文献情報
文献番号
199900520A
報告書区分
総括
研究課題名
無侵襲脳局所酸素モニタによる聴覚障害の機能診断と治療への応用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
森 浩一(国立身体障害者リハビリテーションセンター 研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
23,750,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
聴覚・言語障害は、障害の部位や程度が患者によって多様であり、このことが治療やリハビリテーションを困難にする原因の一つとなっている。特に中枢性の原因が関与する聴覚障害に関しては、従来のMRIによる解剖的検査やSPECTの安静時脳血流測定では脳の機能から見た診断は十分ではなく、診断しえたとしても、機能測定ではないこととと、小児に反復実施が困難であることにより、日常臨床の場で経過の観察やリハビリテーションに活用することは困難である。したがって、脳機能の局在診断の研究がリハビリテーション等の治療に益するところは大である。本研究は、近赤外分光法(以下、NIRS法)による無侵襲脳局所酸素モニタを聴覚障害の機能的診断および治療に活用しようとするものである。種々の音や音声・言語に対する反応を直接脳から記録することで、行動や表出が未発達ないし障害されている患者の場合にも聴覚障害の機能的診断を可能にし、かつ繰り返し実施することを可能とすることを最終目的とする。NIRS法の有効性の確認および比較研究として、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)と脳磁図(MEG)による記録も実施した。ただし、これらの方法は小児や障害者に対しては適応が容易ではないため、主に健常成人ないし小学校高学年以上の健常小児を被検者とし、各種の音ないし言語音に対する記録を行った。
研究方法
本年度のNIRSの測定には、左右各12ヶ所で記録のできるETG-100(日立メディコ)を主に使用した。成人では9個のプローブを3×3の格子状に取り付け、乳児ではこの方式では上下に大きすぎるため、もう一つの標準の構成である4x4を上下に分割して2×4にし、これを左右に配した。光プローブの装着位置は、耳介上方でなるべく低い位置とし、課題により前後に調節した。音刺激はパソコンから再生し、挿耳型イヤホン(EAR-TONE 3A)で被検者に聞かせた。小児でイヤホンの装着が無理な場合は、パワード・スピーカ(Media200, JBL)で再生した。閾値反応をみる検査では、1/3オクターブの帯域雑音(中心周波数を500 Hz, 1 kHz, 4 kHz)を使用した。持続時間は20秒で、20秒の無音区間と交互に提示した。対照として、1 kHz正弦波音も使用した。別の対照として、印刷物を読んで音を無視する課題も実施した。
言語反応を見る検査では、昨年度に脳磁図で使用したのと同じ分析合成単語である「いった(断定)」「言って(依頼)」「言った?(疑問)」を使用した。約1秒毎に1単語を再生し、20秒を1ブロックとした。断定のみのブロックをバックグラウンドとし、断定と依頼が混じるブロック(音韻対比)と、断定と疑問が混じるブロック(抑揚対比)を作成し、切り替えた。成人では音を注意して聞くように求め、小児ではコンピュータで絵を描くなどの他の課題をしている最中の聴覚野の活動を記録した。小児用には、絵本の朗読を1ページあたり20秒になるように無響室にて録音したものも用いた。朗読はページごとに抑揚をつけたものとつけないものを交互につなぎ合わせた。また、歌唱とその歌詞の朗読の組合せも試行した。
単語生成の課題として、文字カードよりランダムに選択した文字を提示し、20秒その文字より始まる単語を言わせた。40秒の休止の後、直前のブロックで発した単語を同じ程度の速度で読むブロックを設け、前者の活動から後者の活動を差引することで側頭筋の活動を除外した。
アクセントや連濁の規則違反を検出する課題で、脳磁図にて誘発脳磁界を選択的加算平均し、N400を記録した。fMRIによる聴覚皮質からの記録については、昨年度すでに音の提示方法の改善と撮像条件の変更し、fMRIによっても聴覚野の記録が可能なようにした。本年度はこの方法を用い、聴覚高次機能の一つである音源定位について調べた。30秒のブロックデザインとした。ホワイトノイズ音に両耳間時間差ITDをつけることで正中付近(ITD = ±200_s)、右半空間内(ITD = +400_s, +800_s)ないし左半空間内(ITD = -400_s, -800_s)で動く音像の刺激と、対照として正中で固定している音像の刺激(ITD = 0_s)を作成し、各30秒間再生、30秒間休止の5回の繰り返しとした。
