住血吸虫症の感染防御免疫とその予防・治療的応用に関する研究

文献情報

文献番号
199900467A
報告書区分
総括
研究課題名
住血吸虫症の感染防御免疫とその予防・治療的応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
太田 伸生(名古屋市立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小島荘明(東京大学医科学研究所)
  • 平山謙二(埼玉医科大学)
  • 金澤 保(産業医科大学)
  • 伊藤 誠(愛知医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
住血吸虫病は熱帯地方を中心に依然として流行が続いており、山梨県の旧流行地でも日本住血吸虫の中間宿主貝が数年来回復しつつあることから流行再興の可能性はゼロではなく何らかの監視の継続が望まれている。途上国で住血吸虫症の防圧が進まない原因は広大な中間宿主貝生息域の存在、社会基盤整備の立ち遅れ、衛生教育の不徹底などが複合的に作用するためであり、従来の対策でとられてきた方法論の他に新しい防圧戦略を考える必要がある。本研究では当面要求される実効性の高い住血吸虫症対策の再構築を行なうことを目的とした。まず住血吸虫感染宿主の多様な免疫応答を解析し、発症防止のための安全で効果の高い方法に応用することを試みた。また感染動態把握のための免疫学的パラメータを同定し、流行地の感染状況調査を簡便に行なう方法を開発することをめざした。それらの成果を住血吸虫症流行地の疾病対策に応用する一方で、国内の旧流行地の監視と輸入症例への対応を強化するために、中間宿主貝の生息情況の地理情報システムによるモニタリング、住血吸虫症に関する情報ネットワークシステム整備、住血吸虫抗原の国内供給体制の維持強化などを進めることとした。
研究方法
今年度は3年計画の最終年度であり、データの最終取りまとめと成果の総括を行なった。(1) 終宿主動物の感染抵抗性、発病感受性の免疫生物学的解析:感染防御と病理発現とそれによって明らかになった成果の一部をワクチン開発に応用することを試みた。マウスの実験的感染でのインターフェロン(IFN)_やIL-4の感染防御や虫卵周囲肉芽腫形成に及ぼす影響をマウスで調べた。住血吸虫感染が宿主の生体防御システムに影響している可能性があるため、マンソン住血吸虫とネズミマラリアの重複感染マウスでマラリアに対する感染抵抗性に如何なる変化が起こるかを調べた。この研究を保虫宿主動物を対象としたワクチンの実用化に展開することとし、日本住血吸虫のパラミオシンやカルパインの基礎的データ解析とブタを用いたパラミオシンのワクチン試験を実施した。(2) 住血吸虫症流行の簡易評価法の開発:流行現場でヒトや家畜の感染情況を安全且つ簡便に調べるために、尿を用いた免疫診断法の開発研究を行なった。中国湖南省の日本住血吸虫症感染者の尿と血清をELISAに用い、虫卵抗原に対する特異抗体を検出した。さらに尿を用いるdot-ELISAの確立を進めた。また、吸虫類抗原の交差反応性の問題を解決するために、すでに解析の進んでいる住血吸虫リコンビナント抗原を用いたELISAでの多種吸虫感染ヒト血清の反応を比較検討した。(3) 日本住血吸虫中間宿主貝生息情況調査への地理情報システムの応用:人工衛星画像を用いたリモートセンシングによって日本住血吸虫中間宿主貝の生息情況や生息環境評価などを行なうことの予備調査として、中国湖南省の流行地を選定して、人工衛星画像の各パラメータと現地の土地利用、植生、土壌特性などとの関係を調べた。(4) 住血吸虫の実験室内維持の推進と新しい感染動物モデルの開発:診断、治療などの研究支援体制を構築するために住血吸虫の実験室内維持を推進した。従来困難であったビルハルツ住血吸虫維持確立のため、BALB/cマウスにビルハルツ住血吸虫を感染させ、マウスから回収した虫卵で中間宿主貝に継代するサイクルを繰り返した。また、ヒトの住血吸虫感染動態と類似性の高いスナネズミの住血吸虫症研究への応用を図るために、スナネズミの免疫担当細胞に対する抗体を作製して、住血吸虫感染の調節機構を検討した。(5) 住血吸虫の情報ネットワークの整
備:住血吸虫症に関するホームページを開設し、疫学、診断、治療などの情報提供の運用を開始した。海外の住血吸虫症対策事業とのリンクを図るため、東アジアの日本住血吸虫症対策ネットワークの情報を収集した。
結果と考察
