ハンセン病における宿主防御機構の解明とその治療・予防応用

文献情報

文献番号
199900463A
報告書区分
総括
研究課題名
ハンセン病における宿主防御機構の解明とその治療・予防応用
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小林 和夫(大阪市立大学大学院医学研究科感染防御学)
研究分担者(所属機関)
  • 野間口博子(国立感染症研究所ハンセン病研究センタ―病原微生物部)
  • 福富康夫(国立感染症研究所ハンセン病研究センタ―病原微生物部)
  • 與儀ヤス子(国立感染症研究所ハンセン病研究センタ―生体防御部)
  • 皆川文重(国立感染症研究所ハンセン病研究センタ―生体防御部)
  • 遠藤真澄(国立感染症研究所ハンセン病研究センタ―生体防御部)
  • 儀同政一(国立感染症研究所ハンセン病研究センタ―生体防御部)
  • 山本三郎(国立感染症研究所細菌・血液製剤部)
  • 矢島幹久(国立療養所多磨全生園研究検査科)
  • 笠原慶太(昭和大学医学部)
  • 笠間 毅(昭和大学医学部)
  • 滝沢 始(東京大学医学部)
  • 樋口一恵(結核研究所基礎研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハンセン病を含めた抗酸菌感染症制圧の世界戦略(世界保健機関:WHO)は活動性患者の早期発見と多剤併用抗菌化学療法を中心に推進しているが、現在においても、多数の活動性新規患者(ハンセン病:69万人/年、結核:800万人/年、1998年、WHO)が発生している。抗酸菌(らい菌、結核菌、非結核性抗酸菌など)感染に対抗する宿主防御や病変形成は、宿主―寄生体関係を介して成立し、抗酸菌と宿主の壮絶な生存戦争を反映している。抗酸菌感染における発症はハンセン病:約0.2%、結核:約10%であり、宿主防御機構が発症防止に寄与している。したがって、宿主感染防御機構を解明することは、抗酸菌感染症の新規治療や予防戦略の開発に貢献することが期待される。本研究では抗酸菌感染症の発症予防および治療法について、宿主感染抵抗性/感受性の発現機構を細胞、免疫・炎症応答や生理活性物質などの解析から明らかにする。抗酸菌の侵入経路は経気道感染であることから、抗酸菌感染における気道上皮細胞応答を検索する。また、ハンセン病における重大な機能障害の原因である末梢神経傷害の発症機序を解明する。さらに、抗酸菌感染症の新規治療戦略として、新規抗菌化学療法薬や感染防御性サイトカインによる免疫強化療法およびそれらの併用療法を開発し、安全性や毒性を評価し、臨床応用への可能性を探索する。抗酸菌感染症の発症予防に効果的なワクチンはないが、安全で有効なワクチン開発の基礎として、成分(DNA)ワクチンの作用機序、さらに、死菌ワクチンの可能性を探索する。
研究方法
実験的抗酸菌感染マウスモデルを用いて、抵抗性遺伝子、感染部位における細胞集積状況(病理形態学)、感染防御性サイトカイン蛋白および遺伝子発現(酵素抗体法や遺伝子増幅法)、抗酸菌増殖抑制活性(Shepard法やBuddemeyer法)などを解析した。また、宿主マクロファ-ジの抗酸菌貪食および制菌に関与する分子機構を解析した。ヒト末梢血細胞(単球、樹状細胞や好中球)を用いて、感染防御や病変形成における役割を分子医学的に検索した。抗酸菌感染における気道上皮細胞応答は炎症性サイトカイン発現の分子制御機序から解析した。抗酸菌誘導炎症病変が慢性関節リウマチ病変(肉芽腫や血管新生)に酷似しており、共通の分子制御機序を炎症性サイトカインおよび血管新生因子動態から解析した。ハンセン病における末梢神経傷害機構はラット神経組織由来シュワン細胞株を樹立し、らい菌感染によるシュワン細胞応答を解析した。ヒトにおけるハンセン病疾患活動性を評価するため、血清に存在するらい菌特異的抗原を酵素抗体法および血球凝集抑制法を用いた。新規抗ハンセン病併用抗菌化学療法を開発するため、マクロライドおよびキノロン系薬の抗らい菌活性について探索した。また、実験的治療戦略として、免疫療法と抗菌化学療法の併用療法をらい菌感染モデルを用いて、その有用性や毒性を評価した。新規発症予防戦略の開発は遺伝子(DNA)ワクチンおよび死菌ワクチン開発の可能性に
