耳鳴症の有病率に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900524A
報告書区分
総括
研究課題名
耳鳴症の有病率に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小田 恂(東邦大学)
研究分担者(所属機関)
  • 村井和夫(岩手医科大学)
  • 杉田 稔(東邦大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
耳鳴はさまざまな耳症状のなかでも最も取り扱いに苦慮する症状である。耳鳴症の多くは聴覚に障害をもっており、内耳や蝸牛神経などの障害に起因する感音難聴症例ではおよそ70%に、鼓膜や中耳に障害がある伝音難聴症例ではおよそ40%に耳鳴が合併するといわれている。わが国の聴力障害者60万人のうち、耳鳴を自覚している人はおよそ30万人と推定される。また、耳鳴症で医療機関を受診する人のうち、およそ10%の人は聴覚系には異常を示さない、いわゆる無難聴性耳鳴症例である。したがって、耳鳴を自覚している人の数は相当数にのぼるものと推定されている。耳鳴患者の訴えを詳細に分析すると単に耳鳴が大きいという耳鳴音の物理的側面のみならず、日常生活や労働作業等に支障が生じたり、入眠や睡眠障害がみられたり、意欲の低下などの神経症的傾向がみられたりと多彩である。この研究の目的は、社会のなかで実際に耳鳴に悩んでいる人がどの程度存在するのかというテ-マについて実証的に研究しようとするものである。このような考えから、特定の人口の中の耳鳴症の有病率について明確にしようとする第一歩として、耳鳴を自覚している人の数値(広義の耳鳴症)を明確にして、その中で耳鳴の治療を受けている人や耳鳴治療を期待している人(狭義の耳鳴症)の割合を明らかにすることを初年度の目的とした。
研究方法
一般人口のなかの耳鳴を自覚している人の実態調査と、難聴者のなかでの耳鳴患者に関する耳鳴の原因となる病態の検討を行なった。実態調査は首都圏の一部上場企業の従業員に対して、定期健康診断時に自記式質問票による方法で行なった。また、同じく質問票によって東京都大田区内の耳鳴症の実態調査を行うよう計画した。難聴者の中における耳鳴患者については、純音聴力検査、語音聴力検査、自記オ-ジオメトリ-、閾値上聴力検査などの聴覚機能検査に加えて、標準耳鳴検査及び耳音響放射検査を行なった。純音聴力検査は気導聴力検査と骨導聴力検査を行い、難聴を伝音難聴と感音難聴に鑑別し評価の対象とした。語音聴力検査は無歪語音検査と歪語音検査とを行なった。語音検査は57-s語表と57-s語表に周波数歪をかけた歪語音のふたつを用いた。閾値上聴力検査はSISI検査を主に、ときにABLB検査を行なった。耳音響放射検査は内耳の外有毛細胞に起源をもつ生理的反応であるが、刺激を加えないで記録される自発耳音響反射と刺激音を与えた後で記録される誘発耳音響放射、および周波数の異なるふたつの音を与えたときに生ずる歪成分耳音響放射の三つの耳音響放射検査がある。今年度は耳鳴を訴える患者のうち、各種聴覚機能検査を行なっても、オ-ジオグラム上全周波数にわたって正常聴力を示す、いわゆる無難聴性耳鳴について歪成分耳音響放射検査を行い、正常耳の検査結果と比較検討して評価した。耳音響放射の記録はOtodynamics社製のILO Ver.1.2を用い、成人専用のプロ-ブTypeBを用いて、防音室内で測定した。歪成分耳音響放射は入力音圧をL1、L2とも70dB SPL、f1、f2周波数比を1:1.22に設定し、解析時間は80msecで、ノイズレベルが-10dB SPL 以下になるまで記録した。測定周波数は1kHzから6kHzの6周波数とした。歪成分耳音響放射の指標には2f1-f2における歪成分レベル(dB SPL)を用いた。
結果と考察
研究一企業内の耳鳴を自覚している人の調査の解析はは対象3628人について行なわれた。対象の性別は男性3307人(91.2%)、女性321人(8.8%)であった。これらの対象を性、年齢別にみると、29歳以下は1447人(39.9%)で、このうち1248人は男性、199人は女性であった。30~39歳までの人は1437人で男性1319人、女性118人であっ
