リケッチアによる新興・再興感染症の疫学、診断および予防に関する研究

文献情報

文献番号
199900448A
報告書区分
総括
研究課題名
リケッチアによる新興・再興感染症の疫学、診断および予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
平井 克哉
研究分担者(所属機関)
  • 平井克哉(岐阜大学・農学部 教授)
  • 福士秀人(岐阜大学・農学部 助教授)
  • 小田 紘(鹿児島大学・医学部 教授)
  • 萩原敏且(国立感染症研究所・ウイルス第一部 室長)
  • 森田千春(酪農学園大学・獣医学部 教授)
  • 上野弘志(酪農学園大学・獣医学部 助教授)
  • 小久保弥太郎(都立衛生研究所・微生物部 部長)
  • 山本静雄(麻布大学・環境保健学部 教授)
  • 丸山総一(日本大学・生物資源科学部 助教授)
  • 川原 真(名古屋市衛生研究所・微生物部 主任研究員)
  • 長岡宏美(静岡県環境衛生科学研究所・微生物部 副主任研究員)
  • 小宮智義(北里研究所・生物製剤研究所 研究員)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
-
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
A. 研究目的
近年、わが国で注目されているリケッチア性のQ熱、エールリキア症、猫ひっかき病および紅斑熱について疫学調査を実施して汚染状況を明確にする。また病原体の各種性状や病原性などから新しく簡便な診断法を検索し、さらに効果的な遺伝子組換えワクチン(感染防御抗原)を開発する。
研究方法
B. 研究方法
国内各地のヒトをはじめ家畜・伴侶動物の血清を採取した。これらにつき血清疫学的および病原学的に調査を実施した。また、分離病原体の生化学的性状、病原性、遺伝学的性状などを解析し、新しい診断法、診断用抗原、組換え感染防御抗原の開発を行った。
結果と考察
C. 研究結果および考察
Q熱の疫学に関しては、一般健康者では2,003例中多価抗体が73例(3.6%)、IgG抗体が220例(11.0%)、IgM抗体が103例(5.1%)、IgA抗体が15例(0.7%)に認められた。小動物臨床獣医師では267例中多価抗体が36例(13.5%)、IgG抗体が53例(19.9%)、IgM抗体が19例(7.1%)、IgA抗体が1例(0.4%)に認められた。獣医師は、一般健康者と比較し高い抗体陽性率を示し、多価およびIgG抗体の陽性率に有意差が認められた。また、一般健康者において性別による抗体陽性率を比較すると、女性は男性と比較し、有意に高いIgM抗体陽性率を示した。年齢による抗体陽性率を比較すると、年齢によりIgM抗体陽性率の高い郡と低い郡に分けられた。一方、小動物臨床獣医師において居住地域、性別、年齢および臨床経験年数による抗体陽性率の差は認められなかった。
各種臨床症状の336例の検体のうち、インフルエンザ様症状24/49例(48.9%)、上気道炎7/12例(58.3%)、不明熱8/23例(34.8%)、異型肺炎3/16例(18.8%)などのほか川崎病、血管性紫斑病、水痘、腸炎、発疹症、頚部リンパ節炎からもC.burnetii が分離された。また、慢性疲労症候群様患者35/110例(31.8%)の血液中にC.burnetii 遺伝子を確認した。遺伝子検出率は一般健康人との間に明らかな有意差を認めた。患者の性別、年齢、居住地に偏りはなく、35例の遺伝子陽性患者にはMINO投与が施されたが、このうち6/7例で治療効果が確認された。一方、サルコイドーシス患者では49.4%(44/89)の抗体陽性率を示したが、血清中から遺伝子は検出されなかった。しかし、26例のサルコイドーシス患者の肺胞洗浄液(BALF)を用いてcom1遺伝子の検出を試みたところ、5例(19.2%)より遺伝子が検出された。
Q熱の血清診断基準として、わが国および諸外国の発生報告を参考に、1) ペア血清では4倍以上の抗体価の上昇、2)シングル血清ではIgM抗体価1:16~32倍以上あるいはIgG抗体価1:128~256倍以上と定めた。この診断基準で、既に報告されている国内患者は全例が陽性と診断された.この診断基準を基に、Q熱の検査依頼があった不明熱患者19名(内13名ペア血清)について血清診断を行った結果、全例が陰性で、うち8名の遺伝子検出も陰性であった。さらに、虚血性心疾患患者と大学病院小児科に来院した呼吸器疾患患者および千葉県の成人を対象とした疫学調査では、千葉県の成人500名中9名にのみに抗体が認められた。
