障害発生が峻別されることも期待され、同時にその結果は、これら化学物質のリスクマネジメントに資する今日的実利的な情報となることも期待される。さらに、ダイオキシンと他の化学物質、特に内分泌かく乱化学物質とのあり得べき相乗性などに鑑みて、奇形、発がん性などに関連した健康影響に関する科学的基盤の整備に資することも期待される。

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