遺伝性難聴の遺伝子解析に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900512A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝性難聴の遺伝子解析に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
宇佐美 真一(信州大学医学部耳鼻咽喉科)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
疫学統計によれば小児の難聴の約半数は遺伝性のものと考えられているが、ここ数年の分子遺伝学のめざましい発展により、すでにいくつかの遺伝性難聴の原因遺伝子、あるいは原因遺伝子の存在する染色体上のおおよその位置(遺伝子座)が特定され始めている。今後はこれらの分子遺伝学的知見が増すにつれ難聴の正確な診断がなされるようになり、治療やカウンセリングに結び付いていくと思われる。今回、従来から経過を追っていた遺伝性難聴家系や外来を受診する難聴患者を対象に、難聴の原因遺伝子の解析をするために本研究を企図した。
研究方法
今年度は連鎖解析により主として常染色体優性遺伝形式をとる家系に関して検討を行った。また既知の原因遺伝子の関与についてはMASA法、RFLP法、ヘテロデユプレックス法、直接シークエンス法などを用い検討した。さらに今年度は今後の臨床面への応用を考えDNAマイクロアレイを用いた遺伝子変異スクリーニング法を完成させた。(倫理面への配慮)遺伝子診断、検査に際しては日本人類遺伝学会およびアメリカ人類遺伝学会の倫理規定にしたがった同意書をすでに作成し研究対象者のインフォームドコンセントを得ている。また本研究実施に際しては施設の倫理委員会に申請を行い承認を受けている。
結果と考察
前年度までの研究の結果、難聴患者の中に種々の遺伝子変異が確認され難聴患者に遺伝子が関与していることが明らかとなった。今年度はさらに新しい遺伝子の関与を検討するとともに、特に高頻度で見出されるPDS遺伝子、Cx26遺伝子、ミトコンドリア遺伝子1555変異の3つの遺伝子に関して研究を行った。Pendred症候群の原因遺伝子であるPDS遺伝子の変異は同時に「前庭水管拡大を伴った非症候性難聴」の原因でもあることが明らかとなったが、今年度頻度調査を行ったところPendred症候群の89%にまた「前庭水管拡大を伴った難聴」症例の58%にPDS遺伝子の変異が同定された。これらの症例について遺伝子型/表現型(臨床型)の検討を行いPendred症候群と比較した。また日本人の難聴家系にも深く関与していることが明らかとなったコネキシン(Cx)26遺伝子の変異に関しては今年度の研究でDNAマイクロアレイを用いたCx26遺伝子変異スクリーニング法を完成させた。またミトコンドリア遺伝子の変異(1555A→G点変異)を持つ症例に関しては新しいマススクリーニング法を用い、この変異を持つ患者に対してはアミノ配糖体抗生物質に注意するよう「薬物カード」を渡し予防、啓蒙に努めた。また今年度新たに常染色体優性遺伝形式をとるDFNA2の原因遺伝子KCNQ4やDFNA9の原因遺伝子COCHの遺伝子変異を日本人家系で初めて見出し、これらの遺伝子が日本人の難聴にも関与していることが明らかにした。本研究により難聴患者の中に種々の遺伝子変異が確認され難聴患者に遺伝子が関与していることが明かとなった。このうち特にPDS遺伝子、Cx26遺伝子、ミトコンドリア遺伝子1555変異の3つの遺伝子は頻度が多く重要であり、臨床面へ応用するためにこの3つの遺伝子に関し以下のように特に重点的に研究を実施した。PDS遺伝子:前年度までの研究によりPendred症候群の原因遺伝子(PDS)が同時に「前庭水管拡大を伴った非症候性難聴」の原因でもあることが明らかとなった(Usami et al.,1999)。「前庭水管拡大を伴った非症候性難聴」症例は甲状腺腫を伴ったPendred症候群とは臨床的に異なっていることより、同一の遺伝子(PDS)が表現型の異なる2つの疾患の原因遺伝子である可能性が示唆された。平成11年度頻度調査を行ったところPendred症候群の89%にまた「前庭水管拡大を伴った難聴」症例の58%にPDS遺伝子の変異が同定された。これらの症
例について遺伝子型/表現型(臨床型)の検討を行いPendred症候群と比較したが遺伝子変異部位と臨床型との直接的な相関は認められず他の因子(遺伝的/環境的)の関与が考えられた。Cx26遺伝子:前年度までの研究により難聴との関連で世界的に注目を集めているCx26遺伝子の変異が日本人の難聴にも深く関与していることが明らかとなった(Abe et al.,2000)。興味あることに日本人では欧米人に多い35delGと呼ばれる変異は見出されず、かわりに235delCと呼ばれる変異が最も頻度が多いことが明らかになった(Abe et al.,2000)。本研究により日本人の難聴者の遺伝子解析にもとづくデータベースの重要性が明らかになった。我々の検討では常染色体劣性遺伝形式をとる難聴家系(孤発例を含む)のうち約1/3にCx26遺伝子変異が見出された。従って先天性難聴児を診察する際にまず最初に念頭に置かなければならない遺伝子の一つであると思われる。海外ではすでにこのCx26遺伝子スクリーニングを開始している施設もあり、今後先天性難聴児におけるスクリーニングとして注目されると思われる。この遺伝子変異を持つ難聴児の聴力像にはバリエーションがあることが報告されているが、一般的には中等度から高度難聴が多い。我々は今後の臨床面への応用を考えDNAマイクロアレイを用いたCx26遺伝子変異スクリーニング法を完成させた。ミトコンドリア遺伝子1555変異:前年度までの研究により ミトコンドリア遺伝子の変異(1555A→G点変異)が高頻度に見出されたが、この変異があるとアミノ配糖体抗生物質により容易に難聴を来たすことが知られている。しかし症例を詳細に検討したところ中にはアミノ配糖体投与歴が無く、いわゆる特発性難聴の形で難聴を来たした症例もあり、種々の外因により難聴が引き起こされる可能性があることが明かになった(Usami et al.,1997,1998)。すなわちこの遺伝子変異が内耳の易受傷性と関連している可能性が示唆された。またこの遺伝子変異の検出頻度はアミノ配糖体による難聴患者に限るとさらに高くなり私どもの症例で検討した結果、アミノ配糖体による難聴者の約1/3に変異が検出され、日本人の難聴患者の主要な原因の一つであることが明らかとなった。したがって対象の患者を絞り込めばかなりの頻度でこの変異が見い出される可能性が高いと思われる。本研究ではこの変異の検出に関して新しいマススクリーニング法を開発するとともに、この変異を持つ患者に対してはアミノ配糖体抗生物質に注意するよう「薬物カード」を渡し予防、啓蒙に努めた(Usami et al.,1999)。
結論
今回の研究で難聴の原因遺伝子の変異が数多く発見されたことにより、難聴患者を診察する際には遺伝子が関与している可能性があることを常に念頭に入れる必要があると思われた。難聴の遺伝子解析によって得られたこれらの新事実は従来の疾患概念を変えてしまうばかりでなく、病態の解明につながっていくものと思われ、将来的に難聴の診断法、治療法、予防に大きく寄与するものと思われた。

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