糖尿病網膜症の重症化の原因の究明とその対策

文献情報

文献番号
199900518A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病網膜症の重症化の原因の究明とその対策
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
堀 貞夫(東京女子医科大学眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 船津英陽(東京女子医科大学糖尿病センター眼科)
  • 山下英俊(山形大学眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
-
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
糖尿病網膜症は後天性視覚障害の主要原因であり、糖尿病患者の増加に伴い視力障害者も増加傾向にある。網膜症における視力障害の主因は増殖網膜症であるが、単純または増殖前網膜症から増殖網膜症への進展過程における詳しい病態は不明であり、網膜症重症化に対する対策は十分に講じられていない。
そこで、網膜症の進展過程を詳しく調査して、網膜症進展に関わる全身および眼局所因子を解明し、網膜症の適切な診断および治療指針(ガイドライン)を作成するために、コホート研究を進めている。
研究方法
研究は、①糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明、②網膜症管理のためのガイドライン作成、③糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明、④糖尿病患者の意識調査、⑤網膜症病期判定基準の草案、の5項目からなる。この内、平成11年度の研究成果として結果が出た、①糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明、②糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明、④糖尿病患者の意識調査、⑤網膜症病期判定基準の草案について述べる。
1. 糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明
1)対象
増殖網膜症への進展機構を明らかにするために、平成10年9月から平成11年1月までの間に、重症単純網膜症、増殖前網膜症および軽症増殖網膜症を有する糖尿病患者159例を、prospective studyのための登録患者として抽出した。
2)方法
これらの患者を対象に、高解像度デジタル眼底撮影装置を用いて、画角50度で10方向のカラー眼底撮影、フルオレスセイン蛍光眼底撮影を行った。この撮影結果をもとに、眼底所見の重症度、網膜症の病期、黄斑浮腫の程度を判定し、調査票に記録した。また、撮影時に同意を得て採血し、血液中のvascular endothelial growth factor (VEGF)、interleukin-6 (IL-6)、tumor necrosis factor-α (TNF-α)、transforming growth factor-β1 (TGF-β1)、pentosidine、Thrombomodulin (TM)、von Willebrand factor (vWF)、Lipoprotein(a) (Lp(a))の濃度を測定した。
そして、網膜症の病期(ETDRS分類、福田分類)、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と年齢、糖尿病罹病期間、性別、内科的治療法、喫煙歴、アルコール消費、高血圧、収縮期血圧、拡張期血圧、BMI、眼圧、緑内障、後部硝子体剥離、血液中のVEGF、IL-6、TNF-α、TGF-β1、pentosidine、TM、vWF、Lp(a)濃度との関連性を統計学的に検討した。
統計解析にはStatistical Analysis System(SAS)を用いて解析を行った。
2. 糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明
1) 対象
平成11年4月から平成12年12月までの間に、硝子体手術および白内障手術を行った糖尿病患者208例(女子医大:164例、江口眼科病院:44例)を対象とした。
2) 方法
①糖尿病患者における病態把握
硝子体手術時に硝子体液、白内障手術時に前房水を採取して、眼内液中の血液中のVEGF、IL-6、TNF-α、TGF-β1、pentosidine 、Endostatin、Platelet factor-4 (PF-4)、Placenta growth factor(PlGH)の濃度を測定した。また、血液中のVEGF、IL-6、TNFα、TGFβ1、pentosidine、Endostatin、PF-4、TM、vWF、Lp(a)濃度をELISA法にて測定した。
