新規抗トリパノソーマ薬アスコフラノンの実用化(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900439A
報告書区分
総括
研究課題名
新規抗トリパノソーマ薬アスコフラノンの実用化(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
北 潔(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 永井和夫(東京工業大学)
  • 薮義貞(名古屋市立大学)
  • 皆川信子(新潟薬科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
感染症、特に細菌感染に対する抗生物質を含む化学療法剤が人類に及ぼした医療上の恩恵は計り知れないものがある。しかし寄生虫感染についてはそれらが宿主と同じ真核生物である事から、選択毒性の対象となる作用点が少なく、特に原虫感染では増殖が早い点から感染が致死的になる場合が多い。これまでの研究で申請者らはアフリカ睡眠病の病原体であるトリパノソ-マ科原虫Trypanosoma brucei brucei の血流型に対して極めて低濃度で特異的に作用する薬剤として糸状菌の産生するアスコフラノンを見い出した。この成果は国際的に高い評価を受け、WHOも含め多くの欧米諸国の研究機関から共同研究の申し込みを受けている。平成11年度の本研究によってアスコフラノンの標的が血流型トリパノソーマのミトコンドリア電子伝達系酵素であるシアン耐性酸化酵素である事が判明したが、その実用化についての全てはこれからの研究の進展にかかっている。本研究はアスコフラノンの作用機構を解明し、さらに高度産生変異株の作成および一層効果の高い誘導体の探索を行う事による現実的な実用化を目的として計画されたものであり、わが国からの真の国際貢献をめざす試みである。
アフリカ睡眠病はアフリカの北緯15度から南緯15度に分布し、ツェツェバエにより媒介される。毎年20~30万人の新たな患者が発生し、2万人以上の死者がでている。また地方に流行するため多くの感染者が治療も受ける事なく死亡し、この数字はほとんど無視されているのが現状である。さらに家畜類の被害はそれ以上に甚大であり、人々のタンパク源となるべき年間数十万頭のウシが死んでいる。この様にアフリカ睡眠病は再興感染症としてアフリカの人々の健康および経済的発展を著しく妨げており、これがWHOが制圧すべき感染症の一つに掲げている理由である。本研究は地球的展望に立った共通課題の解決を目的とするわが国の厚生科学研究の一翼を担うものである。アスコフラノンは化学的に安定であり、経口投与も可能である事、哺乳動物における吸収、排泄、代謝、組織分布も良好で、毒性も低い事がすでに判っている。本剤によってヒトや家畜におけるトリパノソ-マ症を制圧する事により、単に感染症対策としての意義ばかりでなくアフリカ諸国の社会的・経済的諸問題の解決にも影響を与え、わが国が内外から強く期待されている基礎生命科学の国際的貢献の中核をなすと考えられる。
研究方法
寄生原虫の電子伝達系は特有の構成成分を持ち、これが化学療法剤の作用部位となっている例は、アメーバやトリコモナスの特効薬であるメトロニダゾールでよく知られている。本研究で実用化をめざすアスコフラノンはこの様な電子伝達系の特殊性を標的とする新しいタイプの抗トリパノソーマ剤である。これまでもin vitroで有効な抗トリパノソーマ薬は多く報告されているが、in vivoで実際に効果を示す例は非常に少ない。しかしアスコフラノンはすでにマウスを用いた実験でもその有効性が明確になっており、実際に臨床で利用する事を目的として
1)アスコフラノンの標的と考えられるシアン耐性酸化酵素に対する分子機構の解明
2)アスコフラノンの高度産生条件の確立とその誘導体を用いた構造活性相関の解析
3)培養系および実験動物を用いた薬効評価系による実用化の検討
の3点に焦点を絞り以下の計画に従って研究を進めた。
結果と考察
平成11年度の成果に関して項目別に考察を含めてまとめる。
1)アスコフラノンの標的と考えられるシアン耐性酸化酵素(TAO)に対する分子機構の解明
アスコフラノンの標的を特定し、さらにその阻害機構を明らかにする目的で組み換えTAOの大腸菌内での発現を試みた。その結果、原虫TAOと同様の性質を保持した組み換えTAOを持つ大腸菌膜画分標品を大量に得る条件を見い出す事ができた。これによって今まで生化学的な性質の判っていなかったTAOの詳細を次年度以降、実際に酵素レベルで解析する事が可能になった。さらにヘム欠損変異株FN102を発現宿主として大腸菌が本来持つキノール酸化酵素を除き、キノ-ル酸化酵素として組み換えTAOのみを持つ系を構築した。この系を用いて、TAOの特異的阻害剤をスクリーニングする系を確立した。