食肉衛生検査所に搬入されたウシの生乳では57例中21例(36.8%)、血液は10例中5例(50%)からC.burnetii が分離された。C.burnetii が分離されたウシのうち30%は乳房炎、肝炎、胃炎、卵巣嚢腫、心膜炎を呈していたが、70%は臨床的および病理学的異常は認められなかった。また、生乳と血液の両方が採取できた10例について抗体価を測定したところ、IgG抗体価は血液からC.burnetii が分離された群より生乳から分離された群で高かった。動物病院来院ネコでは14.2%(44/310)、イヌでは10.7%(27/252)の抗体陽性率を示し、ネコ1.3%(4/310)およびイヌ0.8%(2/252)より遺伝子の検出がされた。また、富山県由来野良ネコでは41.7%(15/36)、韓国由来野良ネコは8.6%(8/33)の抗体陽性率を示したが、遺伝子は検出されなかった。
Q熱の予防(感染防御抗原)に関しては、抗原性を担う蛋白質支配遺伝子をクローニングし解析の結果、62、56、46.6、45、31、27、28、17および14.7kDa蛋白質を発現する新しい遺伝子であった。これらの新しい遺伝子から発現する蛋白質の抗原性、株間の相異、診断用抗原・ワクチンの開発などについて解析を進めている。以下にC.Iburnetii のdihydrolipoamide suc-cinyltransferase (ODH)をコードす るsuc B遺伝子と、isocitrate dehydrogenase (IDH)をコードするicd 遺伝子の解析結果を記載する。sucB遺伝子は、405個のアミノ酸をコードする1,212Ibp open reading frame (ORF)からなる。このORFの推定アミノ酸配列は、E. coli およびH. influen-zae ODHと、それぞれ54.3および54%の相同性を示したが、N-末端側のアミノ酸配列はそれぞれ45.5および42%の相同性を示した。発現組換え蛋白質はマウス感染回復血清、ウサギ免疫血清およびQ熱患者血清と反応した。また、icd 遺伝子は、427個のアミノ酸からなる46.6kDaの蛋白質をコードするORFが同定された。この推定アミノ酸配列は、E. coli およびS. enterica のIDHと、それぞれ74および73%の高い相同性を示した。生化学的解析から、C. burnetii のIDH はNADP依存性で他の細菌のIDHと異なり至適pHは低く6.5から7.7であった。また、本遺伝子形質転換 E. coli DEK2004 におけるIDH産生はpH 5 から5.5の間で高かった。C. burnetii icd 遺伝子およびIDHのこれらの特殊性は本菌の増殖環境と関連すると考えられた。これらODH, IDH および27-kDa発現蛋白質を精製し、感染防御抗原(ワクチン抗原)になるかをモルモットに接種し強毒Nine MileI相菌の攻撃を行った結果、3つの抗原は完全な感染防御が成立しなかった。今後はその他のクローニング遺伝子からの発現蛋白を含め、各発現蛋白の各種の混合物による感染防御の実験が必要である。
Q熱の診断に関しては、Q熱の新しい遺伝子診断法を開発する目的で、isocitrate dehyーdrogenase (IDH)をコードするicd 遺伝子を解析した結果、急性Q熱患者由来株と慢性Q熱患者由来株を識別できる遺伝子の相異マーカーを見出した。このマーカーに基づき、分離株を迅速に識別するために新しいPCR-Restriction Fragment Length Poly-morphism (PCR-RFLP)法を開発した。各株のicd 遺伝子から400bpのDNAフラグメントをPCRにより増幅し、AccIIにより切断してからアガロースゲルで電気泳動を行った。急性Q熱患者由来株を含む1群の分離株はアガロースゲルで2つのバンドを示したが、慢性Q熱患者由来株は1つのバンドだけを示した。本方法を用い、Q熱患者血清から本菌の遺伝子を検出および識別できることが示された。icdI遺伝子に基づくPCR-RFLP法はQ熱の病態診断に貢献できる。
