腸管出血性大腸菌感染に伴う溶血性尿毒症症候群の病態と治療法の研究

文献情報

文献番号
199900454A
報告書区分
総括
研究課題名
腸管出血性大腸菌感染に伴う溶血性尿毒症症候群の病態と治療法の研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
伊藤 拓(国立小児病院)
研究分担者(所属機関)
  • 吉岡加寿夫(近畿大医学部小児科)
  • 山岡完次(大阪府立病院小児科)
  • 上辻秀和(県立奈良病院小児科)
  • 五十嵐 隆(東大分院小児科)
  • 香坂隆夫(国立小児病院小児科)
  • 長田道夫(筑波大学基礎医学系病理学)
  • 本田雅敬(都立清瀬小児病院腎内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、腸管出血性大腸菌(EHEC: enterohemorrhagic Eshericia coli )感染症の流行とHUS などの重症合併症が社会問題となっており、その対策、治療が至急の課題である。本研究の目的は ① 我が国における EHEC 感染症による HUS (Stx HUS) のデータベースを作成し、多数例の臨床所見の検討により適切な「診断・治療ガイドライン」を提案すること、このガイドラインにより第一線医療における本症の迅速且つ適切な治療を可能とし、死亡率、後遺症発現率を低下させること、②ヒトHUS の腎・脳障害機転について血管内皮障害、凝固系の活性化状態、メデイエータの関与、腎組織障害などを明らかにすること、③ HUS 腎症と脳症の動物モデルを作成し、in vivo における障害機転の研究を行い、 ②、③の研究から抗凝固療法・抗体治療・抗サイトカイン治療法などの手がかりをつかむ事にある。
研究方法
1. 我が国におけるEHEC 感染症による HUS(Stx HUS) のデータベースの作成と検討
平成8年に発症したEHEC感染に伴うHUS患者について予後調査を行なった。 平成9年・平成10年に発症したEHEC感染症患者およびそれに伴うHUS患者について調査を行った。 得られた知見を基に診断治寮ガイドラインの見直しを行った。
2. ヒトHUS の腎・脳障害機転の検討
Stx HUSにおける凝固-線溶動態について患児のvon Willebrand 因子 (vWF)とvWF特異的切断酵素活性、並びに内皮細胞障害、血小板活性のマーカーとされるP-セレクチンについて検討した。PAF分解酵素のHUS腎障害への関与を知るため HUS 症例のPAF分解酵素遺伝子変異の検索を行った。小児と成人の HUS 症例腎組織における Stx の局在についてStx抗体を用いた免疫染色法で検討した。
3.  HUS 腎症と脳症の動物モデルの作成と障害機転の研究
① HUS 腎症の動物モデルとして香坂らはマウスに Stx1、Stx2、neuramidase を投与して作成した腎症の組織病変とStx1、Stx2抗体の沈着部位を検索した。池田らはLPS感受性マウスにStx2とLPSを投与して作成した腎症の組織内SOD活性、GSH-PX活性、血中過酸化脂質の検討を行った。五十嵐はStx2投与マウスに於ける免疫系の抑制効果を検討した。 香坂らはStx1の腎組織障害についてin vitro でのサイトカイン発現量で検討した。
② HUS脳症の動物モデルとして五十嵐はStx を投与して脳症を惹起させた幼弱マウスを用い、Stx抗体投与による発症阻止効果を検討した。水口らは幼弱、および成熟ウサでのStx脳症について中枢神経系組織所見を比較検討した。
本研究班のデータベース作成などの調査、解析方法、研究成績の統計的評価について研究協力者 武林 亨の協力と指導を受けた。
結果と考察
研究結果及び考察=1. (Stx HUS) のデータベースの作成と検討
平成8年発症患者の追跡調査221例中18例で尿異常が持続し、さらに肝機能異常、神経症状の持続がそれぞれ1例ずつ認められた。しかしながら末期腎不全に陥った症例あるいは腎機能が低下した症例はなく、長期予後は比較的良好と考えられた。平成9年および平成10年のHUS調査回答例は93例で、O-157による散発例が主で、3/4が5歳以下の発症であった。1/4の症例で中枢神経症状を伴い、3名が死亡している。1/4の患児が透析治寮を必要とし、回復後も約1/5に腎障害が持続していた。しかし散発例では、平成8年の大流行と異なり2?3割の症例で中枢神経症状を呈し、透析療法を必要とする重症型であることが 問題である。以上の検討結果を基にHUSの診断治療のガイドライン改訂版を作成した。近日中に小児腎臓専門医及び関係機関に配布し、啓蒙を図る予定である。
