文献情報
文献番号
199900562A
報告書区分
総括
研究課題名
運動失調に関する調査及び病態機序に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
辻 省次(新潟大学脳研究所)
研究分担者(所属機関)
- 佐々木秀直(北海道大学医学部)
- 西澤正豊(国際医療福祉大学)
- 金澤一郎(東京大学医学部附属病院)
- 水澤英洋(東京医科歯科大学)
- 垣塚彰((財)大阪バイオサイエンス研究所)
- 山田正夫(国立小児病院)
- 山田光則(新潟大学脳研究所)
- 津田丈秀(東北大学医学部)
- 岩淵潔(神奈川総合リハビリテーションセンター)
- 小野寺理(新潟大学脳研究所)
- 加知輝彦(国立療養所中部病院)
- 川上秀史(広島大学医学部)
- 神田武政(東京都立神経病院)
- 黒岩義之(横浜市立大学医学部)
- 酒井徹雄(国立療養所筑後病院)
- 祖父江元(名古屋大学医学部)
- 中川正法(鹿児島大学医学部)
- 中島健二(鳥取大学医学部)
- 中島孝(国立療養所犀潟病院)
- 長谷川一子(北里大学東病院)
- 服部孝道(千葉大学医学部)
- 湯浅龍彦(国立精神・神経センター国府台病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
35,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究においては、脊髄小脳変性症の病態機序を解明し、治療法開発のための基盤を構築することを目的に、1. 脊髄小脳変性症の自然歴、自律神経障害、臨床評価、治療等に関する検討、2. 脊髄小脳変性症の病理学的研究、3. 脊髄小脳変性症の分子遺伝学的研究、4. ポリグルタミン鎖による神経細胞変性の病態機序についての研究、に重点をおいて研究を行った。
研究方法
運動失調症の臨床的諸問題について、自然歴、臨床的評価方法、嚥下障害、自律神経系障害、画像による機能解析、治療などについて検討を加えた。治療面からは、分枝鎖アミノ酸(BCAA)、アセタゾールアミドについて検討を加えた。病因遺伝子が未解明の遺伝性脊髄小脳変性症については、連鎖解析およびCAGリピートに着眼した候補遺伝子アプローチを行った。ポリグルタミン鎖による細胞障害機構については、培養細胞系、ショウジョウバエの実験系を用いて、凝集体の形成機構、伸長ポリグルタミン鎖による細胞障害機構についての検討を行った。(倫理面への配慮)遺伝子解析などについては倫理面について十分な配慮のもとに行った。
結果と考察
脊髄小脳変性症の自然歴、自律神経障害、臨床評価、治療等に関する研究多系統萎縮症の自然歴について生存期間、死因などについての検討を行い、発症5年以内は突然死、10年以降は呼吸停止が多いことなどを示した。多系統萎縮症における、視覚性作業記憶および注意変換機能の障害、自律神経障害、嚥下障害についての検討を行った。多系統萎縮症では無抑制内括約筋弛緩がしばしばみられ、膀胱頚部を支配する交感神経の障害による蓄尿障害の病態機序の一つであることを明らかにした。 緩徐進行性の経過を呈したparaneoplastic cerebellar degeneration (PCD)の一例を見いだし、血清中に未知の抗神経抗体の存在を示唆する免疫組織染色の結果を得た。PCDの中には、通常経験される亜急性の経過をとるものだけでなく、緩徐進行性の経過を示す例があることを見いだしたことは臨床的に重要な点である。脊髄小脳変性症における臨床機能評価に関する検討を行い、Machado-Joseph病、DRPLAにおいて、定量的臨床評価としてICARSとBIは高い相関を示し、有用であることを見いだした。123I-iomazenil SPECTにより、Machado-Joseph病患者でbenzodiazepine受容体結合能の低下が、小脳のみならず、大脳皮質、線条体、視床など広範囲に認めた。SCA7においても、 18F-FDG PET により、両側前頭葉から頭頂 -側頭葉、脳幹及び小脳の広範な領域において18F-FDG取り込み低下を認めた。これらの結果は、画像診断で得られる萎縮の分布よりも、機能障害が広範囲に及んでいることを示している。
治療面からは、分枝鎖アミノ酸(BCAA)による脊髄小脳変性症の治療について、その至適投与量を決定すべく、志願患者を対象に二重盲検による用量試験を行い、経口BCAA(6g/日)が症状改善に有効である可能性が示唆されたが、その効果は必ずしも投与量に依存せず、至適投与量に関し更に検討していく必要がある。SCA6に対して、アセタゾラミドの有効性について、昨年度に引き続き検討し、Ataxia Rating Scale (ARS)の総評点および各項目の評価点、重心動揺計での閉眼時実効値面積と移動距離を指標とした場合、一部には64週以降も有意差を示す項目があるが、中途より有意差を認めない項目も増加した。アセタゾラミドは運動失調を軽度に改善するが、1年以上の長期投与では効果が減弱する傾向があり、有効性の最終確認は、二重目隠し試験が必要と考えられた。