HIVの病原性決定因子に関する研究

文献情報

文献番号
199900501A
報告書区分
総括
研究課題名
HIVの病原性決定因子に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田代 啓(京都大学遺伝子実験施設)
研究分担者(所属機関)
  • 本庶 佑(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1. 11年度途中から、SDF-1タンパクが内因性のHIV感染症病原性決定因子であることを決定的に示す、より具体的なデータを示すことを新たな目的に加えた。体内SDF-1タンパク量が、病原性決定因子であることが確定すれば、SDF-1タンパク量モニターによる HIV感染者の予後推定や治療方針決定にただちに役立つばかりでなくgp120/SDF-1/CXCR4を作用点とする治療法開発の具体的指針を提示できるという形で、厚生行政に貢献できる。「SDF-1がAIDS発症制御因子である。」と結論づける根拠となる以下の項目を検討することを目的とする。a. 内因性SDF-1タンパク量が、HIV-1感染補助受容体CXCR4のKD値(これがvivo、vitroでのHIV感染阻止に必要なSDF-1濃度である)付近にのぼる個体(ヒト)が存在すること。b. 内因性SDF-1タンパク量に個体差が存在し、その個体差が数%以内の差にとどまらず、数倍又は数10倍にのぼること。より具体的にはCXCR4のKD値付近(CXCR4をブロックできる濃度)の個体と、KD値の1/10以下(ブロックできない)の個体が実在することを示すこと。c. CXCR4のKD値付近の濃度のSDF-1タンパクで、実際にCD4陽性細胞表面CXCR4がダウンモジュレートされることをヒト又は実験動物のvivoで示すこと。(世の中に、これをvivoで示したデータはこれまではなかった。)d. 内因性SDF-1タンパク量に、HIV感染やHIV感染症の進行によって差があることを示すこと。e. 長期未発症者の中にSDF-1タンパク量高値を示す症例が実在することを示すこと。f. 内因性SDF-1タンパク量が、SDF1 3'A遺伝子多型と相関することを示すこと。2. ひき続き、米国NCIのO'Brien博士や申請者らによる共同研究で見出された、SDF1遺伝子座のAIDS発症遅延型遺伝子型について、遅延の分子メカニズムを解明することを本研究の目的とする。次の2つの作業仮説(a、b)に基づいて検討する。a. AIDS発症遅延がSDF-1のタンパク質量の差による。b. AIDS発症遅延がSDF-1タンパク質量の差によらないのならば、SDF1遺伝子座の近傍に、別のAIDS発症時期決定遺伝子が存在することが考えられる。その可能性を検討する。
研究方法
1. 11年度の本研究では、早大・CREST・松本博士と共同で樹立した、新発明の高感度イムノアッセイ法「SDF-1 TR-FIA」を改良し、それによりヒト血中SDF-1タンパク濃度を測定した。感度は30pg/mlに向上した。数100例の日本人HIV感染者と健常ボランティア及び米国HIV-1感染者の血清及び血漿中のSDF-1タンパク質を測定した。2. 11年度は、特に東大医科研と熊本大学の共同研究者から提供を受けたサンプルを測定し、HIV-1感染者と非感染者との間に血中SDF-1レベルに差があるかどうかということと、目的1に記載したa、b、d、e、fの項目を検討した。3. 11年度中に、「HIV感染者の末梢血中SDF-1タンパクレベルが上昇しており、しかもCXCR4のSDF-1結合KD値に近い症例が数多くあり、そのレベルのSDF-1がHIV感染補助受容体・CXCR4をCD4陽性細胞上で大幅に減少させる。」という結果を得て、その値がvivoで実際にCD4陽性細胞上のCXCR4レベルに影響しうるかどうかの検討のため、SDF-1タンパク質を静注後のマウスの末梢血中CD4陽性細胞上のCXCR4をFACS解析した。マウスCXCR4を認識する良い抗体が入手不可能であるため、SDF-1-Igのキメラタンパクを一次抗体代わりに用いる新しい系を作成した。4. O'Brien博士や申請者らが見出したSDF1遺伝子座とAIDS発症との統計的相関が、SDF-1タンパク質を介するものではなく、SDF1遺伝子の近傍にある、他の遺伝子産物による可能性も残る。分担研究者本庶は、この可能性を検討するため、ゲノムのSDF1遺伝子座の前後の塩基配列を決定し、1塩基多型(SNP)を高速に
