新興再興感染症のサーベイランスおよび感染症情報システムの導入に関する調査(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900489A
報告書区分
総括
研究課題名
新興再興感染症のサーベイランスおよび感染症情報システムの導入に関する調査(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
宮﨑 久義(国立熊本病院)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木大輔(厚生省成田空港検疫所)
  • 遠田耕平(秋田大学医学部)
  • 松村克己(国立熊本病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
16,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
グローバルサーベイランスの重要性が高まっており、WHO、米国CDC、各先進諸国の研究機関がその構築作業を行っているが、強化すべき点が多い。本研究では、これらの既存のサーベイランスシステムを補完する意味で、定点として途上国専門家の積極的な参加による、そしてパーソナルコンタクトを基本とした独自のグローバルサーベイランスシステムの構築およびその運営方法を研究する。また、感染症の発生が多い途上国においてサーベイランスシステムを構築する際、発生するであろう困難性を検討し、その解決案を提示する。特に、現在、注目されている薬剤耐性菌の監視に注目し、感染症の監視体制のあり方も検討する。
研究方法
国外のサーベイランス情報定点として、過去にJICAの感染症関連の研修コースで国立熊本病院臨床研究部及び(財)国際保健医療交流センター(ACIH)において研修に参加した途上国専門家で協力を希望した者とした。また、引き続きシステムの運営を試験的に行い、システムの強化、拡大、収集情報の質の向上を目指した。感染症を監視する上で重要な途上国におけるシステム構築において起こりうる技術的及び構造的問題点について、バングラデシュの現状をもとに検討し、その具体的解決案を提示する。検疫法の一部改正で始まった検疫所の感染症情報収集及び提供業務に本研究で構築中のシステムがどのように応用できるかを検討し、更にこのシステムの定点が感染症のOutbreakを報告した場合、検疫所での感染症情報収集の一助となるかを思考することとした。加えて、我が国の輸入菌の現状を把握すると共に、それらの菌に関して薬剤耐性試験を行い、薬剤耐性菌の世界的状況の把握を行うこととした。
結果と考察
本研究は、既存の世界規模サーベイランスシステムとの協力体制を保ちながら、それらを補完する機能を持つサーベイランスシステムの構築を目的とした。具体的には、情報定点とのパーソナルコンタクトを基本とし、情報の量より質に重点をおいたサーベイランスの構築について調査研究を行った。1997年度、1998年度の研究の継続として、情報定点の設置、システムの試験的運営を行った。情報定点の設置としては、JICA研修員として受け入れた途上国専門家の中から情報定点を設置した。過去2年間の研究から協力体制にある定点に加え、今年度も新規通信先を開拓し、37ヶ国の89定点と協力体制にある。通信方法として、ACIHを通信の拠点としてFAX及びE-mailを使用した。3年間の研究結果、各定点の通信状況が把握でき、相互に定期的に通信を行う定点を確保した。しかし、協力体制にあったが、1999年度に1度も連絡のなかった定点もいる。そのような定点をフォローアップすることが今後、システムを継続する上で定着性の向上のために必要であろう。定点を3カテゴリーに大別し、各定点から四半期毎の感染症情報を収集した。システムの運営は、情報システム、定点とのコミュニケーションの確立に重点を置き、定点との情報交換の難易度、定着性を判断するものであった。定点との関係を向上することを目的として、定点感染症情報の共有、メディアからの感染症情報収集及びその提供、厚生省、WHO、米国CDC等の感染症情報の提供、メーリングリストの導入などのフィードバックを行った。本システムはパーソナルな関係を持つ定点からの情報収集であり、他のシステムとは違う「顔の見える」サーベイランスシステムである。そのため、信頼性の高い情報収集が期待できる。また、情報収集のみならず、このシステムでは定点として協力している途上国専門家が、システムを通
