病原性大腸菌O157感染症の迅速診断法の開発と発症機構に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900456A
報告書区分
総括
研究課題名
病原性大腸菌O157感染症の迅速診断法の開発と発症機構に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 濱端崇(国立国際医療センター研究所)
  • 竹田多恵(国立小児病院小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病原性大腸菌O157 をはじめとする腸管出血性大腸菌の感染症における最も重大な問題は一部の患者に溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症を併発し、これらの合併症が時に患者を死に至らしめることである。同菌の主な病原因子はベロ毒素/志賀毒素(Stx)である。Stxの細胞毒性がHUSの原因と考えられているが、その機序には不明な点が多く、また同菌の感染を感度よく且つ簡便迅速に診断するのに適した検査法はない。本研究では腸管出血性大腸菌感染症の迅速診断法の開発と臨床医学的細胞生物学的手法や動物モデルや培養細胞を用いた手法を用いてHUSなどの合併症の発症機構を解明することを目的とする。さらにこれらの成果を踏まえて、合併症阻止のための新規治療法の開発を目指す。
研究方法
1. 迅速診断法の構築:Stx1遺伝子、Stx2遺伝子及びO157特異的O抗原合成遺伝子からプライマーセットをデザインし、これらを用いて同時にPCR反応を行うマルチプレックスPCR法の系を作製した。また本法が実際の検体に適用可能かを確認するために、インドカルカッタにおいて採取した家畜の糞便及び下痢症患者便から培養した菌を用いて解析した。PCRで陽性となった検体についてコロニーハイブリダイゼーションや、Stx1及びStx2検出用Beads-ELISA、Vero細胞毒性試験、O157特異的抗血清を用いた凝集反応を行い、その遺伝子あるいは遺伝子産物の存在を確認した。
2. リスクファクターの同定及び病態発症機構の解明:全国小児医療機関から患者情報を集め、死亡例5例と HUS 85 例、不完全HUS 44 例、非 HUS 428 例について、入院時の臨床検査データを分析した。マウスの腹腔内に精製 Stx2を投与し、経時的に末梢血または骨髄細胞を採取して顆粒球、有核細胞、巨核球の計数を行った。さらにヒト末梢血単核球、臍帯血および骨髄細胞を用いて、Stx による造血細胞系への作用を検討した。
3. 新規治療法の開発:Stx受容体である中性糖脂質・Gbの糖鎖を有するカルボシランデンドリマーを設計・合成し、薄層上のGb3に対するStxの結合、培養ベロ細胞へのアイソトープ標識Stx結合、培養ベロ細胞に対するStxの細胞毒性、マウスに対する致死量 (5ng) のStxの投与による致死活性、に対する中和活性を調べた。
結果と考察
1. マルチプレックスPCR法について、あらかじめStx1あるいはStx2の存否が明らかになっている大腸菌O157及び非O157を材料とした実験の結果、Stx1、Stx2及びO157特異的O抗原合成遺伝子を検出する特異性は100%であった。また大腸菌以外の40種の菌を材料として本法を行ったところ、Stx1遺伝子を持つ赤痢菌では349bpのDNAの増幅が見られたが、それ以外は完全に陰性であり、非特異的反応は全く観察されなかった。さらに菌培養液の段階希釈液を用いて検出限界を調べたところ、およそ10個の菌で検出が可能であり、マルチプレックスでない通常のPCRと比べ遜色のない検出感度が得られた。本法を用いインドカルカッタにおいて家畜の糞便と下痢症患者由来の糞便についてStx1遺伝子、Stx2遺伝子及びO157特異的O抗原合成遺伝子の存否をサーベイしたところ、カルカッタ近郊の屠殺場から得た牛糞便80検体中、33検体でPCR陽性となり、そのうちの13検体でStx1のみ陽性、9検体でStx2のみ陽性、11検体でStx1とStx2の両方で陽性であった。O157特異的O抗原合成遺伝子が陽性となったものはなかった。一方、西ベンガル州立伝染病病院から得た下痢便412検体のうち、3検体でPCR陽性となり、そのうちの2検体でStx1のみ陽性、1検体でO157陽性、Stx2に陽性となったものはなかった。同じく血便39検体について調べたところ、1検体でStx1についてのみ陽性となった。これら陽性となった検体の一部から大腸菌を分離した後、さらにPCR、Beads-ELISA、Vero細胞毒性試験、抗血清を用いた凝集反応によってO群血清型を確認したところ、Stx1、Stx2で陽性となったものは、PCR、Beads-ELISA、Vero細胞毒性試験でそれぞれ陽性であった。また、O157について陽性となった株は、O157に対する抗血清では凝集したが、Stx1、Stx2は陰性であった。
