食餌性ボツリヌス中毒および乳児ボツリヌス症に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900447A
報告書区分
総括
研究課題名
食餌性ボツリヌス中毒および乳児ボツリヌス症に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
小熊 惠二(岡山大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋元秀(国立感染症研究所)
  • 中村信一(金沢大学医学部)
  • 小崎俊司(大阪府立大学農学部)
  • 武士甲一(北海道立衛生研究所)
  • 松田守弘(甲子園大学栄養学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在我が国ではボツリヌス中毒は稀ではあるが、各種の食品が輸入され多様な保存食品が販売されている現実では、大発生が起こる危険性は高い。このため、より迅速で簡単な診断方法を開発し、食品の汚染を検査したい。また、近年、E型ボツリヌス毒素を産生するブチリカム菌による食餌性中毒や乳児ボツリヌス症が報告されている。ブチリカム菌は動物の腸内にも棲息しているので、本菌の環境汚染の実態を調査したい。乳児の突然死とボツリヌス中毒の関係を調査することおよび治療用のヒト型抗毒素血清あるいはモノクローナル抗体を用意しておくことも必要なことと思われる。さらに、牛や水鳥に有効なワクチンを開発し、家畜や動物の中毒を予防することは、動物を助命する事のみでなく、自然界のボツリヌス芽胞による汚染の悪循環を断つ意味もあり重要である。
研究方法
1)食品および土壌の汚染調査、ブチリカム菌の分子疫学調査
a)食品のボツリヌス菌による汚染調査を、昨年度に引き続きマウス中和試験とPCR法により20検体行った。
b)石川県浅野川流域15ヶ所より土壌を採取しボツリヌス菌あるいはブチリカム菌による汚染を検査した。
c)E型毒素産生ブチリカム菌の疫学を行うため、イタリアの乳児ボツリヌス症(1986)由来2株、中華人民共和国での食中毒(1997)由来6株、中華人民共和国の土壌由来株5株の計13株、および毒素を産生しない通常のブチリカム菌2株のパルスフィールド電気泳動(PFGF)を行った。
2)迅速検出法の開発
既にボツリヌスA~G型、および破傷風毒素遺伝子を同定するPCR法を開発したので、食品を汚染している毒素遺伝子のコピー数(菌数)を推察するための競合PCRを開発した。
A、B、E型毒素の存在を確認するための逆受身ラテックス凝集反応(RPLA)を開発した。
3)ボツリヌス毒素に対する人型モノクローナル抗体の作製
精製A、B、E、F型毒素を無毒化した後、水酸化アルミニウムゲルを加え沈降トキソイドを作製した。本トキソイドを4名のボランティアに皮下接種した後、抗体上昇の高いヒトより末梢リンパ球を採取し、ヒト/マウスのヘテロミエローマ細胞と融合させた。得られた抗体産生細胞のクローニングを数回行い、中和活性を持つ抗体産生単クローン細胞の分離を試みた。また、得られた抗体産生細胞を牛胎児血清(FCS)非存在下で増殖させるため、FCS量を減少させた培地で培養した。
4)トリ、ウシ用ワクチンの開発
ボツリヌスC型、D型神経毒素に結合している赤血球凝集活性を示す無毒成分(HA)は、腸上皮細胞に高い親和性で結合するため毒素の吸収を効率よくおこさせる。HAはHA1(~33kDa)、HA2(~17kDa)、HA3a(~23kDa)、HA3b(~53kDa)より成るが、どのサブコンポーネントが腸上皮細胞や赤血球に結合するのかを、またそのレセプターは何であるかを決定するため、A型とC型の各サブコンポーネントをGST融合蛋白として大腸菌を用いて合成し、これらをモルモットの腸上皮細胞の切片やヒト赤血球より抽出した糖蛋白や糖脂質に反応させた。
5)破傷風毒素に対するヒト型モノクローナル抗体の作製
破傷風毒素を中和するヒト型モノクローナル抗体を産生する融合細胞は既に確立されている。ヒトに安全に使用できる中和抗体を大量生産するため、G6株より単離した抗体可変部領域をコードするcDNA断片を大腸菌に挿入し、これを用いて一本鎖組み換え抗体フラグメントを産生させる方法を試みた。抗体は大腸菌の細胞質過分に多く認められたので、これをカラムを用いて精製した。
結果と考察
本研究班は1)ボツリヌス菌を含む病原性の強い芽胞形成菌による食品や環境の汚染の調査、2)ボツリヌス菌や毒素の迅速診断法の開発、3)突然死と乳児ボツリヌス症の関係の調査、4)ボツリヌス中毒の治療のためのヒト型モノクローナル抗体の作製、5)トリやウシの中毒予防のためのワクチンの開発、6)破傷風治療のためのヒト型モノクローナル抗体の作製、である。
