言語の認知・表出障害に対するリハビリテーションの体系化に関する研究

文献情報

文献番号
199900521A
報告書区分
総括
研究課題名
言語の認知・表出障害に対するリハビリテーションの体系化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
児嶋 久剛(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 内藤 泰
  • 庄司和彦
  • 藤木暢也
  • 平野 滋(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
38,880,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
言語の認知や表出の障害は社会生活上致命的なハンディキャップとなることは周知の通りであるが、従来、我が国ではこの問題に十分な対応がなされてきたとはいいがたい。これは治療の主体が聴覚、構音の末梢器官に限定され、リハビリテーション法も言語聴覚士の経験に頼られていたためである。今後これら障害の治療を考える上では、中枢における言語処理機構を解明することがまず重要である。本研究の目的は、これら言語処理にかかわる中枢処理機構を解明し、それに則った合理的、科学的な治療体系を作ることである。
(1)聴覚障害に関して
感音難聴の多くはいまだ原因不明である。まずは脳機能画像を用いてその原因の糸口をさぐる必要がある。次に、感音難聴者に対する医療の第一選択は補聴器であるが、その効果のない高度感音難聴や聾に対しては人工内耳が選択される。しかし、従来、これらの患者の治療を補聴器によるか人工内耳によるかの客観的な判断基準は確立されていない。また、個々の症例でどのタイプの補装具が最適かを見極める評価法も十分には確立されているとは言い難い。さらに従来の補聴器が十分かというと、それでは効果のない症例も多々見受けられる。本研究では、言語の認知と表出に関する末梢と中枢の神経機構の客観的な評価から、総合的な治療体系のフローチャートを確立する。この際、補聴器の開発とともに、人工内耳も含めた補装具を用いた言語リハビリテーション法の開発を進める。
(2)言語障害に関して
言語の表出と認知とは表裏一体の関係にあり、聴覚を切り離して言語障害を論ずることはできない。吃音や痙攀性発声障害、さらには難聴による構音障害などの病態を、言葉の認知機構と表出機構の相互作用の観点から解明し、科学的、効率的なリハビリテーション法を開発する。先天聾では聴覚障害が直接発話障害に結びつくし、逆に話せないことがさらに聴覚のリハビリを遅らせる。従って、聴覚と発話の相互関係を利用したリハビリテーション法が理想的と考えられるのである。また、吃音などの機能的な発声障害には聴覚フィードバックの異常が考えられ、それを矯正する方策も必要である。
研究方法
(1)感音難聴者の脳機能について:
中等度感音難聴者を対象にポジトロン断層法を用いてその脳機能を調べた。中等度感音難聴者の場合、よく理解できる言葉とできない言葉とがしばしば観察される。その違いが脳機能のどこからくるのかを検出することは難聴の病態を解明するにあたり極めて重要である。そこで、感音難聴者を対象に、よくわかる単語と聞き取れない単語とを聞かせ、そのときの脳活動を観察した。
(2)補聴器の開発
従来の線形増幅、アナログ増幅などとは全く異なる時間領域型増幅補聴器を開発した。この補聴器の特性としては、従来の補聴器が弱かった騒音下の言語理解がよいという点があげられる。実際の感音難聴者に本補聴器を試用してもらい、さまざまな環境下での装用効果を検討し、さらなる改良の資料とした。
(3)聴覚・言語障害のリハビリテーション法の開発
先天聾の患者には人工内耳を埋め込み聴取訓練をおこなったが、この際、聴取のみの訓練では十分な効果の得られない症例に対しては、復唱発話を課する方法を用いた。
発話障害者に対しては、自分の発声に対しバイオフィードバックをかけられる装置の開発を行った。これが実用化されると自宅での簡便なリハビリテーションが可能になると考えられた。
結果と考察
(1)感音難聴者の脳機能
