微生物系統株の収集・保存事業(感染症ライブラリー)の構築に関する調査研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900490A
報告書区分
総括
研究課題名
微生物系統株の収集・保存事業(感染症ライブラリー)の構築に関する調査研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
森次 保雄(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉倉廣(国立国際医療センター研究所)
  • 鈴木重任(東京都立衛生研究所)
  • 井上栄(国立感染症研究所)
  • 田代眞人(国立感染症研究所)
  • 小浜友昭(国立感染症研究所)
  • 小船富美夫(国立感染症研究所)
  • 宮村達男(国立感染症研究)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 倉根一郎(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の我が国のO157流行や香港でのインフルエンザ流行のように、予期しない感染症の勃発が起きうる可能性がある。それらの発生を迅速に感知し有効な感染症対策に結びつけるためには、疫学的監視体制とともに、病原体の生物学的および遺伝子的特性に基づいた科学的監視体制の充実が必要である。そのためには、普段から国内外で分離された微生物を収集し、その性状を解析し、データベース化を計るとともに、その情報を開示しておくことが必要である。本研究は国立感染症研究所と地方衛生研究所等の連携を基盤にして、このような微生物の収集、性状解析、保存等を行なう「感染症ライブラリー」のあり方を検討するとともに、いくつかの微生物を対象に実際的な構築を行なうことを目的とする。
研究方法
(1)地方衛生研究所における血清バンク及び遺伝子データバンクに関する調査研究:感染症の病因検査のためには宿主の血清抗体の検討、及び病原体遺伝子の検索が重要である。各地方衛生研究所における血清バンク、遺伝子バンクの現状を明らかにするために、全国73地方衛生研究所の微生物系検査担当者を対象としてアンケート調査を実施した。調査項目は血清バンクの設置状況、規模、予算、利用状況、問題点、さらに遺伝子バンクの必要性、対象病原体、利用法、データの帰属、発表方法である。(2)各種病原体ライブラリーの構築:国立感染症研究所各部における各種病原体ライブラリーの構築に関する基礎的検討を行なった。対象疾患は(a)腸管出血性大腸菌(細菌部)(b)アデノウイルス(感染症情報センター)(c)麻疹ウイルス(ウイルス製剤部)(d)ノーウォーク様ウイルス(ウイルス第二部)(e)デングウイルス(ウイルス第一部)等である。 
結果と考察
(1)地方衛生研究所における血清バンク及び遺伝子データバンクに関する調査研究。血清バンク及び遺伝子データバンクに関するアンケート調査に対して73地研中71地研から回答が寄せられた。血清バンクを行政上の事業として設置しているのは5地研であったが、過去の血清を保存しているのはその他27地研あり、併せて32施設中27施設(80%以上)が保存血清を使用して抗体調査を行なっていた。国立感染症研究所の血清バンクの存在は良く知られており、回答を寄せた71施設のうち66施設がその存在を知っていた。しかし感染研の血清バンクを利用したいとしているのは17施設で、実際に使用したことのあるのは1施設のみであった。感染研の血清バンクの利用について意見を求めたところ、バンクの所有している血清についての意見が多かった(37%)。各地研における独自の血清バンクの整備については、抗体調査や過去の感染症の解明のために必要、と回答した施設が71%と、多くの施設が疫学的研究において過去の血清をストックして活用する必要性を認識していた。しかし、インフォームドコンセントに関する問題の解決に向けて各研究所での充分な議論と、解決策の策定が急務であることが明かとなった。遺伝子データバンクについては63施設(89%)が設置が必要であると回答した。対象とする病原体としてノーウォークウイルス(55施設)、腸管出血性大腸菌(54施設)の遺伝子解析を望んでいる施設が多かった。データの入手先及び公開について、感染研と全国の衛生研究所を中心とした比較的クローズドなバンクの設置を望む施設が多かった(57施設)。データの公表方法については、デ
