抗マラリア薬の複合投与による相乗効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900438A
報告書区分
総括
研究課題名
抗マラリア薬の複合投与による相乗効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
相川 正道(学校法人東海大学総合科学技術研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 大友弘士(東京慈恵会医科大学)
  • 金村聖志(東京都立大学)
  • 西野武志(京都薬科大学)
  • 伊藤義博(財団法人生産開発科学研究所)
  • 金子 明(東京女子医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、マラリアが地球レベルで再燃し、WHOはマラリアを人類が撲滅すべき感染症の第一にあげている。マラリア再燃の原因の一つは、クロロキンを始めとする抗マラリア薬が治療に加えて予防的に使用されたため、耐性株が出現したことである。従って、抗マラリア薬の投与法の改善が緊急に求められる。この現状を鑑み、本研究の目的は作用点の異なる2種類の薬を組み合わせることにより、その相乗効果によるマラリア治療の改善ならびに副作用等の患者における負担の軽減を目指すものである。我々は、抗血小板凝集薬であるディラゼップ (DZ)およびディピリダモール (DP)が赤血球膜に結合して赤血球侵入型であるメロゾイトの侵入を抑制することによりマラリア原虫の増殖を抑えることを見い出した。この結果を基に、DZおよび DPなどの原虫の赤血球侵入阻止薬と原虫を殺傷する従来の抗マラリア薬を同時投与することにより耐性株出現の確率を減少させ、抗マラリア薬の使用量を減少させることを発案した。また、原虫酵素を特異的に阻害するプログアニル(PG)は、副作用が少なく他薬との合剤として用いられるが、耐性が起りやすい欠点がある。このような欠点を補うためにもマラリア原虫を直接のターゲットとする薬剤と、しない薬剤との適切な組み合わせを見い出すことが重要である。本年度は、上記研究の推進に必要・不可欠な各種アッセイ系および動物実験系の確立ならびにPGの遺伝薬理学的研究を行った。
研究方法
[赤血球表層の微少変化の検出]1)熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum) 感染赤血球が非感染赤血球に接着してロゼットを形成する系でDZおよびDPなどの膜親和性薬剤が結合しておこる赤血球膜の表層構造変化の検出を試みた。ロゼット形成はマラリア重症化に直接関与することが判明している。また、走査電子顕微鏡ならびに透過電子顕微鏡によりDZないしDP処理赤血球膜構造の微細構造を調べた。2)DZないしDPなどが結合しておこる赤血球膜の表層構造および表層荷電の変化を“生きたままに近いかたち"で検出するために原子間力顕微鏡システム (AFM)を導入し、その液中測定条件を赤血球表層モデルであるイオン交換樹脂膜ならびにアパタイト膜を用いて検討した。[アッセイ系および測定法の確立]1)ICRマウス赤血球を用いた試験管内アッセイ系でDPによるマウス・マラリア原虫(Plasmodium yoelli)の増殖抑制効果を調べ、またマウスに投与されたDPの赤血球膜親和性をHPLCにより調べた。2)複合投与の動物実験系の確立のため、ICRマウスを用いて、P. yoelli感染系を確立し、メフロキン、キノロン薬、マクロライド系薬、テトラサイクリン系薬および複合投与による治療効果を検討した。3?高速液体クロマトグラフィ?(HPLC)による、少量の血漿サンプルを用いたDP濃度測定条件の検討を行った。[プログアニルの抗マラリア活性]バヌアツにおいてPG治療を受けたマラリア患者のサンプルを採取し、PG代謝と抗マラリア効果を、肝チトクローム P450のアイソザイムであるCYP2C19遺伝子型をターゲットとして行った。
結果と考察
赤血球表層の微少変化の検出]1) P 50?Mの DZおよびDPはロゼットを壊さなかったが、ヘパリンを用いて一旦ロゼットを壊し、ヘパリンを除いてロゼットが再構成される過程では、有意に (P<0.05)阻害した。また、透過電子顕微鏡ならびに走査電子顕微鏡観察の結果では、これらの薬剤処理した赤血球表層に明確な微細構造変化は認められなかった。熱帯熱マラリア原虫感染赤血球はその表層の特異
