薬剤耐性結核のサーベイランス,耐性の分子機構および多剤耐性結核の治療に関する研究

文献情報

文献番号
199900445A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性結核のサーベイランス,耐性の分子機構および多剤耐性結核の治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
阿部 千代治(結核予防会結核研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小野嵜菊夫(名古屋市立大学薬学部)
  • 鈴木定彦(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 高橋光良(結核予防会結核研究所)
  • 谷口初美(産業医科大学医学部)
  • 螺良英郎(結核予防会大阪府支部大阪病院)
  • 中島由槻(結核予防会複十字病院)
  • 水口康雄(千葉県衛生研究所)
  • 毛利昌史(国立療養所東京病院)
  • 安岡 彰(国立国際医療センター)
  • 和田雅子(結核予防会結核研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
米国初めヨーロッパ諸国でエイズ患者の間で多剤耐性結核菌(MDR-TB)による集団感染が多発している。これらは主要な抗結核薬すべてに耐性を獲得している結核菌による感染であり、死亡率は高くしかも診断から死亡までのメジアンも4週間と極端に短くなっている。わが国においてもここ数年の間にMDR-TBによる職場内や病院内の集団感染が報告されており、迅速な臨床細菌検査と検査結果に基づいた適切な患者管理が今求められている。この研究の目的は、薬剤に対する耐性の分子機構を解明することにより耐性菌の早期検出の道を開き、その結果適切な治療と耐性菌発生の防止を可能にすることである。また耐性菌の病原性の確認、耐性菌のサーベイランスおよび薬剤耐性患者の効果的な治療は耐性菌のさらなる伝播の防止にも役立つと考える。この研究の成果は臨床への還元はもとより、国の結核対策にも生かされよう。
研究方法
全国的規模で薬剤耐性結核のサーベイランスを行った。全国78病院に調査期間の間に入院した結核患者で菌が分離された例を対象とした。耐性菌感染の状況を調べるために、上記の研究で集められた菌、千葉県で集められた菌、集団感染あるいは小規模感染から分離された結核菌について薬剤感受性試験とRFLP分析を行った。
KM耐性の分子機構を調べることを目的としKM耐性分離株の16Sおよび23S rRNA遺伝子の変異を調べた。またtap遺伝子の変異も調べた。研究で明らかにされた関連遺伝子をPCRで増幅後、DNAチップ法を用い変異の迅速検出を試みた。
結核菌感染細胞にサイトカインを添加したときにみられる細胞死の作用機構を調べるために、ヒト線維芽細胞株を用い薬剤感受性結核菌、薬剤耐性菌、M. avium complexの間で比較した。
MDR-TB患者の診療内容と予後について調査した。また外科治療の適応についてもアンケート調査した。現在多剤耐性結核に対する有効な治療法はない。免疫細胞刺激効果が確認されているロムルチド、補中益気湯またはアンサー20と抗結核薬の併用療法を試みた。効果判定は患者の経過観察、細菌学的検査、生化学的検査、画像診断を定期的に行い、対照と比較した。副作用、副現象についても記録した。
結果と考察
全国的規模で入院時に分離された結核菌の薬剤に対する耐性頻度を研究した。結核病床を持つ病院の中で78病院が今回の調査に参加し、合計1,644株の結核菌が結核予防会結核研究所に送付され、薬剤感受性試験が行われた。初回治療例の主要4薬剤のいずれか1剤に対する耐性頻度は10.2%、MDRは0.8%であったが、既治療例のいずれかの薬剤に対する耐性頻度は42.4%であり初回治療例と比べ4倍高い値であった。またMDRの頻度も19.7%であり、WHO調査の世界のレベルと比べても幾分高い頻度であった。PZAを含む短期化学療法(SCC)で治療された患者の割合は塗抹陽性患者の50%以下であり、既治療例で見られた高い耐性頻度と低SCC使用頻度の関連が推測される。
