特定疾患の分子病態の解明に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900588A
報告書区分
総括
研究課題名
特定疾患の分子病態の解明に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
永井 良三(東京大学大学院医学系研究科、循環器内科)
研究分担者(所属機関)
  • 永井良三(東京大学大学院医学系研究科、循環器内科)
  • 西川伸一(京都大学医学研究科分子遺伝学部門・免疫学、発生学)
  • 中福雅人(東京大学大学院医学系研究科神経生物学・分子神経生物学)
  • 千葉 滋(東京大学大学院医学系研究科・血液内科学)
  • 宮園浩平(癌研究会癌研究所・生化学部)
  • 中村敏一(大阪大学大学院医学系研究科附属バイオメディカル教育研究センター腫瘍医学部門分子細胞生物学)
  • 上野 光(九州大学医学部附属病院冠動脈疾患治療部・循環器内科)
  • 門脇 孝(東京大学大学院医学研究科糖尿病・代謝内科)
  • 小室一成(東京大学大学院医学研究科・循環器内科)
  • 森下竜一(大阪大学大学院医学系研究科・遺伝子治療学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
31,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
特定疾患の基本病態として、原因不明の炎症、間質細胞の活性化、線維化、血管障害などが大きく関与する。したがって線維化や血行障害、さらに細胞分化の分子機構を明かにし、これらの分子病態に基づいた治療法を開発することにより、特定疾患の新たな治療戦略の構築が可能となる。
本研究は特定疾患の病態解明と新しい治療法の開発を目指し、(1)神経、血球、心血管細胞の分化機構と幹細胞による再生療法の開発、(2)炎症のメカニズムと間質細胞の活性化および線維化の分子機構、(3)血管障害の分子機構と血管保護療法の開発を目的とする。
本研究は再生医学や血管医学の視点から、特定疾患の病態を解明すると共に、新しい治療法の開発を目指している。同時に、間質細胞の活性化や線維化、炎症の分子機構に基づいた治療法の開発も重要な目的とする。
研究方法
・西川は、試験管内血管構築形成について検討する。血管内皮、血管平滑筋、血液細胞に焦点を絞り、ES細胞からそれぞれの細胞系列への分化を人為的に誘導するための基礎技術を確立する。
・中福は、神経幹細胞を用いた神経組織の再生・修復のための新規治療の開発について検討する。神経幹細胞の単離・培養法を確立し、その増殖と分化の分子機構を解明する。また幹細胞の脳内移植によって損傷・変性神経組織を再生・修復する新規治療法を開発する。
・千葉は、Notchリガンドによる造血制御について検討する。骨髄幹細胞の増殖分化シグナルを解析し、幹細胞を大量に増幅するシステムを確立する。
・宮園は、増殖因子を介する臓器繊維化のメカニズムとその制御について検討する。TGF-βの細胞内シグナル伝達を司るSmadによるシグナルのメカニズムを明らかにし、臓器の線維化のシグナルを特異的に制御する方法を探る。
・中村は、器官再生と治療への応用について検討する。生体の修復因子と考えられるHGFを用いて、臓器傷害や組織破壊によって起こるさまざまな疾患に有効な治療薬となりうる可能性を検討する。
・上野は、炎症と繊維化のメカニズムと防止について検討する。炎症の遷延化や炎症に引き続く臓器線維化に重要と考えられる分子群、とくにTGF-βを始めとする増殖因子をアデノウイルスに組み込んでin vivo投与し、その動的役割の解明と臓器線維化に対する治療法を検討する。
・門脇は、PPARγアゴニストを用いた炎症細性腸疾患の新しい治療法の確立について検討する。炎症性腸疾患(IBD)における炎症の分子機構を解析する。とくに大腸特異的に高発現し抗炎症的に働きうるPPARγの合成アゴニストを、化学物質によるIBDモデルマウスに投与することにより、新しい治療法の確立を目的とする。
・小室は、心筋細胞分化と細胞移植について検討する。P19CL6細胞を用いて、心筋細胞への分化の分子機序を検討する。またP19CL6細胞を分化、もしくは未分化のままマウスの心臓に注入し、その細胞がin vivoの心臓の環境下において心筋細胞に分化するか否かを検討する。
・森下は、動脈硬化形成における炎症の関与を解明し、治療法への応用を検討する。
・永井は、老化関連遺伝子klothoの病態生理学的意義について検討する。血管内皮の保護作用をもつklotho蛋白の分子機構の解明を行なうと共に、klotho蛋白もしくはklotho遺伝子の投与が臓器の血行を改善し、特定疾患の新しい治療法として確立しうるかについて検討する。
結果と考察
・西川は、試験管内血管構築形成について検討した。血管構築のリモデリングを探る目的でFlt4に対する機能阻害抗体を樹立し、この抗体を用いて癌による血管新生のどの段階でこの分子が機能しているのかを明らかにした。また、網脈血管新生モデルを用いて、血管リモデリングにおける内皮と周囲細胞の相互作用について検討した。さらに、血管内皮細胞とその周囲細胞をES細胞から分化させるための実験系を確立した。組織における血管リモデリングの過程を明らかにしたとともに、リモデリングの細胞生物学を推進するための材料調製のためのES細胞分化実験系を確立した。