脊髄小脳変性症の病理学的検討非薄した脳梁を伴う常染色体劣性遺伝性痙性対麻痺Machado-Joseph病、歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症についての病理学的検討を行った。非薄した脳梁を伴う常染色体劣性遺伝性痙性対麻痺については、1. 発達障害、2. 多系統の変性(主体は延髄錐体以下の皮質脊髄路と視床の変性にあり、その他、脊髄小脳路、末梢神経を含む脊髄前角と後索など)、3. 退行性変化(セロイド型リポフスチンの貯留)が特徴的であることを示した。ポリグルタミンを指標として歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)、Huntington病、Machado-Joseph病の3疾患について、免疫組織化学的に検討し、3疾患に共通して神経細胞の核内にポリグルタミンが異常集積していることが示された。この結果は、神経細胞の脱落を指標とした従来の変性部位をはるかに越えた領域に、神経細胞核の機能不全が内在している可能性を示唆している。脊髄小脳変性症の分子遺伝学的検討脊髄小脳変性症の疫学的検討を行い遺伝性脊髄小脳変性症の頻度が地域別にかなり異なっていることが明らかとなった。 SCA6について高い連鎖不平衡を見いだし、その染色体上にCAGリピ-ト伸長を助長する因子の存在が示唆された。伸長したポリグルタミン鎖を強く認識するモノクローナル抗体を用いて、 TATA binding protein遺伝子中のCAGリピートは55リピートと異常伸長を示す1家系を見いだした。この家系では、1. 痴呆、2. 小脳症状、3. 錐体外路症状(パーキンソニズム、ジストニア)、4. 腱反射亢進を示し、新規ポリグルタミン病であると考えられる。 原因遺伝子が判明していない常染色体優性遺伝型Holmes型失調症の6家系について連鎖解析を行い、第16番染色体長腕上のマーカーD16S3050やD16S3107と強く連鎖しており、米国から1家系報告されている脊髄小脳失調症4型 (SCA4) の遺伝子座と同じ領域に連鎖することを見いだした、SCA4で見られる末梢神経障害や錐体路徴候は本家系患者には見られず、臨床的にはかなり異なる病型が同一遺伝子座に連鎖することが判明した。ポリグルタミン鎖による神経細胞変性の病態機序についての研究ポリグルタミン鎖の凝集体形成機構については、 34から36リピート付近に閾値を持って凝集体形成能が増加すること、ポリグルタミン鎖を56リピートと固定した場合、 ataxin2、huntingtin、DRPLAP、ataxin3の発現ではataxin2及び huntingtin がDRPLAP及び ataxin3に比べ高い凝集体形成率を示し、ヒトで認められる傾向とよく一致した。伸長グルタミン鎖を持つタンパクを誘導的に強発現させて解析したところ、凝集体形成とアポトーシス誘導過程の早期の段階でcaspase8が、次にcaspase3が活性化されることを見出した。Machado-Joseph病(MJD)におけるポリグルタミン鎖による凝集体形成機構について、核内凝集体形成に関しては核移行シグナルが重要であること、細胞質内凝集体に関しては、microtubule organizing centerが関与することを明らかにした。さらに、Machado-Joseph病タンパクの核内の凝集部位はPML bodyであること、PML bodyでSEK1というキナーゼが活性化され細胞死シグナルを伝えていることを明らかにした。
治療面からは、分枝鎖アミノ酸(BCAA)による脊髄小脳変性症の治療について、その至適投与量を決定すべく、志願患者を対象に二重盲検による用量試験を行い、経口BCAA(6g/日)が症状改善に有効である可能性が示唆されたが、その効果は必ずしも投与量に依存せず、至適投与量に関し更に検討していく必要がある。SCA6に対して、アセタゾラミドの有効性について、昨年度に引き続き検討し、Ataxia Rating Scale (ARS)の総評点および各項目の評価点、重心動揺計での閉眼時実効値面積と移動距離を指標とした場合、一部には64週以降も有意差を示す項目があるが、中途より有意差を認めない項目も増加した。アセタゾラミドは運動失調を軽度に改善するが、1年以上の長期投与では効果が減弱する傾向があり、有効性の最終確認は、二重目隠し試験が必要と考えられた。脊髄小脳変性症の病理学的検討非薄した脳梁を伴う常染色体劣性遺伝性痙性対麻痺Machado-Joseph病、歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症についての病理学的検討を行った。非薄した脳梁を伴う常染色体劣性遺伝性痙性対麻痺については、1. 発達障害、2. 多系統の変性(主体は延髄錐体以下の皮質脊髄路と視床の変性にあり、その他、脊髄小脳路、末梢神経を含む脊髄前角と後索など)、3. 退行性変化(セロイド型リポフスチンの貯留)が特徴的であることを示した。ポリグルタミンを指標として歯状核赤核・淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)、Huntington病、Machado-Joseph病の3疾患について、免疫組織化学的に検討し、3疾患に共通して神経細胞の核内にポリグルタミンが異常集積していることが示された。