新規化学修飾ヘモグロビン・α‐1糖蛋白結合体(PHP‐α‐1AGP)の人工血液としての開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900432A
報告書区分
総括
研究課題名
新規化学修飾ヘモグロビン・α‐1糖蛋白結合体(PHP‐α‐1AGP)の人工血液としての開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
西 勝英(熊本大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 前田浩(熊本大学医学部)
  • 北村信夫(熊本大学医学部)
  • 山本哲郎(熊本大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人工酸素運搬体の臨床応用に対する期待は大きく、通常の医療のみならず災害時の緊急医療においてもその利益は計り知れないものがあり、世界的な開発競争が展開されている。中でもヘモグロビンは、人工酸素運搬体の開発にとって最も魅力的な物質であり、我々の研究グル-プがピリドキシル化ポリオキシエチレンヘモグロビン重合体(PHP)の人工酸素運搬体としての開発に成功してきた。当面の人工酸素運搬体の開発・臨床応用の第一義的な目的は、緊急出血時の循環器系の機能維持であり、重要臓器に対しての緊急避難的酸素供給である。したがって、本研究は臨床応用を前提としたより安全性の高い、しかも血液に近い流体力学的性質をもった人工酸素運搬体開発を目的としている。
研究方法
(1)従来のPHPの持つデメリットである酸化ストレスの軽減を目的として、ヘモグロビン分子をニトロソ化したPHPの消化器系への影響を摘出臓器標本、まるごと動物の血行動態でさらに検討を行い、従来の研究でおこなったPHPの消化器作用との比較検討を行った。
(2)西、前田により開発された赤血球潤滑剤としてのα-1酸性糖蛋白の微小循環系に対する作用ならびに低血圧ショック時の循環動態について「ロシア・チェリアビンスク医学院熱傷治療センター」でヒトでの有効性の臨床試験を行い、ニトロソ化PHPへの添加剤として「人工血液製剤」の開発試験研究を行った。
(3)PHPのニトロソ化物質の作製牛ヘモグロビンを用いてヘモグロビンのニトロソ化を行う技術を確立した後、味の素社より提供を受けPHPサンプルのニトロソ化を行った。本研究は、高分子化学に高度の技術を有し各種蛋白のニトロソ化の技術を開発してきた熊本大学医学部微生物学講座前田の研究グループと化学血清療法研究所の栗原研究グループが共同で行った。
(4)ニトロソ化PHPのゼプチック・ショックに対する有用性の検討
ニトロソ化PHPのゼプチック・ショックに対する作用について、熊本大学大学院医学研究科分子病理学山本教授の研究グループが中心となり、循環機能、腺溶系機能、免疫機能の観点から検討を行うための実験系の確立をおこなった。
結果と考察
(1)ピリドキシル化ポリオキシエチレン・ヘモグロビン重合体(PHP)の腸管平滑筋に対する作用の検討
本年度は昨年度に引き続き、PHPの代用血液としての有用性を検討する基礎的研究の一環としてマウス腸管平滑筋、消化運動に関する薬理学的研究を行った。摘出腸管平滑筋標本において、化学修飾ヘモグロビンであるPHPは、収縮の振幅や筋張力に影響を与えることが明らかとなった。また、収縮作動薬を用いた実験からPHPがCa2+キレート作用を有する可能性が示唆された。今後、現在開発中の新規化学修飾ヘモグロビン ・α-1糖蛋白結合体PHP-α-1 AGP(従来のPHPをニトロソ化し過剰な過酸化由来の毒性を軽減した新規ヘモグロビン)を用いた実験にも着手し、当実験結果と比較検討する予定である。
(2)α-1酸性糖蛋白(α-1 AGP)の微細循環に対する効果の検討-熱傷患者における臨床効果-
チェリヤビンスク・メヂカルアカデミー熱傷治療センアターにおいてチェリヤビンスク州立医学院生化学教授V・サロマチン博士との協同研究によりα-1酸性糖蛋白の熱傷患者における熱傷治癒過程に対する効果についての臨床試験をおこなった。その結果α-1酸性糖蛋白は熱傷瘡傷表面の微細循環を改善し、熱傷治癒過程を有意に促進することが明らかとなった。また、α-1酸性糖蛋白は人体にたいしてなんら特別な有害作用をしめさないことが明らかとなった。今後開発にあたるニトロソ化PHP-α-1 AGP融合体の安全性に対して重要な知見を提供した。
(3)ニトロソ化PHP-α-1 AGP融合体の作製法に関する検討
