ベーチェット病に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900554A
報告書区分
総括
研究課題名
ベーチェット病に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
大野 重昭(横浜市立大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 猪子英俊(東海大学医学部分子生命科学系遺伝情報部門)
  • 小野江和則(北海道大学免疫科学研究所病理部門)
  • 木村穣(東海大学医学部分子生命科学系遺伝情報部門)
  • 藤野雄次郎(厚生年金病院眼科)
  • 吉崎和幸(大阪大学健康体育部健康医学第一部門)
  • 太田正穂(信州大学医学部法医学)
  • 坂根剛(聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター)
  • 福原俊一(東京大学大学院医学系研究科)
  • 小竹聡(北海道大学医学部眼科学教室)
  • 磯貝恵美子(北海道医療大学歯学部口腔衛生学)
  • 水木信久(国際親善総合病院眼科)
  • 石ヶ坪良明(横浜市立大学医学部第一内科)
  • 金子史男(福島県立医科大学皮膚科)
  • 桑名正隆(慶応義塾大学医学部先端医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 特定疾患対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
研究目的と方法 =
課題 I ベーチェット病の発症機構の解析
ベーチェット病は特定の遺伝的背景のもとに、何らかの外的要因が作用して発症すると考えられている。平成10年度の研究によってHLA-B51抗原が病因発症に第一義的に働き、MICA遺伝子はこの疾患の活性化要因であると可能性が高いことが明らかにされた。本年度は本病の原因遺伝子の正確なマッピングを試みる。さらにこれらの結果を踏まえて免疫応答の異常についても基礎的、臨床的な研究を行う。
課題 II ベーチェット病の新しい薬物療法の開発
本病は全身の慢性炎症性疾患であり、治療にはステロイド薬、免疫抑制薬などが用いられているが、充分な治療効果が得られない重症例も多くみられる。平成10年度から重症ぶどう膜炎を呈するベーチェット病に対しキメラ抗体である抗TNFα抗体を用いた治療試験が進行中でありその有効性が明らかにされつつあるが、これに加えさらにその他の新しい治療法についても検討する。また、患者の予後調査、QOL調査などを行いより質の高い治療の開発をめざす。


研究方法
結果と考察
課題 I ベーチェット病の発症機構の解析 
ベーチェット病の原因遺伝子であるHLA-B51分子をコードする対立遺伝子(アリル)は、現在日本人の患者においてHLA-B*5101B*5109が同定されている。そこでギリシャ人患者、イタリア人患者、サウジアラビア人患者についてもHLA-B51サブタイピングをPCR-SBT法にて行った。その結果HLA-B51陽性群におけるサブタイプ頻度は患者群間、対照群間で有意差はなかった。これより、本病はグローバルにHLA-B*51と相関していることが明らかにされた。一方HLA-B51、MICA遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(Tg)を作製したところ、HLA-B51 Tgの新性質として網脈絡膜萎縮をみられた。MICA Tgでは貧血、両眼性脈絡膜萎縮、血管白線化が3系統にみられMICA,HLA-B51遺伝子産物がマウス網脈絡膜を障害しこれが本病の発症・進行に関わる可能性が示唆された。発症に関る外因としては、従来Streptococcus sanguisが考えられてきた。そこで患者由来S. sanguisをG-SCF遺伝子導入マウスに感染させ、口腔粘膜障害への関連を調べたところ、S. sanguisは遺伝子導入マウスの口腔から回収することができさらに局所においてIL-6などが検出された。実際、ベーチェット病患者の口腔上皮細胞は変性が強く、こうした細胞にS. sanguisはよく付着していた。G-SCF遺伝子導入マウスの炎症は治癒しにくく、持続したことからもS. sanguisの本病への関与が示唆された。免疫応答に関する研究では、これまで本病にインターフェロン(IFN)γを産生するTh1型細胞が関与することが明らかにされているが、細胞を刺激することなくin vivoでのサイトカイン産生細胞数を直接検出できるサイトカインELISPOT法によっても、ベーチェット病にはTh1サイトカインであるIFNγと炎症性サイトカインであるTNFαの関与が確認された。さらに患者末梢血T細胞及び皮膚病変部においてTh1型サイトカインの産生に関与するTecファミリーチロシンリン酸化酵素のひとつであるTxkの発現亢進を認めた。また、活動期ベーチェット病患者の末梢血単核球はアポトーシス抑制蛋白であるBcl-2が過剰に発現した結果アポトーシスが抑制され、その炎症病態が形成されていることが示唆された。ベーチェット病における精巣特異抗原HSS-Aに対する自己抗体の陽性頻度、臨床的意義を検討した結果、精巣特異抗原HSS-Aに対する自己抗体はベーチェット病男性例に特異的に検出され、神経、血管ベーチェットと関連する可能性が示された。
