SLEにおける難治性病態の早期診断と治療研究

文献情報

文献番号
199900611A
報告書区分
総括
研究課題名
SLEにおける難治性病態の早期診断と治療研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小池 隆夫(北海道大学 医学部内科学第二内科)
研究分担者(所属機関)
  • 江口 勝美(長崎大学医学部内科学第一講座)
  • 住田 孝之(筑波大学臨床医学系内科)
  • 土肥 眞(東京大学医学部アレルギー・リウマチ科)
  • 土肥 眞(東京大学医学部アレルギー・リウマチ科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一般的なSLE患者の生命予後は本症の早期発見が可能となり、また治療法の大幅な進歩により著しく改善されきた。しかし、抗リン脂質抗体症候群、間質性肺炎、難治性ループス腎炎のような難治性の病態も存在し、患者のOQLや生命予後を著しく阻害している。抗リン脂質抗体症候群はSLEに最も多く併発し、特に脳梗塞に代表される動脈系の血栓症が約半数の患者に認められる。またSLE患者の流産の最大の原因ともなっている。間質性肺炎はSLE患者において肺高血圧や肺胞出血と同様に、患者の生命予後を左右する重大な肺合併症である。またループス腎炎の中にはあらゆる治療に抵抗し腎不全に進行する、極めて難治な一群が存在する。本研究の目的は、多彩なSLEの病態の中から上記の抗リン脂質抗体に起因する病態(動・静脈血栓症、習慣流産、血小板減少及びCNSループスの一部)、間質性肺炎及び難治性ループス腎炎の3つの病態に焦点を絞り、それらの病因、早期診断及び新たな治療法を開発し、患者のOQLや生命予後の改善を計るものである。
研究方法
1)抗リン脂質抗体症候群:・自然発症APSマウス由来のモノクローナルaCL、WBCLAL-1の可変部領域遺伝子と、ヒト_1と_定常部領域遺伝子を持つプラスミドを作成し、マウス形質細胞株に導入し、ヒト_1定常部領域を持った、aCL活性及び抗_2-GPI抗体活性を有するキメラ抗体産生安定形質発現細胞株を、このキメラ抗体の活性と、多施設のaCL測定系の標準血清との比較を行った。・プロトロンビンの二つのフラグメント(fragment-1とprethrombin-1)を用いて抗プロトロンビン抗体が認識する抗原(B細胞エピトープ)を解析した。5種類のリコンビナント欠損蛋白を作成してB細胞エピトープについて検討した。
2)間質性肺炎:肺胞上皮細胞に対する増殖因子である肝細胞増殖因子(HGF)の経気管支投与が、マウスの気管支・肺胞上皮細胞に対してin vivoで増殖活性を示す事を確認した。この結果にもとづき、マウスのブレオマイシン惹起性肺線維症モデルを用いて、HGFの肺線維化に対する抑制効果を検討した。
3)難治性ループス腎炎=・SLEにおける難治性病態の一つであるループス腎炎を早期に診断するため、非侵襲的検査法であるMRI(核磁気共鳴映像)を使用した。設定条件を決定する目的でループス腎炎のモデルマウスであるMRL/lprマウスを使用、MRI撮影(T1)を行った。・ヒトにおける翻訳部分を抗原とするELISAの系を樹立しヒト血清サンプルで抗GOR抗体の存在を検討した。
結果と考察
抗リン脂質抗体症候群患者の血中に認められる抗カルジオリピン抗体は、血栓形成の制御にも関わるアポ蛋白である_2-グリコプロテインI (_2-GPI)を認識する。この抗体の測定法を確立し、標準化することは、多施設が協力して、抗リン脂質抗体症候群の臨床像を明らかにし適切な治療法を検討していく上で重要である。これまで、aCL の測定のための標準血清は存在せず、各施設間で独自に調整していた。そこでaCL活性及び抗_2-GPI抗体活性を有するキメラ抗体産生安定形質発現細胞株を作製し、多施設のaCL測定系の標準血清との比較を行った。その結果、作成したキメラ抗体は、IgG aCLおよび抗_2-GPI抗体測定系の標準として有用であることが明らかになった。この抗体は、すでにヨーロッパにおける多施設共同研究における標準抗体として既に使用されている。また、アメリカリウマチ協会およびWHOの標準抗体となる事が決まっている。すなわち、このキメラ抗体はaCLの世界標準血清として今後多くの施設で用いられるようになると思われる。
抗リン脂質抗体症候群の患者血中に認められる代表的な自己抗体はaCLとループスアンチコアグラントであるが、第三の自己抗体として抗プロトロンビン抗体が重要である事が本研究で明らかになった。本抗体も直接プロトロンビンに反応するのではなく、放射線照射したプレートにプロトロンビンを固相化するか、Caとフォスファチジルセリンの存在下でプロトロンビンに結合する性質を持っている(フォスファチジルセリン依存性抗プロトロンビン抗体)。この自己抗体は疾患特異性が極めて高く、今後β2-GPI依存性抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントとともに、抗リン脂質抗体症候群のスクリーニングには必須の検査になると思われる。
