劇症型 A 群レンサ球菌感染症の分子発症機構(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900464A
報告書区分
総括
研究課題名
劇症型 A 群レンサ球菌感染症の分子発症機構(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
大國 寿士(日本医科大学老人病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山井志朗(神奈川県衛生研究所)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 浜田茂幸(大阪大学歯学部)
  • 内山竹彦(東京女子医科大学)
  • 赤池孝章(熊本大学医学部)
  • 清水可方(國保旭中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
劇症型 A 群レンサ球菌感染症(以下劇症型) の発症に関わる病原因子の解明と治療法並びに予防法を確立することを目的とした。劇症型の発症に関与する A 群菌が特定の、ないしは新たに出現したクローンであるか否かを検討するためには、以前より普遍的に存在する A 群菌株との比較の上で論ずる必要があり、そのために劇症型由来株、咽頭炎患者由来株並びに健常学童由来株間にみられる細菌学的、分子遺伝学的特徴を把握し、且つ劇症型に関与する A 群菌が従来存在しない新規の病原因子を保有するか否かを明らかにする。また、菌体代謝物質並びに菌体表層物質の病変成立における意義を明らかし、これらの結果を踏まえて、治療法並びに予防法を確立にする。
研究方法
1) 劇症株並びに対照株の Streptococcal inhibitor of complement (Sic)の遺伝子、 sic の塩基配列を P. Mejia らの方法に従って検討した。分離菌染色体 DNA の異同はパルスフィールド電気泳動 (PFGE)で検討した。また、遺伝子構成の検討には Randam amplified polymorphic DNA (RAPD)-PCR 法並びに Restriction landmark genomic scanning (RLGS) 法を用いた。DNA 相同性はサザンブロット法により、その部位の塩基配列は常法に従った。2) 劇症株、対照株をマウス腹腔に投与し、経時的に血中の菌数計算を行った。また、培養マウス線維芽細胞に菌株を加え一定時間反応後、細胞に付着した菌数を計算した。3) 臍帯血から培養して得られたヒト培養マスト細胞並びに同培養好塩基球あるいはマスト細胞腫由来細胞株 (HMC-1)ないしはヒト末梢血白血球に 発熱毒素 SPE-B を加え、遊離するヒスタミンを HPLC により測定した。 proteinase inhibitor である E64 あるいは EGTA をこの反応系に添加し、同様な反応を行った。劇症型患者血漿中のヒスタミン濃度は HPLC で測定した。4) 8 M 尿素処理菌体抽出液中に存在するヒト IgG 結合タンパク (Sib35 )のN-末端アミノ酸配列を検討した。Sib タンパクの遺伝子 (sib35) を PCR で増幅し、組換えタンパクを作製し、ウサギ抗体を得た。sib35 の特異的プローブを作製し、M型の異なる菌株のゲノム DNA を鋳型として、PCR を行った。また、sib35 をプローブとしたサザンブロット法も行った。A 群菌とヒト末梢血とを混和し、一定時間保温後、多核白血球に取り込まれた菌数を計測した。5) ニトロソα1-PIの菌増殖抑制効果並びに SPE-Bプロテアーゼ活性ないしはアポトーシスに対する阻害効果を検討した。6) 劇症型患者血清中の C-多糖体抗原をサンドイッチ ELISA 法で、抗 C-多糖体抗体は ASPキットで測定した。経験した劇症型 症例の臨床的、病理解剖学的所見を検討し、併せて分娩時における本症の発症について全国的なアンケート調査を実施した。
結果と考察
1) 同一の PFGE パターンを示す M1/T1 型間で、sic 遺伝子の塩基配列には多くの変異が確認さたが、劇症株に特徴的な sic の変異は確認されていない。さらに sic の変異に関する生物学的、疫学的な意義については検討しなければならない。2) 1980 年以前と1990 年以降に分離された M3/T3 型菌との遺伝的相違を RAPD-PCR 法とサザンハイブレダイゼーション法により検討すると、明らかな遺伝学的相違が認められたが、近年における M3/T3 型による 劇症株と咽頭炎株間には差が認められないことから、これらは同一のクローンであることが示唆された。しかし、同一のクローンの感染を受けても 劇症型 が起こる例は少数であることから、その発症には宿
