ダイオキシンによる子宮内膜症誘発機序に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900616A
報告書区分
総括
研究課題名
ダイオキシンによる子宮内膜症誘発機序に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
安田 峯生(広島大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山下敬介(広島大学)
  • 松井浩二(広島大学)
  • 杉原数美(広島大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 健康安全確保総合研究分野 生活安全総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の第1の目的はマウスで子宮内膜症(子宮の粘膜が子宮以外の場所、たとえば腸間膜に作られ、出血、癒着、痛みなどの症状をおこす疾患)モデルを確立し、ダイオキシン(実験に用いるのは最も毒性の強い2,3,7,8-四塩化ジベンゾパラジオキシン、以下TCDD)が子宮内膜症の原因となりえるのか、もしなりえるとしたらそれはアリール炭化水素受容体(ダイオキシン受容体ともいう。細胞質内にある蛋白で、ダイオキシン類などが結合すると核に移行し、特定の遺伝子のスイッチを入れる、以下AhR)を介するものであるのかを検討し、子宮内膜症誘発機序を明らかにすることである。第2の目的は、ダイオキシン類が子宮内膜症を誘発するとの懸念の発端となったアカゲザルで、TCDDの体内動態について基礎データを蓄積した上で、妊娠サルに一定の体内負荷量(体内に存在する量。一般に化学物質による毒性発現は、一日当りの曝露量よりも血中濃度や体内負荷量に依存するといわれる)となるようにTCDDを投与し、その児の生殖機能を検査することによって、どの程度の体内負荷量でどのような毒性が認められるか、その関係を明らかにすることである。この実験によりサルの子宮内曝露により児に影響を及ぼすダイオキシンの最小体内負荷量が判明すれば、ダイオキシン類の耐容一日摂取量(長期にわたり体内に取込むことにより健康影響が懸念される化学物質について、その量まではヒトが一生涯にわたり摂取しても健康に対する有害な作用が現れないと判断される一日当りの摂取量、Tolerable Daily Intake、TDI)検討の重要な基礎資料になると期待される。
研究方法
マウスにおける子宮内膜症モデルの作製には、成熟雌C57BL/6マウスを麻酔下に開腹し、右子宮角を切り出して2 mm角の子宮断片とし、その3ないし4個を同じマウスの小腸間膜の血管上に漿膜面を下にしてナイロン糸にて縫合した。移植手術前10日から術後にかけて3週毎に0、0.15、0.6または2.5 μg/kg量のTCDDを反復強制経口投与した。TCDDはノナンに溶解した原液をコーンオイルで希釈して用いた。移植手術後8?9週でマウスを屠殺し、移植片の大きさと重量を計測して、子宮内膜の増殖の指標とした。また、子宮粘膜の変化へのAhRの関与を調べるには、AhR遺伝子ノックアウトホモマウス(Ahr-/-)を用いて、同様の実験を行った。TCDDの投与量は40 μg/kgとした。TCDDのサルでの体内動態を調べるには、5?7歳の雌アカゲザルを用い、TCDDの30または300 ng/kgを1回皮下投与した。TCDDはトルエンとDMSO(容量比1:2)の混合液に溶解した。ちなみに30 ng/kg量は、ラットにおける胎内曝露で雄児に精子数減少を誘発する最小体内負荷量に近いものである。その後、経時的に採血および脂肪組織の摘出を行い、血漿および脂肪中のTCDD量をガスクロマトグラフィー質量分析法にて分析した。妊娠サルをえるには、規則的な月経周期を示す5?7歳の雌アカゲザルを成熟した雄と3日間同居交配させた。同居期間の中間日を妊娠0日とし、妊娠18または19日に超音波診断装置で妊娠を診断した。妊娠20日に30または300 ng/kgのTCDDを皮下投与し、その後30日毎に初回投与量の5%を維持量として投与した。妊娠80日および140日に20 mlの血液を採り、血漿中のTCDD濃度を測定した。今後、この妊娠サルを自然分娩させ、児の形態および機能の発達を性成熟に至るまで観察する計画である。
結果と考察
マウスの実験では、自家移植された子宮片は腸間膜上に生着・発育し、3?5 mmの球形ないし卵形の嚢胞を形成し、表面から多数の血管が侵入していた。組織学的には、嚢胞の内腔面は正常に近い子宮内膜組織で被われ、これより表層に向け、間質、筋層、
漿膜が配列していた。内腔には好中球を含む液体が貯留していた。嚢胞の長軸長は0、0.15、0.6および2.5 μg/kg投与群でそれぞれ3.4±0.5、3.3±0.3、3.2±0.5および3.6±0.3で、嚢胞の発育には大差がなかった。平成10年度の研究で40 μg/kg反復投与で嚢胞の発育抑制作用が認められたが、今回の低用量ではTCDDには子宮内膜の発育促進作用、抑制作用ともないものと考えられる。一方、Ahr-/-マウスへのTCDD大量投与実験では、野生型(Ahr+/+)マウスへの40 μg/kg反復投与でみられた子宮片の退縮、発育抑制が認められず、TCDDの子宮内膜への作用はAhRを介するものであることが示唆された。サルでの体内動態観察実験では、皮下投与部に発赤、痂皮形成がみられたが、全身状態には異常はなく、体重推移も正常であった。血漿中TCDD濃度測定の結果、30および300 ng/kg群では、投与5日後でそれぞれ0.92および9.2 pg/g (wet)、投与21日後でそれぞれ0.82および20 pg/g (wet)、投与49日後でそれぞれ0.52および11 pg/g (wet)であった。脂肪重量当りのTCDD濃度は、30および300 ng/kg群では、投与5日後でそれぞれ320および2600 pg/g (fat)、投与21日後でそれぞれ610および7400 pg/g (fat)、投与49日後でそれぞれ170および9000 pg/g (fat)であった。対照群では、いずれの測定時においても、TCDD濃度は検出限界以下であった。以上の結果から、TCDD の300 ng/kgの単回投与は、成熟雌アカゲザルに毒性変化を誘発せず、また、30および300 ng/kg投与後49日までは、血漿中TCDD濃度の推移には大きな変動はないと考えられる。なお、血漿中TCDD濃度の測定は約20 mlの採血で可能であった。妊娠動物を用いての本実験については、平成11年11月中旬より交配を開始し、対照、30および300 ng/kg投与各群に約15匹の妊娠動物が確保されている。一部の動物に流産、胎児死亡が認められているが、背景データの範囲内で、30および300 ng/kgの反復皮下投与がとくに母体の健康を障害しているとの所見は、平成11年度末の時点ではえられていない。
結論
マウスの外科的移植子宮内膜症モデルでは、ダイオキシンの0.15?2.5 μg/kg反復経口投与により子宮内膜は過剰な増殖を示さず、ダイオキシンが子宮内膜症を誘発するとの説を支持する結果はえられなかった。40 μg/kg反復投与では子宮内膜の発育抑制がみれられたが、これはAhRを介する反応であることが明らかになった。アカゲザルでは30または300 ng/kgの単回または反復皮下投与は被験動物の健康を障害せず、投与後7週でも20 ml/kgの採血でTCDDの濃度測定が可能であること、この投与量でも妊娠の継続が可能であることが示された。

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