肺胞上皮細胞に対する増殖因子である肝細胞増殖因子(HGF)の経気管支投与が、マウスの気管支・肺胞上皮細胞に対してin vivoで増殖活性を示す事を確認した。この結果にもとづき、マウスのブレオマイシン惹起性肺線維症モデルを用いて、HGFの肺線維化に対する抑制効果を検討したところ、肺内コラーゲン、病理学的なスコアリングの両者の指標で、抑制効果が認められた。さらにその機序として、上皮細胞に対する増殖効果に加えて、遊走能の亢進、細胞表面線溶系の活性化が判明した。昨年度の研究結果と合わせ考えると、HGFとインターフェロン・ガンマの両者を組み合わせることが、間質性肺炎の進展を抑制する新たな治療戦略の一つとなる可能性が示唆され、
麻酔下生存マウスにおける腎臓MRIでは、呼吸性移動、心拍のアーチファクトの影響で腎皮質病変の描出は困難であったが、腎皮質・髄質の区別はついた。マウス腎摘出後のフロリナート液中の腎臓MRI撮影では、組織染色のスライスに匹敵する解像度が得られた。ループス腎炎患者の腎臓MRI撮影(T1)においても、腎皮質・髄質の区別はついたが、腎皮質病変の詳細な描出は困難であった。その原因として、MRI自体の解像度の問題が大きかった。T2強調像および脂肪抑制画像において腎皮質・髄質のコントラストが良好となった。また、横断像より矢状断像や冠状断像の方が良好な画像が得られた。今後、MRI機器の解像度の向上によりループス腎炎患者の腎病変の描出が可能となると考えられた。
抗GOR抗体を高値で保有する患者は確かに存在するものの、SLE患者における特異性や腎炎の合併や悪化などの疾患活動性の変化との相関は認められなかった。いっぽうGOR遺伝子産物自体の機能や特徴の検討の結果、この分子が多量体を形成する核蛋白であり、遺伝子導入による強制発現細胞は炎症性ケモカイン産生応答に対して抑制的に作用し、エストロゲンやその下流の分子が単独ではSLEの病態を助長するとは限らない可能性が示された。従って今後性ホルモンとSLE発病及びその難治化との関連を考える上で、その作用機序を理解して他のステロイドホルモンや共役分子の関与を考慮した複雑な系として検討と解析を行っていく必要性を認識した。
結論
全身性エリテマトーデス(SLE)は、多彩な自己抗体の出現と腎や中枢神経系をはじめ、多臓器障害を特徴とする、代表的な自己免疫疾患である。近年、早期診断や早期からの積極的な治療により、本症の生命予後は著しく改善したが、あらゆる治療に抵抗する難治性の病態も依然として存在する。本研究ではその中から血栓症と習慣流産を伴う抗リン脂質抗体症候群、間質性肺炎及び難治性腎炎の3つの難治性病態に焦点を絞り、それらの病因を明らかにし、早期診断法を確立し、治療法の開発を試みた。抗リン脂質抗体症候群に関する研究では、抗リン脂質抗体症候群モデルマウス由来のモノクローナルaCL、WBCAL-1の可変部領域と、ヒト_および_1鎖定常部領域よりなるキメラ抗体、HCALを、マウスミエローマ細胞株にて発現させ、安定形質発現細胞株を得た。得られたキメラ抗体HCALは、多くの施設で、各々の施設の測定法にて、固相化されたカルジオリピンおよび_2-GPIに良好な反応性を示した。HCALを用いて測定したaCL価は、臨床像との関連が認められた。HCALは、IgGクラスのaCLおよび抗_2-GPI抗体測定系の標準血清として有用であると考えられた。間質性肺炎に関しては、 肺胞上皮細胞に対する増殖因子であるHGFは、多様な機序によって、肺傷害に引き続く線維化に抑制効果を発揮する事が明らかとなった。今後は、1) 他の肺傷害モデルでの追試や、免疫学的な機序の関与した新たな動物モデルの開発、2) HGFによる発癌性の検討、3) 抗線維化サイトカインであるIFN-_との協調作用の検討、などが重要な課題であると考えられた。ループス腎炎に関しては、現在臨床で使用中のMRIは磁場強度で1Tであるため、ループス腎炎患者における腎皮質病変の詳細な解析は困難であったがMRLマウスの腎臓MRI撮影の検討から今後MRI機器の解像度の向上によりループス腎炎患者の腎病変の描出が可能となると考えられた。エストロゲンによって発現誘導されるGOR遺伝子産物ヒトホモログは、ヒトにおいて抗原性を有しうるが、SLE患者において抗GOR抗体は特異性や疾患活動性との相関はないものと考えられた。また従来C型肝炎ウィルスとの抗原交差性を指摘されていた領域はヒトにおいては翻訳されず、HCV感染やSLEで見られる自己免疫現象にGOR遺伝子産物が介在している可能性も低いと考えられた。いっぽうGOR遺伝子産物自身やエストロゲンは炎症応答に対して単独では抑制的に作用する可能性が高く、SLEの病態や難治化における性ホルモンの役割は他のステロイドホルモンレセプターや共役分子などの関与を含めた複雑なものであることが予想され、その理解の上に新たな解析アプローチを進めていく必要性が考えられた。

公開日・更新日

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