先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900565A
報告書区分
総括
研究課題名
先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
山崎 麻美(国立大阪病院)
研究分担者(所属機関)
  • 有田憲生(兵庫医科大学)
  • 岡野栄之(大阪大学大学院)
  • 森竹浩三(島根医科大学)
  • 佐藤博美(静岡県立こども病院)
  • 原嘉信(東京医科歯科大学)
  • 上口裕之(理化学研究所)
  • 中川義信(国立療養所香川小児病院)
  • 中村康寛(聖マリア病院)
  • 岡本伸彦(大阪府立母子保健総合医療センター)
  • 秦利之(香川医科大学)
  • 伏木信次(京都府立医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年度を初年度とする本研究班は、その研究テーマを先天性水頭症における分子生物学的メカニズムの解明と治療法開発と設定した。研究対象は、今回は胎児性水頭症と先天性水頭症に限った。先天性水頭症は現在胎生期に早期診断することが可能となり、出生後早期の短絡術によって治療成績も改善している。しかし精神運動発達遅滞など重篤な合併症を残す難治性で、予後の極めて不良な水頭症も少なくない。多くの先天性疾患において分子生物学的メカニズムは解明され、すでに通常医療の診断方法が確立した疾患や、遺伝子治療への応用の試みが開始されている疾患もある。しかしながら水頭症の原因は多因子であるとされ、このようなアプローチが遅れてきた疾患のひとつである。水頭症研究の中にこの分子遺伝子学的手法を取り入れ、新たな展開を築き、病態解明・診断法の確立のみならず新たな治療法の可能性まで追求していくことを研究目標としている。
研究方法
X染色体劣性遺伝性水頭症の発症に関与する分子として神経細胞接着因子L1はよく知られるところであるが、最近ではそのほかにも神経発生に重要ないくつかの分子のノックアウトマウスで、水頭症を発症してくることが明らかになってきた。哺乳類初期発生において中枢神経系未分化幹細胞において強く発現しているRNA結合蛋白質であるMusashi1、神経上皮細胞の接着・移動・分裂・分化に関わるnonmuscle myosin heavy chain-B(NMHC-B)、くも膜下顆粒の発育形成に関与するforkhead/winged helix、脈絡叢細胞の脳脊髄液過剰産生を示す基本転写因子E2F-5などである。このように水頭症発生のメカニズムを遺伝子レベルで解明していく手がかりは、ここ数年来蓄積してきている。またこのような基礎的なデーターを臨床研究に繋げるためには、散逸しがちな先天性水頭症の貴重な臨床データーの集積および遺伝子バンクを全国ネットで形成することが重要である。バンクの形成・集積した臨床例の遺伝子解析・ノックアウトマウスの解析・候補分子の抗体を用いた免疫組織化学的研究・細胞生物学的手法などを駆使して水頭症発症の分子メカニズムを解析していく。それらを基礎とした先天性水頭症の全国疫学調査を展開し、症例の多い施設を中心とした水頭症症候群の臨床データーの分析をすすめた。
結果と考察
基礎部門では、水頭症を起こすことが明らかになっている3種類の分子L1、Musashi1(Msi1)、 nonmuscle myosin heavy chain-B(NMHC-B)についてそれぞれ研究成果が報告された。神経接着分子L1は、X染色体劣性遺伝性水頭症の原因分子でX染色体劣性遺伝性水頭症、MASA症候群などの101家系において、94種類のL1遺伝子異常が報告されている。我々は水頭症および精神発達遅滞の重症度と生存率は、L1遺伝子変異の部位・タイプと強い相関があることを報告してきた。L1遺伝子をノックアウトしたマウスを解析したところ、脳室拡大、錐体路低形成による対麻痺、脳梁低形成、小脳虫部低形成、記憶・学習障害といったヒトL1遺伝子変異ときわめて類似した表現型を示した。髄液流出路は、有意な狭窄・閉塞はなく中脳水道が頭尾方向に引き延ばされたような形態を示したが、これが脳室拡大の直接的な原因とは考えられないが、中脳水道の2次的閉塞(機能的閉塞)に関わっている可能性は否定できない。さらに上口らは、L1分子の軸索への輸送
