下痢症ウイルスの検出法、予防法、汚染指標および疫学に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900472A
報告書区分
総括
研究課題名
下痢症ウイルスの検出法、予防法、汚染指標および疫学に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
武田 直和(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 牛島廣治(東京大学医学部)
  • 田中智之(和歌山県立医科大学医学部)
  • 谷口孝喜(藤田保健衛生大学医学部)
  • 大垣眞一郎(東京大学工学系研究科)
  • 栄 賢司(愛知県衛生研究所)
  • 柴田伸一郎(名古屋市衛生研究所)
  • 斎藤博之(秋田県衛生科学研究所)
  • 坂本征則(広島県保健環境センター)
  • 篠崎邦子(千葉県衛生研究所 研究員)
  • 大瀬戸光明(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 染谷雄一(国立感染症研究所)
  • 名取克郎(国立感染症研究所)
  • 西尾 治(国立公衆衛生院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
21,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスが原因と思われる集団食中毒様急性胃腸炎は毎年全国的に発生している。これら食中毒に関する情報については、食中毒事件の原因物質としてノーウォークウイルス(NV)が位置づけられたことから、食中毒統計の中で情報を収集できる体制が整った。また近年NVの遺伝子情報が蓄積されるにおよび、原因不明の大部分が実はNVによるものであること、予想に反しNVには多数の血清型が存在していることも明らかとなった。事件発生時には原因食品からNVを迅速かつ感度良く検出して原因食品を特定し、迅速に対策を講じる必要があるが、ウイルス量が極めて微量であるためこれまで標準法とされてきた電子顕微鏡法が使えない。本研究では食品中のNV遺伝子を検出するため主としてプライマーの検討を行い、PCR標準法を確立する。ウイルス遺伝子が増幅されさえすれば、塩基配列の解析によって食品が汚染される経路を明らかにすることができ、また予防対策も可能になる。一方、カキ養殖海域における海水の汚染状況、NVの汚染実態は解明されておらず汚染実態調査を早急に行う必要があるが、微量遺伝子検出技術を導入することによって養殖海域のNVの分布、生態が解明でき対策が可能となる。カキおよび海水中の病原ウイルスの挙動を調べるための指標微生物として、既存の指標である大腸菌群と、有望な指標といわれている大腸菌ファージとを比較する。また、カキのウイルス汚染のリスクを、指標微生物の測定によって評価する方法を開発する。本研究ではPCR法と並行して組換え蛋白および単クローン抗体を用いるELISAおよびラテックス凝集によるNV検出法を確立する。これは患者糞便中のウイルス抗原をより迅速簡便に検出するうえで有用である。NV汚染指標の開発、およびNVの消毒方法の検討は、カキに濃縮されるウイルスの消毒はこれまで検討されてはいるがいまだ有効な手段はない現状において、将来的には実用面で重要なデータが蓄積できる。カキ中のウイルスは環境中から取り込まれたものである。したがって、カキを原因としない下痢症の流行とも何らかの関連があるものと予想される。両者をつなぐ要素として生活廃水が河川を通して海へ流れ込むルートを想定し、汚染状況を調査する。これによってNVによる食中毒(下痢症)の全体像が把握でき、予防対策を立てるのに必要な情報を得ることができる。
研究方法
(1)RT-PCRによるNV遺伝子の増幅と解析:海水、汽水、下水、患者糞便およびカキ中腸腺からNV RNAを抽出し、ポリメラーゼ領域をターゲットにしたプライマー、あるいは構造蛋白の塩基配列を基に設計したプライマーを用いて増幅した。増幅断片を直接あるいはクローン化後その塩基配列を解読した。ゲノムの5'末端の塩基配列の決定には5'RACE法を用いた。SSCPによる遺伝子解析には5'末端をビオチン化したPCR用プライマーを用いた。(2)NV中空粒子の作製とELISA:ORF2全長を含む領域をPCRで増幅しクローニング後、常法通り組換えバキュロウイルスを作出した。培養上清からCsCl平衡密度勾配遠心法でVLPsを精製濃縮した。これを免疫原として高力価血清を作製し抗原ELISAを構築した。また同VLPsを抗原として抗体ELISAを構築した。(3)
