マラリアの病態疫学と対策に関する基礎的研究

文献情報

文献番号
199900468A
報告書区分
総括
研究課題名
マラリアの病態疫学と対策に関する基礎的研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 守(群馬大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 狩野繁之(国立国際医療センター研究所)
  • 片貝良一(群馬大学工学部)
  • 宮本 薫(福井医科大学)
  • 姫野國祐(徳島大学医学部)
  • 竹内 勤(慶應義塾大学医学部)
  • 相川正道(東海大学総合科学技術研究所)
  • 秦 順一(慶應義塾大学医学部)
  • 穂積信道(東京理科大学生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
32,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
過去においてもマラリアに対する挑戦は再三再四なされてきたが、いまだに流行の勢いは衰えをみせていない。今、新しい戦略に沿った新しい技術開発がのぞまれている。1992年アムステルダムで開催されたマラリア会議において、従来の殺虫剤散布を主軸としてマラリアを減らし、残った患者の発見と治療を進める方策に代えて、「早期診断と迅速な治療」が提唱され採択された。本研究事業はこの指針に沿って立案されている。
流行地のマラリア対策として進める「早期診断と迅速な治療」は、日本のようなマラリア流行のない先進国に輸入された症例に対してすすめる「早期診断と迅速な治療」とは違った形ですすめられなければならない。その理由は以下の通りである。(1)マラリア流行国においてはマラリア原虫に感染していても臨床的にほとんど問題のない患者例も少なくない。このような患者例の多い地域は、自然の免疫を保持させておくことが大切である。やみくもに薬剤投与を進めることは謹まなければならない。このことは古くから指摘されてきた。(2)流行地では、マラリア患者(臨床的にマラリアを発症している患者)の発生が極めて不均一にみられることが一般的である。ある場所においてはマラリアに対する免疫が強く原虫の感染をうけても発症しない患者例が多く、ある場所では免疫が不完全で原虫の感染が即発症となる患者例が多い地域がある。(3)流行地では、多くの場合医師が不在である。このような地域で「早期診断と迅速な治療」を進めるのはcommunity health worker である。このような場合には専門家があらかじめ流行地の調査を行ってどの地域の住民が無症状のマラリアになりやすく、どの地域の住民がマラリア患者となりやすいか、病態疫学の調査をおこない、community health worker に対し、その地域における「早期診断と迅速な治療」を進めるためのガイドラインを用意する必要がある。
以上にのべた理由から、新しいWHOのマラリア対策推進にあたって、流行地の病態疫学調査法の開発の必要性が認識される。本研究班は、このようなニーズに基づいて組織された。次に迅速な治療を行うために現在最も問題となるのが、熱帯熱マラリアの薬剤耐性に関する問題である。現在の深刻な情況に関して新薬の開発は無論のぞまれるが、薬剤耐性マラリアに対処するためには必ずしも新薬の開発は必要でなく、従来の薬剤を使っても治療を行うことができる。以前から蟯虫の治療に使われてきたピペラジンがクロロキン耐性を除去する上に有効であることを見出した研究グループも分担者として参加し、新薬なしにも薬剤耐性マラリアに対処する方法につき検討を進め一定の成果をえている。以上に説明した2つの研究は、本研究組織において中心をなしている課題である。本研究組織には、この2大課題をサポートする基礎研究もふくまれている。
研究方法
研究方法および結果=病態疫学調査は、住民から血清を集めて血清疫学により進められる。この時に必要なものが抗原である。マラリア流行地の実状からみて、用意する抗原は、安価に生産でき、現場の厳しい状況に堪える丈夫な抗原でなければならない。そこで本研究においては、リコンビナント抗原を作らず、合成抗原の産生を目標とした。今までの研究から熱帯熱マラリア原虫が糖代謝をおこなうさいに必須の酵素であるエノラーゼに対する抗体価がマラリア患者の病態を反映することが判明している。マラリアに罹患し、臨床的に発症した患者は常にエノラーゼに対し、高い抗体価を示すが、マラリアに罹患しても臨床的に発症しない抵抗力のある患者はエノラーゼに反応せず、代わって原虫の23kD ポリペプチドに対して高い抗体価を示すことが判明している。したがってエノラーゼを単離し、これを抗原とすれば目的とする抗原がえられ、マラリア罹患に感受性の高い住民を特定することが可能となる。