加齢による視聴覚障害の危険因子に関する縦断的研究

文献情報

文献番号
199900511A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢による視聴覚障害の危険因子に関する縦断的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
下方 浩史(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 葛谷雅文(名古屋大学医学部老年科学教室講師)
  • 長田久雄(東京都立医療技術短期大学部教授)
  • 中島 務(名古屋大学部医学部耳鼻咽喉科学教室教授)
  • 三宅養三(名古屋大学部医学部眼科学教室教授)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
老化に伴って感覚器機能は大きく変化する。高齢者の人口が急速に増加する中で、感覚器障害は社会との意志疎通を脅かしADLやQOLに多大な影響を与える。これらの障害の多くは不可逆性と考えられ予防が最重要である。本研究の目的は視聴覚機能の経年変化を縦断的疫学調査により検討し、視聴覚機能低下の危険因子の解明と予防・早期発見に資することである。国民の関心は疾患から健康そのものに移りつつあり、より健康的な生活環境整備のために感覚機能低下危険因子の解明は早急に着手すべき問題である。当研究により、視聴覚の老化像の解明と、視力・聴力障害の危険因子としての疾患や環境因子が解明され、高齢者の視聴覚障害の予防・治療に役立つものと考えられる。日本におけるこの感覚器に関しての大規模な縦断研究から得られたデータは、国内ばかりでなくインターネットなどを通して世界へも情報を発信することにより、今後の感覚器障害研究の発展へ貢献できるものと期待される。
研究方法
(1)長寿医療研究センター老化縦断研究:長寿医療研究センターで実施を開始した老化の長期縦断疫学研究は、対象を当センター周辺(大府市および知多郡東浦町)の地域住民からの無作為抽出者(観察開始時年齢40-79歳)としている。調査内容資料の郵送後、参加希望者に調査内容に関する説明会を実施し、文章による同意の得られた者を対象者とした。対象は40,50,60,70代男女同数とし2年ごとに調査を行う。2年間で計2,400人の調査を目標としている。測定項目は感覚器機能の加齢変化に対してリスクとなりうる、もしくは感覚器機能の低下に伴って影響を受けると考えられる多くの項目について、感覚器機能を中心とした医学分野のみならず、運動生理学分野、栄養学分野、心理学分野のそれぞれの専門家が詳細な基礎データを収集した。
(2)大規模集団における血圧、眼底所見の加齢変化の縦断的検討:日本人の血圧、さらに高血圧性眼底所見の過去10年間の変動を明らかにするために、1989年から1998年の10年間に名古屋市内の健診センターに受診した男性78,214名、女性29,547名を対象に血圧、高血圧性眼底所見(Scheieの分類:H,S)を横断的、縦断的に検討した。
(3)高齢者の主観的視力と客観的視力および心理的状態との関連:高齢者の視力に対する主観的評価と客観的視力測定値との関連、高齢者の孤独感、抑うつ状態と主観的視力、客観的視力との関連について検討した。対象は、老人ホーム入居者、男性18名(平均年齢76.1、SD8.2歳)、女性80名(平均年齢81.3、SD7.1歳)計98名である。
(4)加齢による難聴に関する研究:1972年から1997年に一側性突発性難聴の発症後、2週間以内に名古屋大学耳鼻咽喉科を受診した1703人(男性934人、女性769人)の健側の聴力、1997年4月から1998年3月までに愛知県総合保健センター人間ドックを受診した60歳以上の人で聴力に異常を指摘された人の検査結果、全国の7つの施設に、難聴や耳鳴などの蝸牛症状を訴えずに来院し、鼓膜に異常を認めなかった75歳以上の純音聴力検査結果を用いて、加齢と難聴との関連について検討した。
結果と考察
(1)長寿医療研究センター老化縦断研究:平成11年12月までに1926名の検査を終了した。調査で得られた視聴覚機能を含む千項目以上の各種検査の性別年齢別標準値は、老化の基礎データとしてモノグラフの形で報告するとともに英文でインターネットを介して全世界に公開した(http://www.nils.go.jp/nils/organ/ep-e/monograph.htm)。また、これまでの解析結果をまとめて、疫学研究の英文専門誌Journal of Epidemiologyに特集号を組み、方法論および概要を紹介するとともに感覚器、医学一般、心理、栄養、運動、身体組成の各分野で、老化とその要因に関して13編の論文をまとめた。今回の調査の結果、すべての自覚的視機能は50歳代まで保たれ、60歳代以降低下を示すことが明らかとなった。一方、加齢に伴う構造的変化である水晶体混濁度と網膜細動脈硬化度は少なくとも40歳代より始まっていると考えられた。視神経乳頭陥凹は各年代間で差がなく、ほぼ0.4で一定であった。