検出する装置、「WAVE」を用いて候補遺伝子を探索しつつあり、ひき続き、範囲を拡げて探索する。特に、HIV-1感染者でSDF-1血中レベルが高いことが判明したことから、SDF-1発現制御しているプロモーター部の分子レベルの解析に重点をおく。
結果と考察
研究目的1.a~dを11年度中に実現し、「SDF-1タンパクが内因性のHIV感染症病原性決定因子であることを決定的に示す」、具体的データを得た(Ikegawa et al. 投稿準備中;東大医科研・岩本愛吉博士ら、熊本大学・松下修三博士ら、早稲田大学・CREST・松本和子博士らとの共著)。
主たるHIV-1ウイルス感染の場であるヒト胸腺やリンパ節内のSDF-1タンパク量測定は、現実には不可能なので、それら局所のSDF-1濃度と平衡関係にあり、局所SDF-1濃度を反映することが期待できる循環血中のSDF-1濃度を測定する系の樹立に成功した。米国NCIのO'Brien博士らは、十分な感度の測定系をもつアメリカ国内の共同研究者を見つけることができず、我々と共同研究を再び開始した。このことから、我々の樹立したSDF-1イムノアッセイ系は、現在のところ世界最高の感度と信頼性をもつと考えられる。
さらに、もしも結果が「HIV-1感染者の血中SDF-1濃度は非感染者に比べて有意に高い。」ということにとどまっていれば、インパクトはさほどではなく、「それが分かった。でもその先の展開がない。ケモカインは終わりつつある。」ということになっていたのかもしれない。しかし、今回のデータは、「個体間の差が10数倍に及ぶこと。」及び「CXCR4のKD値付近のSDF-1タンパク濃度をもつ個体から、その1/10以下の個体までいること。」及び「vivoでCXCR4のKD値付近のSDF-1タンパク濃度でCXCR4のダウンモジュレーションがおこることを世界で初めて示したこと。」という具体的データにより、「内因性SDF-1タンパクが、HIV感染症の病原性決定因子の一つであることを、世界で最初に明らかにした。これにより、具体的に本研究中の発明「高感度イムノアッセイ法」により、HIV感染者の血中SDF-1レベルを測定することにより、予後予測と治療方針決定への応用の検討が直ちにできるようになった。また、「SDF13'A遺伝子多型がAIDS随伴症候群の一つである非ホジキンリンパ腫の危険率を高めている」という指摘があり(満屋ら、Blood 93, 1999)、その対策を早期に実行する観点からも、HIV感染者全員に血中SDF-1タンパクレベル検査をルーチン検査する意義があると考えられる。
本研究は、米国のサンプルや方法に頼らず、国内の共同研究で得られた成果である。この成果を、HIV感染症のルーチン検査項目として全世界で活用することを視野に入れた、今後の展開が期待される。
またgp120/SDF-1/CXCR4を作用点とする治療法開発も、今回の成果をふまえて、新しいアプローチがでてくることが期待できる。
結論
本研究でランタノイド金属Eu3+を用いるSDF-1イムノアッセイ法を樹立した。再現性よく循環血液中の生理的内因性サイトカイン濃度を測定できる系は、類例が少なく、今のところ、我々の知る限り、我々の系が世界唯一の実用可能なSDF-1測定系である。我々は、方法の詳細を記述した論文を投稿中であり また、希望者にマテリアルが入手可能になるよう作業中である。それによって、日本国内のみならず、世界中のHIV-1臨床研究、基礎研究に貢献できると考えられる。実際に、AIDS発症遅延SDF1遺伝子多型を見出した米国のコホート研究の推進者であるNCIのO'Brien博士らのグループは、米国内では、SDF-1定量のできる共同研究者を見つけることができず、我々との共同研究が進行中である。
さらに、SDF-1タンパク量ががHIV感染症病原性決定因子の一つであることが、11年度の本研究で明らかになった。これをふまえて、ただちに、HIV感染者の予後予測と治療方針決定(特にエイズ随伴症候群としての非ホジキンリンパ腫対策)のためのルーチン検査の一つに加えるかどうかを検討する方向でのさらなる研究進展が望まれる。

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