本研究によって大腸菌膜タンパク質の80%近くまでの合成量をしかも10Lと言う大量培養系で確立した点は極めて大きな前進である事は言うまでもない。しかもヘム合成系の変異株を用いる事によって大腸菌の増殖が組み換えTAOに依存する系を構築した事により、TAOの酵素学的性質を大腸菌膜を用いて解析する事ができる様になった。さらに、この大腸菌のヘム合成系変異株を用いてTAOの特異的阻害剤をスクリーニングする系を確立した事は今後の新しい抗トリパノソーマ薬の開発に大きな意味を持っている。すなわち、この系によってより効果の高いアスコフラノンの誘導体の検索ばかりでなく、全く構造の異なる新しい薬剤のランダムスクリーニングが可能となったからである。
2)アスコフラノンの高度産生株の単離とその誘導体を用いた構造活性相関の解析
アスコフラノンの大量生産を目的とし、生産菌Ascochyta visiae Libertの培養条件を検討した。炭素源、窒素源、塩化物添加、その他無機塩類添加の各種条件を検討した結果、28℃、6日間培養で6.48 mg/mlの生産量を達成した。
アスコフラノンを抗トリパノソーマ薬として実際にアフリカの現地で治療に用いるためには薬剤の安定した供給が必要不可欠である。本研究によって高い生産量を再現性良く示す培養条件が確立された点は、アスコフラノンの抗トリパノソーマ薬としての実用化にとって大きな第一歩である。
3)培養系および実験動物を用いた薬効評価系による実用化の検討
トリパノソーマに固有に存在するTAOを特異的に阻害する事から発見されたアスコフラノンをアフリカトリパノソ-マ症に治療薬として実用化に向けトリパノソ-マ症マウスモデルを用い、その治療効果を検討した。アスコフラノン単独かつ連続投与による治療効果を検討した結果、アスコフラノン100mg/Kgを24時間毎に4回腹腔内に投与する事によりトリパノソ-マ感染マウスが100%治癒する事を確認した。またWHOとの共同研究によりマウスにおけるTrypanosoma b. rhodesiense 急性感染に対するアスコフラノンとグリセロール同時投与について検討した結果、同様に高い治療効果を確認した。
今回、アスコフラノン単独かつ連続投与によりトリパノソ-マ感染マウスが100%治癒する条件を見い出した結果は大変に意義深く、投与法のさらなる改善によって真の実用化にさらに進む事ができると考えられる。またマウスにおけるTrypanosoma b. rhodesiense 急性感染に対してアスコフラノンとグリセロール同時投与が有効である事が明らかになったが、これは極めて重要な意味を持っている。つまりこれまで実験に用いて来たTrypanosoma b. brucei は動物には感染するがヒトには感染しない。これに対してTrypanosoma b. rhodesiense はヒトと動物両者に感染する。すなわち今回の実験の結果、はじめてアスコフラノンが実験動物のみならずヒトのトリパノソ-マ症に有効である事が判ったのである。これはアスコフラノンが実際に実験室内ばかりでなく、トリパノソ-マ症で苦しんでいるアフリカの人々に対してその効果を示す事を意味しており、本研究計画の実現への確信に極めて強力な裏づけを与えるものである。
4)Trypanosoma b. brucei 原虫の血流型long slender(LS)型からshort stumpy(SS)型に移行する発現変動を示す遺伝子の解析
アスコフラノンが作用すると考えられるLS型からSS型へ移行する際に伴う遺伝子発現変動解析を網羅的に明らかにする事によって、抗トリパノソーマ薬としてアスコフラノンの実用化を目指す上での重要な知見を得る事ができる。そこで、蛍光differential display法によりLS型からSS型へ移行する際に発現変動する遺伝子群の解析を行った結果、LS型で特に発現が顕著なcDNA(遺伝子)を1つ見い出した。このcDNA(遺伝子)の産物は新規プロテアーゼ(Trypnosoma calpain-like: TCL)遺伝子と推定された。さらにantisense-oligo DNAを用いた遺伝子発現抑制実験を行った結果、24時間後に原虫が100%死滅した。以上の結果から、TCL遺伝子はアフリカトリパノソーマ原虫のLS型の増殖、生存に極めて重要な機能を持つと考えられる。
この様にLS型からSS型へ移行する際に発現変動する遺伝子群の解析系を確立し、さらにアンチセンス DNAを用いた遺伝子発現抑制によって目的とする遺伝子の細胞増殖への役割を調べるシステムを構築した事は標的としてのトリパノソーマの生物学的特徴を明確に知ると言う点で、大変に大きな進展と言えよう。
結論
平成11年度は組み換えTAOの発現系を確立し、この系を用いてアスコフラノンの標的がTAOである事を明確にし、またその作用機構について他の生物種のAOや構造類似体の解析情報も加えキノンとの競合阻害である事を明らかにした。またこの大腸菌での発現系を用いて新しい抗トリパノソ-マ薬のスクリーニング系を構築した。さらにアスコフラノン単独投与でも有効な条件を決定し、これに加えてグリセロールに代わる併用剤の候補も見い出した。そして血流型トリパノソーマの中でアスコフラノンが特異的に作用するLS型から次のステージであるSS型への転換について遺伝子レベルでの変動を解析する系を確立し、より有効な治療法への足掛かりを確実なものとした

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