(2)大規模集団における血圧、眼底所見の加齢変化の縦断的検討:眼底所見と血圧に関しての大規模な縦断的検討では、血圧、眼底所見とも加齢と伴に上昇、増加するが、過去10年間の比較、縦断的検討によると血圧は低下してきており、それに伴い眼底の高血圧性、細動脈硬化性変化の有所見者の割合も減少してきていた。
(3)高齢者の主観的視力と客観的視力および心理的状態との関連:主観視力と有意な相関の見られた変数は、左右遠見常用視力、良遠見常用視力、左右近見常用視力、立体視、孤独感であった。良近見常用視力、動体視力、抑うつ尺度は、主観視力と有意な相関が見られなかった。孤独感と有意な相関が見られた変数は、主観視力、左右遠見常用視力、良遠見常用視力、立体視、および抑うつ尺度であった。抑うつ尺度と有意な相関が見られた変数は、良遠見常用視力と孤独感であった。ちなみに、視力の客観的評価の中で、有意な相関が見られなかった組み合わせは、右遠見常用視力-良近見常用視力、左遠見常用視力-良近見常用視力、右近見常用視力-動体視力、動体視力-立体視であった。主観視力を従属変数として、左右の遠見常用視力と近見常用視力を独立変数として重回帰分析を行った結果は、左遠見視力のみが有意な影響を示していた。孤独感尺度を従属変数とし、孤独感と有意な相関が見られた、主観視力、良遠見常用視力(左右の遠見視力の代表として)、立体視を独立変数として、重回帰分析を行つた結果では、主観視力と良遠見常用視力が孤独感に対して有意な効果をもっていたが、主観視力がより大きな効果を持っていることが明らかにされた。
(4)加齢による難聴に関する研究:加齢により特に高周波音の聞こえが悪くなり、男女別での検討では男に特に高周波の聞こえが悪くなる例が多い。この傾向は、今回の多施設での調査結果からも認められた。しかし、低周波音では以前述べられていたような男女差はなくなってきており、全体的にみても加齢による聴力障害の男女差は、最近の日本では小さくなってきていると考えられた。
視聴平衡覚に関する疫学調査は検査器具や手法が特殊であることから被検者数や検査法が限られたものが多く、特に縦断研究には長期間にわたって膨大な人材、費用を要するため、老化と視聴覚全体に関する縦断研究としては国際的に見ても1958年に開始されたアメリカ合衆国のNIAにおけるBaltimore Longitudinal Study of Aging (BLSA)があるのみである。人件費を除いて年間5億円もの予算を投じて継続されているこのBLSAの研究結果は欧米人の真の老化を多角的に捉えたものとして高く評価されているが、①感覚器機能検査が近距離および遠距離視力、純音聴力という基本的なものに限られている、②感覚器機能低下の危険因子についての解析検討が十分行われていない、③欧米での結果を文化的背景の異なる日本ではそのままは利用できない、などの問題点がある。視力に関しての縦断研究として米国のBeaver Dam Studyが興味深い結果を発表しているが、感覚器機能低下の危険因子についての疫学的検討は数少ない。
我々は平成9年11月より長寿医療研究センターで縦断研究を開始したが、これは世界で最も優れているといわれる老化の縦断研究である米国国立老化研究所(NIA)でのボルチモア加齢縦断研究(BLSA)に劣らない、むしろ感覚器の老化の研究に関しては内容・規模ともにBLSAを越える、世界に誇れる縦断研究である。この研究は感覚器機能の加齢変化の関連要因についての幅広い検討を可能とする。機能障害の危険因子ばかりでなく、いままでほとんど検討されてこなかった感覚器障害のもたらすQOLや社会参加への影響なども検討され、きわめて重要である。
結論
さまざまな集団を用いて、加齢による感覚器機能の変化および、感覚器機能低下の予防に資するための検討を行った。眼底所見と血圧の縦断的変化、高齢者の主観的視力と客観的視力および心理的状態、様々な視機能の加齢変化、加齢と難聴との関わりなどを明らかにすることができた。このような大規模かつ包括的で詳細な感覚機能の加齢研究は他になく、今後、世界的にも貴重な結果が得られると期待できる。

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