ハンセン病発症におけるらい菌の生物学的特性

文献情報

文献番号
199900462A
報告書区分
総括
研究課題名
ハンセン病発症におけるらい菌の生物学的特性
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
柏原 嘉子(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 松岡正典(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 甲斐雅規(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 前田伸司(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 中田 登(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 青山由利(創価大学工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハンセン病制圧の世界戦略は活動性患者の早期発見と多剤併用化学療法を中心に推進されている。しかし、ハンセン病登録患者数は減少したものの、新規患者発生数は減少傾向を示さず、最近は増加傾向すら示している(WHO報告:1998年度新規患者数75万人)。更に治療薬に対し耐性を獲得した菌の出現も報告されてきた。このようなハンセン病の現状から、2000年までにハンセン病の制圧(有病率対人口比1/10,000以下)というWHOの方針は修正のやむなきに至っている。感染症であるハンセン病の制圧にはワクチンや化学予防或いは感染源・感染経路の解明とその除去等多面的な方策が必要である。しかしハンセン病に関しては有効なワクチンも開発されておらず、薬剤耐性獲得機構、病原性因子等も未解明であり、また感染源・感染経路解明の手段も未開発で、ハンセン病制圧政策上これらの諸問題の早急な解決が求められている。
本研究はハンセン病発症に関与する菌側の要因、特に、現在のハンセン病対策で緊急に解決を求められている課題、薬剤耐性獲得機構の解明、感染源や感染経路を解明するための分子疫学的手法の開発とそれを用いた疫学的研究、新しい治療薬開発の標的となるらい菌の宿主細胞内での生存・増殖機構、宿主への作用機作などの解明を目的とする。
研究方法
①薬剤耐性に関する研究:ハンセン病に最初に導入された化学療法剤でかつ現在の多剤併用化学療法の構成成分となっているダプソン(ジアミノジフェニルスルフォン、DDS)に対する耐性獲得機構は未解明である。DDS耐性獲得の分子生物学的研究並びにそのその結果に基づく耐性菌の迅速検出法を検討した。②らい菌の型別法の開発:マウスにおける増殖速度の著しく異なるらい菌分離株間に認められたrpoT遺伝子構造の差異を利用したらい菌の遺伝子型別法を用い、中国、韓国、バングラデシュ、フィリピンからのらい菌分離株の遺伝子型を検討した。③らい菌の宿主細胞内生存・増殖機構の解明のために、らい菌の細胞壁合成に関与する酵素、脂肪酸合成酵素、リポタンパクについて遺伝子レベルでの解析を行った。また結核菌ゲノムに21個存在すると考えられているP450型一原子酸素添加酵素遺伝子に関してステロール脱メチル化酵素遺伝子を単離、大腸菌で発現、組換えタンパクを用いて性状について検討した。
結果と考察
①薬剤耐性機構の解析並びに薬剤耐性菌の調査:現在世界のハンセン病対策では多剤併用化学療法が用いられているが、有効な治療薬に耐性を獲得した菌の出現が報告されはじめている。らい菌は人工培養ができず、迅速な薬剤感受性試験法がなく、そ簡易・迅速薬剤感受性試験法の確立が臨床現場から急ぎ求められている。マウスでの感受性試験でダプソン耐性を確認したらい菌分離株を用い、葉酸合成に関与するdihydropteroate synthase遺伝子(folP)の塩基配列を検討した結果、耐性菌は本遺伝子の特定領域に点変異を有することをはじめて明らかにした。また、この結果を基に遺伝子診断によるダプソン耐性菌の迅速検出法を確立した。