LPS認識モノクローナル抗体Mabs8 種を作出解析した結果、C. burnetii 22株(QpH1プラスミド保有16株、QpDVプラスミド保有2株、QpRSプラスミド保有1株およびプラスミド非保有株3株)は、プラスミド別および相別に型別ができ、株間におけるLPSの相異(病原性)の比較に応用であると考えられた。また、構成ポリペプチドに対するMabsを作出解析した結果、3種は62kDaを、6種は29-31kDaを認識し、Q熱の特異診断および特異的抗原の解析に有用であると考えられた。
エールリキアに関する疫学的研究では、東北地方および四国で採取されたヤマトマダニ(Ixodes ovatus)から分離された7株のエーリキア様因子について調べた。これらの株を接種したマウスは、すべて血液中にE. murisに対する抗体を示し、抗原の一部類似性を示した。分離された7株中6株(HF株)を接種したマウスは食欲不振、行動緩慢、体重減少などの症状を示し、10日以内に死亡した。一方、残りの一株(Anan株)を接種したマウスは、顕著な症状を示さず死亡もしなかった。HF株を接種したマウスの脾臓を電子顕微鏡で観察すると、細胞質中の封入体中に多くのエーリキア様粒子が観察された。しかし、Anan株接種マウスにはそれら粒子を認めることが出来なかった。分離株の16S rRNAの遺伝子配列を決定し比較したところ、HF株はすべて同じであった。Anan株との相違は3塩基のみで、その相同率は99.7%であったE. chaffeensis : human monocytic ehrlichiosis agentおよびE. murisとは、それぞれ98.2 および97.7%であった。また、HF株およびAnan株のGroEL amino acid配列を決定し、他のEhrlichiaと比較したところ、相同率はE. chaffeensis に対し99.0%、Anan 株に対し98.5%、また、Ehrlichia. canis に対し97.3%であった。これらの結果から、これらの分離株はヒトから分離されたE. chaffeensis に遺伝学的に最も近いエーリキアであることが明らかとなった。これらの株は、マウスを用いた感染モデルの研究に極めて有益であると思われる。
E. canisの抗体調査では、イヌの抗体保有率は、沖縄県下の捕獲犬で19.0%(158/831)、鹿児島県下の捕獲犬2.8%(11/399)、福岡県下の捕獲犬1.9%(12/622)、飼育犬では山口市4.9%、徳島市2.3%、鹿屋市8.0%、沖縄県10.9%で、我が国におけるE. canisの拡散が明らかにされた。E. canisを人為的に感染させたビーグル犬ではPCRが陽性で抗体価が1:10,240と著しく上昇した後に、94日後以降にPCRが陰性に転じた例は感染の経過中にE. canisが末梢血から臓器へ移行し、臓器に潜んでいた結果と考えられた。さらに、E. canisのPCRが陽性を示す捕獲犬の血液を健康な6頭のビーグル犬、4頭のシェパードに輸血してもE. canisの感染が成立しなかったことはE. canisが末梢血から消失していたためと考えられた。E.canis 感染犬から胎児へE. canisが垂直感染することを示唆する成績が得られた。沖縄県下のヒトの血清1,011例についてE. canisの抗体保有調査を実施した結果、全例が陰性であった。
猫ひっかき病の疫学的研究では、飼育猫の7.2% (50/690) がBartonella 属菌に感染しており(北海道0%~沖縄20.0%)、分離されたB. henselaeのほとんどがtype Iであった。また、日本の猫にもB. clarridgeiaeが分布しており、B. henselaeとの混合感染もあることが初めて明らかになった。従って、猫ひっかき病の病原巣である猫に対して、ワクチン開発などの予防対策が必要であると思われた。さらに、アメリカとわが国で分離されたB. henselae 8株のゲノムDNAパターンと抗原性の関係を検討したところ、ゲノムパターンは全て異なっており、そのサイズは1.75~2.13Mbpであることが明らかになった。株間のゲノムパターンと抗原性の関連性はみられなかったが、各株に抗原性の違いがあることが判明した。したがって、わが国に分布する株を用いた至適血清学的診断方法の開発が重要な課題であると思われた。