網膜症の病期(ETDRS分類、福田分類)、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と年齢、糖尿病罹病期間、性別、内科的治療法、喫煙歴、アルコール消費、高血圧、収縮期血圧、拡張期血圧、BMI、眼圧、緑内障、後部硝子体剥離、血液中のVEGF、IL-6、TNFα、TGFβ1、pentosidine、PF-4、TM、vWFおよびLp(a)濃度との関連性を統計学的に検討した。
統計解析にはStatistical Analysis System(SAS)を用いて解析を行った。
②in vtro実験
培養細胞としてヒト皮膚由来毛細血管内皮細胞を用い、ヒアルロン酸合成酵素(HAS)による産生制御を検討した。HAS1-3の3つのアイソフオームの発現をRT-PCR、ノーザンブロット法で検討した。
3. 糖尿病患者の意識調査
1) 対象
平成11年8月中に糖尿病センター内科を受診した糖尿病患者3613名を対象とした。
2)方法
内科外来受診時に、全例に患者意識調査に関するアンケート調査を依頼して、4053名の患者に回答してもらった。その内、内科初診患者および記入不十分の患者を除く再診患者3613名を対象に調査結果を集計した。集計法としては単純集計およびクロス集計を行った。
結果と考察
C.結果およびD.考察
1.糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明
網膜症病期はETDRS分類で、35:119眼、43:90眼、47:46眼、53:34眼、61:3眼、65:7眼、71:1眼であった。黄斑浮腫は黄斑浮腫なし:213眼、局所性浮腫:63眼、びまん性浮腫:23眼であった。
1年後の眼底撮影の結果、網膜症の進展と相関する全身因子としては、糖尿病罹病期間、HbA1c値および血液中のvWF濃度があげられた。また、黄斑浮腫の程度と関連する因子としては、後部硝子体剥離の程度と血液中のIL-6濃度が選択された。
2. 糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明
網膜症病期はETDRS分類で、35:119眼、43:90眼、47:46眼、53:34眼、61:3眼、65:7眼、71:1眼であった。まず、白内障手術および硝子体手術例を対象に、前房水および硝子体液中のVEGF、IL-6、TNFα、TGFβ1濃度を測定して探索的研究を行った。その結果、網膜症病期と前房水中のVEGF濃度との間に有意な相関がみられ、IL-6濃度との間には相関傾向がみられたが、他のTNFα、TGFβ1濃度との間には有意な相関はみられなかった。そこで、同一眼から採取した前房水中のVEGF、IL-6濃度と網膜症病期との関連性を調べたところ、VEGFとIL-6は網膜症病期と有意な相関がみられ、網膜症の病態に深く関与していることが示唆された。さらに、血管新生抑制因子であるEndostatinやPF-4についても検討したところ、網膜症病期とともに前房水および硝子体液中のVEGF、Endostatin濃度が上昇しており、網膜症の病態に血管新生促進因子と抑制因子がネットワークを形成していることが示唆された。これらの結果を踏まえて、平成12年度には、これらの症例を追跡調査して、さらに網膜症の病態について検討する予定である。
3. 糖尿病患者の意識調査
網膜症の理解度(糖尿病においては網膜症が原因で視力低下する)に関する調査では、眼科および内科外来における診療を通じて得られる知識よりも、糖尿病教室を受講して糖尿病や合併症に関する詳しい説明や患者からの質問を行っている方が、理解度が高いという結果が得られた。また、眼科受診状況については、内科からの説明のみではなく、眼科的自覚症状を有している場合や、眼科受診の必要性を理解している場合に、通院状況が良好であった。
結論
網膜症の予後予測のために、従来からの糖尿病罹病期間や血糖コントロール状態(HbA1c)に加えて、血液中のvon Willebrand factor濃度の値が指標として有用であると考えられた。また、網膜症の病態には眼局所における血管新生促進因子と抑制因子がネットバランスを形成しており、網膜症の活動性を把握し、治療方針を立てる上で、VEGF、IL-6、Endostatinなどの眼内濃度を測定することが有用であると考えられた。糖尿病患者の網膜症に関する正しい知識を増やすためには、糖尿病教室のようにある一定期間内に集中して教育する方法が有効であり、網膜症管理や定期的眼科受診のための動機付けになることが示唆された。さらに、本研究を推進して、網膜症重症化の病態を解明するとともに、日常診療に即した抜本的対策を講じることが、非常に重要であると考えられた。

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