わが国におけるアメーバ症の実態の解明と対策確立に関する研究

文献情報

文献番号
199900440A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国におけるアメーバ症の実態の解明と対策確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
竹内 勤(慶応義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 橘 裕司(東海大学医学部)
  • 牧岡朝夫(東京慈恵会医科大学)
  • 野崎智義(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究においては、①種々のハイリスク集団におけるアメーバ感染の疫学調査 を実施してその実態を明らかにし、対策立案のモデル化を行なうこと。②Entamoeba dis-parの無菌培養系の確立を行なうこと。③E. histolytica、E. disparの多様性、サブポピュレーションの存在を細胞、分子レベルで検討し、鑑別するための 方法を確立して症例 への対応に応用すること。④上記③で確立した方法を迅速化し、疫学研究に応用して従来の方法と比較検討すること。⑤新規薬剤開発のため標的およびその阻害剤を探索すること、を目的としている。以上を通してこれまで福祉・衛生行政面での対応策が効果的に実施されなかった施設でのアメーバ感染抑圧の途を開く事を試みる。またアメーバの抗原・抗体レベルあるいは遺伝子レベルでの新しい同定法が種またはサブポピュレーションレベルにて可能となり、診断法・薬剤開発に新しい指標を与えることも期待される。                                      
研究方法
(1)アメーバ感染の実態の把握:知的障害者更生施設を対象として実態調査を実施した。方法は糞便検査、血清学的検査、および遺伝子診断によった。(2)アメーバ感染 の免疫学的診断法・遺伝子診断法の開発:モノクロナル抗体(4G6)を使用したサンドイッ チELISAの評価を行なった。遺伝子診断ではperoxiredoxinの塩基配列に基づいてプライマーを作成し、PCRによって感度の高い診断法の開発を行なった。また最近モノクロナル抗 体を利用した簡便な糞便中のアメーバ抗原定量用キットが開発されたので、このキットのフィールドでの予備的検討をも試みた。更にこれらに関連して非病原性のEntamoeba dis-parの無菌培養系の作成を試みた。(3)サブポピュレーション同定法の開発:システイン合成の代謝系の諸酵素に焦点を絞り、E. histolytica、E. disparにおける遺伝子の塩基配 列をまず明らかにした。(4)新規薬剤の開発研究:アメーバのシステイン合成系、嚢子形 成にかかわる代謝系の阻害剤の探索を行なった。                                                     
結果と考察
研究結果と考察(1)知的障害者更正施設におけるアメーバ感染の実態調査:モデルとして 西日本地区の中規模の施設の協力を得た。まず糞便検査、ゲル内沈降反応(GDP)、ELISAによって嚢子の検出と血清疫学データの収集を行なった。その結果赤痢アメーバ嚢子が3名 に検出され、ELISAで陽性者15名(約20%)が見出だされた。GDPの陽性者は6名で、全員がELISAも併せて陽性であった。この検査結果に基づいて3ヵ月後に更に糞便内でのアメーバの存在を確認するためperoxiredoxinに対するモノクロナル抗体を使用したサンドイッチELISA(後述)、peroxiredoxin遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを使用した 糞便内のアメーバDNAの検出、及び米国Biosite社製のTriage Microparasite Panelを使用してアメーバ抗原の検出を試みた。その結果何れの方法でも3名の陽性者が検出された。 このデータに基づいて2ヵ月後にメトロニダゾールによる集団治療を行なった。環境の整 備などをも含むこの一連の対策は予備的なマニュアルとしてまとめた。治療後3ヵ月で評 価を行なったが嚢子は検出できず、ELISA陽性率も1/2以下になったので、治療は一応成功したものと判定された。(2)Entamoeba disparの無菌培養系の作成:これまでの研究でE.