的突起構造物を介して複数の非感染赤血球に接着してロゼットを形成することから、ロゼット形成には非感染赤血球および感染赤血球表層の構造が重要と考えられる。従って、表層の構造に何らかの変化が起ればロゼットが壊れるか、またはロゼット再構成が抑制されることが予測される。DZおよびDPは、50?M でロゼットを壊さず、ロゼット形成を阻害したことから、ロゼット形成過程に必要な構造が変化したと推測できた。この系では、試験管内でのマラリア原虫増殖阻止実験に比べて1/100の濃度で赤血球に対する影響を検出できたことから、他の赤血球親和性薬剤の試験にも有効と考えられる。2)赤血球表層のモデルであるイオン交換膜ナフィオンやアパタイト膜をモデル物質として用い、市販の探針により大気中湿潤条件下の表層微細構造と表層電位分布を同時に測定できることが明らかになった。しかし、液中での測定に、探針表層における電解反応による気泡の発生などの問題点があることが判明した。今後、探針のコーティング等の検討を行い、液中での電位測定を試みる。
[アッセイ系および測定法の確立]1) 試験管内アッセイ系で、DPはP. yoelliの増殖に対して10mM以上で顕著な抑制効果を示した。また、経口投与、腹腔接種のいずれにおいてもマウスに投与されたDPに赤血球膜に親和性があることが明らかになった。また、抗赤血球膜抗体はDPの膜親和性を阻害する成績を得たので、膜親和性薬物と増殖阻害との相関に関して膜親和性を持つ多くの薬物を検討する。2) P. yoelliの感染量をICRマウスの腹腔内および静脈内に接種したP. yoelliの感染量に対応した死亡率および感染赤血球が認められた。この感染モデルを用いて治療効果を検討した。メフロキンは投与量に対応した優れた治療効果が得られたが、キノロン薬(sparfloxacin, sitafloxacin) マクロライド系(clarithromycin) テトラサイクリン系(doxycycline)では治療効果が認められなかった。また、メフロキンとclarithromycinの同時投与による相乗作用効果は認められなかった。治療効果があると報告されているdoxycyclineで効果を確認することができなかったので、マラリア原虫の接種量や薬物の投与量および回数、また投与時期などについても今後検討する必要がある。3)少量(100?l)のマウス血漿を用いてDP濃度測定法を改善した結果、 ?検出限界が向上し(0.1?g/ml)、0.1-10?g/mlの範囲でより高い相関関係(r 2=1.0)が得られた。改良されたDP測定法により、他の分担者が確立した動物を用いた薬理実験に導入する。[プログアニルの抗マラリア活性]1) PGで治療した100人のマラリア患者におけるCYP2C19遺伝子型をバヌアツで調査した。活発なPG代謝 (EM)に関連する野生型のCYP2C19*1および不活発なPG代謝(PM)に関連するCYP2C19*2およびC YP2C19*3の頻度は、それぞれ0.18、0.57、0.25であり、CYP2C19遺伝子型に関して68名がPM、32名がEMであった。PM群はEM群に比べてPG血中濃度は高く、代謝産物であるシクログアニルおよび4-クロロフェニルビグアニドは低かった。
2) PGによる治療効果は熱帯熱マラリア患者では71%、三日熱マラリア患者では90%に有効であったが、PM群とEM群で治療効果に差が認められなかった。3) PG治療後認められた上部消化管に対する副作用は血中PG濃度と相関した。PGは、ヒト体内でCGに代謝されて原虫のデイヒドロフォレート・レダクターゼ活性を抑制することにより、抗マラリア作用が発揮する。つまり、PMのマラリア患者では、PG代謝が不活発なのでPGの治療効果が低いと考えられる。今回の結果から、CYP2C19の変異とPG代謝とが相関していたが、PG治療効果に関してPMとEMとで差が認められないことが判明した。従って、PG自体に抗マラリア作用があることが示唆された。
結論
赤血球膜に結合することによりマラリア原虫の侵入を抑える薬のスクリーニング系ができ、その結果生じる表層電位をも含めた膜変化の検出のためのAF?測定条件に進展が認められた。また、これらの薬剤が実際に、原虫の増殖阻害効果のアッセイ系および他抗マラリア薬との複合の治療効果を検定するマウス動物実験糸が確立できた。これらの実験系を用いて作用点の異なる2種類の薬剤の治療効果の研究が有効に進展すると考えられる。また、PGの薬理遺伝学的研究からPG自体に抗マラリア効果があることが推定され、PGと他薬剤との複合投与に新たな可能性が考えられた。

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