主側の要因が考えられた。1980 年以前と 1990 年以降の分離菌株間において遺伝学的差を示す約 8.4 kb の領域をクローニングし、一部の塩基配列を決定したが、さらに全長を決定し、より正確な情報を得る必要があろう。3) 劇症由来株と猩紅熱由来株を用いて、マウス致死作用並びにマウス線維芽細胞に対する付着性を検討すると、劇症株は猩紅熱株に比し、致死作用は強いが、付着性は低く、マウス腹腔投与では 一定時間後の血中菌数は劇症株が猩紅熱株に比し、著しく増量していた。4) ヒト培養マスト細胞、同培養好塩基球、HMC-1 並びに末梢血白血球(好塩基球)に SPE-B を作用させることにより、これら細胞からヒスタミンが遊離され、この遊離は Ca イオン依存性で、その作用は SPE-B の持つ proteinase 活性を介して惹起するものと思われた。また、TSLS 患者の血漿中にヒスタミン濃度の高い症例が存在した。かかる事実は TSLS の病態成立の上でヒスタミンが関与している可能性を示している。5) A 群菌表層に Bradykinin 分解酵素が発現していることも見出した。プロテアーゼ活性を持つ SPE-B は多核白血球に対しアポトーシスを誘導するとの報告がなされた。生体内では NO(一酸化窒素 ) がアポトーシスの制御に関わることから、NO 供与剤であるニトロソ α1-プロテアーゼインヒビター (ニトロソα1PI ) を作製し、TSLS の治療への可能性を検討した結果、本剤が SPE-B によるアポトーシスの誘導を強く阻害した。本剤の劇症型の治療への応用が期待される。6) 一方、A 群菌感染症に対するワクチン開発のための基礎的検討も行われた。菌体表層に分子量約 35 kDa を示す、新規な免疫グロブリン結合タンパクーSib 35 ーが存在することを見出すと共に、このタンパクをコードする sib 35 遺伝子が M 型別に関係なく保存されていることを 特異的 PCR とサザンブロット法で確認した。そしてウサギ抗 Sib 35 抗体は in vitro において多核白血球による A 群菌の食作用を促進した。以上の結果はSib 35 タンパクが A 群菌感染に対する有望な感染防御抗原となり得ることを示唆していよう。7) 臨床的検討から本症例の 20 % に著明な肺出血を認め、この所見は他臓器からの出血による誤嚥ではなく、生前での気管支鏡検査から、肺からの出血であることが確認されたが、その機序は明らかでない。妊娠ないしは分娩時の劇症型症例は、比較的高齢の経産婦に好発し、妊娠 35 週頃に陣痛と共に発症し易く、胎児は死産となり、後分娩直後から母体はショック状態に陥ることが多い傾向にあることが認められた。発症に関わる宿主側の要因を検討する一環として、抗 C-多糖体抗体の測定を試みた結果、健常者の抗体価は1 : 32 を中央値として、1 : 4 から1 : 256 の間に分布したが、劇症型においては殆どが 1 :8 以下と低値であった。また、血中 C-多糖体抗原量は一般の A 群菌感染症においては 10 ng/ml であるのに対し、劇症型患者では 100 ng/ml 以上と高値を示し、疾患の重症度と相関する傾向にあった。本測定は約 15 分で可能なことから、本症の迅速ないしは早期診断法として用いることが出来るかも知れない。
結論
従来から普遍的に存在する A 群菌と劇症菌から分離される A 群菌の分子遺伝学的特徴について比較、検討が行われたが、両菌株間で明確な遺伝学的差異を認めることは出来なかった。また、病態の形成に関与する菌側の因子を解析し、SPE-B の重要性を指摘すると共に、A 群菌感染症を予防のためのワクチン開発に関して基礎的検討を行い、菌体表層物質から新規のタンパクを同定し、これが感染防御抗原として働き得ることを示した。治療面に関する検討では菌体由来プロテアーゼに対する阻害剤を開発し、その臨床的応用が期待された。一方、分娩時に発症する劇症型の臨床、病理学的検討を行うと共に、血中からの A 群菌抗原検出による迅速診断法開発のための基礎的検討も行った。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-