ボルナ病ウイルス感染の実態に関する疫学的ウイルス学的研究

文献情報

文献番号
199900480A
報告書区分
総括
研究課題名
ボルナ病ウイルス感染の実態に関する疫学的ウイルス学的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
池田 和彦(東京都精神医学総合研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田代 眞人(国立感染症研究所)
  • 生田 和良(大阪大学微生物病研究所)
  • 風祭 元(東京都立松沢病院)
  • 園田 俊郎(鹿児島大学医学部)
  • 倉根 一郎(国立感染症研究所)
  • 田所 憲治(日本赤十字社中央血液センター)
  • 堀本 泰介(大阪府立大学農学部)
  • 宇野 正威(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
17,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ボルナ病ウイルス(BDV)は、自然宿主であるウマに対する病原性が知られているが、1985年に精神疾患患者の血清中にBDVと反応する抗体が存在することが指摘され、ヒトにたいしても病原性をもつ可能性が示唆されてきた。したがってBDVの感染疫学研究は、精神疾患の理解に多大な貢献をすることになるばかりでなく、ばあいによっては、BDVが関与する精神疾患についての予防・治療の道が拓ける可能性もでてくる。しかし、その一方で、最近、BDV遺伝子が精神疾患患者群の血球に高い頻度で見られ、また献血者の5%程度においてもその遺伝子が血球に検出されるという報告がなされている。したがって、ボルナ病ウイルスをめぐる輸血の安全性の評価、ヒトの感染における感染源・感染経路の究明などは、厚生行政の緊急かつ重要な課題となってきた。本研究は、この新興ウイルス感染症への対策に遅れをとらないために、特異性・感度の高いヒトBDV感染の検索法の標準化をはかり、それを活用してわが国におけるヒトBDV感染の実態を把握することを目的とする。さらに、これらの結果から得られた感染源・感染経路の情報をもとに感染対策が必要かどうか、また必要ならばその具体的方策はなにかを検討する。
研究方法
1)各種血清診断法の特異性、感度、信頼性の検討: ボルナ病ウイルス感染の血清診断には、間接蛍光抗体法、ELISA法、ウエスタン・ブロット法がこれまで活用されてきた。これらの手法は、感染動物や抗原免疫動物の血清抗体測定にはほぼ満足のいく結果をあたえるが、ヒト血清を対象にしたばあいは、不一致をみることがきわめて多いことが近年指摘されている。そこで、まず、どの手法(あるいは手法の組み合わせ)が、ボルナ病ウイルス感染の血清診断にとって妥当性・信頼性をもつのかを調べる。わが国において独自に開発された抗原サンドイッチELISA法およびECLIA法の2法も加えた全5法について、同一陽性検体(感染ウマ血清、免疫ウサギ血清など動物陽性対照血清)を対象にして、多施設・盲検調査を施行する。その結果を吟味・評価し、適切な手法(あるいは組み合わせ)および適切な手順(たとえば抗原による吸収試験での確認など)を選択する。
2)ヒト検体におけるボルナ病ウイルス感染血清診断の多施設・盲検調査: 1)と並行して、平成10年度に検索した献血者200検体(血球)と対応する保存血漿を対象に、多施設・盲検調査を施行して、上記5法がヒト検体にたいしてどのような結果を与えるのかを吟味する。陽性と判定された検体については、今回の主たる対象であるウイルス抗原(p24およびp40)以外のウイルス抗原(p10やgp56など)に対する反応性を調べ、ウイルス抗体である確認をさらに行う。
結果と考察
献血者血漿200検体の多施設・盲検検索:すくなくとも1研究施設で陽性と判定された検体は25あった。このうち2施設あるいは2つの検索法で陽性をしめしたのは、8検体である。これを大別すると、・IFA法とウエスタンブロット法の両者で陽性のもの:ヒト119、130、169、290 ・IFA法でのみ陽性のもの:ヒト92、232、247 ・ウエスタンブロット法のみ陽性のもの:ヒト254となる。
これを詳細に吟味すると、・IFA法とウエスタンブロット法の両者で陽性となったもののうち、ヒト119検体は、ウエスタンブロットがp10陽性のみである点からすると、陽性と判断するには疑問がのこる。ヒト130検体は、両IFAで陽性であり、また複数の施設でp24ウエスタンブロット陽性であることから、ボルナ病ウイルスp24抗原と反応する抗体を含むと考えられる。ヒト169検体は、IFAではLab 2のみが陽性であるが、多施設のウエスタンブロットでp24陽性であり、またECLIAでp24陽性であるので、これもボルナ病ウイルスp24抗原と反応する抗体を含むと考えられる。ヒト290検体は、ボルナ病ウイルスp24抗原と反応する抗体を含む可能性が考えられるが、さらに吟味が必要である。
IFA法あるいはウエスタンブロット(およびECLIA)法のいずれかで陽性の検体がいつくか見られた。これに関しては、検索法により抗原変性の程度が異なるために違う結果をあたえている可能性も考えられるし、双方が偽陽性を見ている可能性も考えられる。
以上の結果と考察から、ヒト130検体とヒト169検体はボルナ病ウイルスp24抗原と反応する抗体を含むと考えれる。これらボルナ病ウイルスp24蛋白を認識する抗体が、ボルナ病ウイルス抗原により惹起されたのか(不顕性感染をふくむ)、それともp24蛋白と交差性をしめす他の病原体あるいは自己抗原により生じたのかは、今後の検討課題になる。ヒト“レファレス"008検体では、p24およびp40蛋白双方を認識することが指摘されたが、これが今後の検索で確認されれば、ボルナ病ウイルス抗体を有している蓋然性はたかまる。今年度の結果からは、ボルナ病ウイルス抗体検索を行ってきた各施設のそれぞれの手法による陽性判定はたがいにばらつきをしめし、1施設1手技による判定だけでボルナ病ウイルス感染の有無を論じるのは困難であることが判明した。ボルナ病ウイルスは実験動物感染においても抗体力価がきわめて低く、また抗体が検出されないばあいもある。免疫動物血清あるいは感染動物血清において抗体検索手技の特異性および感度が保証されたからといって、それがそのままヒトに適用されるかどうかは疑問であるということが本年度の多施設・盲検検索から判明した。ここで得られたボルナ病ウイルス蛋白に反応をしめすヒト検体については、それがボルナ病ウイルス抗原に対する抗体であることを検討する必要がある。また今後のボルナ病ウイルス感染の血清疫学を展開するにあたっては、霊長類をふくめた各種の動物における感染実験をおこない、その抗体産生の程度と質を継時的に検索してゆくという基盤的な研究が不可欠なものとなる。
結論
献血者血漿200検体について、ボルナ病ウイルス抗体の有無を7施設・盲検で検索した。各施設のそれぞれの手法による陽性判定はたがいにばらつきをしめした。現段階では、同一検体を複数の施設で複数の手技で検索し、結果を総合的に評価しなければならないと思われる。総合的にみると、ボルナ病ウイルスp24蛋白と反応する抗体を有する検体が2検体見いだされた。これは日本人においてボルナ病ウイルスの不顕性感染が存在する可能性を示唆するものである。今後は、それら陽性抗体がボルナ病ウイルス特異的であるかどうかを確認する一方、ボルナ病ウイルス感染実験動物における抗体産生の推移を詳細に検索するという基盤的研究が不可欠である。そのような手順をへてはじめて、日本におけるボルナ病ウイルス感染の実態が解明され、またこのウイルス感染と精神神経疾患の関連の有無についての正当な評価をくだすことが可能になる。

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