単クローン抗体:NVのGI4種類、GII7種類、SV1種類の計13種類の組換え中空粒子をBALB/cマウスに免役し、常法どおり摘出脾細胞とマウスミエローマ細胞で融合した。培養上清をそれぞれの中空粒子を抗原に用いたELISAでスクリーニングした。(4)アストロウイルスの構造蛋白遺伝子の解析:培養したウイルス粒子からRNAを抽出し、RT-PCRによって構造蛋白領域を増幅後、塩基配列を解読した。本実験で解読した3株、既に解読した33株、他の機関で解析された10株の計46株の全構造蛋白領域を遺伝子系統解析して系統樹を作成した。(5)ロタウイルス人工空粒子の作製とマウスへの経鼻接種:全塩基配列の決定されているKU株(G1、P1A)の全構造蛋白を組換えバキュロウイルスで発現した。このうちVP2とVP6、VP2とVP6およびVP7を共発現してそれぞれ自己集合した一重人工空粒子と二重人工空粒子を作製した。VP2/VP6粒子を免疫原として、アジュバントと共にマウスに経鼻接種した。(6)カキ、養殖海域の汚染調査と汚染指標の検索:養殖カキの中腸腺に濃縮されているNV遺伝子をRT-PCR法で検出した。また海水および汽水中の微量蛋白成分を陽電荷フィルター、ポリエチレングリコール等で濃縮後、同様にRT-PCR法でNV遺伝子を検出した。カキ養殖海域海水の衛生評価の指標にバクテリオファージが利用できないか検討するため、東京湾に定点を設置し、海水およびカキに含まれる大腸菌群数、F特異大腸菌ファージ数等を測定した。
結果と考察
わが国ではこれまでに13種類のNV遺伝子型が検出されているが、本年度は11種類の遺伝子型(結果的に11種類の血清型)をウイルス様中空粒子として発現することに成功した。このうち9種類の血清型を検出できるELISAをキット化し、国内80以上の機関に配布し、本年度冬季のウイルス検出に供した。食中毒事例、小児散発事例の糞便検体について抗原検出を行なった結果、NV流行期の主要な流行株を特定することが可能であること、NVとロタウイルスの流行時期に明らかな違いがあること、カキ関連食中毒では同一事例、同一人から複数の血清型が検出されること、キットに含まれていない血清型を除くとEMおよび1st PCRに匹敵した検出感度を有することなどが明らかになり、本ELISAがNV感染症の疫学的解析に極めて有用であることが示された。NV Genogroup I(GI)およびGenogroup II(GII)に単独、あるいは交差性に認識する単クローン抗体を105種作製した。これらは反応性の相違から8群に分類された。GIを特異的に認識する抗体が1種類、GIのみならずGIIをも広く認識する抗体5種類が得られた。またSVに特異的な抗体も5種類得られた。
RT-PCR法はハイブリダイゼーションによって確認検査が行われているが、プローブが合わない状況がしばしばみられている。これを回避し迅速同定を行なうため予め国内で分離されたウイルスの遺伝子系統解析を行い、これに基づいてプライマーおよびプローブを調製して各検査機関に配布した。プローブは多くの種類を混合することにより確実性が高まった。NV GIに含まれるチバウイルスについて、3'末端のポリAを除く7,697塩基の全塩基配列を決定した。他のGIウイルスの配列と比較することによって、構造蛋白領域に設計したプライマーの妥当性を評価した。生カキ、海水、下水からNV遺伝子を増幅し、SSCPで解析した。12月に入った時点で下水中にNVが検出され、1-2月も検出された。下水からのNVの検出は感染症サーベイランスにおける感染性胃腸炎の発生動向と一致していた。また。下水処理場を経た後もNVは全く影響を受けることなく検出された。下水中には遺伝学的に雑多なNVが含まれていた。海水、および生カキから検出されたNVの遺伝子解析の結果も下水のそれとほぼ同様であった。
ブタアストロウイルスとヒト7型アストロウイルスの構造蛋白領域の塩基配列を新たに決定し、ネコアストロウイルスを含むアストロウイルス構造蛋白のデータベースを構築した。46ヶの塩基配列の比較が可能になり、系統解析によるアストロウイルス迅速同定の可能になった。アストロウイルスは感染細胞に対して細胞変性を引き起こさないため中和試験の判定が困難である。そこでアストロウイルス抗原検出ELISA を援用することによって解決した。愛媛県の住民の抗体保有状況は1型と2型では大きく異っていた。また抗体保有状況は同一地域で検出されるアストロウイルスの血清型の分布と一致していた。