(axonal sorting)を制御する分子機構に関する基礎的知見を明らかにしている。変異L1遺伝子を培養神経細胞へ遺伝子導入し、その発現を免疫組織学的に検出し、L1細胞内領域に存在する神経細胞に特異的なRSLE配列(exon 27)が、この直前のtyrosineとともにtyrosine-based motif(YRSLE)を形成し、L1が軸索に発現するのに必須な機能部位であることを見出した。またL1の発現が神経細胞体に限局し、軸索での発現がない細胞内局在異常を示すx連鎖性遺伝性水頭症2例を示した。しかしながら、この症例ではL1の遺伝子変異が検出できず、L1の軸索へのsortingに関与する他の何らかの蛋白分子の異常が原因となっている可能性が示唆される。榊原・岡野らは神経発生過程における細胞の運命決定、特に細胞系譜の形成過程に必要と考えられているMusashi1(Msi1)の遺伝子欠損マウスを作製し、msi1欠損ホモ接合体は出生直後より高頻度に水頭症を発症し、重篤な個体は生後1-2ヶ月で死亡することを明らにした。msi1遺伝子欠損マウスの脈絡叢細胞には電顕レベルでの形態異常は認められなかったが、中脳水道上衣細胞には異常な増殖による多層化がみられ、これに伴う中脳水道の狭窄、閉鎖による脳脊髄液の貯留、脳室内圧の上昇、側脳室拡大が考えられた。上衣は通常の上皮細胞と異なり基底膜を有していないため、脳脊髄液が容易に上衣下に拡散するため、水頭症の進行に伴って、側脳室前角部から開始される上衣の破綻と上衣下実質の細胞間浮腫の増強、実質欠損が進行し、巨頭症を示す水頭症に至ると考えられる。msi1は中脳水道部を含む上衣細胞で生後も持続的に強く発現していることから考えても、msi1遺伝子がこれらの上衣細胞の正常な分裂、分化、維持に必須の機能を有していることが推定できる。 原らは、Nonmuscle Myosin Heavy Chain II-A (NMHC-A) とNonmuscle Myosin Heavy Chain II-B (NMHC-B)の二つの遺伝子をマウスとヒトから単離し、NMHC-B遺伝子欠損マウスを樹立した。その結果NMHC-Bミオシンは神経系の発生過程で神経上皮細胞の脳室壁膜に強く発現し、その細胞間接着に重要な役割を果たし、NMHC-B遺伝子異常マウスでは神経上皮細胞の増殖、異所性分裂、細胞移動の異常、細胞間接着の阻害による脳室壁の破壊が進行し、細胞が脳室内に突出したり、脳深部に塊状に移動し異所性脳室を形成することなどを観察している。また第3脳室後背側部と中脳水道前部で、脳室狭窄、閉塞、融合等が起こり胎生15日から出生直後にかけて側脳室と第3脳室が異常に拡大し、重度の水頭症を発症し死に至る水頭症発症の機序を詳細に報告している。中村らは、水頭症を脳室側、髄液循環側のみからみるのではなく、脳実質の発育から見ていくという視点により、脳発育の指標として、胎生期第I~第III期(藤田)まですべての時期に存在するradial fiberに着目し正常発育脳での免疫組織化学的発現を検討した。radial fiberの免疫組織化学的マーカーとしては、nestinが有効であったが、独自にモノクローナル抗体KNY-379を独自に開発した。KNY-379は第I, II期では、radial fiberの全長で陽性で、第III期ではradial fiberと直接関係なくMzoneに強く発現するという特徴を有するため、marginal zone(M zone)のチロシンリン酸化の過程に関与している可能性を示唆している。さらに金村、山崎らは、水頭症関連分子L1、Musashi-1正常ヒト胎児脳での発現様式を、免疫組織学的に分析した。Musashi-1は上衣層から上衣下層に存在する神経幹細胞に発現し、Hu陽性細胞とは相補的な染色性を示した。小脳でも外顆粒層およびプルキンエ細胞層にMSI1陽性細胞が存在し、Huはプルキンエ細胞と内顆粒層の顆粒神経に発現した。L1は大脳皮質分子層、上衣下層 直下の深部白質において、脳室壁に平行に走行する形で層状に、さらに小脳では外顆粒層の内側から小脳分子層にかけて強く発現することを報告している。遺伝子バンクの設立に関しては、医学倫理委員会での承認を得た後、h統一したインフォームドコンセントの書式および同意書を作成した。プロトコールを作成し水頭症患者DNAの回収・抽出・搬送はエスアールエルに業務