ータバンク設置研究所が協力研究所と充分に話し合い、公表することを望む意見が多かった。(2)腸管出血性大腸菌ライブラリーの構築:地方衛生研究所との共同研究で、菌株情報として菌株番号、患者発生日、発生場所、年齢、性別、主な症状、散発あるいは集団発生、菌の血清型、毒素型、遺伝子型、ファージ型、菌株入手先を入力しているライブラリーを作製した。現在5000株の情報を収集した。この情報から10歳以下の小児に臨床症状を伴う排菌者が多いが、20-40代の成人では無症状で排菌している感染者が多いことが明かとなった。(3)アデノウイルスバンクの構築:旧サーベイランスの下で、アデノウイルス分離株の血清型同定及び保存が行なわれていた。1995年4月に始まったアデノ7型の流行においてはアデノウイルスバンクに保存されていた株との比較においてこの流行株が7d2であり、この流行株がほぼ全国から分離され同一のパターンを示すことが確認された。今回の解析からアデノウイルスバンクが新たな流行の対策に有用であることが示された。(4)ノーウォーク様ウイルスの系統株収集・保存に関する研究:患者糞便材料からノーウォーク株ウイルスRNA(GenotypeⅠ10種類、GenotypeⅡ16種類)を収集し保存した。さらにこれら4種類のウイルスについてウイルス様中空粒子を作製して保存した遺伝子の正確度を確認した。(5)麻疹ウイルスバンクの構築:(a)ヒト臍帯血から麻疹ウイルスに極めて高い感受性を示すCOBL細胞を樹立した。この細胞株の麻疹ウイルスに対する感受性はB95細胞の1.5-10倍であった。この細胞はレトロウイルス、EBウイルスの放出を欠くことから麻疹サーベイランス、野外麻疹株の分離等に極めて有用であることが示唆された。(b)1977年から2000年の、国内の野外麻疹ウイルス株69株の遺伝子型を決定した。1984年のC1型の流行を契機にD3、D5遺伝子型の野外麻疹ウイルスが流行の主体であった。1998年-1999年には国内各地でD3型が流行し、ワクチン既接種者の多数が罹患した。(c)成人麻疹の患者が末梢血から麻疹ウイルスを分離し遺伝子型を検索するとともに、末梢血単核球のサブセット別リンパ球の変化を検索した。その結果、麻疹罹患時に誘導されるリンパ球減少は年長者ほど著しくおこり、その回復も遅延することが明らかとなった。(6)デングウイルスバンクの構築:熱帯、亜熱帯地域からの入・帰国者でデング熱を発症した患者血清より26株のデングウイルスを分離した。これらはデング1型9株、2型11株、3型4株、4型2株であった。これまでの研究において細菌、ウイルス、寄生虫、原虫等各種の病原体が地方衛生研究所、国立感染症研究所において保存されている現状が明らかとなった。しかし、組織、予算、人員に関しては明確な裏づけがないことが多く、さらに保存されている各種病原体に関して解析され、データ化されている情報も一定してはいないことが明らかとなった。このようなこれまでの研究結果に基づき、本年度は(1)地方衛生研究所における血清バンク、遺伝子バンクの現状に関する調査研究と(2)腸管出血性大腸菌、アデノウイルス、麻疹ウイルス、ノーウォーク様ウイルス、デングウイルスを対象として感染症ライブラリー構築に向けての基礎的研究を行なった。今後はこれまでの研究に基づき、収集保存の対象となる微生物について、以下の点を考慮しつつ実際のバンク機能構築に向けて活動を続ける必要がある。1.分離・収集のあり方。分離する機関(主に地方衛生研究所)と国立感染症研究所との協力関係、中央バンクとの関連性、そのあり方についてのさらなる検討。2.保存・培養方法。中央バンクにおける保存・培養に関する技術的検討。3.各種微生物の生物学的及び遺伝学的特性の解析及びその情報のデータベース化(感染症情報ライブラリー)。4.病原性に関する遺伝子、検出抗体等の資源の収集。5.感染症ライブラリーの活用方法。中央バンクから研究者等への分与時の規約、その運用に関する事項。6.国内外の類似施設の運営方法に関する情報と国際協力体制。以上の研究から我が国における感染症対策に資する感染症ライブラリーが構築されることが期待される。
結論
本研究は国立感染症研究所と地方衛生研究所との連携を基盤にして、微生物の収集、性状解析、保存等を行なう感染症ライブラリーを構築することを目的とした。これまでの研究において国立感染症研究所や地方衛生研究所において収集されている病原体の種類、数等が明らかとなった。感染症ライブラリーが機能するためには、病原体数のみでなく個々の病原体に関するデータの充実が重要である。保存されている各種病原体についてどのような解析データが必要となるかについての基礎研究が病原体ごとになされた。また、地方衛生研究所における本年度の調査研究から、血清バンクや遺伝子バンクの現状、さらに感染研との連携に向けての問題点も明らかにされた。以上の成果は、今後、各種病原体について全国規模での感染症ライブラリーを構築する折に、収集方法、解析すべき内容を検討していく上で重要な基礎データとなる。さらに、国立感染症研究所と地方衛生研究所とのネットワークを構築する上での指針となる。

公開日・更新日

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