自己抗原ノックアウトマウスを用いた自己免疫モデルの開発に関する研究

文献情報

文献番号
199900589A
報告書区分
総括
研究課題名
自己抗原ノックアウトマウスを用いた自己免疫モデルの開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
天谷 雅行(慶應義塾大学)
研究分担者(所属機関)
  • 西川武二(慶應義塾大学)
  • 田中 勝(慶應義塾大学)
  • 小安重夫(慶應義塾大学)
  • 鈴木春巳(慶應義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、新しい発想法から自己免疫モデルマウスを作成することを目的とする。すなわち、自己抗原ノックアウトマウスが自己抗原に対し免疫寛容が成立していない事実を利用し、抗原で自己抗原ノックアウトマウスを免疫した後にそのリンパ球を野生型のマウスに移植することにより、抗原特異的に自己免疫反応を誘導し、自己免疫モデルを作成する。3年計画の1年目である本年度は、自己免疫性疾患の中で皮膚を標的とし粘膜・皮膚に水疱びらんを生じる尋常性天疱瘡(pemphigus vulgaris, PV)に焦点を絞り、PVのモデルマウス作成を試みる。
研究方法
(1) マウスDsg3組換え蛋白の作成
マウスケラチノサイトcDNAライブラリーよりPCRクローニングする。得られたcDNAを、バキュロウイルストランスファーベクターにサブクローニングし、バキュロウイルス発現系にて分泌型の蛋白として産生させる。C末に挿入したHis-tagにより、Ni-NTAカラムにて細胞培養液中より精製する。
(2) Dsg3-/-マウスのコロニー作成
Dsg3ノックアウトマウスの雌雄ヘテロ接合体(+/-)をmatingさせる事により、Dsg3(-/-)マウスのコロニーを作成する。
(3) Dsg3-/-マウスへのDsg3組換え蛋白による免疫
作成されたマウスDsg3組換え蛋白を抗原として、8週令のDsg3-/-マウスに免疫する。Dsg3-/-マウスではDsg3に対する免疫寛容がないため、Dsg3の各種エピトープに関する抗体が容易に得られると考えられる。
(4) 免疫Dsg3-/-マウス脾細胞のRag-2-/-マウスへの移植
Dsg3の発現があり、移植脾細胞を拒絶することがないRag-2-/-マウスに、免疫Dsg3-/-マウスの脾細胞を移植する。移植後、レシピエントマウス内での血中抗体をELISA法にて検出するとともに、粘膜及び皮膚を病理組織学的、免疫組織学的に検討し、天疱瘡の表現型の有無を解析する。
結果と考察
(1) マウスDsg3組換え蛋白の作成
マウスケラチノサイトcDNAライブラリーをテンプレートとして、マウスDsg3の塩基配列をもとにプライマーを設定し、PCRクローニングした。得られたcDNAを、バキュロウイルストランスファーベクターにサブクローニングし、バキュロウイルス発現系にて分泌型の蛋白として産生させた。C末に挿入したHis-tagにより、Ni-NTAカラムにて細胞培養液中より精製した。純度の高いマウスDsg3組換え蛋白が得られた。
(2)  Dsg3-/-マウスへのDsg3組換え蛋白による免疫
作成されたマウスDsg3組換え蛋白(mrDsg3)を抗原として、8週令のDsg3-/-マウスに免疫した。免疫のプロトコールは、マウス1匹当たり10ugの組換え蛋白を初回Freund完全アジュバンドで皮下に免疫し、以後1週毎に10ugの組換え蛋白とFreund不完全アジュバンドで3回免疫する。4回目の免疫終了1週後に、血中のマウスDsg3に対する抗体価をELISA法にて測定する。Dsg3-/-マウスではDsg3に対する免疫寛容がないため、in vivo の状態でDsg3に結合できる抗体が産生された。マウス培養ケラチノサイトPAM212細胞の培養液中に、マウス血清を加えると、ケラチノサイト膜表面にあるDsg3に結合していることが確認された。
(3) 天疱瘡モデルマウスの作成
Dsg3を免疫したDsg3(-/-)マウス体内ではDsg3に対する抗体が産生されることが証明された。そこで、表皮にDsg3の発現が見られるRag-2ノックアウトマウスに、免疫したDsg3ノックアウトマウスの脾細胞を移植した。