海水中の微生物濃度が比較的高い湾を調査対象区域として、1年間を通じてF特異大腸菌ファージ濃度を測定し、その挙動の日中変動および季節変動を調べて大腸菌群のそれらと比較した。海水中の微生物濃度に日中変動、季節変動は認められないこと、F特異大腸菌ファージは大腸菌群よりカキに蓄積されやすいことが明らかになった。カキ養殖海域に流れ込む下水、河川および海域の海水からNV遺伝子を検出した。NV遺伝子の検出は細菌汚染度の高い地点で多く、カキにおいてはfecal coliformMPNが230を、海水においてはtotal coliformが70を越えるとそれ以下に比べて6~7倍高くなることが示された。
組換えバキュロウイルスを用いてVP2とVP6、あるいはVP2、VP6、VP7の共発現を行い、人工空一重殻粒子および人工空二重殻粒子を産生した。VP2とVP6からなる空粒子を免疫アジュバントと共に経鼻接種することによって血中IgG、便中IgA抗体を誘導することができ、感染防御に有効であった。小児下痢症の主要病原体であるロタウイルスを予防する上で有用な知見が得られた。
集団発生であれ散発例であれウイルス性下痢症が発生した場合、まず初めにすることは患者便材料からのウイルス抗原検出である。あくまでもEM法が標準法ではあるが、迅速性、容易さ、感度、費用の点からこれに変わる方法の開発が急務であった。本年度は9種類のNV抗原を検出できるELISA法の開発に成功した。またキット化にも成功したので、材料が得られれば3-4時間で診断が可能になった。キットは既に国内80以上の機関に配布し、本年度の流行で評価が進行中である。抗体ELISA法も構築することができたので、糞便材料は採取できないが血清はとれるという状況での原因ウイルスの同定に威力を発揮するであろう。中空粒子を抗原にして105種の単クローン抗体を作製したが、この中にGIのウイルスを特異的に認識するもの、逆にGII特異的なクローンも得られており、これらを組み合わせることによってGI、GII全てのNVを検出できる試薬が期待できる。これらはまだ我々が手にしていない新規のウイルスに対しても認識できる可能性を十分に秘めている。 本年度、全塩基配列を決定したチバウイルスは全塩基配列が解読された5番目のNVとなった。特異性の高いプライマーを設計するために、これまでに解析された遺伝子型とは異るウイルスの全塩基配列を決定するすることが必須である。チバウイルスで得られた結果を詳細に解析することによって、より適切なプライマーの設計が可能になる。
カキ、海水、河川からNV遺伝子を増幅し、SSCPで解析した結果、患者の糞便が下水を通って海へ放流され、カキの養殖場を汚染する結果として生カキによる食中毒が発生するという図式が確認された。現在の汚水処理システムではNVを除去できないことが明らかになり、生カキによる食中毒の予防には下水処理システムの改善が不可欠であることが明確となった。カキ、養殖海域の汚染調査と汚染指標の検索においては、カキ生産県である広島県の養殖海域において、カキ、海水および汽水についてNV汚染実態調査を実施した結果、NV遺伝子の検出と汚染指標菌には相関がみられた。今後さらに計測を続け、汚染指標としての有効性を評価する価値があろう。
ヒトと動物を含めた46株のアストロウイルス(AstV)で全構造蛋白遺伝子の塩基配列を比較することが可能になった。現在までに8種類の血清型に分類されるAstVが、遺伝子系統解析によって迅速に同定されることが期待される。ロタウイルス人工空粒子を粘膜アジュバントと共に経鼻接種した結果、感染防御抗体が産生されることが明らかになった。注射によらない安全なワクチンを開発する上で今後ヒトへ応用、活用されることが期待される。
わが国の高度な下痢症ウイルス検出技術を維持するためには、実際の研究者が実験台において参照できるマニュアルを整備、適宜改定されたものを提供してゆく必要がある。NVに関しては、本年度作成したマニュアルによって、RT-PCR法およびハイブリダイゼーションによる同定法の確立と標準プロトコールの作成が完成した。
結論
糞便およびカキ中腸腺からのNVの検出法は、RT-PCR法と抗原ELISA法の確立、診断マニュアル作成と標準プロトコールの配布、プライマーとプローブの配布によってほぼ確立したものとなった。抗体ELISAによる診断も可能になった。しかしカキ以外の食品からのNV検出は依然として困難である。カキ、海水、汽水から高率にNV遺伝子が検出される。カキの汚染を防ぐには河川の汚水処理が重要な課題である。

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