特定疾患患者の生活の質(Quality of Life, QOL)の判定手法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900592A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患患者の生活の質(Quality of Life, QOL)の判定手法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
福原 俊一(東京大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 岩男泰(慶應大学医学部附属病院)
  • 近藤智善(和歌山県立医科大学)
  • 大橋靖雄(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班の主要な目的は以下の3つである:(1)QOLに関する基礎的・技術的研究:特定疾患患者のQOLを測定する尺度の開発およびQOLデータの解析に関する方法に関する研究を行う。前者では、項目応答理論を活用して被研者に負担を与えずかつ精度の高い測定方法の開発・検討を、後者では欠測値の処理方法、などに関する研究を行う。(2)臨床応用研究:炎症性腸疾患(IBD)およびパーキンソン病(PKD)をモデル疾患としてQOLを主なエンドポイントとする介入研究を実施する。(3)社会疫学的研究・医療政策応用研究:特定疾患患者の種々の治療法に関する医療経済分析、および患者のQOLに影響を与える社会・環境因子に関する検討を行う。以上の研究を通じて、特定疾患患者を対象としたQOL研究のモデルを臨床各班に提示することによって、臨床各班のQOL研究に対する間接的な支援を行うことを主な目的としている。さらに、いくつかの臨床班と連携した共同研究などを通じて、臨床各班に対する直接的な支援をすることも本研究班の機能のひとつである。
研究方法
(1)QOLに関する基礎的・技術的研究:項目反応理論の推定法に関し、既存の方法(アルゴリズム)の問題点を整理し、EMアルゴリズムの応用を試みた。すなわちプログラムの開発を行いテストデータ(実例)への適用および乱数データを用いたシミュレーションによりアルゴリズムの相対評価を行った。今年度は広く使われているMULTILOGを検討の対象とした。また、2ドメインへの拡張を試みた。CAT(computer adaptive testing)について、効率的な項目選択の基礎理論についてこれまでの成果をまとめた。データ解析については、上記のように、肺癌データを中心に新しい観点からの応用を試みた。(2)臨床応用研究:・IBDに関しては、IBD患者のQOL測定法の確立、測定上の問題点検討を通じ、当該疾患患者を援助する臨床的・社会的施策の科学的評価・立案に寄与する基礎データを提出することを目的とする。IBDグループでは3つの研究を行った。1)潰瘍性大腸炎(UC)術後患者QOLの横断・縦断的観察研究。既存・新規QOL尺度による質問票調査。2)クローン病外来患者への介入研究。QOL改善のための心理行動学的教育プログラム開発と評価研究デザインの検討。3)クローン病入院患者QOLの縦断的観察研究。特定疾患臨床班との共同研究。既存質問票を用いた入院時・後の時系列測定を計画した。PKDグループ-薬物介入試験、リハビリテーション、そして臨床疫学を専門とした神経内科医、心理的アプローチについての研究者等によるチームを形成した。英国で開発されたパーキンソン病(PD)患者の生活の質(QOL)測定のための疾患特異的評価尺度PDQ-39を用いて,この評価尺度が日本人に適用可能かどうかの検討を行う。対象はPKD患者150例で、これらの患者に教育を受けた調査員が面談によってPDQ-39と全般的QOLスケールSF-36を適用する。主治医はそれら対象患者にUnified Parkinson's Disease Rating Scale (UPDRS)を用いた症状評価を行う。一部患者については再現性の検討のため反復調査を行う。dopamine受容体作動薬投与による治療介入またはリハビリテーションによる介入を行い,それらの前後の調査によって生じる症状変化に対するPDQ-39の反応性などの検討を行う。リハビリテーション介入に関しては介入によって生じた評価尺度の変化がどのような要素的変化に由来するかについての調査を行う。またQOLに資する心理的背景を明らかにするため心理的適応尺度(Nottingham Adjustment Scale Japanese version, NAS-J)も適用する。さらにEQ5Dも適用し,効