言語反応を見る検査では、昨年度に脳磁図で使用したのと同じ分析合成単語である「いった(断定)」「言って(依頼)」「言った?(疑問)」を使用した。約1秒毎に1単語を再生し、20秒を1ブロックとした。断定のみのブロックをバックグラウンドとし、断定と依頼が混じるブロック(音韻対比)と、断定と疑問が混じるブロック(抑揚対比)を作成し、切り替えた。成人では音を注意して聞くように求め、小児ではコンピュータで絵を描くなどの他の課題をしている最中の聴覚野の活動を記録した。小児用には、絵本の朗読を1ページあたり20秒になるように無響室にて録音したものも用いた。朗読はページごとに抑揚をつけたものとつけないものを交互につなぎ合わせた。また、歌唱とその歌詞の朗読の組合せも試行した。
単語生成の課題として、文字カードよりランダムに選択した文字を提示し、20秒その文字より始まる単語を言わせた。40秒の休止の後、直前のブロックで発した単語を同じ程度の速度で読むブロックを設け、前者の活動から後者の活動を差引することで側頭筋の活動を除外した。
アクセントや連濁の規則違反を検出する課題で、脳磁図にて誘発脳磁界を選択的加算平均し、N400を記録した。fMRIによる聴覚皮質からの記録については、昨年度すでに音の提示方法の改善と撮像条件の変更し、fMRIによっても聴覚野の記録が可能なようにした。本年度はこの方法を用い、聴覚高次機能の一つである音源定位について調べた。30秒のブロックデザインとした。ホワイトノイズ音に両耳間時間差ITDをつけることで正中付近(ITD = ±200_s)、右半空間内(ITD = +400_s, +800_s)ないし左半空間内(ITD = -400_s, -800_s)で動く音像の刺激と、対照として正中で固定している音像の刺激(ITD = 0_s)を作成し、各30秒間再生、30秒間休止の5回の繰り返しとした。
結果と考察
(1) 成人被検者に対して、NIRS法によって、聴覚閾値の強さの帯域雑音に対して、全例で聴覚野の反応が記録された。閾値より2 dB低い音では全く反応が見られなかったことより、NIRS法は誘発脳波など他の脳機能検査法にくらべて非常に感度が高く、聴覚心理的に調べた閾値と非常によく対応する反応が得られることがわかった。今回このように良好な結果が得られたのは、(a)多チャネルで記録しているため、反応部位を外すことがほとんどない、(b)刺激を工夫して、順応が起こりにくくしている、(c)加算平均をして統計検定にかけている、(d)粗大なアーチファクトを除去している、等の理由があったと考えられる。
(2) 上述の反応は、無視条件では1割の被検者で有意に出なくなったが、音に注意を向ける条件下では他覚的聴力検査が可能であると考えられる。
(3) 上記と同様の条件の純音刺激では、閾値の反応が一部の被検者に限られ、閾値上30 dBでは全例で反応が得られ、帯域雑音とは強度─反応関係が異なることがわかった。このため、NIRS法で見ている反応は、注意などの高次機能そのものではなくて、音色の情報なども反影する直接的な聴覚反応が主であると思われる。
(4) 昨年度の研究で可能性が指摘されていたことであるが、閾値より30 dB大きい音では、数回以上の聴取で順応が起こり、10回の繰り返しでは一部の被検者で統計上反応が有意に出なくなることが観察された。記録のノイズやアーチファクトの逓減のためとは言え、刺激回数を単純に増やすことは有意な応答率を下げることになる。この点は他の課題でも注意が必要である。
(5) 分析合成単語による反応を右利き被検者について調べると、単純な左右比較では、音韻対比のみがある刺激で左聴覚野が優位に出た被検者が6割、抑揚対比のみがある刺激で右聴覚野の反応が強かった被検者が6割であった。今回行ったのと同様の提示法を用いれば、特定の音韻の弁別が可能かどうかの判定が客観的にできると思われ、表出面に障害のある患者でも、音韻や単語の弁別ができるかどうかを客観的に捉えることができると思われる。
(6) 脳機能の左右差を論じる場合には、測定系の感度が左右均等である必要がある。しかるにNIRS法では髪の毛や皮膚の色、頭の中の構造など、左右差をきたす原因が多数ある。それに加えてプローブの配置によっても感度むらが生じる。この条件では左右の生データを単純に比較しても正しい結論が得られない。そこで、左右の反応振幅の比を取り、それが課題ないし刺激(音韻・抑揚の対比など)によってどのように変動するかを観察すると、異なる課題ないし刺激の提示時にプローブが同一位置に配置してある限り、感度むらによる影響を避けることができる。この方法で音韻・抑揚対比の処理の左右差を見ると、被検者10人中8人で、音韻の変化では左聴覚野で、抑揚の変化では右聴覚野でより強い反応が得られた。このことより、NIRS法によって脳機能の左右差という高次機能が個人毎に検討できることが判明した。