Rag-2ノックアウトマウスは、B細胞、T細胞受容体の組換えができないため、成熟したT細胞、B細胞が認められず、免疫不全状態を呈する。従って移植された脾細胞を拒絶する事は無い。
移植後、4-7日後に、レシピエントマウス内にDsg3に対する抗体の産生が検出された。その後、抗体価は21日後にほぼピークに達し、6ヶ月以上に渡り抗体産生が持続的に認められた。マウスの、皮膚、口腔粘膜、食道などの重層扁平上皮の細胞膜には、移植された免疫担当細胞により産生された抗マウスDsg3抗体の沈着が確認された。さらに、それらの抗体により、表皮及び粘膜上皮の細胞間接着が障害され、天疱瘡に特徴的な病理学的所見である基底層直上での裂隙形成(suprabasilar acantholysis)が認められた。また、抗体産生が明らかになる移植7日後以降には、レシピエントマウスの体重減少も認めた。これは、口腔内に広範囲に認められたびらんにより、摂食障害が生じたためと思われる。さらに、一部のレシピエントマウスでは、鼻周囲の通常ひっかく部位に一致して痂皮を伴うびらんを認めた。これは、天疱瘡患者で観察されるニコルスキー現象と考えられ、表皮細胞間の接着が通常より弱くなっているために、掻破によりびらんが生じるためと思われる。
本研究で作成されたマウスは、臨床的、病理学的、免疫学的にも、天疱瘡の特徴的な所見を有するマウスモデルであると結論された。
(4) 病的活性を持つモノクローナル抗体の作成
PVモデルマウスの脾細胞とマウスミエローマ細胞をポリエチレングリコールを用いて細胞融合を行った。得られたハイブリドーマを、マウスDsg3を抗原として用いたELISA法にて1次スクリーニングし、陽性クローンを培養マウス角化細胞、PAM212を用いたliving cell stainingで2次スクリーニングを行った。現段階で3クローン(1AK,7AK,9AK)のモノクローナル抗体を作成した。すべて重鎖はIgG 1、軽鎖はカッパであった。間接蛍光抗体法、ELISAの所見から、7AK,9AKがマウスDsg3に特異的であった。
(5) 天疱瘡抗原3次元エピトープの解析
Dsg3と相同性を有するDsg1を用いて、スワッピング分子を作成し、バキュロウイルス発現系で産生した。患者血清を用いた検討により、Dsg3の主要3次元エピトープはN末1-161アミノ酸残基に存在することが結論された。さらに詳細なエピトープの解析、ならびにモデルマウスで産生された抗体のエピトープの解析を行う予定である。
(6) モデルマウスにおける抗Dsg3機能阻害抗体産生機序の解析
抗体産生にいたるには、T細胞、B細胞のどのレベルで免疫寛容が破綻している必要があるのかを検討する。天疱瘡モデルマウスの作成の過程において、Rag2 -/- マウスに移植するリンパ球をDsg3 -/- T、Dsg3 +/- TおよびDsg3 -/- B、Dsg3 +/+ Bの計4通りを組み合わせ、Dsg3に対する抗体産生を検討し、解析をすすめている。
(7) 戻し交配
天疱瘡モデルマウスをより安定に,かつより再現性高く作製するためには,Dsg3ノックアウトマウスの遺伝的背景を均一にする戻し交配を開始した。C57BL/6と129/Svの2種類の系統に3年間で12代の戻し交配を目指す。
結論
皮膚の重篤な自己免疫疾患であるPV に対するモデルマウスが、世界で初めて作成された。
今後は、本研究で作成された天疱瘡モデルマウスを用いて、自己抗体産生機序の解明を行うとともに、疾患特異的治療法の開発に重点をおく。抗体産生機序の解明をするために、病的活性を有するモノクローナル抗体の単離をする。さらに、抗体産生に関与するT細胞クローンを樹立する。さらに、天疱瘡モデルを用いて、現在行われている治療法の再評価を行う。さらに、天疱瘡モデルマウスで証明された自己抗原ノックアウトマウスを用いたモデルマウスの作成を、他の疾患に拡大して作成を試みる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-