感音難聴者のポジトロン断層法での観察より、認知のよい言語音に対しては両側の聴覚連合野が十分に活動するのに対し、認知不良の語音のときには右の聴覚連合野の活動が認められなくなった。従来、言語認知に対しては左半球優位性が確認されているが、今回認められた右聴覚連合野の活動の抑制は、言語認知の前段階である語音の音韻分析に異常をきたしたことを示すものと考えられた。これは内耳の障害による情報の不足が結果的に右半球での分析不足を招いたものと考えられ、末梢での障害が中枢に及ぼす影響を示すものとも考えられた。
(2)補聴器の開発とその特性・装用効果
上記のごとく、末梢から脳に送られる語音の情報量が減ると言語理解に多大な障害をもたらすので、より多くの情報、特に従来の補聴器では不十分であった子音の情報を十分に送れる補聴器を開発した。これは、音声波形のゼロクロス点間での最大音圧が一定となるように増幅するもので、従来の周波数特性にとらわれず、子音部分も一律に増幅できるものである。実際に、この補聴器を感音難聴者に試用した結果、無騒音環境、騒音環境いずれにおいても従来の補聴器よりよい言語理解が得られた。さらに、従来の補聴器では無力であった衝撃音下での言語認知も良好であった。これは衝撃音を含む騒音を全て一律の音圧まで下げられるからと考えられた。また、従来の補聴器では、衝撃音の入った時点より前の情報もなくなるという、フィードフォワード・マスキング効果が観察され、これがより一層言語認知を不良にしていた。今回開発した補聴器ではこのような障害もほとんど認められなかった。
次に、この補聴器をかけることで実際に内耳から中枢に送られる情報量を蝸電図を用いて検討した。その結果、従来の補聴器では消えてしまう子音の情報が電気信号として確かに内耳から出力されていることが分かった。
(3)聴覚・言語障害のリハビリテーション法について
先天聾の人工内耳症例に対し、言葉の聴取のみで訓練をおこなった場合と、聴取+復唱をさせて訓練を行わせた場合とでの言語認知成績を比較すると、後者の方が格段によくなった。このときの脳活動をポジトロン断層法で観察すると、後者の方で、より広範な聴覚連合野の活動と、運動関連領域の活動が認められた。このように、聴取のみでなく発話運動を組み合わせることで、言語のリハビリテーションが向上がすることが、主観的にも客観的にも確認できた。
そこで、このフィードバックをより簡便におこなえるソフトの開発を行った。これは聴覚・発話障害者のリハビリテーション用のソフトで、自分の音声が波形や他の情報としてリアルタイムで明視化できるものである。これらは、VoiceOscillo、RT-Sona、FreqViewの3つからなる。VoiceOscilloはリアルタイムに音声波形を表示するソフトで、WindowsR95/98/2000用とWindowsCER用がある。コンピューターに接続されたマイクからの入力をリアルタイムにディスプレイへ表示する。RT-Sonaはリアルタイムにソノグラフを表示するソフトであり、FreqViewはリアルタイムに音声の周波数領域波形を表示するソフトである。WindowsR用とWindowsCER用があり、コンピューターに接続されたマイクからの入力を一定データ長毎にフーリエ変換を行い、得られた周波数領域の波形をディスプレイに表示する。これらのソフトを用いることで、自宅で簡便にリハビリを行うことが可能となった。
結論
難聴者の脳機能を脳機能画像を用いて観察した結果、内耳からの情報不足が右聴覚連合野の活動抑制というかたちで現れ、音韻の分析障害が難聴の一因になっていることが確認された。そこで、内耳から中枢への出力情報を増加させる補聴器を開発し、難聴者で試用すると、衝撃音を含めた騒音下での言語認知が飛躍的に向上した。
一方、聴覚・言語障害のリハビリテーション法を考えるにあたり、聴覚フィードバックを用いたバイオフィードバック法は極めて有効であることが確認された。これは先天聾などの聴覚障害者が言語を学習する上でも重要であるし、吃音などの機能的な発声障害者がリハビリするにも重要であることが分かった。これに即して自宅で簡便にできるリハビリソフトを開発した。今後はこれを日常臨床に応用する予定である。
我々がこの2年間に行ってきた脳機能画像による正常人、難聴者、発声障害者の観察結果は、補聴器の改良、聴覚フィードバックを用いた言語リハビリに確実に結びついてきていることが確認できたと考えられる。

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