(7) 単語の発声による語流暢試験では、側頭筋の活動も混入するが、同じ単語を読み上げた際の信号を差引することで、純粋に脳内の活動が記録でき、右利き被検者ではブローカ野の反応が対側相同部位の反応より大きいことが検出できた。昨年度は書字にてプローカ野とその対向部位の優位性の検出を試みたが、書字の操作は複雑であり、書字や絵の模写が稚拙である小児には適応しにくい場合がある。そのような小児でも文字を読むことができる場合があるため、今年度開発した方式を使うと、従来法では検査にのらなかった患者の検査が可能になると思われる。
(8) 脳磁図では複合語の連濁・アクセント規則の逸脱に対する反応を記録し、聴覚連合野の活動を得た。fMRIでは、昨年度開発した方法を用い、音像定位刺激で聴覚野の活動を見ることができ、対側空間内の音像の動きに対して、横側頭回および上側頭回に反応が見られ、静止音像との比較から、音像定位に上側頭回の関与が強いことが示唆された。
(2) 上述の反応は、無視条件では1割の被検者で有意に出なくなったが、音に注意を向ける条件下では他覚的聴力検査が可能であると考えられる。
(3) 上記と同様の条件の純音刺激では、閾値の反応が一部の被検者に限られ、閾値上30 dBでは全例で反応が得られ、帯域雑音とは強度─反応関係が異なることがわかった。このため、NIRS法で見ている反応は、注意などの高次機能そのものではなくて、音色の情報なども反影する直接的な聴覚反応が主であると思われる。
(4) 昨年度の研究で可能性が指摘されていたことであるが、閾値より30 dB大きい音では、数回以上の聴取で順応が起こり、10回の繰り返しでは一部の被検者で統計上反応が有意に出なくなることが観察された。記録のノイズやアーチファクトの逓減のためとは言え、刺激回数を単純に増やすことは有意な応答率を下げることになる。この点は他の課題でも注意が必要である。
(5) 分析合成単語による反応を右利き被検者について調べると、単純な左右比較では、音韻対比のみがある刺激で左聴覚野が優位に出た被検者が6割、抑揚対比のみがある刺激で右聴覚野の反応が強かった被検者が6割であった。今回行ったのと同様の提示法を用いれば、特定の音韻の弁別が可能かどうかの判定が客観的にできると思われ、表出面に障害のある患者でも、音韻や単語の弁別ができるかどうかを客観的に捉えることができると思われる。
(6) 脳機能の左右差を論じる場合には、測定系の感度が左右均等である必要がある。しかるにNIRS法では髪の毛や皮膚の色、頭の中の構造など、左右差をきたす原因が多数ある。それに加えてプローブの配置によっても感度むらが生じる。この条件では左右の生データを単純に比較しても正しい結論が得られない。そこで、左右の反応振幅の比を取り、それが課題ないし刺激(音韻・抑揚の対比など)によってどのように変動するかを観察すると、異なる課題ないし刺激の提示時にプローブが同一位置に配置してある限り、感度むらによる影響を避けることができる。この方法で音韻・抑揚対比の処理の左右差を見ると、被検者10人中8人で、音韻の変化では左聴覚野で、抑揚の変化では右聴覚野でより強い反応が得られた。このことより、NIRS法によって脳機能の左右差という高次機能が個人毎に検討できることが判明した。
(7) 単語の発声による語流暢試験では、側頭筋の活動も混入するが、同じ単語を読み上げた際の信号を差引することで、純粋に脳内の活動が記録でき、右利き被検者ではブローカ野の反応が対側相同部位の反応より大きいことが検出できた。昨年度は書字にてプローカ野とその対向部位の優位性の検出を試みたが、書字の操作は複雑であり、書字や絵の模写が稚拙である小児には適応しにくい場合がある。そのような小児でも文字を読むことができる場合があるため、今年度開発した方式を使うと、従来法では検査にのらなかった患者の検査が可能になると思われる。
(8) 脳磁図では複合語の連濁・アクセント規則の逸脱に対する反応を記録し、聴覚連合野の活動を得た。fMRIでは、昨年度開発した方法を用い、音像定位刺激で聴覚野の活動を見ることができ、対側空間内の音像の動きに対して、横側頭回および上側頭回に反応が見られ、静止音像との比較から、音像定位に上側頭回の関与が強いことが示唆された。
結論
平成10年度は、多チャンネルNIRS法によるトポグラフィ装置および単チャンネル無侵襲脳局所酸素モニタを導入し、両者を比較しつつ正常成人被検者で聴覚反応および言語課題による反応が得られることを確認した。11年度には成人で多チャンネルNIRS法の感度と特異性を評価し、聴覚閾値の音に対する反応を得た。また、音韻・抑揚などに特異的な反応を得る方法をさぐり、誤流暢試験なども小児への適応しやすい形態を研究した。正常小児被検者について実際にNIRS法による記録を実施し、有意な反応を得ることができた。12年度には障害者の治療やリハビリテーションへの活用を研究する予定である。
公開日・更新日
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更新日
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