昨年度に引き続き、PHPの臨床応用の際問題となるヘモグロビンのNO消去作用を改善させるため、ニトロソ蛋白の作製法を確立した。このため、ヘモグロビンやα1-acid glycoprotein (α1AG) のみならず、分子内に遊離の-SH基を有する血清蛋白、例えばアルブミンやα1-protease inhibitorのニトロソ化を試みた。さらに、ニトロソ化蛋白およびニトロソ化合物のNO供与体としての活性を、それらの平滑筋弛緩反応、抗アポトーシス作用および肝虚血再灌流障害における血流維持および臓器保護作用について検討した。その結果、今回作製したニトロソ化α1PIなどのニトロソ化蛋白は、強い血管弛緩作用のみならず、抗アポトーシス作用や臓器保護作用など多彩な薬理活性を有していることがわかった。この様なニトロソ化蛋白とPHPを併用することにより、より安全な人工酸素運搬体の臨床応用が可能であることが示唆された。
(4)人工血液を用いた臓器保存液に関する研究
従来の臓器保存液の時間的限界を打破するためには、好気的代謝の継続と虚血・再灌流にともなう心筋障害の防止が必要と考えた。人工血液(修飾ヘモグロビン)の特性として、・組織での酸素放出が可能、・晶質性で低温でも粘度が低い、・白血球を含まない、・血液型がなく臨床的に使用しやすいことがある。このため心保存液に人工血液を応用した場合、保存液は冠微小血管床にまで流入し、かつとどまることで、移植までの間の好気的代謝を継続させる可能性が考えられる。また同時に、白血球由来の虚血・再灌流障害の防止も可能と考えられる。このような観点から摘出イヌ心臓を用いた心肺標本回路を作製し従来の臓器保存液で還流後、60分粗血心臓を正常機能心臓にまで回復させる実験系を確立した。本実験系をもちいてニトロソ化PHP-α-1 AGP融合体の心保存液を動物実験で使用し、その安全性と長時間保存後の心機能および病理組織学的検討を行う。
(5)PHP-α-1 AGPの微細循環に対する有効性についての基礎研究
多核球浸潤に伴う血管透過性亢進現象をモルモットを用いて検討した。その発現の経時変化は、多核球走化因子あるいは壊死細胞の皮内注射後数分以内に始まり、15~30分に極期を持ち、150分までにほぼ終了するものであった。組織学的に、この時間帯における多核球の多くは血管内腔側で内皮細胞と接着した状態で存在した。多核球増殖因子(G-CSF)をあらかじめ投与して多核球増多症を起こさせたモルモットでは、末梢血多核球数の増加に伴って、この透過性亢進が増強され、また、亢進時間が延長した。更に、プロスタグランディンE1を同時に投与した場合にも、この透過性亢進は増強された。一方、単球走化因子あるいはアポトーシス細胞を皮内注射して単球浸潤を引き起こした場合には、例え単球増殖因子(M-CSF)投与によりあらかじめ単球増多症にしておいても、全く透過性亢進は認められなかった。これらの結果は、急性炎症反応の局所的特徴である微小循環系における血管拡張、血管透過性亢進及び多核球浸潤が連鎖していること、更に、それは全身的特徴である末梢血多核球増多症とも連鎖していることを示している。今後は、もう一つの全身的特徴である急性期蛋白濃度上昇、特にα1酸性糖蛋白のそれが、この多核球依存性血管透過性亢進に影響を与えるかどうかを検討する予定である。
結論
1)摘出腸管平滑筋標本において、化学修飾ヘモグロビンであるPHPは、収縮の振幅や筋張力に影響を与えることが明らかとなった。また、収縮作動薬を用いた実験からPHPがCa2+キレート作用を有する可能性が示唆された。昨年度より引き続き従来型のPHP(味の素社より提供)のNO消去作用についての詳細な研究結果が得られたので、今後新たなニトロソ化PHP-α-1 AGP融合体との比較検討が可能となった。
2)α-1酸性糖蛋白は人体に対してなんら特別な有害作用を示さないことが明らかとなった。今後開発にあたるニトロソ化PHP-α-1 AGP融合体の安全性に対して重要な知見を提供した。
3)ニトロソ化α1PIなどのニトロソ化蛋白は、強い血管弛緩作用のみならず、抗アポトーシス作用や臓器保護作用など多彩な薬理活性を有していることがわかった。この様なニトロソ化蛋白とPHPを併用することにより、より安全な人工酸素運搬体の臨床応用が可能であることが示唆された。
4)摘出イヌ心臓を用いた心肺標本回路を作製し従来の臓器保存液で還流後、60分粗血心臓を正常機能心臓にまで回復させる実験系を確立した。本実験系をもちいてニトロソ化PHP-α-1 AGP融合体の心保存液を動物実験で使用し、その安全性と長時間保存後の心機能および病理組織学的検討を行うことが可能となった 。
5)多核球浸潤に伴う血管透過性亢進現象をモルモットを用いて検討し、急性炎症反応の局所的特徴である微小循環系における血管拡張、血管透過性亢進及び多核球浸潤が連鎖していること、更に、それは全身的特徴である末梢血多核球増多症とも連鎖していることを示した。α1酸性糖蛋白が、この多核球依存性血管透過性亢進に影響を与えるかどうかを検討することが可能となった。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)