文献情報
文献番号
199900507A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染症の疫学研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
木原 正博(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究分担者(所属機関)
- 橋本修二(東京大学医学部)
- 中村好一(自治医科大学)
- 鎌倉光宏(慶應義塾大学医学部)
- 木村博和(横浜市立大学医学部)
- 松本孝夫(順天堂大学医学部)
- 市川誠一(神奈川県立衛生短期大学)
- 磯村思无(名古屋大学医学部)
- 和田 清(国立精神・神経センター精神保健研究所)
- 熊本悦明(札幌医科大学医学部)
- 大里和久(大阪府立万代診療所)
- 今井光信(神奈川県衛生研究所)
- 清水 勝(東京女子医科大学)
- 戸谷良造(国立名古屋病院)
- 木原雅子(カリフォルニア大学サンフランシスコ校エイズ予防研究所)
- 池上千寿子(ぷれいす東京)
- 兒玉憲一(広島大学保健管理センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
200,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
わが国社会の諸集団におけるHIV感染状況やリスク行動の実態、感染への脆弱性と社会的諸要因に関連を分析し、将来予測・推計を行うと共に、エビデンスに基づく有効なHIV/AIDS予防対策を具体的に提示していくことを目的とする。
研究方法
厚生省エイズ動向データの詳細な解析、血清疫学的調査、分子疫学調査、社会科学的調査(知識や性行動)などに基づき、わが国の社会的諸集団の感染状況と行動実態を把握し、将来予測・推計を行い、また予防介入研究の実施によってエビデンスに基づいた有効な予防対策を提示する。
結果と考察
結果:①将来予測・推計:数理モデルによる中長期予測を行い、2010年時点における男性同性間感染によるHIV感染者有病数を約42,000人と推算した(但しパラメータの変更に不安定)。対策効果の感度分析は安定しており、コンドーム普及によって大きな予防効果が得られることを示した(例:コンドーム普及率が50%から55%に増えることにより、2010年のHIV感染者有病数は約20%低下)。②国内疫学情報の解析:HIV/AIDSサーベイランスの感染経路不明例の追跡調査(予備調査)で、重複報告例の存在や不明の背景などを示した。③海外疫学情報の解析:国際疫学データと出入国統計の組み合わせにより、滞日ブラジル人、タイ人の感染者数動向パターンが推定可能であることを示唆した。また、日本人、英米白人の異性間感染AIDS症例の比較分析により、わが国の異性間感染の増加速度が英米並みであること、AIDS症例の年齢が高いことを示した。④エイズ関連医療費の分析:多剤併用療法開始後はAIDS非発症例で医療費が大幅に増え、逆にAIDSで減少したことを示した。⑤感染者/患者の臨床疫学的研究:1985年以来登録された非血友病AIDS症例を継続調査し、近年の予後の改善、男女間での予後の違い、指標疾患の分布の変化を確認した。⑥MSMの研究(大阪、東京):大阪で、研究者-NGO-コミュニティ-行政の協働介入組織(MASH)を構築し、様々な啓発媒体の開発、インターネットHPの開設、講習会、ゲイ雑誌広告、HIV検査&カウンセリング、コンドーム配布などを含む、わが国で初めての大規模な予防介入パッケージの開発を推進した。セイファーセックスの実行の可否に関する要因分析から、「特定=善」、「不特定=悪」概念の再検討の必要性を示した。イベント時のアンケート調査で、STDや検査に関する知識が低いこと、不定期の相手との肛門性交の1/3が無防備であること、HIV抗体検査受検率が3-4割であること等を示した。