して、自国及び隣国の状況を把握でき、またそれによりサーベイランスの重要性に気付く利点がある。システム機能の向上及び維持のためには、将来構想として、フィードバックとしてラボのバックアップ、報告疾病のフォローアップ、特定の疾病に対しての疫学研究の委託等や、定点の技術の信頼性を向上させるために、診断技術や情報収集、発信技術の研修を行うこと等が挙げられる。次にシステム強化のため、以下のような特殊な調査を行った。(1)疫学的に重要な地域であるバングラデシュにおける感染症サーベイランスの現状を調査し、それをもとに途上国におけるサーベイランスシステム構築の際、起こりうる構造的及び技術的困難性を分析した。経済的及び技術的支援により、技術的困難性はある程度克服されているものの、社会経済の混乱、政治の不安、自然災害等の中では、一般の感染症サーベイランスが機能することが難しい。しかし、ポリオ根絶計画など、期限付きのグローバルサーベイランスの場合は、短期契約で大量の現地スタッフを雇用することで、報告率を上げることに成功し、構造的困難さを短期的に克服した。しかし、その長期的継続については、政府の担当者の責任の所在を明確にし、また、協力者への充実したフィードバックを加える等、サーベイランス維持のための問題点は多く残される。サーベイランスはグローバルに行う場合、少数の対象感染症に絞ることがその効果を高めるために必要であろう。Global、Regional、State Levelに考えて、その対策を決めることが必要である。国内への輸入感染症の監視という観点から日本の検疫システムの効果を研究した。(2)検疫所業務は平成11年4月の検疫法の一部改正に伴い、検疫感染症の追加、海外感染症情報提供、予防接種・検査実施項目の追加、国内機関との連携等、変化が迫られている。本研究では、成田空港検疫所の実績を解析し、検疫所の新規業務を再確認した。過去の検疫の実績及びシステムを有効に活用し、検疫所職員の意識の改革、技術の研鑚を行い、時代のニーズにあった検疫システムを構築しなければならない。検疫所で実施している感染症情報収集提供システムに世界感染症サーベイランスを活用することには及ばなかった。今後、検疫行政に世界感染症サーベイランスを活用するためには、情報収集内容及び方法等の再検討が必要である結論を得た。(3)日本への輸入菌の現状を把握すると共に、それらの菌に関して薬剤耐性試験を行い、問題となっている薬剤耐性菌の世界的状況の把握を行った。平成11年に成田空港検疫所にて検出された輸入腸管感染症のうち、Shigella 83株とVibrio cholerae 5株について、症例の年齢、症状、推定感染国などについて臨床疫学調査を行い、また各種の抗菌剤に対しての感受性試験を行った。推定感染国はインド、インドネシア、タイ、エジプトなど世界のあらゆる地域にまたがっている。症例は20才代が多い。症状は、下痢、発熱、腹痛、嘔吐などの消化器症状の他、頭痛、息苦しさ等が見られた。検出菌の各種抗菌剤に対する感受性は良好であり、。日本で推奨される治療薬は今のところ有効である。しかし、ABPC、MINO、CP、SPなどは耐性のものがいくつか見られている。発展途上国においても抗菌剤の乱用が問題となりつつあるので、将来、耐性菌が増加することも考えられる。今後、海外旅行者に注意を喚起すると共に、このようなサーベイランスを継続することが必要である。
結論
現在、新興・再興感染症のグローバルサーベイランスシステムとして、WHOや米国CDCなど多くのシステムが構築及び運営されている。既存のシステムが単一で全世界を網羅することは不可能であり、複数のシステムが相補うことで、グローバルサーベイランスが可能になると考えられる。本研究では、既存のシステムを補完するシステムとして、日本独自のサーベイランスシステム構築を目指した。本研究のシステムのような定点方式のサーベイランスシステムは全世界を網羅するシステムではないが、情報提供者と情報管理者間の密接な信頼関係により、確度の高い感染症情報収集が可能である。この方式は輸入感染
症の脅威に関する情報を提供することも可能である。カバーエリアは部分的であるが、得られる情報の精度が高いことから、既存の感染症サーベイランスシステムを補完することが可能と考えられる。更に、特殊疾病の流行緊急対策(例えば新型インフルエンザのパンデミー、生物兵器使用の疑いのある特殊感染症の流行など)の際、本研究のような「顔の見える」システムは公式情報の制限を越えてその有効度が増すと考えられる。サーベイランス対象の疾病は、暫定的に限定してあるが、必要に応じて改変していく必要がある。また、社会的問題としてクローズアップされている薬剤耐性菌に関しても、今後とも重点的に監視する必要があり、更に調査してシステムの質的向上に役立てたい。最後に特記すべきこととして、この研究は厚生省、外務省、そしてJICAの国際関係事業の三者共同戦略とも言える。ここで得られた、または将来得るであろう感染症情報は世界第一である日本のODA予算の計画立案、執行に役立つ研究事業である。

公開日・更新日

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