委託した。12月始めより検体の集積を開始し、現在すでに20検体ほど集まっており、まずL1CAM遺伝子解析を、PCR―SSCP法により開始した。岡本らは日本におけるL1CAM遺伝子異常8例では、fibronectin domain1-4に5種の変異が存在したと報告している。柳原・秦らは香川医科大学母子センターにおける超音波診断装置による水頭症の出生前診断とその精神運動発達の予後について報告している。中枢神経系の異常は3981例中37例(0.93%)に認められ、無脳児はやや減少傾向を認めるが、水頭症では減少傾向はなかった。37例中不明の2例を除く35例中、3例のみが生存し、全て重度精神運動発達遅滞を後遺したと報告している。また田中・秦らはさらに中枢神経系奇形の胎芽期における診断の可能性を探るために,わが国初の細経プローブを用いた子宮腔内超音波法により、胎芽期の中枢神経系の発育に関して検討した。その結果、妊娠6週前半に1次脳胞の描出がsingle ventricleとして可能となり,妊娠6週後半には前脳・中脳・後脳が同定され、妊娠7週で前脳より発生した終脳が観察された。この方法が確立すれば、特に無脳児や全前脳胞症などの早期診断に画期的な出生前診断法になりうると思われる。佐藤らはDandy-Walker症候群の15例(男児6例、女児9例)について検討した。15例中13例に髄膜瘤を伴う二分頭蓋、全前脳胞症、脳梁欠損を伴う三角頭蓋、脊髄脂肪腫・先天性心疾患などの合併症がみられた。知的発達は4例が正常で、3例で境界から軽度のおくれがみられ、3例で中等度の、2例で重度の発達遅滞を後遺し、3例が死亡した。治療法の違いによる知的発達の差異は明らかでなかった。知的発達と小脳機能障害はほぼ相関したと報告している。また西山・中川らは103例の水頭症患児に合併したてんかんについて検討し、47.6%に痙攣発作を認め、35.0%がてんかんと診断された。原因別では、先天性水頭症と感染症後水頭症に合併率が高く、発作型は、複雑部分発作や部分運動発作が主体であった。シャント術がてんかん発症の要因になっている可能性があると思われた。てんかんを合併例の知能指数の平均は44.7であり、てんかん非合併の78.8に比し有意に知能予後が不良であったと報告している。森竹らは特定疾患の疫学に関する研究班(主任研究者:稲葉 裕、担当研究者:玉腰暁子)の協力を得て、全国疫学調査を開始した。平成1年菊地班・平成5年森班に続いて、先天性水頭症の全国疫学調査調査はこれで3回目になる。水頭症の疫学的推移を知る上で価値あるデータになる。対象患者は平成11年1月1日~平成11年12月31日(1年間)に受診した先天性水頭症患者で、第一次調査、第二次調査を行う。調査対象診療科は先天性水頭症患者の主な受療診療科を考慮して小児科、産婦人科、脳神経外科とし、計2475科が調査対象となった。これらの研究には、多施設からの患者DNAを中心とした生体資料を集積するバンクを形成すること、遺伝子解析を行うこと、正常胎児脳(流産あるいは中絶胎児脳)を研究に用いることなどいくつかの倫理的配慮を要する点が含まれている。臨床研究を行っていく上での医学倫理問題について見識を深め、国立大阪病院医学倫理委員会に「先天性水頭症の分子生物学的メカニズム解明と治療法開発」研究における倫理審査を申請し、11月17日承認された。また研究班では、独自の『先天性水頭症患児・家族に対する研究協力についてのインフォームドコンセント』および『同意書』、『中絶された胎児・家族に対する研究協力についてのインフォームドコンセント』および『同意書』を作製し、研究協力におけるインフォームドコンセントの徹底には、細心の注意を払っている。
結論
今年度は実質上約半年足らずで、ほとんど組織体制の準備に終わったが、言い換えれば当初予定した方向での出発は出来るところまでこぎ着けた。まず大きな課題に据えている遺伝子バンクの設立の組織的倫理的準備は整った。水頭症関連分子の基礎的研究のこれまでの成果が整理され報告された。疫学調査もすでに開始されている。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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