輸入動物及び媒介動物由来人獣共通感染症の防疫対策に関する総合的研究

文献情報

文献番号
199900486A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入動物及び媒介動物由来人獣共通感染症の防疫対策に関する総合的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木大輔(成田空港検疫所)
  • 内田幸憲(神戸検疫所)
  • 神山恒夫(国立感染研)
  • 小竹久平(関西空港検疫所)
  • 井上智(国立感染研)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界的に新興・再興感染症の発生が増加する傾向にあり、各国ともその防疫体制の確立に努力している。これらの感染症の多くは動物由来感染症であり、わが国では新しいペットブームの影響で、これまでのペットとは異なる種類の野生動物(エキゾチックアニマル)が無検疫で輸入されている現状があり、その危機管理対応が懸念されている。世界的にはペット動物の輸入を禁止したり、輸入野生動物の検疫や予防接種の義務付けを行っている国がほとんどであり、また侵入・媒介動物に対する規制も実施している。感染症新法の成立に伴い、わが国でも平成12年1月よりサル類のエボラ出血熱、マールブルグ病を対象とした検疫及びイヌの他に猫、キツネ、アライグマ、スカンクを対象にした狂犬病の検疫が開始された。しかし、これまで我が国では医学部でも獣医学部でも動物由来感染症を対象とする教育・研究が十分なされて来なかったため、この分野の感染症に関する研究ネットワークや情報が全く欠落している。本研究班では、輸入動物由来感染症について基盤研究を行うとともに、将来の行政対応を考慮し、科学的・組織的に輸入動物の実態調査、流通経路、医師・獣医師への動物由来感染症診療調査など種々の実態調査を行い、人獣共通感染症予防のためのネットワークと診断、予防システムの確立をはかるべく研究を進めている。
研究方法
1)輸入動物実態調査:成田空港を中心にわが国への輸入動物の実態調査を進めた。調査は輸入業者に任意に調査表に記入してもらう方式で、1998年4月より99年3月までの1年間行った。東レリサーチセンターに依頼して空港、港湾の聞き取り調査を含めたデータの解析を行い、輸入動物数の年間補正値を求めた。また輸入後の流通経路、国内のエキゾチックアニマル専門獣医師に関しても予備的に聞き取り調査を含む実態調査を進めた。ワーキンググループで行った動物別感染症危害評価と輸入実績をもとに、輸入動物のコード別分類法を作成した。2)媒介動物、侵入動物に関する調査:媒介節足動物については文献検索を含め関西空港、広島空港などを中心に現地調査を行った。また侵入動物に関しては空港周辺で捕獲されるげっ歯類に関し、成田空港、関西空港、広島空港等で調査を進められた。このほかコンテナ内の侵入動物についても調査を行った。3)海外協力基盤研究では、フィリピンの熱帯医学研究所(RITM)と協力して1996年フィリピンのサル繁殖施設で起こったエボラウイルスレストン株のアウトブレイクに関する疫学解析、安楽殺個体の病理学的検索、電子顕微鏡観察を進めている。また狂犬病に関してはCDCの協力により、野生動物の狂犬病診断のための検査方法(ウイルス分離、中和抗体測定、FA法、RT-PCR法)を確立し、北海道で野生化したアライグマについて検査した。このほか実験動物として飼育されているマストミスについてラッサ熱抗体の検索法を検討した。4)医師会への動物由来感染症に関する調査:神戸市および福岡市医師会を対象に感染症新法で規定された15種類の人獣共通感染症について、疑いあるいは確定診断をしたケースについてアンケート調査を行った。
結果と考察
1)輸入動物実態調査研究:成田空港、関西空港の検疫所を中心に、国内では初めてシステマティックに輸入動物種や動物数の実態調査を行った。成田空港では 輸入業者に任意に調査表に記入してもらう方式で、平成10年4月より11年3月までの1年間行った。その結果成田空港では年間約75万個体が輸入され、そのうち事業者による輸入が98%(大手5社で94%)をしめていた。わが国への最大の輸出国は
米国(爬虫類、両生類など)で、全輸入の約半数を占めている。次いでオランダ(げっ歯類)、中国(鳥類)、ニュージーランド(げっ歯類)の順であった。輸入目的としては88%の動物がペット動物として販売されるものであった。更に国内流通経路の類型化と各種動物(霊長類、マウス・ラット、愛玩用げっ歯類、鳥類、輸入爬虫類、昆虫類、魚類)の流通経路について実態調査を進めている。輸入動物の実態は小動物獣医師を対象とした診療実績と比較的相関している。即ち エキゾチックアニマルの診療を行っているか、という質問に対しては全国、東京とも90%がYesという回答であり、ペット動物全体に占めるエキゾチックアニマルの診療件数の割合は60~70%の病院が一割以下、他方2割以上を占めるという病院は全国で5%、東京では9%であった。