2. ヒトHUS の腎・脳障害機転の検討
HUS急性期患者の凝固-線溶動態の検討でvWF抗原量が増加し、血奨vWF切断酵素活性は低下していた。またP-セレクチン量は有意に増加していた。P-セレクチン量は内皮細胞障害マーカーであるsTMや凝固活性を示すTATと良く相関したことより病初期反応の結果として上昇すると思われ、HUS合併の初期マーカーになりうると考えられた。HUS 症例の腎組織の検討で小児例でStx2が尿細管とメサンギウム領域に存在したが、成人例では尿細管のみであった。この所見は小児期にStx2受容体がメサンギウム領域に多く存在する事と一致し、小児期に好発するHUSの腎障害機転を示す成績と考えられる。
PAF分解酵素遺伝子にヘテロの変異のある患者の血中PAF活性は変異のない患者の50%に低下していた。 変異のあるHUS患者は無尿期間が有意に長く、透析を必要とする症例が多かった。PAF分解酵素により規定されるPAFは炎症前駆細胞の活性化や血管透過性亢進作用を有し腎障害機転を増悪させる。PAF分解酵素遺伝子変異を持つHUS患児はPAF濃度の上昇が容易に生じ、より強い腎病変を引き起こすと考えられる。今後 PAF受容体拮抗因子の治療応用などの可能性が示唆される。
3.  HUS 腎症と脳症の動物モデルの作成と障害機転の研究
① HUS 腎症の動物モデル作成は香坂らのマウスでの Stx1、Stx2、neuramidase投与実験と池田らのLPS感受性マウスにStx2とLPSを投与した実験が行われ、前者ではメサンギウム病変を、後者では部分的な内皮細胞障害まで惹起し得たが、ヒトHUSと合致する広範な内皮細胞障害、血栓形成を作る事は出来なかった。この不十分な動物モデルを用いての研究ではあるが病因の一つであるStxの腎尿細管障害機転についてより多くの知見を得ることが出来た。更にHUSに於ける腎障害機転について腎組織細胞がStxに反応しサイトカインを過剰に産生すること、腎障害時に生体の防御系(抗酸化酵素の増生)を上まわる過酸化脂質の増加が起きていることを明らかに出来た。従って今後はこれらの病態に対し抗サイトカイン療法、抗酸化酵素療法の可能性を探る事が次の課題と考えられる。
② 五十嵐らはStx2 マウス脳症に対するStx2抗体の効果を検討したが、Stx2が体内に入った後でStx2抗体を投与しても脳症防止効果は認められなかった。水口らはStx2 マウスの脳症が幼弱個体で重症化することを組織学的にも証明し、幼児期ヒトStx脳症の重症化に、不十分な免疫のため大腸炎が重症化し大量のStxが体内に吸収されることに加え、Stxに対する脳血管の感受性が高いことが関与していると報告した。
結論
1)Stx HUSの経時的全国調査の結果を基に小児腎臓病専門医の啓蒙のためにガイドラインの改訂、配布を行なう。2)ヒトHUSでの凝固系動態へのvWFの関与、HUSの進展因子としてのPAF分解酵素遺伝子変異を明らかにした。今後これらのPAF受容体拮抗因子などの治療応用が期待される。3)HUS腎症の動物モデルは現在、未完成であるが、LPS感受性マウス、植物毒素によるラット腎症で、次年度にはヒトHUS腎症の類似モデルを作成することが可能と考えている。抗サイトカイン療法、抗酸化酵素療法の可能性を探る事が次の課題と考えられる。HUS脳症については Stxマウス脳症の系を確立しており、本年度は幼弱者の重症化要因の解明、Stx抗体治療の限界について知見を得ることが出来た。
EHEC-HUSは大流行が過ぎた現在でもなお散発例が続発しており、幼児期の脳症、腎不全の重要な原因疾患であるため、本研究の如き疫学的監視と、病態の解明、治療法の研究を忍耐強く、精力的に続けることが重要と考える。

公開日・更新日

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