1)に関しては中村らが中心となり、これまで市販の粉ミルク、ベビーフードなど120品目を検査し、中国産の蜂蜜1品目よりD型毒素を検出した。これまでの検査では粉ミルク、ベビーフードなどは“安全"であることが確認されたが、今後は輸入品も含め検討する予定である。石川県を流れる浅野川流域15ヶ所の土壌調査を行ったところ、一ヶ所よりC型毒素が検出された。また、中華人民共和国の土壌および同国やイタリアで発生した中毒由来E型毒素を産生するブチリカム菌を用いPFGEをおこなったところ、中国の土壌、中国の食中毒、イタリアの乳児ボツリヌス症の由来の菌はそれぞれ異なったプロファイルをしめした。今後それらの相違点の詳細を明らかにし、このような菌が出現した機序を解明したい。
2)に関しては武士らは既にPCR法による迅速診断法を開発しているが、本年はボツリヌスA、B、E型毒素遺伝子に対する競合PCR法を開発した。いずれにおいても、103~105cfu/mlの範囲で、菌数と毒素遺伝子コピー数との間に相関が認められた。さらに毒素を検出するための逆受身ラテックス凝集反応を開発した。A、B、E型毒素の検出感度はそれぞれ75、625、625pg/0.25mlであり、特異性もすぐれていた。今後、実用に使用できるか検討する予定である。
3)乳児の突然死と乳児ボツリヌス症との関係に関しては、中村、小熊らが多数の病院に、乳児の突然死(様)患者が出現した場合には検体を提供していただけるようお願いしたが、まだその例は少ない。Fisher症候群1症例の糞便も検査したが、ボツリヌス毒性は検出されなかった。
4)に関しては高橋らがまず安全で免疫原性の高い沈降トキソイドを作製した。次いでこれを数人のボランティアに免疫し、小崎らがヒト型モノクローナル抗体の作製を試みた。これまで、A型、B型およびE型毒素と反応する抗体産生細胞がそれぞれ21、17、および6クローンが得られた。これらをさらに2~5回クローニングを繰り返し行ったところ、A型を認識する3クローンが得られた。今後このクローンの解析を進めると伴に、他の型の毒素を中和するモノクローナル抗体も得るよう努力したい。
5)小熊らはボツリヌスC型神経毒素に結合している無毒成分がワクチンとして利用できることを認めた。今回、人工合成したA型、C型のHAの各サブコンポーネントの赤血球や腸管上皮細胞への結合性を調べたところ、1)A、C、いずれにおいても、HA1とHA3bが両細胞に対して結合する、2)A型は HA1を主に介して、ガラクトースを含む糖鎖に、C型はHA3を介してシアル酸に結合する、ということが判明した。今後は、本方法が実際に問題が起きている鳥などで応用可能であるかを検討する予定である。
6)破傷風毒素を中和するヒト型モノクローナル抗体の大量生産は、松田らにより、既に作製したG6株を用いて検討された。G6株より得たFabフラグメントをコードしている遺伝子を大腸菌を用いて発現させたところ、中和活性を持つ一本鎖の組換え抗体フラグメントを作製できた。今後、このクローンを用い大量生産の系を開発したい。
結論
これまでに行ったことおよび判明したことは以下のようにまとめられる。
1)市販されている粉ミルク、ベビーフード、蜂蜜、砂糖など120品目を検査したところ、中国産の蜂蜜1品目がD型により汚染されていた。
2)由来の異なるE型毒素を産生するブチリカム菌をPFGEで解析したところ、それぞれ異なるプロファイルを示した。
3)ボツリヌスA~G型毒素および破傷風毒素遺伝子同定用のPCR法を開発した。さらに、A、B、E型毒素遺伝子のコピー数を推察出来る競合PCR法、およびそれら毒素の存在を簡便に判定出来る逆受身ラテックス凝集反応を開発した。
4)A、B、D、F型沈降トキソイドをボランティアに免疫し、ヒト型の抗ボツリヌス毒素モノクローナル抗体を作製したところ、A型で中和抗体を産生しているクローンが3種類確立された。
5)ボツリヌス神経毒素に結合している無毒成分がワクチンとして利用できることが判明したが、赤血球や腸管上皮細胞への結合の際には、A型は HA1を主に介してガラクトースを含む糖鎖に、C型はHA3を介してシアル酸に結合する、ということが判明した。
6)安定して高中和性ヒト型抗毒素モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマより得たFabフラグメントの遺伝子を大腸菌に挿入し発現させたところ、中和活性を持つ一本鎖の組換え抗体フラグメントが作製できた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-