頻度の高い視聴覚障害の発症機序並びに治療法に関する研究(難治性黄斑疾患に対する外科的内科的治療)(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900513A
報告書区分
総括
研究課題名
頻度の高い視聴覚障害の発症機序並びに治療法に関する研究(難治性黄斑疾患に対する外科的内科的治療)(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田野 保雄(大阪大学医学部眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 石橋 達朗(九州大学医学部眼科)
  • 白神 史雄(岡山大学医学部眼科)
  • 不二門 尚(大阪大学医学部器官機能形成学)
  • 山本 修士(大阪大学医学部眼科)
  • 林 篤志(大阪大学医学部眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
難治性黄斑疾患である血管新生黄斑症に対して、過去2年間の臨床的および実験的研究により、当該施設で開発した、「網膜部分切開による中心窩移動術」および「強膜短縮による中心窩移動術」は限られた症例に対して有効であるが、移動距離が小さいこと(平均0.6乳頭径)および前者では手術侵襲が大きいことが問題点として認められた。また、後者では移動方向の予測が困難である点、網膜皺襞の形成が不可避で、これが黄斑部におよぶと視力向上が得られないことなどが判明した。本年度は、より移動距離が大きく予測可能な術式である「網膜全周切開による中心窩移動術」を新たに開発し、本術式の成績を臨床的に検討するとともに、成績を向上させるための外科的、内科的治療に関する基礎的研究を行った
研究方法
(1) 外科的治療法の研究。
(i) 網膜全周切開術と外眼筋手術の同時手術による中心窩移動術の成績 (臨床研究)
加齢黄斑変性、近視性血管新生黄斑症、その他 合計43例43眼に対して中心窩移動術をおこない術後、中心窩移動距離、視力予後、複視など検討を行った。
(ⅱ) 網膜回旋に対する斜視手術 (臨床研究)
網膜回転に伴う像の傾きを矯正するために行う、回旋斜視手術の効果を検討した。
(iii)中心窩移動術における視機能評価((臨床研究)
近視性血管新生黄斑症の11症例に対して、中心窩移動術の術前および術後に走査レーザー検眼 鏡による微小視野測定(SLO microperimetry)、reading chartによる読書視力の測定を行い、本術式の手術適応に関する検討を行った。
(iv) 網膜全周切開による中心窩移動術の手術侵襲。
①中心窩移動術の網膜への影響 (基礎研究)
10頭のカニクイサルを用いて、中心窩移動術の前後に眼底写真、蛍光眼底写真および網膜電図を測定した。また、術後経時的に眼球摘出し、組織学的検討を行った。TUNEL染色によるアポトーシスの検出、glial fibrillary acidic protein(GFAP)の免疫染色を術後網膜において行った。また、術後3ヶ月目に摘出した眼球の網膜中心窩の電子顕微鏡観察を行った。
② 意図的網膜剥離の作製を容易にする潅流液の網膜に与える影響 (基礎研究)
意図的網膜剥離の作製を容易にすることを目的として用いる、Ca++および Mg++を含まないpart 1 BSS plus灌流液の網膜毒性および網膜接着力への影響を、家兎を用いて網膜電図および走査電子顕微鏡で検討した。
(2) 内科的治療法の研究。
(i)黄斑変性の原因遺伝子の検索(臨床研究)
加齢黄斑変性の原因遺伝子を検討する一環として、遺伝性黄斑ジストロフィーのひとつであるX染色体伴性劣性網膜分離症の原因遺伝子の検索を行った。
(ⅱ) 血管新生抑制に関する遺伝子導入の研究(基礎研究)
そこで網膜下血管新生およびそれに伴う線維化を抑制するために、可溶性TGF-βの受容体を分泌するcDNAを持つアデノウイルスベクターAdTb-ExRとTGF-bの変異受容体のcDNAを過剰発現するアデノウイルスベクターAdTb -TRを作成して、ラット光凝固による網膜下血管新生モデルに投与した。
(ⅲ) 近視の進行防止
① 近視の進行防止に関するdrug deliverly systemの開発
ひよこを用いた実験近視モデルに対してosmotic minipumpを皮下に埋没し、持続的に眼球の強膜に薬剤を注入するSystemの有効性を検討した。
② 強度近視における眼軸長延長防止のための黄斑バックル装着法の開発。
MRI検査時にも問題の起こらないチタン性の黄斑バックルを開発し、家兎の強膜に縫着して強膜、網膜に与える影響を検討した。
結果と考察
