ウィリス動脈輪閉塞症の病因・病態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900566A
報告書区分
総括
研究課題名
ウィリス動脈輪閉塞症の病因・病態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉本 高志(東北大学大学院医学系研究科神経外科教授)
研究分担者(所属機関)
  • 福内靖男(慶應義塾大学医学部神経内科教授)
  • 福井仁士(九州大学医学部脳神経病施設外科教授)
  • 大澤真木子(東京女子医科大学小児科教授)
  • 宮本 享(京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座脳神経外科助教授)
  • 宝金清博(北海道大学医学部脳神経外科講師)
  • 大本堯史(岡山大学医学部脳神経外科教授)
  • 生塩之敬(熊本大学医学部脳神経外科教授)
  • 有波忠雄(筑波大学基礎医学系遺伝医学部門助教授)
  • 辻 一郎(東北大学大学院医学研究科公衆衛生学助教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疾患の重症度、罹患率、予後について手法の異なる追跡予後調査をい、全国疫学的調査様式を見直す。患者の負担軽減と医療費給付削減を目的に、検査機器の進歩に即したものとするため、診断基準を見直す。本疾患で最も重篤な脳出血発症型の病態解明、治療方針を確立する。病因解明研究は遺伝子解析に重点をおき、家族例における責任遺伝子解明研究、弧発例での遺伝子解析着手と、血液データ(DNA)バンクを継続、発展させる。
研究方法
疫学調査では、新規登録および登録患者の全国追跡調査を本年度も継続して行った。登録症例情報の後方視的調査では1999年度に作成した重症度分類(Grade1-5)を用いて、従来のADL分類、脳血管写像6期相分類による病期・病態評価と比較検討した。
当研究班の登録患者数は厚生省登録患者数の約4~6分の一であり、国内全患者数を把握してはいないことより、熊本・岡山・宮城の3県をモデル県として、地域内の綿密な発症・長期予後調査を行った。CT出現以降の過去20年間において、脳血管撮影にて確定診断がなされ、発症後10年以上長期追跡し得た症例に的を絞り、各地域内の脳疾患入院施設全てを対象に精力的に調査した。熊本県では26例(男性13例、女性13例、発症平均年齢26.1歳)について、平均16.39年の経過観察期間において調査検討し、岡山県では81名の対象患者(男性25名、女性56名、発症平均年齢15.8歳)について、宮城県では111例の対象患者(男性41例、女性70名、発症平均年齢26.3歳)長期予後について調査検討を行った。
詳細な調査を東北6県にも広げ、入院患者のほぼ全症例を網羅する脳神経外科78、神経内科及び内科50、放射線科6の計134診療科に対して調査を施行した。発症期間は詳細調査のため1994~1998年に限定した。
診断基準の見直し研究では、脳血管撮影に替わりうる非侵襲的な検査方法としてのMRAによる術後治療効果の病態評価能を小児18例32側、成人11例18側を対象に検討した。
さらに、新たな病期評価方法として、これまでの脳血管撮影による病期分類にかわり、より臨床所見に即し、外科治療の適応を考慮する上でも必要な脳循環代謝を分類基準とする方法について検討した。PETにより定量測定した脳血流を基に分類基準を設定し、これを半定量的な脳血流SPECTを安静時およびacetazolamide負荷時の両者で行い、脳血流量の変化率を測定し、脳血管撮影の病期分類と比較検討した。
脳出血発症患者の治療方法の研究では、血行再建術の頭蓋内再出血予防効果を検討するために、これまで本邦で報告された全ての論文をもとにメタ・アナリシスを行い、再出血率を血行再建術施行群:非施行群で比較検討した。
出血発症の機序は、もやもや血管への血行力学的負荷による破綻と考えられており、頭蓋外内バイパス手術による血行力学的な負荷軽減が、再出血を予防するとの考えに基づき、術前後の脳血管撮影像の変化を追跡調査するとともに、これまで全くなされていなかったprospective studyを開始すべく、そのstudy designに取り組んだ。
遺伝子解析による病因解明研究では、1998年に、全染色体のスクリーニングにより、本疾患の遺伝子座が第3番染色体のp24.2-p26に存在することを報告しており、今年度は責任遺伝子座をさらに狭い領域に絞り込むことを目的に、新たに3家系を追加し、3p上の新たな4つのマーカーを用いてLinkage analysisを行った。
また、1996年に設立した本疾患確診患者の血液バンクの現状と成果、今後の方向性について調査検討した。
結果と考察
全国患者登録調査において、1999年度は新規登録患者77例(確診例66例、疑診例11例)を加え、本症登録患者総数は合計1,161例となった。このうち確診例は1,074例(男性388例、女性686例)、疑診例が87例であった。1994年全国調査での全国推定患者数は約4,000人、1996年の特定疾患医療費受給者総数が約6,000人であることより、当研究班における患者登録総数は全国の4~6分の1程度に相当する。
過去登録された症例の後方視的調査では重症度分類(grade1~5)の方が、より鋭敏に予後評価しうることを示した。診断・病態評価手技の発達・進歩により、患者登録調査様式の現状にそぐわない点が明らかとなり、来年度より患者登録調査様式を改訂することになった。