この結果は、神経細胞の脱落を指標とした従来の変性部位をはるかに越えた領域に、神経細胞核の機能不全が内在している可能性を示唆している。脊髄小脳変性症の分子遺伝学的検討脊髄小脳変性症の疫学的検討を行い遺伝性脊髄小脳変性症の頻度が地域別にかなり異なっていることが明らかとなった。 SCA6について高い連鎖不平衡を見いだし、その染色体上にCAGリピ-ト伸長を助長する因子の存在が示唆された。伸長したポリグルタミン鎖を強く認識するモノクローナル抗体を用いて、 TATA binding protein遺伝子中のCAGリピートは55リピートと異常伸長を示す1家系を見いだした。この家系では、1. 痴呆、2. 小脳症状、3. 錐体外路症状(パーキンソニズム、ジストニア)、4. 腱反射亢進を示し、新規ポリグルタミン病であると考えられる。 原因遺伝子が判明していない常染色体優性遺伝型Holmes型失調症の6家系について連鎖解析を行い、第16番染色体長腕上のマーカーD16S3050やD16S3107と強く連鎖しており、米国から1家系報告されている脊髄小脳失調症4型 (SCA4) の遺伝子座と同じ領域に連鎖することを見いだした、SCA4で見られる末梢神経障害や錐体路徴候は本家系患者には見られず、臨床的にはかなり異なる病型が同一遺伝子座に連鎖することが判明した。ポリグルタミン鎖による神経細胞変性の病態機序についての研究ポリグルタミン鎖の凝集体形成機構については、 34から36リピート付近に閾値を持って凝集体形成能が増加すること、ポリグルタミン鎖を56リピートと固定した場合、 ataxin2、huntingtin、DRPLAP、ataxin3の発現ではataxin2及び huntingtin がDRPLAP及び ataxin3に比べ高い凝集体形成率を示し、ヒトで認められる傾向とよく一致した。伸長グルタミン鎖を持つタンパクを誘導的に強発現させて解析したところ、凝集体形成とアポトーシス誘導過程の早期の段階でcaspase8が、次にcaspase3が活性化されることを見出した。Machado-Joseph病(MJD)におけるポリグルタミン鎖による凝集体形成機構について、核内凝集体形成に関しては核移行シグナルが重要であること、細胞質内凝集体に関しては、microtubule organizing centerが関与することを明らかにした。さらに、Machado-Joseph病タンパクの核内の凝集部位はPML bodyであること、PML bodyでSEK1というキナーゼが活性化され細胞死シグナルを伝えていることを明らかにした。
結論
本年度において、脊髄小脳変性症における自然歴、自律神経障害、治療などに関する諸問題を検討した。遺伝
性脊髄小脳変性症の自然歴については、次年度に具体的な全国規模の調査を行う予定である。病理学的研究、SPECT、PETによる研究などから、従来考えられていたよりもはるかに広範囲の機能障害が存在することが示され、この知見は脊髄小脳の病態機序を明らかにしていく点で重要な点である。分子遺伝学の面からは、わが国でこれまでHolmes型と診断されていた家系の多くがSCA4である可能性が見いだされ、病因遺伝子の同定に向けてさらに研究を進める必要がある。また、TATA-binding protein遺伝子のCAGリピートの異常伸長による遺伝性脊髄小脳変性症家系が見いだされたことも特筆に値する。ポリグルタミン病における神経細胞機序については、凝集体の形成機構の研究が進展し、核内凝集体の形成に伴ってPML bodyにおけるSEK1というキナーゼが活性化されることが見いだされた点も重要な発見である。凝集体の形成がPML bodyの機能障害をもたらすことがポリグルタミン病の病態機序の上で重要な役割を担っている可能性があり、この点についてさらに研究を進める必要がある。
性脊髄小脳変性症の自然歴については、次年度に具体的な全国規模の調査を行う予定である。病理学的研究、SPECT、PETによる研究などから、従来考えられていたよりもはるかに広範囲の機能障害が存在することが示され、この知見は脊髄小脳の病態機序を明らかにしていく点で重要な点である。分子遺伝学の面からは、わが国でこれまでHolmes型と診断されていた家系の多くがSCA4である可能性が見いだされ、病因遺伝子の同定に向けてさらに研究を進める必要がある。また、TATA-binding protein遺伝子のCAGリピートの異常伸長による遺伝性脊髄小脳変性症家系が見いだされたことも特筆に値する。ポリグルタミン病における神経細胞機序については、凝集体の形成機構の研究が進展し、核内凝集体の形成に伴ってPML bodyにおけるSEK1というキナーゼが活性化されることが見いだされた点も重要な発見である。凝集体の形成がPML bodyの機能障害をもたらすことがポリグルタミン病の病態機序の上で重要な役割を担っている可能性があり、この点についてさらに研究を進める必要がある。
公開日・更新日
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