日本住血吸虫の感染防御や発症機序における免疫応答調節分子としてIFN_とIL-4の関与をマウスを用いて検討した。IRF1欠損マウスの研究から感染防御におけるIFN_の重要性が確認された。一方、日本住血吸虫の虫卵周囲肉芽腫形成におけるIFN_とIL-4の役割をノックアウトマウスで調べたところ、肉芽腫の浸潤細胞の構成に変化があり、肉芽腫形成の調節にそれぞれのサイトカインが関与していた。マンソン住血吸虫感染A/JマウスにPlasmodium chabaudiを感染させたところ、対照A/Jマウスではマラリア感染で死亡したが住血吸虫との重複感染マウスでは100%生存した。この効果は抗IFN_抗体処理で消失し、マンソン住血吸虫によってTh1応答が強く誘導されることがわかった。住血吸虫症の流行地ではさまざまな感染症も同時に存在しているが、住血吸虫感染が宿主の生体防御を変化させて疾病構造にも影響していることも予想された。日本住血吸虫のワクチン候補分子としてパラミオシンとカルパインを研究した。カルパインは新しいワクチン候補分子で、BALB/cマウスでは回収虫体数と虫卵周囲肉芽腫サイズがともに減少した。パラミオシンのブタでの感染防御誘導活性を調べた結果、免疫群では対照群と比較して34.5%の虫体回収数の減少がみられた。日本住血吸虫はヒトの他に水牛、ブタなどの保虫宿主が流行維持に重要な関与をしており、家畜のワクチンが実現できれば公衆衛生学的に影響が大きい。今後細かな点を改良を加して流行地での実地応用をめざす計画である。住血吸虫症流行の実態把握のための簡易評価法として感染者の尿を原液でELISAに用いて、血清を用いたELISAと高い相関を示す結果を得た。さらに尿をdot-ELISAに用いることができるような条件を検討し、十分な感度と特異性を示すことに成功した。尿は窒化ソーダ添加した37℃の保存条件下で1ヶ月間は抗体価の低下はなかった。尿を用いることで被検者の苦痛と危険を抑えて検査ができ、集団検診などの効率化に効果がある。今後の課題としては尿中に特異抗体のみでなく住血吸虫抗原を検出する系を確立し、さらに迅速診断とすることで実用的価値を上げることを目指している。日本住血吸虫抗原のリコンビナント分子(SJA111) を用いたELISAでは日本住血吸虫感染者もタイ肝吸虫感染者の血清も高いOD値を示し、SJA111が交差反応の標的エピトープを含むことを示唆した。中国湖南省の日本住血吸虫症濃厚流行地の人工衛星画像を入手し、画像からの情報解析と実際の水質、土壌、土地利用などとの関係を確認した。現場の状況をもとに、環境変化による貝の繁殖状況変動予測のシミュレーションをおこなった。この方法自体はまだ十分に確立されたものではないが、基礎的データを集めて方法論的な改良を進めることが重要である。ビルハルツ住血吸虫感染BALB/cマウスからは成虫回収率は0.6~4.2%と低値であるが現在の方法で7サイクルまで継代を続けることに成功した。住血吸虫感染モデル動物としてのスナネズミは感染感受性が高く、ヒトの臨床症状と類似点があるなど、感染動態研究の新しいモデルが確立した。単クローン抗体を用いてスナネズミのT細胞を除去すると虫の発育が不良であるなど、感染動態研究の新しいモデル雅確立した。住血吸虫の実験室内維持は大変な労力と熟練が要求され、安定的に住血吸虫関連の生物試料を国内で確保するにはわが国の大学、研究所の状況は厳しくなる一方である。本年の実態調査をもとに、今後は少数施設ではあっても3種のヒト寄生性住血吸虫を維持していく体制を確保するように協議を継続した。国内の住血吸虫症の情報提供のためのホームページ(http://www.med.nagoya-cu.ac.jp/mzool.dir/index-2.html)を今年度より開設した。さらに、今後世界の住血吸虫対策とのリンクを強化する一環として、アジア地区の日本住血吸虫症対策との連携をとることとした。近年、マラリアのネットワーク
化がWHOを中心に推進され、対策と基礎研究両面の国際協力体制が進みつつある。最近、住血吸虫症対策も土壌伝播線虫対策とリンクしてWHOの重要プロジェクトと位置付けられ、マラリアと同様に国際ネットワーク整備が求められることと思われる。その第一歩として東アジア地区の国際ネットワーク確保が本研究班を母体として始まったことはわが国の新興・再興感染症対策や国際寄生虫対策への大きな貢献となると考えている。
結論
住血吸虫感染宿主の免疫応答の生物学的解析をもとにして、住血吸虫感染の持つ疫学的意義、診断法への応用、ワクチン開発への応用などを進めた。住血吸虫感染では特徴ある宿主応答が見られるが、住血吸虫感染が宿主の癌や感染性病原体への感受性を規定する可能性がある。また、住血吸虫感染者の尿には微量の特異抗体が排泄されていることを利用して非観血的免疫診断の実用化試験を進めた。さらに住血吸虫ワクチン開発の当面の標的としてヒト以外の保虫宿主動物を対象として研究を進めた。パラミオシンはブタを用いた実験で有意な感染防御効果を示し、大型家畜動物での日本住血吸虫ワクチン実用化を示唆する結果が初めて得られた。住血吸虫症の監視のための新しい方法論の導入、国内の住血吸虫の実験室内維持、住血吸虫症に関するコンピューターネットワークの構築などを併せて、国内外の住血吸虫症対策のダイナミックな展開を図り、臨床的、衛生行政的なニーズに応えることに努めた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-