課題 II ベーチェット病の新しい薬物療法の開発
EAUを誘導する抗原ペプチドK2をリポソ-ムで封入し抗CD40L単クローン抗体とともに前投与すると、マウスのTh1細胞にアナジーを誘導することによって、EAUを抑制することが判明した。また、ラットに抗MIF抗体を投与することにより、T細胞のシグナル伝達系が直接抑制され、その結果EAUを抑制することが明らかになった。以上の結果より、標的抗原の明確な自己免疫疾患の治療に応用可能な戦略基盤が確立した。また、網膜色素上皮細胞培養上澄み液(RPE-CS)が網膜組織障害を軽減させる作用のあることが判明した。このことからRPE-CSがベーチェット病の網膜組織障害に対する治療薬となる可能性が示唆れた。一方抗サイトカイン療法に関しては、重症ぶどう膜炎を認めるベーチェット病に対し抗TNFα抗体を用いた治療試験が進行中でありその有効性が明らかにされつつある。しかしながらこれはキメラ型抗体であるため使用制限がある。このため小分子によるサイトカイン阻害剤の開発を予定している。本年はファージディスプレー法によるIL-6阻害分子の開発を目的とした研究を進めその結果IL-6に特異的に結合するクローンを3~5種得た。更にTNFα阻害分子を得るために抗TNFα抗体を用いて研究する予定である。また、実際の臨床の場で行われている治療に関しては眼症状と皮膚症状に対する治療について検討がなされた。ベーチェット病の視力経過と発作回数、シクロスポリン治療の効果について検討された結果では、主な治療としてシクロスポリン内服が54%であり、シクロスポリン導入後の眼発作回数は有意に減少していたが、2年たっても年に3回以上の発作が20%にみられた。これらの発作がつづいた症例の視力は治療開始から2年で全例0.3以下に低下した。この結果からシクロスポリン治療では眼発作を完全に抑制することはできず視力が著しく低下する例も存在した。また、1975年から1984年の10年間に初診した患者と1985年から1994年の10年間に初診した患者の視力予後を0.1以下に陥った眼比率で比較すると、女性患者では最近10年間のほうが視力不良例は少なかったが、男性患者では大きな変化はみられず、眼症状の軽症化傾向ははっきりしなかった。シクロスポリン治療に伴う中枢神経症状出現危険因子に関してはシクロスポリン投与量や血中濃度あるいは併用薬に危険因子はみいだせず、シクロスポリン投与開始年齢が早い症例で神経症状の出現が多く見られる傾向があった。一方、咽頭より溶連菌を分離し得た患者ではほぼ全例でSt. Salivarius菌体壁成分(CWSS)に対する皮膚反応が顕著であり、その病理組織所見は結節性紅斑に酷似していた。この患者群の末梢血単核球はCWSS刺激によってIL-1b、6、8の産生能が亢進し、塩酸ミノサイクリンはCWSS刺激した末梢血単核球のサイトカイン産生を選択的に抑制した。このことから塩酸ミノサイクリンは溶連菌慢性感染巣に対する抗菌作用のみではなく、抗炎症作用によっても本病の症状増悪の初期において効果的であると考えられた。ところで、ベーチェット病疫学調査として昨年おこなわれた予後調査では、数年間外来に受診がなく予後が不明であった患者が約半数を占めていた。そこで不明例の予後を追跡する方法として、住民基本台帳で生存/死亡を確認する方法を現在検討している。この調査の実施によって、本症発症によって生命予後に変化があったかどうか、日本人の平均余命と比較してどうか、また発症年齢や病型によって生命予後に差があるかどうか等が検討でき、治療研究、福祉面での基礎情報になると期待される。また、昨年度はベーチェット病患者の健康関連QOLの測定と検討をSF-36を用いて行い知見を得たが、より多数の眼疾患以外の病変を有する患者に対する検討の必要性が指摘された。そこで今年度はベーチェット病患者に対する大規模QOL研究のプロトコールを作成すると共に、研究に必要である活動性指標および重症度分類の草案の作成、対象患者数把握のための予備調査を行っている。現在、患者、医師に対する質問票は完成しており、34施設、約300名を対象に調査を開始する予定である。
結論
本年度はベ-チェット病発症の原因遺伝子および免
疫学的病態の解明が進み、発症の予防のための重要な知見が得られた。今後はさらに疾患の動物モデル、患者リンパ球などを用いて発症機転と病態を明らかにする。また治療に関しては、いくつかの薬物が本病の現在の治療に代わる新しい治療法として応用できる可能性が示唆された。特に現在抗TNF-α抗体による治療が進行中でその有効性が明らかにされつつあるが、今後は投与量を始めとして薬剤の投与方法を確立し、その効果、副作用を正しく評価して安全かつ有効に使用できるような指針を作成する必要が有る。さらに今年度は本格的な予後調査およびQOL調査の結果、患者QOLの改善のための具体的な指針をはじめとする有益な情報が得られた。これをもとに今後患者側の視点に立った治療法の確立をめざす。

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