着手した。
結果と考察
抗酸菌感染防御にマクロファ-ジ―サイトカイン―T細胞連関系(細胞性免疫)が重要な役割を演じているが、その分子機構を明らかにし、治療および予防標的を設定することができた。抗酸菌感染防御における分子機構として、防御性サイトカイン(IL-12、IL-18、IFN-gやTNF-aなど)応答が重要であり、その結果、細胞性免疫を誘導することにより、抗菌防御に貢献している。防御性サイトカインで活性化されたマクロファ-ジは殺菌性ガス状物質(一酸化窒素)を産生し、抗菌性を発揮した。また、多くの抗酸菌感染における侵入門戸は気道であり、感染宿主において気道上皮細胞は最も初期に抗酸菌と接触し、宿主応答の「引き金」を演じていることが示唆された。抗酸菌感染による病変形成機序として、最初の侵入門戸である気道上皮細胞は感染により炎症性サイトカイン発現に関与する転写因子群を制御し、初期防御機構として、気道上皮細胞は役割を果たしている。侵入した抗酸菌は宿主マクロファ―ジに貪食されるが、その分子機構として、マクロファ―ジ表面マンノ―ス受容体が関与している。また、抗酸菌性肉芽腫炎症機序に関する新知見として、貪食/単球細胞走化因子、好中球アポト―シス、さらに、血管新生の関与が判明し、分子病態が解明されつつある。らい性末梢神経炎の機序として、らい菌親和性シュワン細胞がらい菌感染に際し、神経細胞成長調節因子や炎症惹起性サイトカインを発現し、病変形成に寄与していることが示唆された。これらの知見は抗酸菌感染における貪食―細胞内殺菌機構―細胞間情報伝達機構、すなわち、ハンセン病における宿主防御機構の理解に有用であり、治療や予防戦略の構築に重要なヒントを提供している。次に、宿主防御機構の解明過程から得られた知見を総合し、新規治療および予防戦略の開発を試みた。免疫介入療法:サイトカイン免疫療法(IL-12)は宿主防御を増強し、抗菌防御に優れていたが、副作用(局所肉芽腫病変増強、血液、肝、筋障害、関節炎誘導)を発現した。防御性サイトカイン免疫療法(IL-12)と抗菌化学療法(リファンピシン)の間欠短期併用療法は抗菌防御に極めて優れ、薬剤耐性抗酸菌感染症にも有効、さらに、病変形成も軽微であり、併用療法による全身毒性(血液、肝、腎、筋障害など)はほとんど認めなかったことから、今後、難治性抗酸菌感染症に臨床応用が期待される。発症予防戦略の開発として、DNAワクチン候補であるBCG由来核酸成分(人工合成免疫増強性オリゴヌクレオチド:MY-1)が選択的1型ヘルパ-T細胞(Th1)誘導活性を有し、抗酸菌感染防御に有用であり、かつ、MY-1がサイトカイン依存性にTh2細胞応答を抑制することから、IgE介在性アレルギ―反応における有望な治療戦略となる可能性も示唆され、BCG由来核酸成分は抗酸菌感染症のみならず、アレルギ―/アトピ―性疾患の制圧に寄与することが期待される。他のワクチン候補として、UV死結核菌ワクチンは抗原性の保持、有効性(抗菌防御)において、BCGを凌駕しており、また、死菌であるため、安全性に優れているなど、今後、臨床応用へ向けて、研究開発を進展させたい。
結論
抗酸菌感染に対する宿主応答、すなわち、抗菌防御や病変形成は宿主細胞(炎症/防御に関与する細胞群:好中球やマクロファ-ジ、神経組織:シュワン細胞)間クロスト―ク、細胞間情報伝達物質ネットワ―ク、細胞内殺菌、細胞性免疫:マクロファ-ジ―サイトカイン―T細胞連関系に集約されていることが解明された。これらの知見を基盤とし、実験的難治性抗酸菌感染症に対する新規治療(免疫介入および抗菌化学併用療法)および予防戦略(DNAワクチンや死菌ワクチン)の開発に成功した。これらの成果は1)抗酸菌感染症における宿主防御機構の理解、2)新規治療および予防戦略の構築、3)薬剤耐性抗酸菌感染症の制圧対策に基盤を提供することが期待される。

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