家族性プリオン病及び外因性プリオン病の発症遅延方策に関する介入研究

文献情報

文献番号
199900605A
報告書区分
総括
研究課題名
家族性プリオン病及び外因性プリオン病の発症遅延方策に関する介入研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
片峰 茂(長崎大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 北本哲之(東北大学大学院医学系研究科)
  • 毛利資郎(九州大学大学院医学系研究科)
  • 堂浦克美(九州大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)をはじめとするプリオン病には、現在のところ有効な臨床治療手段がないのが現状である。我が国では、不幸にも硬膜移植後のCJD患者が60名をこえ感染性プリオン病の脅威にさらされている。硬膜移植は年間2万例の症例に実施されており、旧処理法の硬膜は約10年間使用されていた。つまり潜在的に危険な硬膜移植患者は20万人に達する。また、我々の遺伝子解析の結果、家族性プリオン病の家系が多数日本に存在することが明らかとなり、日本で発病するプリオン病の15%が何らかの遺伝子変異の存在する家族性プリオン病である。プリオン病は発病すると手の施しようがなく、発病させないつまり発病遅延をさせる方策を開発することが緊急の課題である。しかしながら有効性の裏付けのある方策は未だ存在せず、臨床現場での患者(保因者)を対象とした介入研究には未だ倫理的に問題が多い。我々は現時点においては、プリオン病モデルを利用した薬剤の有効性評価系の確立と、発症遅延方策のための新規の薬剤・方法論の開発が何よりも先決であると考えた。
プリオン病の本態が正常プリオン蛋白 (PrPC) の異常プリオン蛋白 (PrPSc) への翻訳後変換であることが判明しているため、この変換制御が発症遅延方策の眼目となる。また PrPC 発現量がプリオン病の潜伏期を規定することから遺伝子治療による PrPC 発現制御も有望な試みであり、特徴的なプリオン病脳組織病変(海綿状神経変性)形成に直接関与する細胞因子も発症遅延薬剤の標的となりうる。そこで本研究班においては、(1) 試験管内(無細胞系)、培養細胞、動物の異なる3システムを用いてプリオン病発症遅延方策の有効性評価系を確立し、それにより既知あるいは新規の薬剤(方策)の有効性を検討すること、とくに遺伝子改変技術により外因性および家族性プリオン病双方のマウスモデルを作製すること、(2) 正常宿主蛋白、及びファージデイスプレイ法により同定されるプリオン蛋白と物理的に相互作用をするペプチドをプリオン蛋白変換制御物質の候補として検索すること、(3) コンデイショナル・ターゲテイング法によりプリオン接種前後の様々な時期に正常型プリオン蛋白の発現量を人為的に制御することのできるマウスを作出しこれを用いて遺伝子治療の可能性を探ること、(4) プリオン病脳組織病変(海綿状神経変性)形成に直接関与する細胞因子を同定しそれに対する制御薬剤を開発すること、を具体的目標とすることとした。
われわれは、昨年度すでに以下の成果をあげている。(1) プリオン感染神経芽細胞腫由来細胞株 (N2a) より異常プリオン蛋白 (PrPSc) 高産生細胞を得た。この細胞クローンはPrPC を効率よく PrPSc へ変換するため、PrPSc 生成検出系として有用であることが判った。(2) 従来の 家族性プリオン病マウスモデル(GSS, P102L) は発病はするものの、プロテネースK抵抗性 PrP の蓄積をほとんど来たさず、野生型マウスへの伝播も成功していない。そこで、新たなモデルとして FFI 型変異 (D177N) を有する PrP 遺伝子トランスジェニックマウスの作製を試み、変異型遺伝子の野生型マウスへの導入に成功した。(3) ランダムペプチドライブラリよりリコンビナント PrP への結合活性を有するファージをパニング法により濃縮し、独立した6種類のファージクローンを得た。うち3種類のファージに対応する合成ペプチドのPrPへの直接結合を確認した。(4) cDNA サブトラクション法により、プリオン感染脳に過剰発現する 4 種類の既知遺伝子を新規に同定した。うち 3 者はミクログリア由来であり神経障害因子として機能する可能性が考えられた。
本年度は、上記研究課題を継続して遂行したが、本報告書では特に成果の得られた以下の4課題について報告する。
研究方法