セルフエスティームが低いほどとコンドーム使用が低率であることを示した。⑦MSMの研究(中部地方):1986年以来、東海地区の一部の施設を利用するMSMを対象に、HIV/STD感染率や性行動を調査し、1999年に、6.3%(4/64)と増加傾向が見られたことを示した(注:1986-1998年までの感染率は、0.4%(9/2083))。⑧滞日外国人の研究:滞日スペイン語系住民を対象に、新聞、テレビを用いたコミュニティレベルの予防介入研究を実施し、情報や社会サービスから疎外されていること、性行動リスクが高いことを示した。また、キャンペーンの効果が極めて限定的で
、特定の性・年齢層(30歳以上女性)にのみ現れたことを示した。滞日タイ人の社会調査を行い、生活実態に根ざしたキャンペーンの可能性や住民のニーズを明らかにした。⑨薬物乱用・依存者の研究: IDU入院患者の全国サーベイランス網を確立し、回し打ち経験が高率なこと、半数がHCV陽性(HIVは陰性)であること、性行動が活発で、コンドーム使用が低率であることを確認した。⑩STDクリニック受診者の感染率の研究:合計4000例以上のSTD症例の血清を、匿名非特定で収集し、HIV抗体、肝炎抗体、クラミジア抗体、ヘルペス-2抗体等を測定し、男性症例4215例中9例(0.21%)のHIV陽性者を検出した(陽性者はいずれも関東地域)。⑪STDクリニック受診者の性行動の研究:大阪の某医院の1986年来の性行動調査データを分析し、性交パターンの変容(膣→オーラル)、コンドームによる顕著なSTD予防効果を実証した。また、全国7都市21のSTDクリニックで性行動調査を実施し (n=1119、回収率85%)、HIV/STD関連知識が高いこと、過去1年に62%が買春していたこと、オーラルセックスが特に無防備であること等を示した。⑫血清・遺伝子疫学的研究:保健所検査者の陽性率が特に夜間検査所で上昇していること、異性間感染者のHIV-1のサブタイプは、B型からE型にシフトしたこと、献血陽性者のSTD感染率が非常に高いことを確認した。一部の保健所にHIVの遺伝子検査を試験的に導入し、その反響を観察した。⑬献血者・妊婦等に関する研究:わが国の献血血液のHIV抗体陽性率が先進国で唯一上昇を続けていること、1997年以来、妊婦のHIV抗体陽性率が増加している傾向を確認した(1999年は、10万人対約5、但し、多くは滞日外国人)。諸外国と異なり、わが国では初回献血者と反復献血者の間でHIV抗体陽性率に大差がないことを示した。⑭母子感染の研究:産婦人科の調査(回収率79%、51万分娩)で99年における妊婦のHIV検査率が76%であること、自治体によって、検査率が著しく異なること(2.3%-97.6%)を明らかにした。感染妊婦数は、42例で、感染率は検査数をベースとして10万対10.7程度と見積もられた。わが国で初めての母子感染予防対策マニュアルを作成した。⑮性行動研究I(全国調査):全国5000人を無作為抽出して、71.2%の回収率を得た。その結果、STDやHIV検査など自分の感染防御に必要な知識の普及が遅れていること、若者でセックスの早年化、パートナーの多数化、性行為の多様化が進んでおり、特に女性で変化が大きいこと、同性間セックスに対する認容が女性で急速に進んでいること、男性の買春率は欧米に比しかなり高率で(日本>14% vs. 欧米数%)、特に若者で高いこと、などを示し、若者の性行動が急速に開放されていること、日本人の性行動には先進国の影響とのアジア性が混在することをを初めて明らかにした。⑯性行動研究II(各種集団):30の国立大学の学生を対象に性行動調査を実施し(n=13,645人、回収率57.5%)、不定期の相手との性交時やパートナーの数の多い人ほどむしろコンドーム使用率が低いこと、コンドーム使用の目的のほとんどが避妊であることなど、HIV/STD予防意識が低い実態を明らかにした。また、女性のSTD罹患経験者では、60%が相手は一人であり、“特定神話"が成立していない実態を明らかにした。