緑内障の発症、経過解析、治療に関する研究

文献情報

文献番号
199900514A
報告書区分
総括
研究課題名
緑内障の発症、経過解析、治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
新家 眞(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 北澤克明(岐阜大学)
  • 三嶋 弘(広島大学)
  • 阿部春樹(新潟大学)
  • 小口芳久(慶應義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
緑内障のスクリーニング、診断、経過観察及び治療法を確立し、さらに分子遺伝学・分子生物学的手法および細胞生物学的手法を用いてその病因の本態を明らかにする。このことにより、緑内障による失明者の減少、緑内障罹患者の社会生活能力維持及び制限のない生活の実現、その結果として国民の保険・医療・福祉の向上ならびに国民医療費・国民福祉経費の削減が期待される。
研究方法
1)眼圧下降薬:眼圧下降薬として現在もっとも有望視されているブドウ膜強膜路を介する房水流出を促進する薬剤の一つであるラタノプロストについて、その眼圧下降効果および臨床的有効性等について検討した。また、同様にぶどう膜強膜路を介した房水流出促進薬剤であるイソプロピルウノプロストンの視神経乳頭血流に与える変化に関してスキャニングドップラーフローメーターにより検討した。また点眼薬の眼内薬物動態特に後眼部に到達する経路についてRIを用いることにより検討した。
2)正常眼圧緑内障:正常眼圧緑内障発症および悪化に関する循環動態および乳頭出血の関与について検討した。また、正常眼圧緑内障患者を対象として炭酸ガス負荷により視神経および視神経乳頭領域の血流が改善するかいなかに関して検討した。また、ニルバジピン等のカルシウム拮抗薬の正常眼圧緑内障の視神経領域の循環動態に対する影響を検討し、また手術による眼圧下降が正常眼圧緑内障の視野障害進行の停止に有用で有るか否かを検討した。
3)緑内障の診断・スクリーニング:網膜神経線維厚測定装置およびFrequency Doubling Illusionを応用した新しい視野測定装置であるFDTスクリーナーを用いて、その緑内障診断への可能性について検討するとともに、共焦点レーザーによる視神経乳頭形状3次元解析装置の出力パラメーターこの相関も検討した。
4)緑内障経過・予後判定法:前年度までの研究で決定された視野のセクターパターンをもととして統計学的手法を用いて局所的視野欠損進行および全体的な視感度低下を同時に検出可能な視野進行測定アルゴリズムについて、その特性を検討するとともに従来の方法との比較を行う。
5)緑内障における循環因子の研究:レーザースペックル眼底血流法によって視神経乳頭における循環動態を検討し、また超音波カラードップラー法により眼球後部の循環動態も検討した。眼圧上昇および低下に対する視神経乳頭における血流のautoregulationに関与する因子に関しても検討を行った。
6)分子生物学的研究:サルを用いた実験緑内障モデル、ラット高眼圧モデル、ラット視神経虚血モデル、ラット視神経坐滅モデルを作成し、実験緑内障眼を用いた視神経乳頭組織および網膜神経節細胞に対する神経栄養因子・NMDA受容体遮断薬等の影響を検討した。および培養網膜神経節細胞に関してはカルシウム画像解析装置を用いてグルタミン酸刺激に対する反応性を検討した。また、この刺激応答が眼科領域で降圧剤として用いられている交感神経β1受容体の選択的阻害薬であるBetaxololによって修飾されるかどうかについても検討した。緑内障遺伝子産物であるでミオシリンのマウスおよびブタにおける眼内分布を観察した。またミオシリン遺伝子およびCYP1B1遺伝子に関して変異検索を行った。
結果と考察
1)眼圧下降薬:ブドウ膜強膜路を介する房水流出を促進する薬剤の一つであるラタノプロストが実際に十分な眼圧下降効果を持ち、臨床的に非常に有用であることが確認された。また、同様にぶどう膜強膜路を介した房水流出促進薬剤であるイソプロピルウノプロストンに視神経乳頭血流増加作用があることが示された。一方、点眼薬の眼内薬物動態についてはα-遮断作用およびβ遮断作用を有し、毛様体における房水産生低下作用に加えブドウ膜強膜を介する房水流出促進作用のあるニプラジロールおよび水溶性カルシウムチャネルブロッカーであるイガニジピンが点眼により網膜を含む後眼部に到達しうること、したがって、そのような薬剤が視神経乳頭循環改善効果をもたらしうることが明らかとなった。