(1) 毛利は昨年選出したプリオン病発症遅延薬剤の候補のうち、アムフォテリシンB(AmB)とクロロキン(CQ)について、外来性プリオン病モデルとしてヒト由来のマウス順化CJD(GSS)株であるF1株と感受性の高いマウス系統であるNZWマウスの組み合わせで、発症遅延マウスの動物モデルによる評価を行った。 (2) 堂浦はライソゾーム機能を修飾する化学物質の中で臨床応用可能なものについて、プリオン病持続感染培養細胞を用い感染型プリオン蛋白の産生沈着阻害効果を調べ、その阻害機序について検討を行った。 (3) 北本はトランスジェニック・マウスを用いた動物モデルで種の異なる正常プリオン蛋白が、別の種類のプリオン蛋白の異常化への変換を定量的に抑制するか否かを検討した。すなわち、ヒト型のトランスジェニック・マウスの内、あまり発現量の多くないChW#30と129#12の系統を用いて、マウスプリオン蛋白の発現量が異なるablated、hemizygous、wild backgroudそれぞれにsporadic CJDの発病脳を頭蓋内投与しマウスプリオン蛋白のヒトプリオン蛋白異常化に対する抑制効果が観察可能かどうかを検討した。(4) 片峰らは独自に作製した PrP 欠損マウス (Ngsk Prnp0/0) 脳組織で異所性に発現するPrP類似蛋白 (PrPLP)をコードする新規遺伝子を発見するとともに、PrPLPとPrPとの物理的会合を介した相互作用の可能性を検討した。
結果と考察
(1) プリオン脳内接種、AmB腹腔内投与で明らかな発症遅延と潜伏期間の延長が認められた。このAmBの効果は感染初期にのみならず、プリオンの脳内蓄積が起こっていると考えられる中期以降の投与においても潜伏期間が延長することが判明した。これはCJDのモデルでは最初であり、臨床応用の道が開かれた。一方、CQについては濃度を3段階に設定し、感染前から投与したが、いずれも潜伏期間の延長は認められなかった。(2) ライソゾーム嗜好性薬剤のquinacrineやシステインプロテアーゼ阻害剤のE-64dが低濃度でプリオン病持続感染培養細胞における感染型プリオン蛋白の産生沈着阻害効果を示したが、特にE-64dは有効濃度範囲が広く極めて有効であった。これらの薬剤は、正常型プリオン蛋白の代謝に影響せず、正常型プリオン蛋白から感染型プリオン蛋白への転換反応にも影響しなかったことより、間接的に感染型プリオン蛋白の産生を阻害しているかあるいはその半減期を短縮しているものと推定された。(3) マウスプリオン蛋白のヒトプリオン蛋白の異常化に対する抑制効果を見る実験では、ChW#30において潜伏期間はablatedが平均154日、hemizygousが215日、wildが367日であった。一方、129#12においては、ablatedが平均172日、hemizygousが259日、wildが319日であった。当初の予想通りに、マウスのプリオン蛋白はヒト化プリオン蛋白の異常化への変換をdose-dependentに抑制するという結果が得られた。 (4) Ngsk Prnp0/0の脳組織にPrnp exon 1/2とハイブリダイズする異常mRNAを同定した。このmRNAはZrch Prnp0/0 には存在しない。cDNA構造解析によりこのmRNAはPrnp イントロン構造破壊に起因する PrP 遺伝子と下流の新規遺伝子の間での intergenic splicing に基づく融合mRNAであることが判明した。この新規遺伝子はPrP類似蛋白 (PrPLP) をコードするORFを有し、PrP との相同性は一次構造レベルでは25% 程度であるが、共に膜糖蛋白であり極めて類似した二次構造を有する。Ngsk Prnp0/0における異常mRNAの発現はPrnpプロモーターにドライブされ、その結果PrPLP の神経細胞での異所性発現が惹起されていることが判明した。さらに、PrPLPがPrPと高い類似性を示すことより、両者の相互作用について、免疫共沈法と光学バイオセンサー(IAsys)を用いて検討した。免疫共沈法にて、レコンビナントPrPLPとPrPとが物理的に結合することが分かった。さらに、IAsys法にてレコンビナントPrPLPは高い結合力(KD=3.21X10-8、Kd=3.04X10-3、Ka=9.49X104)でPrPに会合した。
結論
(1) アムフォテリシンBはCJDモデルマウスの潜伏期間を延長し、CJDの発症
遅延の効果があることが示され、腎毒性が克服できれば臨床応用が可能であることが示唆された。(2) ライソゾーム嗜好性薬剤のquinacrineやシステインプロテアーゼ阻害剤のE-64dが、低濃度でプリオン病持続感染培養細胞において感染型プリオン蛋白の産生沈着を阻害することを明らかにした。特にE-64dは有効濃度範囲が広く本邦においてヒトの治験薬剤として用いられたことがあり、その有効性が動物実験で確認できれば早期にヒトへの臨床応用が可能である。(3) 2種類のプリオン蛋白を共に発現しているトランスジェニックマウスを用いて、ヒト・プリオン蛋白の異常化への変換が、マウスの正常型のプリオン蛋白によってdose-dependedに抑制されることを明らかにした。(4) PrP類似蛋白 (PrPLP) をコードする新規遺伝子を同定した。PrPLPが物理的にPrPと会合することが判明し、PrPLPがPrPの異常化に影響を及ぼす可能性が示唆された。

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