2. 全国小児医療機関から集めた患者情報の解析から、白血球増多、貧血は HUS群、非HUS群の双方にみられることがわかった。白血球の増多は患者の重傷度に応じて上昇し、死亡例の場合は非 HUS 患者と比較して約6倍の上昇が認められた。マウスへのStx2 投与により骨髄中の有核細胞と巨核球の総数には変化はなかったが、顆粒球の増加と赤芽球の減少が認められた。末梢血でも顆粒球は優位(約7倍)に増加した。この効果は熱失活 Stx2 毒素や精製LPSでは認められなかった。Stx1 にはこのような作用はみられなかった。この現象は、上記HUS 患者に見られた貧血がStx2 の特異的な作用によるものであることを示唆する。ヒト末梢血単核球、臍帯血および骨髄細胞を1.3%メチルセルロース培地中で16日間培養し、種々サイトカイン添加群とStx 添加群とにおけるコロニー形成の様子を比較観察したところ、ヒト骨髄細胞に Stx2 のみを添加した場合、GM-CSFを添加した場合と同等数の顆粒球-マクロファージのコロニーを生じた。しかし、G-CSF が主に顆粒球-マクロファージコロニーを誘導するのに対し、Stx2 のみでは主にマクロファージが誘導された。Stx2とIL-1bを作用させると主に顆粒球のコロニーが観察された。他のサイトカイン (G-CSF,IL-1a) ではそのような相乗効果はなかった。同様な結果が臍帯血や末梢血からも得られた。熱失活毒素ではコロニー刺激効果はなかった。Stx2 はG-CSF のような顆粒球増多を引き起こすサイトカインの産生を促進することによって顆粒球増多症を引き起こしていることが考えられる。著しい顆粒球の増加はSTEC感染症においてしばしば観察されるが、原因は明らかではなかった。今回の結果より、Stx2 が骨髄幹細胞の顆粒球への分化に対して作用していることが示された。このような 蛋白合成阻害作用以外の生物活性、特に、Stx2 に特異的な作用は今まで報告されていない。
3. 新規治療法の開発:Gb3糖鎖を3つ含むカルボシランデンドリマーは培養細胞に対して全く中和活性を示さなかったが、6つあるいは12個含む化合物はng/mLのオーダーでStx1及びStx2の細胞毒性を中和した。またこれらの化合物のStxに対する結合は10-8Mオーダーと低く、毒素に対する結合が極めて強いことがわかった。一方これらの化合物の生体内における中和活性を調べたところ、5 ngのStx2をマウスに投与すると全てのマウスが7日以内に死亡するのに対し、Stx2と同時にGb3糖鎖を6つ含むカルボシランデンドリマーを投与するとStxの致死活性を完全に抑制することが明らかになった。Stx2を投与したマウスの小脳や中脳では鬱血や出血像が観察されるのに対して、Gb3糖鎖を6つ含むカルボシランデンドリマーを投与するとこれらの病変がほぼ完全に抑制されることがわかった。また免疫組織化学的手法により脳内のStxを観察したところ、Stx単独投与群では脳内の赤血球や血管にStxの沈着が見られたのに対し、カルボシランデンドリマー共投与群ではその沈着が減少していることが明らかとなった。これらの結果からカルボシランデンドリマーはStxの脳への移行あるいは脳での沈着を阻害することにより、Stxの致死活性を抑制すると考えられた。
さらに同化合物を前投与し、6時間後にStx2を投与してもその毒性を完全に抑えることがわかった。この結果から、同化合物は生体内で比較的安定に存在して毒素中和活性を示すことが明らかとなり、腸管出血性大腸菌感染後のなるべく早い時期に本化合物を投与することにより、合併症の発症を抑制できる可能性が示唆された。一方、この化合物のみあるいは毒素と共投与したマウスは2カ月の観察の後にも顕著な毒性観察されなかった。
結論
本研究から、腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法として新しい毒素中和剤による系を創出した。これは菌が感染した後でも早期に同薬剤を投与することにより、重大な合併症を防止する可能性を示していると考えれられる。この系がヒト腸管出血性大腸菌感染症の有効な対応策となることが期待される。また本研究によってスクリーニングに適した迅速簡便診断法としてマルチプレックスPCR法を開発し、その有用性をインドカルカッタから得られた実際の試料を用いて証明した。さらに同感染症の発症・進展の病態解明の一環として白血球に対するStxの作用について臨床材料を用いた検討及び細胞レベルにおける解析を行い、Stxの全く新しい生物活性を発見することに成功した。これらの研究成果は腸管出血性大腸菌感染症の診断や治療への貢献が大きいと考えている。

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