社会的に活動度の高い人の中途失明の原因として、増加傾向にある血管新生黄斑症(加齢性黄斑変性および変性近視)に対しては、レーザー光凝固法が、進行防止に有効な治療法であるが、視力回復が得られる治療法はなかった。中心窩移動術は、中心窩を網膜下組織が健常な部位に移動させることにより、視機能を回復させることを目的とした、新しい術式である。過去2年間の臨床的および実験的研究により、当該施設で開発した、「網膜部分切開による中心窩移動術」および「強膜短縮による中心窩移動術」は限られた症例に対して有効であるが、移動距離が小さいこと(平均0.6乳頭径)および前者では手術侵襲が大きいことが問題点として認められた。また、後者では移動方向の予測が困難である点、網膜皺襞の形成が不可避で、これが黄斑部におよぶと視力向上が得られないことなどが判明した。
本年度は、より移動距離が大きく予測可能な術式である「網膜全周切開による中心窩移動術」に関する臨床的および基礎的研究を行った。手術成績に関しては、網膜全周切開による中心窩移動術を施行した43例中、視力改善は12例(28%)に認められた。視力改善率は、近視性血管新生黄斑症の方が加齢黄斑変性より良好であった。この術式では平均1.6 乳頭径の中心窩移動距離が得られ、新生血管膜の大きい加齢黄斑変性においても適応可能であることが見出された。重篤な網膜の合併症は見られず、また網膜回旋に伴う像の回旋も、回旋斜視の手術を併用することにより解決できることが分かった。
実験的研究では、サル眼を用いて網膜全周切開による中心窩移動術の術式の検討、術後網膜の電気生理学的、組織学的検討を行った。強膜短縮による方法と異なり、術後網膜にアポトーシスを認めなかった。術後の網膜電図では、1ヶ月目で術前の30%、2ヶ月目で45%まで回復した。電子顕微鏡による術後中心窩の組織像では、視細胞の部分的消失を認めた。意図的網膜剥離の作製を容易にするため、カルシウムイオン(Ca++)およびマグネシウムイオン(Mg++)を含まない潅流液の網膜に与える影響を家兎で検討した結果、網膜電図の変化は可逆的であり、走査型電子顕微鏡で視細胞と網膜色素上皮間の接着力低下が示された。これらの動物実験は、臨床で行う手術操作の安全性および有効性を確立する上で、大変有益な基礎データとなった。
黄斑障害を来す原因遺伝子の解析では、黄斑変性を来す遺伝性疾患である、X連鎖性若年性網膜分離症の原因遺伝子であるXLRS1に関して,5つの新規遺伝子異常を見出した。網膜下血管新生およびそれに伴う線維化を抑制するための遺伝子導入法の開発としては、可溶性TGF-βの受容体を分泌するcDNAを持つアデノウイルスベクターAdTb-ExRとTGF-βの変異受容体のcDNAを過剰発現するアデノウイルスベクターAdTb-TRを作成して、ラット光凝固による網膜下血管新生モデルに投与した結果、網膜下血管新生は抑制されただけでなく線維化も抑制された。これらの分子生物学的研究は、平成9-10年度の研究成果を発展させたもので、すぐに臨床応用できる性質のものではないが、新生血管黄斑症の根本治療および予防的な対策を希求する上で、有用な基礎データとなった。
血管新生黄斑症の外科的治療と内科的治療に関する3年間の研究により、血管新生黄斑症の治療法が視力回復可能な積極的なものになり、また予測可能で安全なものとなった。この結果、本治療法が多施設に普及しつつあり、これまで視力低下により、社会的な活動が困難であった人の多くが視力改善し、社会的な活動が可能になることが期待される。
結論
血管新生黄斑症に対して、外科的治療法として周辺部網膜を360°切開する方法で中心窩移動を行う術式を開発し、3割の症例に視力改善が得られた。この方法は強膜短縮による中心窩移動術と比較して、中心窩が大きく移動するため有効視野が多く取れ、読書視力の改善が得られること、新生血管が再発した場合も移動した中心窩との距離があるためレーザー治療が可能なこと、移動距離を術中にコントロール可能なこと、網膜の皺襞形成が起こらないため、見え方の質が良好であることなど多くの優れた点があることが判明した。術式の進歩により、当初欠点と考えられていた増殖硝子体網膜症の発症頻度は低く押さえることが可能となった。また像の傾きに関しては斜視手術を併用することにより、許容限度内に留めることが可能となった。網膜に対する侵襲は、Ca++およびMg++イオンを含まない潅流液を用いることにより、軽減されることが実験的に確かめられた。外科的治療の今後の課題としては、神経網膜の保護をいかに行うかということである。内科的治療は実験段階であるが、遺伝子導入法は様々なアプローチを行い、短期的ではあるが、血管新性抑制効果が確かめられた。今後より安全で、効果の持続する導入法を検討していく必要がある。近視の進行防止に関しては、強膜の補強を外科的方法および薬物療法をくみ合わせて行うことにより、眼軸延長を予防できる可能性が示唆され、近い将来臨床応用されることが期待される。

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