これまでの研究で、日本およびアジア諸国で分離された株を用いRFP、INH、PZA、SMおよびキノロン剤耐性の分子機構を報告した。今回、KM耐性について研究した。KM耐性分離株の70%が16S rRNA遺伝子のタンパク合成のA部位に変異を持つことが明らかになった。残り30%のKM耐性株について、23S rRNA遺伝子の変異およびtap遺伝子の挿入変異がKM耐性株の27%に見つかった。これらの変異と耐性発現との関連は今後の研究に待たれる。薬剤耐性菌の迅速な検出のために、薬剤耐性に関与する遺伝子の変異の検索が試みられた。RFP耐性に関与するrpoB遺伝子の変異を検出するためのプロトタイプDNAチップを作製し、ハイブリダイゼーションおよび洗浄条件を検討した。検査材料を得てから5時間でRFP耐性菌の約95%を同定できることが分かった。
ヒト線維芽細胞に結核菌を感染させると細胞死が起こる。この系にサイトカインを加えると細胞傷害が増強される。細胞死は死菌添加では起こらないこと、さらに実験動物に対する病原性の強い結核菌H37Rv株が病原性の弱いH37Raより強い細胞死を誘導することを見つけた。このモデルでMDR-TBは薬剤感受性菌と同等の細胞傷害活性(病原性)を持つことが分かった。これに対し、M. avium complexは結核菌に比べて明らかに病原性が弱いことが分かった。この細胞死を誘導する因子が結核菌生菌感染細胞の培養上清中に見られた。この因子は生菌のみで誘導されることから菌の病原性との関連が強く示唆される。
結核菌の挿入配列(IS6110)を用いたRFLP分析により結核菌の亜分類が可能となった。この分析法は結核の感染様式や発病様式を研究する上で強力な手段となる。千葉県下で発生したMDR-TBによる集団感染を2件RFLP分析で証明した。微量液体感受性試験を組み合わせることにより耐性獲得の動向も調査できた。
MDR-TBのために確立された治療法はない。薬剤感受性試験の結果から効果的な薬を組み合わせて使っているのが現状である。全国52施設から集められた55例のMDR-TB患者の診療内容と予後について分析した。治療に反応し排菌が停止した26例は、無効例と比べ年齢が若く、使用可能薬剤が複数存在していた。また排菌量が少なく、病巣の広がりも小さい方が有利であった。有効薬剤が存在する時期に外科的切除の併用など集学的治療を行うことが重要と考えられる。MDR-TB患者の多くは免疫状態が低下している。免疫刺激効果が確認されているロムルチド、補中益気湯あるいはアンサー20注と抗結核薬との併用治療を試みた。ロムルチドを投与したM. avium complex症2名中1名とMDR-TB 1名は体重の増加、排菌数の減少、胸部X線所見の安定が認められた。補中益気湯投与では、排菌の状態やX線所見に投与前後で有意の差は見られなかったが、明らかに体重は増加した。アンサー20投与7例中3例は排菌の減少が見られ、有効と判定された。これに対し,プラセボ群では排菌量が減少した例は見られなかった。このことはMDR-TBに対し有用である可能性を示している。今後投与量の検討や長期間の治療を試みる必要がある。
結論
①全国規模で薬剤耐性結核のサーベイランスを行った。前回(5年前)と比べ耐性頻度の上昇傾向が示唆された。既治療例で見られた高い獲得耐性と短期化学療法の普及率の低さとの関連が推測される。②RFLP分析により耐性菌による集団感染が証明された。③KM耐性菌に16S rRNAおよび23S rRNAの変異に加えtap遺伝子の変異が検出された。④耐性菌を迅速に検出するためのDNAチップ法を開発した。⑤MDR-TBの治療について、若年齢層で使用可能薬剤が複数あり、病巣も小さい場合に内科的治療で患者の半数は排菌が停止していた。⑥化学療法のみでは排菌の停止しないMDR-TB患者にロムルチドまたはアンサー20注と化学療法の併用療法が有用と考えられた。

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