インフルエンザ大流行に備えた危機管理対策の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900459A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザ大流行に備えた危機管理対策の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
田代 眞人(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 喜田宏(北海道大学)
  • 中島捷久(名古屋市立大学)
  • 中村喜代人(山形大学)
  • 鈴木康夫(静岡県立大学)
  • 小田切孝人(金沢医科大学)
  • 中島節子(国立公衆衛生院)
  • 黒田和道(大阪薬科大学)
  • 水田克巳(山形県衛生研究所)
  • 菅谷憲夫(日本鋼管病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
-円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ハイリスク群に重症化と死亡をもたらすインフルエンザは高齢化社会において重要度の高い感染症である。特に新型ウイルスによる世界的大流行の際には、地球生活環境の変化等により短期間に甚大な健康被害と社会的混乱をもたらし、未曾有の大被害が起こることが予想されるので、国家レベル、地球レベルでの危機管理対策が必要となる。本研究は、高齢者社会に向った総合的インフルエンザ対策の中で、特にインフルエンザ大流行に備えた危機管理体制の早急な構築と対応計画の整備を目的として、①流行規模、被害状況、社会的影響等の予測とシュミレーションおよび各状況に置けるシナリオの作製、②各シナリオにおける被害の最小化を図るための準備と対応及び社会危機への対応策の策定、③大流行出現に関与するウイルス側要因及び生体側要因の解明と大流行予測方法の確立、の3点から調査研究および基礎研究を行った。
研究方法
結果と考察
1)シベリアの水禽営巣地におけるウイルス採取とその亜型、抗原解析および遺伝子解析を行い、ウイルスの分布を明らかにすることが出来た。これらは新型ウイルスに対するワクチン開発用の候補株として利用することが期待できる。また中国南部のブタ血清について抗体調査を実施し、H9N2型ウイルスが既にブタの間で広く伝播していることが明、新型ウイルスの候補としてH9ウイルスの注目すべきであると考えられた。
2)自然界でブタがカモとヒトのウイルスの交雑の場となっていることを分子レベルで解析した結果、ウイルス受容体であるシアル酸分子種に対する変異に必須なHA分子内のアミノ酸を同定した。ヒト型ウイルスとトリ/ブタ型ウイルス間の変異が、ただ1つのアミノ酸置換で起こることを実験的に証明した。
3)A香港型インフルエンザウイルス分離株のHA蛋白上の抗原変異多発領域を比較解析を行った結果、流行の主流となる変異株が、少数ながら既に4~5年前から出現していることが明らかにされた。抗原変異株の早期検知と流行予測という両面から、引き続き観察を続ける必要がある。
4)国際空港における海外からの入帰国者から分離されたウイルスの解析を行ったところ、国内の流行とほぼ一致するウイルスが分離されていた。更に国内での流行に先駆けて分離されていたものもあり、海外からのウイルスの流入を早期に検知するための方法として有用であろう。
5)アジアかぜウイルス(H2N2型)の分子進化を解析した結果、様々な時期に世界各地で分離されたウイルスは、時間的に同一であり、特定の変異ウイルスが一斉に世界中に伝播されていたことが示唆された。さらに、流行の主流となったウイルスは必ずしも年代的に連続しておらず、複雑な分岐を繰り返しながら選択されていることが明らかとなった。
6)H1N1スペインかぜ型が40年、H3N2型香港型が30年、H1N1ソ連型が20年間に亘って流行を繰り返しているのに対して、H2N2型アジア型インフルエンザは11年で消失した。この理由をHA蛋白上の糖鎖構造の面から解析したところ、糖鎖がHA蛋白の抗原決定部位を立体的に被覆して、免疫の攻撃から防御することが明らかになった。H2型のHAでは、糖鎖結合部位の数が少なく、糖鎖の付加による抗原決定基の修飾の影響を受けにくいために、免疫からの逃避能力に限界があり、10年間という比較的短期間に駆逐されてしまったものと考えられる。これに対して、H3やH1型では、糖鎖結合部位の数が多いために、抗原決定部位が被覆されて免疫による攻撃から逃避出来、長期間に亘って連続抗原変異を続けることが可能になったものと考えられる。これらの解析によって、不連続抗原変異が生じる時期を推定できる可能性がある。
7)B型インフルエンザは、大流行間期における健康被害としてはA型と並んで重要である。B型ウイルスの構造および機能上からA型との比較解析を進めたところ、A型ウイルスのM2に相当すると考えられるBM2蛋白を見出し、それが感染細胞内でヌクレオカプシド複合体と結合して、ヌクレオカプシドの細胞質内輸送およびウイルス粒子への取り込み、粒子形成に関与する蛋白であることを明らかにした。
8)インターフェロンによって誘起される抗ウイルス機構のうちで、特にインフルエンザウイルスに特異性の高いMx蛋白を利用したウイルス制御方法の開発を目的として、ヒトMxA発現細胞を用いて作用機序を分子レベルで解析した。その結果、ヒトMxA蛋白発現細胞では、蛋白質合成とウイルス増殖の抑制および細胞死の亢進が認められた。またMxAによるウイルス増殖抑制機能の発現には、ウイルス種や株特異性が存在することが明らかとなった。
9)インフルエンザの感染・発症阻止に重要と考えられる細胞障害性T細胞のウイルス増殖抑制効果を検討した結果、この効果は感染後期過程に働くことを見出し、更に活性が高ければ、亜型を超えて広く感染防御効果を発揮できる可能性が示された。
10)インフルエンザウイルスの新らしい迅速診断キットについて、A型およびB型ウイルスに対する感度と特異性を検討した結果、A型ウイルスに対する検出感度が若干高いことが明らかになった。抗ウイルス剤の導入に際して、これらの診断キットは有用である。
11)新型インフルエンザ対策の検討
(1)情報の収集と解析体制の検討:新型ウイルス早期発見と大流行の可能性の解析評価体制確立のために、サーベイランス情報の集中収集方法、超過死亡算出及び血清疫学・分子疫学的解析法の確立について、また諸外国のインフルエンザ対策を検討した。(2)香港H5N1型インフルエンザへの対応:香港での流行に際し、情報の収集・解析・還元、診断上の技術支援、ワクチン開発等の国内対応と国際協力を行った。(3)大流行時の流行規模・被害の算定予測:新型ウイルス出現と大流行を想定したシナリオを作製して、流行規模、健康被害、社会・経済への影響等を検討し、各シナリオ毎の大流行の被害・影響及びその可能性を検討した。(4)被害を最小に留める為の準備と対応の検討:大流行被害を最小の抑えるために、ワクチン及び抗ウイルス剤の有用性を検討した。更に、ワクチン政策を含めた有効で実行可能な準備体制と対応体制及び健康危機管理・社会危機管理政策を検討した。(5)新型ウイルス出現と大流行の機序と流行予測法:新型ウイルス出現と流行に関する科学的予測、有効なワクチンの設計、抗ウイルス剤の開発を目的として、ウイルスの生態、増殖機構、変異機構及び流行要因を分子遺伝学、免疫学から検討した。
結論

公開日・更新日

公開日
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更新日
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