・中福は、神経幹細胞を用いた神経組織の再生・修復のための新規治療の開発について検討した。脳内細胞移植における神経幹細胞を用いるための基礎技術として、神経組織より幹細胞を選択的に単離し、試験管内で培養・維持する技術を確立した。また、神経幹細胞の自己複製能の維持に関わるNotchシグナル伝達系において、新規シグナル分子Deltex-1の機能を明らかにした。この知見は、幹細胞の大量培養法へ応用可能と考えられる。
・千葉は、Notchリガンドによる造血制御について検討した。Notchによる造血細胞におけるシグナルについて検討した。Notchは造血細胞上のNotch2を受容体とし、Notch2を活性化してシグナルを伝える。その結果、造血細胞の複製の系統への分化を抑制することを明らかにした。Notchを用いた造血肝細胞の対外増幅に応用可能と考えられる。
・宮園は、増殖因子を介する臓器繊維化のメカニズムとその制御について検討した。TGF-βによるSmadの転写活性化の選択性のメカニズムについて検討し、また抑制型SmadによるBMPシグナルの選択性のメカニズムについて検討した。さらに、プレオマイシン肺繊維化モデルにSmad7を投与した結果、in vivoでの繊維化が著明に抑制された。Smadの作用を調節することによって繊維化を抑制できることを明らかにした。
・中村は、器官再生と治療への応用について検討した。HGFからみた慢性腎不全の発症と治療と肝硬変の治療法について検討した結果、1)HGF投与が慢性腎不全に対して、強力な治癒効果を有した。また2)HGF遺伝子治療によりラット肝硬変を治癒することに成功した。HGF蛋白質の投与あるいは遺伝子治療が慢性腎不全、肝硬変に対して強力な治療効果を有することを明らかにした。
・上野は炎症と繊維化のメカニズムと防止について検討した。TGF-βによる信号伝達が遮断される、細胞内キナーゼ部分を欠失した変異型II型TGF-β受容体を組み込んだアデノウイルスベクターを用い、TGF-βが肝臓繊維化の発症・進展に必須であることをしめした。繊維化の抑制は臓器機能保全に働くことを示すとともに、抗TGF-β療法の臨床応用の可能性が示された。
・門脇は、PPARγアゴニストを用いた炎症細性腸疾患の新しい位治療法の確立について検討した。PPARγリガンドはマウス虚血再潅流腸管傷害を強力かつ早期に抑制した。PPARγが虚血再潅流臓器傷害に有効であることを示すとともに、短時間で転写調節をすることを明らかにした。
・小室は、心筋細胞分化と細胞移植について検討した。P19CL6細胞を用いて、BMPはTAK1, Smadを活性化し、さらに転写因子CsxとGATA4を活性化することにより、心筋細胞の分化を誘導することを示した。心筋の分化誘導およびその制御に関わるパスウエーを明らかにした。
・森下は、動脈硬化形成における炎症の関与を解明し、治療法への応用を検討した。NFKBデコイ導入は、バルーン傷害後再狭窄抑制をもたらした。動脈硬化の新しい治療戦略として重要であることが示唆された。
・永井は、老化関連遺伝子klothoの病態生理学的意義について検討した。klotho欠損マウスにみられる肺気腫について検討した。分子レベルでの検討から、細胞外マトリックスの修復・再生機能低下やII型肺胞上皮細胞の機能異常が推察された。klotho欠損マウスは単一遺伝子の機能異常により肺気腫を自然発症する極めて特異なマウスであり、ヒトでみられる肺気腫の病態を分子レベルで解析する上で貴重な動物モデルと考えられる。
結論
特定疾患の病態解明と新しい治療法の開発を目指し、(1)神経、血球、心血管細胞の分化機構と幹細胞による再生療法の開発、(2)炎症のメカニズムと間質細胞の活性化および線維化の分子機構、(3)血管障害の分子機構と血管保護療法の開発を目的とした研究を行った。
本年度は、上記3プロジェクト全てについて成果をあげた。1)神経、血球、心血管細胞の分化機構と幹細胞による再生療法の開発の場合、西川による血管の再構築系の確立、中福による神経幹細胞の試験管内での培養・維持、さらに小室による心筋分化パスウエーの解明等が主な成果である。2)炎症のメカニズムと間質細胞の活性化および線維化の分子機構の場合、宮園のSmadの調節を通した繊維化の抑制、中村によるHGF投与による腎不全、肝不全の治療、さらに上野による抗TGF-β療法による繊維化の抑制などが主な成果である。門脇による炎症性腸疾患に対するPPARγを用いた新しい治療法の開発も重要である。3)血管障害の分子機構と血管保護療法の開発を目的とした研究の場合、森下による転写因子NFKBに対するデコイ導入によるバルーン傷害後再狭窄抑制などが主な成果である。以上のように、本年度は、特定疾患の分子病態の解明におよび治療の開発に関わる成果をあげることができた。

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