現場で使える丈夫な抗原を用意するためにエノラーゼ全体の立体構造をコンピューターシミレーションにより決定し、エノラーゼの表面にあり、構造から抗原活性が予想される配列部分を液層法、固相法により合成した。その結果2つのペプチド部分すなわちGly220-Leu235およびAla256-Ala277が特定されたが、α-ヘリックスとターン構造が共通した構造であった。この内の一つGly220-Leu235をHelix-7と命名し、タイのマヒドン大学に入院した重症マラリア患者23名(WHO基準による)、発症はしたが重症に至らなかった22名、軽度発症で治癒した35名の患者グループにつき、Fluorescence-ELISA による抗体価測定をおこなったところ、重症グループが有意に高い抗体価をしめすことが判明し、本研究目標の一つは達成の見通しがついた。特定された人工抗原の中には、ワクチン候補となるポリペプチドも含まれる可能性がある。事実11年度の研究ではマウスで作った抗Helix-7抗体は、in vitro の系で熱帯熱マラリア原虫の増殖を抑制する事実も見出された。したがってワクチン開発への道も考えておくため、11年度研究においては、熱帯熱マラリア原虫のSERA抗原、MSP-1抗原についてDNAワクチンの可能性を追求する研究がおこなわれ、他の遺伝子との共導入あるいはワクチンベクターの工夫などにより、宿主免疫応答が増強できることが判明した。マラリア感染における病態は、ヒト側の要因だけで決定するものではなく、原虫側の要因も考慮しなければならない。この種の研究を行う上に群馬大学で報告された放射線照射弱毒化原虫Plasmodium berghei XAT (XAT) はもっとも適切なモデル原虫である。この原虫を使ってXATのもととなった強毒株Plasmodium berghei NK65と比較検討した結果、XATにおいては、ヒポキサンチンアミノトランスフェラーゼ遺伝子の発現が強く抑制されていることが判明した。また強毒株のヒポキサンチンアミノトランスフェラーゼの構造は現在まで登録されていない新しい蛋白質であるとも判明した。この成果を今後各地で分離された熱帯熱マラリア原虫の毒性解析に応用すれば、病態疫学調査に益するであろう。
ピペラジン誘導体を使ってマラリア原虫のクロロキン耐性を除去する研究は、分担者竹内によって推進され、D99-9と命名された物質が特定された。この化合物は側鎖に不飽和結合を有する点に特徴があり、薬剤耐性原虫Plasmodium chabaudiの感染実験を行った結果、薬剤耐性の消失現象が認められ、3mg/kg投与量が、8-20mg/kg投与量に匹敵するまでに効果が高まりきわめて有望な物質であることが判明した。この成果は、莫大な経費と時間を費やして新しい抗マラリア剤を開発することなしに、薬剤耐性マラリアの化学療法をおこなう道を開いた点で、注目されよう。
そのほか、以上の研究の基礎研究として免疫不全マウスであるNOD/SCIDマウスを使い、ヒトの骨、肝組織、ヒトサイトカイン遺伝子導入ストローマ細胞移植を組み合わせることに成功し、ヒトの赤血球、内皮細胞、肝細胞がマウス内で構築されることに成功した。この研究によりマウスに熱帯熱マラリアを感染させる可能性が開かれた。同じマウスをつかってヒトモノクローナル抗体をつくる簡便な方法も開発されたので、今後熱帯熱マラリアの基礎研究はヒトの系で大きく進展するものと思われる。
結果と考察
考察=病態疫学調査法に利用可能な合成抗原Helix-7 を使用した野外調査は、機会をえてフィリピンの流行地で開始する時期にある。野外調査は地域住民の十分な理解のもとに進めなければならないので、地域のcommunity health worker の組織がしっかり形成されている場所をえらぶことになるが、すでに候補地は考えられている。ピペラジン誘導体利用による薬剤耐性除去実験は実験系をヨザル-熱帯熱マラリアの系で組み立てて、すでに承認され市販されているピペラジン誘導体からテストする段階にある。ヒトモノクローナル抗体がNOD/SCIDマウスで産生できるようになったことは、マラリア研究のみならず、多方面において応用されることになるだろう。
結論
本研究は、流行地の病態疫学の解析の上にたった対策推進を進める上で有益であろう。マラリアの対策に有用な新技術の開発に関しては、1998年G8首脳会議で採択された"Hashimoto initiative"を受けて、日本の学会として追求しなければならない。今後も引き続き研究を続けること日本方式をWHOに承認させる努力をおし進めることが必要である。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)