⑰セックスワーカーの研究:戦後の性風俗産業の歴史的沿革をまとめ、素人・玄人のボーダレス状況、大量の出張風俗の出現という現在の特徴を示した。性風俗産業の構成と複雑な業務内容を詳細に分析した。店舗型ファッションヘルスに対して電話調査を行い、大半でコンドームが使用されていないことを示し、その従業員への調査(回収数41、回収率34.7%)から、一般に知識は高いが、STD関連及びHIV検査・治療に関する知識が希薄であること、コンドーム使用が店の方針で制限されていること、HIV/STD予防のために専門家のサポートが必要であることを示した。⑱カウンセンリングに関する研究:因子分析によって、カウンセリングの依頼には医師の「間接・直接的経験」の影響が大きいことを示し、医師対象の研修では具体的な臨床状況に即した研修プログラムが有効との結論を得た。陽性者に対するCB
Oのコーディネータ機能に3類型が存在することを示した。ネットワークの時系列的拡がりを示す樹形図を開発した。都道府県にアンケート調査を行い(回収率79%)、エイズ予防財団の研修への依存傾向が強いこと、研修は、臨床心理士やMSWを対象としたものが少ないことを示した。HIV感染者の適応障害の大半が、告知後10ヶ月に生じること、CD4が低い群で精神障害発症リスクが高いことを示した。
考察=本年度の疫学的調査や分析は、わが国の流行が加速局面に入り、21世紀初頭に、若者を中心に本格的流行を迎える可能性があることを示唆している。その一方で、本年度は、多くの行動科学的研究が一斉に実施されるとともに、予防介入研究の実施と準備が進展するなど、社会科学的研究に重要な進展が見られた。性行動調査では、日本人の性行動の変化と特徴が明らかにされるとともに、若者やSTD患者の性行動にも重要な知見が得られた。また、予防介入研究では、滞日スペイン人の研究で、貴重な経験が蓄積され、、MSMの研究では、研究者-NGO-コミュニティ-行政との連携と予防介入の準備が大きく前進するなど、今後の予防介入の展望を拓く重要な成績が得られた。来るべき流行に備えるためには、今後、予防介入研究の急速な充実と普及が重要であると考えられる。
、特定の性・年齢層(30歳以上女性)にのみ現れたことを示した。滞日タイ人の社会調査を行い、生活実態に根ざしたキャンペーンの可能性や住民のニーズを明らかにした。⑨薬物乱用・依存者の研究: IDU入院患者の全国サーベイランス網を確立し、回し打ち経験が高率なこと、半数がHCV陽性(HIVは陰性)であること、性行動が活発で、コンドーム使用が低率であることを確認した。⑩STDクリニック受診者の感染率の研究:合計4000例以上のSTD症例の血清を、匿名非特定で収集し、HIV抗体、肝炎抗体、クラミジア抗体、ヘルペス-2抗体等を測定し、男性症例4215例中9例(0.21%)のHIV陽性者を検出した(陽性者はいずれも関東地域)。⑪STDクリニック受診者の性行動の研究:大阪の某医院の1986年来の性行動調査データを分析し、性交パターンの変容(膣→オーラル)、コンドームによる顕著なSTD予防効果を実証した。また、全国7都市21のSTDクリニックで性行動調査を実施し (n=1119、回収率85%)、HIV/STD関連知識が高いこと、過去1年に62%が買春していたこと、オーラルセックスが特に無防備であること等を示した。⑫血清・遺伝子疫学的研究:保健所検査者の陽性率が特に夜間検査所で上昇していること、異性間感染者のHIV-1のサブタイプは、B型からE型にシフトしたこと、献血陽性者のSTD感染率が非常に高いことを確認した。一部の保健所にHIVの遺伝子検査を試験的に導入し、その反響を観察した。⑬献血者・妊婦等に関する研究:わが国の献血血液のHIV抗体陽性率が先進国で唯一上昇を続けていること、1997年以来、妊婦のHIV抗体陽性率が増加している傾向を確認した(1999年は、10万人対約5、但し、多くは滞日外国人)。諸外国と異なり、わが国では初回献血者と反復献血者の間でHIV抗体陽性率に大差がないことを示した。