2)正常眼圧緑内障:正常眼圧緑内障においては、末梢循環障害、乳頭出血等の非眼圧要因が重要な病因となっている事を明らかにし、今後の治療ターゲットとしての可能性を示すことができた。
3)緑内障の診断・スクリーニング:網膜神経線維厚測定装置およびFrequency Doubling Illusionを応用した新しい視野測定装置であるFDTスクリーナーは緑内障の早期診断に有用であり、また視神経乳頭形状における緑内障変化とも一致した結果が得られることが明らかになった。
4)緑内障経過・予後判定法:新たに開発して視野進行測定アルゴリズムについて、緑内障性視野障害を従来のどの方法よりも鋭敏にとらえることができ、今後の臨床応用の可能性が期待された。
5)緑内障における循環因子の研究:眼圧上昇および低下に対する視神経乳頭における血流のautoregulationに少なくとも一部NOが関与していることが明らかとなり、あらたな緑内障治療ターゲットになりうることが示された。
6)分子生物学的研究:培養網膜神経節細胞のカルシウム画像解析装置による検討により、網膜神経節細胞におけるグルタミン酸誘発[Ca2+]I 上昇は他の神経細胞と異なり、 主としてNon-NMDA受容体を介していることが明らかとなった。また、眼科領域で降圧剤として用いられている交感神経β1受容体の選択的阻害薬であるBetaxololのグルタミン酸誘発[Ca2+]I 上昇に対する抑制効果を持ち、グルタミン酸誘発細胞死を抑制することが示唆された。また、ラット実験緑内障モデルによる実験ではNMDA受容体遮断薬投与、FK-506(タクロリムス)、ベタキソロールによっても、網膜神経節細胞の障害を抑制可能な事を示した。さらに、ラット眼における視神経近傍の血管系の解剖を明らかにした。NMDA受容体サブユニットのノクアウトマウスを用いた実験によりε1サブユニットノックアウトマウスが虚血負荷による網膜神経節細胞死に抵抗性を示した。しかしその程度はε1サブユニットノックアウトマウスで認められる抵抗性よりかなり低いものであった。 一方、緑内障遺伝子産物であるでミオシリンのマウスおよびブタにおける眼内分布をみた実験では神経節細胞およびその軸索に沿いミオシリンの発現が確認された。マウス視神経内の星状膠細胞に特異的な発現を認めた。また、ブタの視神経乳頭と篩状板部において、特に星状膠細胞の突起を含む細胞質内にミオシリン蛋白の局在を認めた。培養ブタ星状膠細胞において、明かなステロイドの影響はみられなかった。さらに、緑内障遺伝子の解析に関してはミオシリン遺伝子およびCYP1B1遺伝子に関して変異検索を行った結果、ミオシリン遺伝子に関しては140家系中4家系(家族歴有り)において疾患の発症に関連すると思われたアミノ酸の置換がみられた(Arg 46 stop、Arg158Gln、Asn360Lys、Ala363Thr)。これらは日本人固有の変異であった。2家系は正常眼圧緑内障が疑われている家系であった(Arg 46 stop、Arg158Gln)。直接発症には関連しないと思われたアミノ酸の置換は6カ所にみられた(コドン19、76、208、439、470、488)。ミオシリン遺伝子頻度は3%であった。CYP1B1遺伝子変異に関しては65家系の先天緑内障患者を解析し、疾患の発症と関連すると思われた5つの変異を同定した。これらの変異は日本人固有のものであった。多型が5カ所認められた。先天緑内障患者の中でCYP1B1 遺伝子異常の頻度としては約10%であった。
結論
本研究により、緑内障の発症機序、病態生理に関する新たな知見が得られ、また緑内障の新たな治療方法の開発およびより鋭敏な緑内障診断、経過観察を一部確立することができた。これらの結果は現在の緑内障診断、スクリーニング、経過観察および治療に大きな影響を与えうると共に今後の緑内障研究の基礎となる成果であると考えられた。

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