ダニ媒介性新興感染症の疫学、発症機序および予防法に関する研究

文献情報

文献番号
199900484A
報告書区分
総括
研究課題名
ダニ媒介性新興感染症の疫学、発症機序および予防法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
高島 郁夫(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 平井克哉(岐阜大学)
  • 増沢俊幸(静岡大学)
  • 岩崎琢也(国立感染症研究所)
  • 苅和宏明(北海道大学)
  • 萩原敏且(国立感染症研究所)
  • 中村和幸(長野県衛生公害研究所)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、わが国で問題となっているダニ媒介性の新興感染症であるダニ脳炎、Q熱、ライム病およびつつが虫病について疫学調査を実施して汚染状況を明確にする。また病原性に関与する病原体の因子を同定する。さらに効果的な診断法を開発する。
研究方法
単クローン性抗体の作出および遺伝子工学的手法による抗原の作出などにより特異性の高い診断法を確立する。国内の各地においてヒト、家畜、野生動物の材料を採取するとともにダニ類を採集した。これらにつき血清疫学調査を実施しヒトの感染状況、汚染地の特定を計り、病原体を分離した。分離した病原体の遺伝子学的、生化学的性状を調査し病原体の起源を推定するとともに病原因子の同定を計った。
結果と考察
ダニ媒介性脳炎については1998 年にハバロフスクにおいてウイルスを分離し、これらハバロフスク株とすでに分離されている北海道渡島株のエンベロープ蛋白遺伝子の核酸塩基配列を比較した。これらのウイルス株の同義置換率から、これらのウイルス株は約 260 ~430 年前に分岐したと推定された。さらに、ダニ媒介性脳炎ウイルス渡島株とハバロフスク株はマウスにおいて同様の強い毒力を示した。さらにダニ媒介性脳炎ウイルスを同定するための診断用抗体として、北海道で分離された渡島株に対する単クローン性抗体が得られ、これらはすべて渡島株のエンベロープ蛋白と反応した。これらの単クローン性抗体はフラビウイルス属特異的、ダニ媒介性脳炎ウイルス群特異的またはダニ媒介性脳炎ウイルス特異的なものに分類され、分離ウイルス株の同定に有用であることが判明した。またダニ媒介性脳炎ウイルスのマウス感染実験モデルの脳ならびに脊髄の組織学的変化について、上記の単クローン抗体を使用して免疫組織学的に解析した。Sofjin株ならびにOshima 5-10株の感染マウスでは感染後5日目より脳組織内に感染細胞を同定できたことにより、人体感染組織のretrospectiveな診断も期待できる。
Q熱について我が国のヒトにおけるC. burnetii の汚染状況をより明らかにし、職業による感染の危険性の相異を検討するため、一般健康者および小動物臨床獣医師について血清疫学的調査を行った。一般健康者では2,003例中多価抗体が73例(3.6%)、IgG抗体が220例(11.0%)、IgM抗体が103例(5.1%)、IgA抗体が15例(0.7%)に認められた。小動物臨床獣医師では267例中多価抗体が36例(13.5%)、IgG抗体が53例(19.9%)、IgM抗体が19例(7.1%)、IgA抗体が1例(0.4%)に認められた。獣医師は、一般健康者と比較し高い抗体陽性率を示し、多価およびIgG抗体の陽性率に有意差が認められた。また、一般健康者において性別による抗体陽性率を比較すると、女性は男性と比較し、有意に高いIgM抗体陽性率を示した。年齢による抗体陽性率を比較すると、年齢によりIgM抗体陽性率の高い群と低い群に分けられた。一方、小動物臨床獣医師において居住地域、性別、年齢および臨床経験年数による抗体陽性率に差は認められなかった。 
ライム病診断用抗原の安定供給を目的として、ライム病の診断抗原として重要とされるp83、fla、BmpA、OspCを遺伝子組換えマルトース結合蛋白質(MBP)融合蛋白質として発現させることに成功した。遺伝子組換え大腸菌より得られたこれらの精製抗原は、アミロース樹脂カラムにより精製した。日本のライム病患者、健常人血清と得られた抗原の反応性をウエスタンブロットにより検討した。遺伝子組換え抗原を用いることで、全菌体抗原を用いた場合に比べ、特異性、感度の改善が見られることを確認した。また、健常者血清の中にはMBPと反応するものが見られることから、今後ファクターXaにより、融合蛋白質を消化した後、診断に用いるべきであることが明らかになった。本研究により、ライム病診断用遺伝子組換え抗原の安定供給法が確立できた。さらにライム病ボレリア新規病原因子Vls抗原は、特定の組織への生着に関与している可能性が極めて高いことを明らかにした。 ライム病流行地域において、顔面神経麻痺の有無を指標とした神経ライムの疫学調査を実施し、ライム病に起因する顔面神経麻痺患者は極めて少数であること、単純ヘルペスウイルス(HSV)性顔面神経麻痺患者は有意にライム病偽陽性となる可能性があることを明らかにした。さらに医療機関からのライム病を疑うマダニ咬症患者についてライム病血清抗体調査を実施したところ、約2割が血清抗体の上昇がみられた。林業従事者に対してライム病血清抗体検査を実施し、およそ2割の従事者が過去にライム病の原因とされるボレリアに感染していたことを強く疑う結果となり、山林等では感染の危険性が高いことが窺えた。また山林従業者の約35%がマダニ刺咬経験者であり、そのほとんどが作業中もしくは休憩中に刺咬されていた。刺咬後の対処方法は、9割以上が自分や同僚、家族等が除去しており、医療機関を受診したものはわずかであった。このことから、ライム病に対する認識の低いことが明らかになった。
1998年に国立感染症研究所に報告されたツツガムシ病および紅斑熱患者は430名(うち13名は紅斑熱)で1997年(480名、うち24名は紅斑熱)に比べやや減少した。地域別にみると、ツツガムシ病では、千葉、大分では患者が減少したが、宮崎、山形、熊本は増加していた。紅斑熱は鹿児島および千葉での減少が目立った。ツツガムシ病、紅斑熱とも患者発生は例年と同様に性差はなく、年齢も60歳以上が大半を占めていた。発生時期はツツガムシ病では5月を小さなピーク,11月を大きなピークとする2峰性のパターンがあり、5月のピークは東北、北陸、11月のピークは関東以西の患者発生であった。紅斑熱では7 月をピークとする発生がみられた。感染場所および作業内容は両疾患ともに例年の如く山地あるいは農地での作業が最も多いことがわかった。神奈川、千葉および宮崎県から1999年の調査結果が報告された。99年はツツガムシ病が増加傾向にある。また、神奈川におけるツツガムシ病リケッチアは1998年と同様にKawasakiであるが、Kurokiも少数ながら検出された。しかし、Kurokiが特定の地域に限局する傾向はなかった。宮崎では血清反応のみであるがKawasakiが主体で、Kurokiの比率はKawasakiのおよそ1/2であった。
結論
北海度のダニ媒介性脳炎は数百年ほど前に極東ロシアで祖先ウイルスから分岐し北海道に出現したものと推定された。またマウスの感染モデルでダニ媒介性脳炎の病態の解析が可能となった。さらにウイルス同定のための単クローン性抗体が作出された。
Q熱については一般健康者に比べ小動物臨床獣医師がQ熱リケッチアに対する抗体陽性率が有意に高く、愛玩動物からの感染が疑われた。
ライム病については森林作業員に高い抗体陽性を見いだすとともに、遺伝子組換え技術により良好な診断用抗原の量産が可能となった。
ツツガムシ病については1998年の患者発生数はやや減少傾向にあった。

公開日・更新日

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