た。40~49歳までの年齢の472人のうち、486人が男性、4人が女性であり、50歳以上の272人は全例男性であった。男性(総数3307人)の平均年齢は34.1歳で標準偏差8.3歳、年齢の幅は最大56歳、最小21歳であった。女性(総数321人)の平均年齢は28.7歳で、標準偏差3.9歳、最大47歳、最小22歳であった。耳鳴についてのアンケ-トは、ほとんどない、ときどき、しばしば、いつもの4段階で耳鳴の自覚についてカテゴリ-分類した。男性ではほとんどないが2809人で全体の84.9%を占めた。以下、ときどきが416人(12.6%)、しばしばが49人(1.5%)、いつも33人(1.0%)であった。男性の年齢別の耳鳴自覚度について、ほとんどないと答えた人はは30歳未満の人では88.5%で、30歳代では84.6%、40歳代では79.7%、50歳以上では79.4%となり、高年齢層になるほど耳鳴がほとんどない、換言すると年齢とともに耳鳴を自覚する人が増加することを示す結果となった。耳鳴をときどき自覚する人としばしば自覚する人を合わせると、30歳未満では11.2%、30歳代では15.0%、40歳代では17.7%で、50歳以上の人では16.2%であった。ここでは明らかに30歳未満と30歳以上の群では耳鳴の自覚度に差異が認められる結果となった。さらに、いつも耳鳴があると答えた人をみると、30歳未満では0.3%、30歳以上では0.4%であるのに反して、40歳代では2.6%、50歳以上の人では4.4%であり、40歳を境に40歳未満群と40歳以上群ではいつも耳鳴を意識している人の割合に変化がみられた。女性の場合には、40歳代以上の人が極端に低いので男性と同様の分析は出来ないが、ほとんど耳鳴を自覚しない人は80.7%で、ときどき感じる人としばしば感じる人を合算すると19%の人がこの群に入ることになる。このように、騒音の影響の少ない市中の一企業の男女会社員を対象とした耳鳴についての意識調査では、ほとんど感じない人が80%以上で、それ以外の人は日常生活のなかで、ときに耳鳴を感じたり、いつも感じたりしていることがわかった。また、年齢が進むのにつれて、耳鳴の自覚がほとんどないから、ときどき、しばしば、いつも感じるように進んでゆくことがわかった。耳鳴の病態についての研究のひとつとして、無難聴性耳鳴症例について耳音響放射検査を行なった。歪成分耳音響放射レベルについて検討すると、正常耳にくらべて無難聴性耳鳴症例では反応レベルが低下傾向を示し、4kHzと5kHzでは推計学的に有意な低下を示した。反応レベルがノイズレベルよりも低下して測定された例は無難聴性耳鳴症例の20.4%に認められた。これらのことから無難聴性耳鳴では内耳感覚細胞の微細な障害のある症例が含まれることがわかった。無難聴性耳鳴例の自記オ-ジオメトリ-で、micro dipがみられる例も同様の微細な内耳障害を反映しているものと考える。
結論
耳鳴を自覚している、あるいは耳鳴を意識している人が一般人口の中にどの程度存在するかという命題は本研究の目的であるが、その第一歩として騒音環境とは無縁の市中の一企業の会社員を対象に調査表方式で調査したところ、およそ80%強の人は耳鳴を自覚していない、あるいは耳鳴をほとんど感じたことがないという答えであった。残りの20%弱は常時耳鳴を感じていたり、ときどき耳鳴を感じるとの回答であり、年齢の増加とともに無自覚からときどき自覚、さらに常時自覚へと進むことがわかった。これは加齢による内耳感覚細胞の障害と関連するものと考えられ、臨床検査における純音聴力検査や自記オ-ジオメトリ-による内耳機能の測定は平行して行なう必要があると考えられた。無難聴性耳鳴患者に施行した耳音響放射検査による内耳感覚細胞の微細な障害と考えられる所見や、自記オ-ジオメトリ-にみられるmicro dipの存在など、蝸牛管内の微細な病変と耳鳴の関係は、加齢に伴う内耳病変と耳鳴の関係と平行して今後、双方をリンクさせて検討してゆかねばならない。

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