disparの培養に適したYIGADHA-S mediumを既に開発してあったが、この培地で無菌培養は可能であったものの蛋白レベルの検討を可能とするほど増殖能率は良くなく、遺伝子レベルのデータとの対応を困難としていた。今年度の研究では種々のculture associateを体 系的に検索した結果、ツユクサなどの植物細胞が非常に良好な増殖促進作用を示す事が明らかになった。有効成分はその後の精製実験などよりツユクサ由来のフェレドキシンと考えられるに至っている。(3)新規免疫診断法、遺伝子診断法の確立:今年度は特にperoxi-
redoxinの検出をサンドイッチELISAによって行なう系の確立を試みた。抗原補足にはper-oxiredoxinに対するウサギのポリクローナル抗体を用い、検出には peroxidaseを標識し たE. histolyticaのperoxiredoxinに対するモノクロナル抗体である4G6を使用して作成した。その結果特異性は十分であると思われたが感度はE. histolytica栄養型虫体50個程度であり、現在更に感度をあげるべく改良を試みている。遺伝子診断法開発は主にE. dis-
parのperoxiredoxin遺伝子の塩基配列に基づいて検討中であるが、従来と異なって一組のプライマーでE. histolyticaとE. disparの鑑別が可能となるPCRの手法が確立されつつある。(4)遺伝子レベルでのサブポピュレーションの同定法の開発:現在後述するシステイン合成系酵素の遺伝子の塩基配列に基づいて行なう予定ため、準備段階にある。(5)新規薬 剤開発の標的の探索に関する研究:まず他の原虫に対して作用することが知られている幾 つかの化合物をテストした結果、ジニトロアニリン誘導体であるオリザリンに強い抗アメーバ作用がある事が明らかになった。またオリザリンがモデルとして使用したEntamoeba
invadensの試験管内での嚢子形成を阻害する事を見いだした。今年度の研究で動物細胞にて初めて見いだされたシステイン合成系のうちシステイン合成酵素、セリンアセチル転移酵素の遺伝子をクローニングし、大腸菌を用いて組み替え蛋白としてこれらの酵素を産生させる事に成功した。ついでこれらの酵素の基質特異性、反応速度などの解析を行い、阻害剤開発の基礎データを得る事に成功した。
本研究は最近また増加傾向を示しつつある赤痢アメーバ症の実態解明と対策を確立するための基礎・応用研究を企図したものである。赤痢アメーバは特にハイリスクグループである男性同性愛者間では感染が拡大している事は既に明らかにされているので本研究は主に諸種収容施設を対象とした。今年度の調査では対象施設で血清学的に20%もの高い陽性 率が確認されたが治療により抗体陽性者も減少を示し、対策が効を奏したものと判断された。この間に衛生環境整備を中心とするマニュアルを作成し、それに従って寝具や入浴、食事に至るまできめ細かな対策を講じたことも感染抑圧につながったものであろう。
診断・治療法の開発では今年度はperoxiredoxinを標的としたサンドイッチELISAを開発して評価した結果、信頼度は十分高いが感度がやや低いと判断された。遺伝子診断法の開発も進行している。
新規治療薬開発には嚢子形成機構が今後注目される。これまでの治療薬は組織内に特異的に分布する性質を有しており、腸管内のアメーバの殺滅能を有しているのはディロキサニドフロエイトのみであった。しかしもし嚢子形成が阻害され、かつ腸管内のアメーバを同時に殺滅できるのであれば伝播阻害は更に効果的に行なえる事となる。また今年度の研究で実施した治療薬の新しい標的の探求の一環として特にシステイン合成系の酵素について遺伝子のクローニングを行い、大腸菌に組み替え蛋白として発現させる事に成功した。この実験成果に基づいて、次年度以降阻害剤の探索を開始したい。  
結論
わが国のアメーバ感染の実態を明らかにするため、知的障害者更正施設をモデルと して調査の結果、約20%に抗アメーバ抗体が確認された。E. disparの確実な無菌培養系を確立した。モノクロナル抗体を利用した抗原検出法を作成した。新規化学療法剤開発のための研究では殺アメーバ作用をもつ化合物のスクリーニングと共に嚢子形成に影響する化合物の検索をも試みた。また動物細胞で初めて見いだされたシステイン合成系の酵素を組み替え蛋白質として得る事に成功し、今後の阻害剤探索を可能とした。 

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