⑭母子感染の研究:産婦人科の調査(回収率79%、51万分娩)で99年における妊婦のHIV検査率が76%であること、自治体によって、検査率が著しく異なること(2.3%-97.6%)を明らかにした。感染妊婦数は、42例で、感染率は検査数をベースとして10万対10.7程度と見積もられた。わが国で初めての母子感染予防対策マニュアルを作成した。⑮性行動研究I(全国調査):全国5000人を無作為抽出して、71.2%の回収率を得た。その結果、STDやHIV検査など自分の感染防御に必要な知識の普及が遅れていること、若者でセックスの早年化、パートナーの多数化、性行為の多様化が進んでおり、特に女性で変化が大きいこと、同性間セックスに対する認容が女性で急速に進んでいること、男性の買春率は欧米に比しかなり高率で(日本>14% vs. 欧米数%)、特に若者で高いこと、などを示し、若者の性行動が急速に開放されていること、日本人の性行動には先進国の影響とのアジア性が混在することをを初めて明らかにした。⑯性行動研究II(各種集団):30の国立大学の学生を対象に性行動調査を実施し(n=13,645人、回収率57.5%)、不定期の相手との性交時やパートナーの数の多い人ほどむしろコンドーム使用率が低いこと、コンドーム使用の目的のほとんどが避妊であることなど、HIV/STD予防意識が低い実態を明らかにした。また、女性のSTD罹患経験者では、60%が相手は一人であり、“特定神話"が成立していない実態を明らかにした。⑰セックスワーカーの研究:戦後の性風俗産業の歴史的沿革をまとめ、素人・玄人のボーダレス状況、大量の出張風俗の出現という現在の特徴を示した。性風俗産業の構成と複雑な業務内容を詳細に分析した。店舗型ファッションヘルスに対して電話調査を行い、大半でコンドームが使用されていないことを示し、その従業員への調査(回収数41、回収率34.7%)から、一般に知識は高いが、STD関連及びHIV検査・治療に関する知識が希薄であること、コンドーム使用が店の方針で制限されていること、HIV/STD予防のために専門家のサポートが必要であることを示した。⑱カウンセンリングに関する研究:因子分析によって、カウンセリングの依頼には医師の「間接・直接的経験」の影響が大きいことを示し、医師対象の研修では具体的な臨床状況に即した研修プログラムが有効との結論を得た。陽性者に対するCB
Oのコーディネータ機能に3類型が存在することを示した。ネットワークの時系列的拡がりを示す樹形図を開発した。都道府県にアンケート調査を行い(回収率79%)、エイズ予防財団の研修への依存傾向が強いこと、研修は、臨床心理士やMSWを対象としたものが少ないことを示した。HIV感染者の適応障害の大半が、告知後10ヶ月に生じること、CD4が低い群で精神障害発症リスクが高いことを示した。
考察=本年度の疫学的調査や分析は、わが国の流行が加速局面に入り、21世紀初頭に、若者を中心に本格的流行を迎える可能性があることを示唆している。その一方で、本年度は、多くの行動科学的研究が一斉に実施されるとともに、予防介入研究の実施と準備が進展するなど、社会科学的研究に重要な進展が見られた。性行動調査では、日本人の性行動の変化と特徴が明らかにされるとともに、若者やSTD患者の性行動にも重要な知見が得られた。また、予防介入研究では、滞日スペイン人の研究で、貴重な経験が蓄積され、、MSMの研究では、研究者-NGO-コミュニティ-行政との連携と予防介入の準備が大きく前進するなど、今後の予防介入の展望を拓く重要な成績が得られた。来るべき流行に備えるためには、今後、予防介入研究の急速な充実と普及が重要であると考えられる。
結論
わが国のHIV感染流行は、加速局面に達したと考えられ、将来的なそのインパクトを最小にとどめるために、包括的な予防対策の開発と実施が急務である。
公開日・更新日
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