用値を求めてDA作動薬による治療介入の効果・副作用の調査から費用効用分析を行う。(3)社会疫学的研究・医療行政研究:ある行政組織の公務員6090人から無作為に抽出した1584人(26%)を対象として横断面的研究をおこなった。性、年齢、QOL(日本語版SF-36)、職種、および実労働時間に関する項目を含む自記式質問票を用いて調査した。記入のなされた回答が1364人から回収された。この中から、SF-36の身体的QOL(PCS: Physical Component Summary)および精神的QOL(MCS: Mental Component Summary)が計算可能であった1343人(85%)を解析に供した(Ware JE, et al. SF-36 Physical and Mental Health Summary Scales: A User's Manual. 1994)。また、PKD患者への薬物治療に関して、Markov modelを用いたCost-utility analysis、cost-effectiveness analysisを行った。
結果と考察
研究結果=(1)QOLに関する基礎的・技術的研究:残差プロットから、MULTILOGの推定値に関して真値が小さい場合は過大評価になり、真値が大きい場合には過小評価になるというバイアスが認められたが、提案した推定方法ではそのような傾向は認められなかった。同様に識別力も推定する場合においてもバイアスは認められなかった。困難度1と困難度2の平均二乗誤差の10項目の平均は、MULTILOGでは0.458と0.193であり、提案した方法では0.186と0.112であった。識別力も推定する推定方法では0.30と0.13であり、識別力の平均二乗誤差は0.034であった。(2)臨床応用研究:・IBDグループ-横断研究から、UC術後患者のQOLが排便や漏便のみならず、心理・社会的因子の影響も受けていることが示された。同様の結果がクローン病外来患者でも得られた。QOL向上のための教育プログラムを開発、患者パネルから意見を聴取したところ、概ね妥当な内容と確認された。PKDグループ-今年度は上記調査をスタートさせるためのプロトコールを作成した。すなわち臨床上の疑問点のリストアップ,日本語版PDQ-39,NAS-J,等のアンケート用紙の作成・印刷,UPDRS評価表の印刷,アンケートに関するヘルシンキ宣言に準じた説明書・承諾書の作成・印刷,アンケート調査の集計依頼機関の選定と依頼,等を行った。 DA作動薬の介入,リハビリテーション介入に関する下位調査項目である,症状日内変動調査用紙の作成,筋力,バランス,心理テスト,等の検査バッテリーを定めた。社会疫学的研究・医療行政研究:PCSは性、年齢、職種に関連していたが労働時間には関連していなかった。MCSは何れにも関連していた。労働時間が9時間を超えるとMCSは低下し、労働時間とMCSの間には逆J字型の関連が認められた。これらの関連は性、年齢、および職種で調整しても変化がなかった。
結論
(1)QOLに関する基礎的・技術的研究:本件究では、応用事例として用いたパーキンソン病患者のQOLデータのような対象者数が少ないという状況下で、既存の解析パッケージが採用する推定方法に問題があることを指摘し、既存の解析パッケージよりも推定精度の高い推定方法を提案した。また提案した推定方法を用いて臨床データを解析し、Item reductionのための指標の検討結果から身体機能のQOLの指標として対象者が考える歩行可能距離が有用である可能性を指摘した。(2)臨床応用研究: IBD-患者QOLの系時的変化、また改善のための教育介入の有効性を今後明らかにする必要がある。また、横断研究では明らかにできなかった測定上の問題(反応性と反応シフトバイアス)についても来年度以降検討する必要がある。PDQ-39をもとに,より簡便で信頼性の高いPKD患者の症状評価尺度が開発されること,患者QOLを規制する要因,QOLに関連の強い背景因子などが明らかになることが期待される。新しい症状評価尺度を用いた調査によって患者により密接した対応が可能となる。また予め介入の効果が期待される患者集団の同定が容易になる。(3)社会疫学的研究・医療行政研究:今回の研究結果から一般集団において精神的QOLが労働時間に関連して変動することが示唆された。労働時間は職場の支援や本人の意思によって変化させることが可能であり、QOLの水準が治療だけではなく社会的要因によっても変動させうる可
能性が明らかになった。今後、労働時間以外の心理社会的な要因とQOLとの関連性も明らかにし、それらの要因が特定疾患患者のQOLと関連する可能性を明らかにする必要がある。一般集団において社会的環境要因はQOLに関連する。この関連性が特定疾患患者集団においても存在する可能性を明らかにすることが必要である。平成12年度は、上記4つの研究グループの多くで介入研究が開始されデータの収集が行われる。13年度にはデータ解析がなされ、最終報告される予定である。

公開日・更新日

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