日本では患者報告の稀な猫ひっかき病について、1998年に診断依頼を受けた本州在住者8名中5名を試験室内的手法で患者と確定診断できた。保菌猫報告のない北海道でも、原因不明のリンパ節炎の小児31名中10%がB.henselaeの抗体を保有し、同地域の健康妊婦200名の陽性率(1%)より高かった。ヒトへの感染源動物の猫間で B. henselae はネコノミで媒介されるが、その実態は十分解明されていない。今回は、インドネシアのネコおよびそれに寄生するネコノミから同時この病原体を分離した。日本の一地域の鹿34匹と1,110匹のダニからBartonella 遺伝子の検出を試み、それぞれ、15%および10%(最小感染率)に特異遺伝子を検出し、それらの16SrRNA遺伝子領域では B. henselae との相同性が最も高かった(96%以上)。
B. henselaeによる毛細血管増生性病変の発生機序を解明するため、in vitroの系でB. henselaeと血管内皮細胞の相互作用を検討し以下の結果を得た。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)の培養系にB. henselae ATCC 49882を添加し、HUVECの増殖度をMTT法により測定した。その結果、B. henselaeの生菌107 CFU/mlを添加してcocultivateした場合、培養4日目でHUVECの増殖はコントロールの約3倍に達した。このような増殖促進作用はヒトの血管平滑筋細胞、線維芽細胞、および小腸上皮細胞では認められず、内皮細胞に特異的な作用であると考えられた。一方、熱または紫外線で不活化したB. henselae をHUVECと混合培養した場合には内皮細胞の増殖促進は全く認められず、菌体の超音波破壊産物の遠沈上清でも増殖促進活性は認められなかった。B. henselaeの線毛欠損変異株を用いて上記の増殖促進作用を調べた結果、線毛欠損株においても線毛保有株と同程度の増殖促進作用が認められたことから、この反応にはHUVECへの菌の付着や侵入は必要ないものと考えられた。さらに、菌とHUVECをフィルター膜で隔絶しても、HUVECの増殖促進がある程度認められたことから、増殖促進作用の活性因子は菌の増殖過程で培養液中に分泌される物質であると考えられた。
紅斑熱群リケッチアの疫学的研究では、北海道ではヤマトマダニおよびシュルツェマダニについてgltAおよびrompAについてPCRによる検索を行った結果、複数のヤマトマダニからは 日本紅斑熱の病原体であるR. japonica に何れの遺伝子領域においても一致するリケッチアが検出されたが同一の地域で捕獲した10%程度抗体を保有する野生アカネズミ全例から検出されなかった。シュルツェマダニからはこれと全く異なるリケッチアが検出された。紅斑熱流行地に近接する大阪北部の産地に生息するシカ及び同一地域のチマダニについて調査したところ、紅斑熱の最も重要なベクターと考えられるフタトゲチマダニとシカからgltA. rompAでR. japonicaと一致するリケッチアが検出され、シカを一つのほ乳類宿主とするR. japonica様のリケッチアの存在を明らかとすることが出来た。一方、キチマダニ、オオトゲチマダニからは前述のシュルツェマダニに由来するものと近縁のリケッチアが検出されこれらは世界各地でダニのみから検出されるリケッチアと系統学的に類似するものであることが明らかとなった。沖縄では既にヒト、イヌから抗体が高率に検出されることを明らかと成っており、今年もイヌでは30%前後の陽性率を認めた。今年はイヌ、およびこれに寄生するクリイロコイタマダニについての調査を行った。イヌからは大阪と同様にR. japonica様のリケッチアが検出されたが寄生しているクリイロコイタマダニからはgltAのみが検出され、rompAは検出されない。
結論
D. 結論
リケッチアによるQ熱、エールリキア症、猫ひっかき病および紅斑熱について疫学調査を実施し、その一端が明らかになった。また、病原体の各種性状、新しい診断法の開発、さらに効果的な遺伝子組換え感染防御抗原(ワクチン)の開発を目指して研究を進めている。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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