診療経験のある動物で上位はげっ歯類ではモルモット、ハムスター、リスなど、他にウサギ、食肉類ではフェレット、アライグマ、サル類はリスザル、鳥類は小鳥、ハト、インコ、オウム、爬虫類はカメ、イグアナなどであった。全国と東京はどの質問に関してもほぼ同じ傾向であり、大都市と地方都市での差は全く見られなかった。このことは全国的規模でエキゾチックアニマルのペット動物化が定着していることを示唆している。東レリサーチセンターに依頼し空港、港湾の聞き取り調査を含めたデータから、輸入動物数の年間補正値を推定した。その結果、輸入総数が約400万頭、このうち半数の200万頭が爬虫類、110万頭がげっ歯類、60万が鳥類、両生類7万匹、その他哺乳類が3万頭と考えられた。また輸入後の流通経路、国内のエキゾチックアニマル専門獣医師に関しても予備的に聞き取り調査を進めた。厚生省動物由来感染症ワーキンググループで行った動物別感染症危害評価と輸入実績をもとに、輸入動物のコード別分類法(37種に分類)を作成したので、NACCSで利用されるよう働きかける。これが実現されれば、リアルタイムで動物輸入の実態を把握することが可能になる。2)媒介動物、侵入動物に関する調査: 媒介節足動物については文献検索を含め関西空港、広島空港などを中心に調査がなされた。文献的にはネッタイシマカをはじめ人獣共通感染症を媒介する蚊が10種航空機内で採取されていたことが明らかになった。しかし今回の調査では関西空港でネッタイイエカ、イエバエ、キタオッポサムが捕収されたが、外国産特有のげっ歯類、媒介節足動物は採取されなかった。媒介節足動物に関しては石垣島を中心に蚊の生息について引き続き調査した。 侵入動物としてはげっ歯類を中心にペスト、HFRS,LCM、ライム病病原体の汚染について調査をすすめている。また検疫所職員やアニマルケアにたずさわるヒト、輸入動物等と接触する機会の多いヒトについて、人獣共通感染症との関連について抗体の保有状況など実態調査を始めた。空港周辺で捕獲されるげっ歯類に関しては、成田空港、関西空港、広島空港等で調査が進められた。その結果アカネズミ、ドブネズミ、ハツカネズミが捕獲され、ダニ、ツツガムシの寄生が見られたが、ペスト菌は陰性であった。またこれらの捕獲動物ではHFRS抗体陽性の個体が含まれており、経時的調査では一部の地域で定着している可能性が示唆された。ヒトでの調査ではHFRS感染を疑われる症例は無く、抗体検査でも陰性であった。このほかコンテナ内の侵入動物についても継続的調査を行った。その結果、空港、港湾の輸入コンテナ内(約20%)にも何らかの昆虫類が生息していることが明らかになった。3)海外共同研究ではフィリピンの熱帯医学研究所(RITM)のDr.ミランダらと協力して1996年フィリピンのサル繁殖施設で起こったエボラウイルスレストン株のアウトブレイクに関する疫学解析、安楽殺個体の病理学的検索、電子顕微鏡観察を進めている。自然感染例においても実験感染の報告と同様マクロファージがウイルスの標的になり、ウイルスを拡散させ、全身の血管、実質臓器でのウイルス増殖を起こしていることが示唆されている。また狂犬病に関してはCDCの協力により、野生動物の狂犬病診断のための検査方法(ウイルス分離、中和抗体測定、FA
法、RT-PCR法)を確立し、北海道で野生化したアライグマについて検査した。成績は陰性であったが、中和試験では非特異的な細胞障害性が出てしまうなど手技的な問題点が明らかになった。このほか実験動物として飼育されているマストミスについて組み換え遺伝子発現系を用いてラッサ熱抗体の検索を行った。またプレーリードックの調査、リスザルのトキソプラズマ感染実験を行い自然例との比較、水平感染の有無等について検索を進めた。4)医師会への動物由来感染症に関する調査:神戸市および福岡市医師会を対象に感染症新法で規定された15種類の人獣共通感染症について、疑いあるいは確定診断をしたケースについてアンケート調査を行った。その結果1355件がヒットし、そのうちペット動物由来と思われる患者の診療経験を持つ医師は365名(18.9%)であった。原因動物としてはイヌ、ネコ、インコなどが主なもので、他にサル、チンチラ、カメも少数の報告があった。確定診断された疾病別では腸管出血性大腸菌感染症、細菌性赤痢、オウム病、ツツガムシ病、マラリア、日本脳炎、デング熱、エキノコックス症、ライム病、Q熱などであった。動物由来感染症対策としては、行政、医師、獣医師、業者のネットワークの確立と迅速診断、検査法の確立及び実態調査にもとずく対応が必要である。
結論
本研究班の目的は輸入動物に由来する人獣共通感染症の実態把握と実態調査に基づいた有効な防禦対策を作成するための研究を進めることにある。わが国で初めて輸入動物の実数(年間400万頭)とその内容(200万が爬虫類、110万がげっ歯類、60万が鳥類等)が明らかにされ、国内流通経路についても概要が明らかになった。また小動物獣医師を対象にした全国調査(回答数2700名)及び医師を対象とした動物由来感染症調査(回答数1993名)によりエキゾチックアニマル等の輸入動物に関する診療実態、ヒトへの感染症の実態が明らかになりつつある。

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