昨年度までに確立したリファンピシン、ニューキノロン、マクロライド耐性検出法と併せて臨床分離株を検索した結果、わが国において分離された多くのらい菌がハンセン病の主要な治療薬2剤以上に耐性を獲得た多剤耐性菌であること、わが国の菌陽性患者や再発例が耐性菌のため治療に抵抗性を示していることが判明した。治療現場へそれぞれの症例の結果を還元し、治療方針作成に寄与した。またハンセン病流行地からのらい菌分離株にも耐性菌が検出され、化学療法後の耐性菌調査、並びにその対策の重要性を提唱した。②らい菌の型別法の開発:これまでにらい菌の型別法確立を意図し、多型を示す遺伝子部位を探索した結果、遺伝子発現調節因子遺伝子の1種であるrpoT遺伝子内の6塩基からなる繰り返し構造が3個のもの(3型)と4個のもの(4型)とに分けられること、2つの遺伝子型が極めて特徴的な分布を示すことを認めた。即ち、わが国本州、韓国由来のらい菌には圧倒的に4型が多く、沖縄、アジア、ラテンアメリカ及び自然感染アルマジロ、マンガベイサル由来のらい菌の型(3型)と異なった。この遺伝子型の偏りを説明するために、中国、韓国、バングラデシュ、フィリピンからのらい菌分離株についてその遺伝子型分布を調査した。中国南西部由来株は圧倒的に3型が多く、中国東北部、韓国では4型が多数を占めた。バングラデシュ、フィリピンからの分離株は全て3型であった。これらの結果から、わが国へのらい菌の渡来には中国東北部、韓国わが国本州の4型菌の渡来経路とアジア、中国南西部、沖縄の3型の経路が推定された。これまでにらい菌の多様性についてはFsihiらの報告があるのみであるが、その報告は8株の分離株について比較をおこなっただけであり、地域及び由来を異にする多数の分離株を用いたらい菌の型別調査を行ったのは世界で初めての例である。今後、より細分化可能な型別法の構築を目指す。 ③らい菌の宿主細胞内生存・増殖機構:らい菌が宿主の防御機構から逃れて増殖する上で、脂質に富む複雑な構
造の強固な細胞壁が寄与することが推定されている。しかし、らい菌の細胞壁合成・構築機構は不明である。細胞膜の成分としてまた細胞壁形成上重要な役割を果たすと考えられているホスファチジルイノシトール(PI)合成に関与するホスファチジルイノシトール合成酵素(PIS)遺伝子をクローニングし、M.smegmatisで発現、活性を保持した形で組換えPISを得ることに成功した。       
また抗酸菌に広い抗菌活性を示す5`クロロピラジナミド耐性に脂肪酸合成酵素I遺伝子(fas1)が関与することを明らかにした。数種のらい菌リポタンパク遺伝子の発現に成功し、これらの遺伝子産物が宿主のサイトカイン産生に及ぼす影響を検討し、宿主・寄生体の相互作用解明の糸口が開かれた。
結論
①ハンセン病の主要な治療薬であるダプソンに対する耐性獲得機構の解析を行い、らい菌folP遺伝子の特定領域内点変異によることを初めて明らかにした。人工培養が不能のため、有効な迅速薬剤感受性試験法がないらい菌のDDS耐性検出法を確立し、臨床分離株を検索、わが国並びにハンセン病流行国にDDS耐性菌が出現していることを明らかにした。昨年までに確立したリファンピシン、ニューキノロン、マクロライド耐性検出法と併せて臨床分離株を調査した結果、わが国に2剤以上の主要治療薬に耐性を獲得した多剤耐性菌が出現していることを明らかにした。またハンセン病流行国にも薬剤耐性菌が出現していることを明らかにし、耐性菌出現動向の早期調査及びその対策の重要性をを指摘した。②らい菌rpoT遺伝子構造の差による遺伝子型別法を用い、中国、韓国、バングラデシュ、フィリピン由来のらい菌分離株の遺伝子型を調査した。その結果、わが国へのらい菌の渡来に2つの経路、即ち、中国東北部、韓国、わが国本州に多い4型菌の渡来経路と東南アジア、中国南西部、沖縄に分布する3型菌の経路が推定された。多数の分離株を用いたらい菌の型別調査は世界にも例がなく、本法が初めての例である。③らい菌の宿主内生存・増殖機構の解明を目指し、らい菌の細胞壁合成に関与するホスファチジルイノシトール合成酵素、リポタンパク、脂肪酸合成酵素I等の遺伝子が解析され、らい菌の宿主内生存機構・宿主細胞との相互作用解明の糸口を得た。

公開日・更新日

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