モデル県での調査の結果、中年以降に出血発症例が多く、経過観察期間中の症状悪化例は全例出血型であり、致死率は66.7%と初回出血時の致死率25%よりも増加しており、本疾患の長期予後悪化因子は頭蓋内出血であった。モデル県内年間受療者数は全国疫学調査よりも高かった。血行再建術施行の有無での再出血率は、施行群11.1%、非施行群38.5%と有意差は認められなかった。一方では血行再建術を施行されていた若年虚血発症型の予後は良好だったことより、血行再建術の虚血発作に対する予防効果が示された。
東北6県での調査結果は、対象患者134例(男性47例、女性87例)で、虚血発症型46.2%、出血発症型44%、20歳以上の出血発症型は全体の43.9%をも占めていた。これは1995年の全国調査結果の21.6%よりも多かった。家族例は13例12家系9.7%で、家族例においても女性優位(男女比4:25)であった。
以上の、モデル県での全患者の追跡調査と、本研究班で継続して行われてきた全国患者登録の分析結果の差異より、医療給付側の治療姿勢が施設毎の患者の診断・治療状況に大きく反映していることが示唆され、3つのモデル県での症例数は少ないが綿密である患者予後調査と、本疾患研究班が蓄積してきた全国患者登録情報のさらなる分析、本研究班で今年度より企画した統計調査の前向き研究との3手法により、各々の研究の弱点を補い合うことにより、本疾患の病態・治療効果を明確にする必要があると考えられる。また、患者側にたった調査の必要性が新たに認識され、本症患者の心身機能や医療福祉ニーズに関する調査を来年度より開始する計画である。
MRAの病態判定能力は、モヤモヤ血管の消退や内頚動脈閉塞、外頚動脈分枝の発達、新生血管増生などの術後変化を十分描出でき、脳血管撮影に替わりうること、術後の血行動態変化の追跡に適切な撮像時期は、術後2週間後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後、以降1年おきであることが示された。MRAによる治療効果判定の新たなプロトコールを策定する計画である。その結果、脳血管撮影の実施頻度の減少が予想され、入院期間短縮などによる医療費削減効果についての調査も必要と計画している。
病期分類方法についての検討では、安静時脳血流量は本症では低下をず、acetazolamide反応性と臨床像とを関連させた6期相分類を49例において試み、脳血管撮影による病期分類とは相関しないことが示され、より臨床に即した脳循環による病期分類の具体化が必要と考えている。
頭蓋外内バイパス術が脳底部もやもや血管に与える影響については、出血部位で最も多い脳底部もやもや血管に術前最も負担がかかっているが、バイパス術後にもやもや血管の負担が軽減する所見が示された。出血発症患者への治療効果についての検討の結果、血行再建術により再出血のリスクが低下することが示唆された。また、統計調査上の問題点として、術前の臨床像の差異、患者追跡期間の差異が指摘された。一方、prospective studyのstudy designに取り組み、本症の年間発症率より、必要なサンプルサイズを手術施行群、非施行群各々79例と算出し、出血発症患者の60%が5年以内に再出血を起こしていることより、術後追跡期間を5年と仮定すると、結果を出すまでに10年以上の期間を要することを示した。今年度から開始された当研究班の3年という研究期間では、結論を導くことは不可能であるが、本疾患研究班の歴史からは、研究を継続し、治療指針を打ち出す義務があると考えられ、「ウィリス動脈輪閉塞症の研究班」の継続により、将来出てくる確実な結果を目標に慎重に進めたい。
遺伝子解析では、遺伝形式が不明という解析困難な状況下で、遺伝形式が常染色体劣性と仮定すると、遺伝子頻度0.1%、浸透率50%の時にnon-parametric LOD値が最も高くなることを報告した。血液バンクでは、現在までに26施設より弧発例78例、家族例32家系の血液供給があり、これらの血液サンプルを用いた遺伝子解析研究により、第3番染色体において有意に高いNPL, lod score値を示し、第6番染色体、第17番染色体においてはその近傍に本疾患との連鎖を連鎖を示唆する新たな所見が得られている。血液データバンクの充実とともに、地域・研究施設を越えた共同研究が進んでいる。症例数の少なさ、遺伝形式の不明など、困難な要素が多く立ちはだかっているものの、既に遺伝子座のわかっている本症との類似疾患の責任遺伝子との関連性や、孤発例についての遺伝子解析の研究が、本疾患の責任遺伝子座の解明に必要と考えられ、血液データバンクでの血液サンプル収集の対象拡大が研究の発展につながるものと考え、バンクの国際化を計画・準備中である。
結論
罹患患者数が決して多くなく、また発症地域が世界でも本国に有意に多い、特殊な病態であるウィリス動脈輪閉塞症において、班研究の長い歴史において蓄積された全国患者登録情報の分析と、手法を変えた追跡調査、前向き統計調査とを駆使することにより、病態解明の方向性と展望が得られた。医療技術の発展とともに診断・病態評価方法も進歩し、患者負担が軽減される可能性が示された。治療効果が虚血発症型では明らかとなったが、出血発症型では未だ予測の域であり、後方視的、前方視的な研究により、明確な治療指針を提示することが、長期的な本疾患研究班の課題である。遺伝子解析による病因解明研究は施設の枠を越えた共同研究が着実に実績を示しており、研究の継続による新たな発見が期待される。

公開日・更新日

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