文献情報
文献番号
199900428A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素運搬機能を有する人工赤血球の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
北畠 顕(北海道大学医学部)
研究分担者(所属機関)
- 佐久間一郎(北海道大学医学部附属病院)
- 藤井聡(北海道大学医学部附属病院)
- 仲井邦彦(東北大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
32,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
人工赤血球として無細胞性ヘモグロビン(Hb)修飾体を臨床応用利用する場合、血管内皮細胞等より放出される一酸化窒素(NO)のHbによる不活化に基づく血管収縮、腸管異常収縮、血小板活性化などが問題となる。それを回避する目的でNO供与能を有するSNO-Hbを合成し、さらにその血管内滞留時間延長やステルス化を目的にポリエチレングリコール修飾を施したSNO-PEG-Hbを作製した。本年度の研究ではその生体内活性およびin vitroの血小板活性化を検索した。また、PEG化がHbの物性にどのような変化をもたらすかに関し、Hbの酸化によるアラキドン酸代謝への影響について検討した。一方、Hbを使用しない全合成系の人工赤血球としてパーフルオロカーボン(PFC)乳剤が有望であるが、以前の製剤で問題となっていたエマルジョンの改良を行い、新規エマルジョンを用いたPFC乳剤を創製し、その生体内活性を検索した。
研究方法
ハローセン(1~1.5%)麻酔下のWistarラット、Brown Norwayラット、糖尿病自然発症ラット(OLETF)およびその対照ラット(LETO: Long Evans Tokushima)を用い、大動脈カニュレーションにて血圧をモニターし、各種Hb製剤を静注して血圧の推移を計測するとともに採血し、レーザー散乱粒子計測法を用いて血小板凝集能を検索した。また、Wistarラットを用い、近赤外分光法を用いた脳組織内ミトコンドリア酸素濃度測定を行い、各種製剤の組織酸素供与能を計測した。SNO-Hbは期限切れ赤血球製剤より高純度stroma-free Hbを作製した後、NO供与体としてニトロソグルタチオンを使用し、Hb濃度を50μMとして、0.1 Mリン酸緩衝液中にて好気条件下で室温で混合、最終的に限界ろ過を行った。HbへのPEG修飾は、嫌気条件下にpyridoxal 5'-phosphateを付加した後、日本油脂製サンブライトDEAC-30HS(平均分子量2956のアミノ基結合型修飾剤)を用い、50mMリン酸緩衝液にて、Hb濃度0.25mM、HbとPEG修飾剤のモル比1:20で氷温下に反応させた。ショックモデル実験では、Wistarラットで3%ウシ血清アルブミンにより全身の血液の65%を置換した後、約30%を15分かけて脱血してショック状態を起こした。10分後、脱血量と等量のHb(5%)を含有するSNO-HbもしくはSNO-PEG-Hbを15分間で投与した。また、ビーグル犬を用いた虚血心モデル実験では、麻酔開胸後、冠動脈左前下行枝を頚動脈からの体外バイパスチューブにて選択的に灌流し、冠動脈左前下行枝への冠血流量、冠血流圧、心拍数をモニターした。冠動脈左前下行枝灌流域中心部て超音波クリスタルデメンジョンゲージにより心筋長変化を測定し、局所心筋短縮率を算出した。さらに冠静脈血を採取し、酸素分圧およびpH変化を測定するとともに、動脈血との比較により心筋乳酸摂取率と心筋酸素摂取量を算出した。冠灌流圧を40%に制限し、心筋虚血が生じるように冠血流調節した状態で、10% PEG-HbおよびSNO-PEG-Hbを冠血流の10分の1(1%)置換して投与した。血小板活性化はフローサイトメトリーを用い、健常ヒト多血小板血漿(PRP)を各種Hb修飾体とインキュベートし、活性化された血小板表面に発現されたP-セレクチンを、FITC蛍光標識した抗P-セレクチン抗体により測定した。また、ガラス板、及びコラーゲンでコーティングしたガラス板に各種Hb修飾体を塗布、乾燥させた後、健常ヒトPRPを加え、血小板の接着及び凝集を顕微鏡で観察した。アラキドン酸代謝は、Hb濃度0.1から1.0μM、pH 7.4のリン酸系緩衝液、NADPH有りなしの各種条件にて、ラジオアイソトープ標識アラキドン酸を含む0.1mMのアラキドン酸と室温で10
分間反応させ、生成物を有機溶媒抽出し、油層を回収し乾固、移動相にて再溶解し逆相液体クロマトグラフィーにて分離、ポストカラムにてシンチレーターと混和し、放射能をカウントした。新規PFC用エマルジョンは精製卵黄レシチンを主成分とし、FO9962をアンカリング剤として加え、さらにホスファチジエタノールアミンに分子量5000のポリエチレングリコールを結合したものを付加して、新規高圧ジェット流型乳化機によりデュアルフィード法とリバース法を組み合わせて作製した。PFCとしてはパーフルオロデカリンを用いた。
分間反応させ、生成物を有機溶媒抽出し、油層を回収し乾固、移動相にて再溶解し逆相液体クロマトグラフィーにて分離、ポストカラムにてシンチレーターと混和し、放射能をカウントした。新規PFC用エマルジョンは精製卵黄レシチンを主成分とし、FO9962をアンカリング剤として加え、さらにホスファチジエタノールアミンに分子量5000のポリエチレングリコールを結合したものを付加して、新規高圧ジェット流型乳化機によりデュアルフィード法とリバース法を組み合わせて作製した。PFCとしてはパーフルオロデカリンを用いた。
結果と考察
ラットにおける血圧の変化は、Hb>PEG-Hb>SNO-Hb>SNO-PEG-Hbとなった。血小板凝集能もHbにより亢進したが、Hb>PEG-Hb>SNO-Hb>SNO-PEG-Hbとなり、SNO-PEG-Hbでは亢進が認められなかった。糖尿病ラットにおいても、Hbにより血圧と血小板凝集が亢進し、SNO-Hbによりその亢進は回避された。以上より、両群ラットにおいて、いずれの病期においても、Hbの静注は血圧を上昇させたが、SNO-Hbでは血圧上昇は軽度であった。OLETF群ではLETO群に比べ凝集惹起物質による血小板凝集が軽度であったが、両群ともいずれの病期においても対照の生理食塩水と比較してHb投与により凝集亢進が認められ、SNO-Hbではこの凝集亢進が回避された。SNO-PEG-HbのPEG化されたHb自体の血中半減期は約15時間であり、SNO体の半減期はおよそ4時間と計測された。ショックモデル実験では、PEG-HbおよびSNO-PEG-Hb投与後、脱血による脳内酸素化低下が回復した。その際、ともに血圧が回復したが、PEG-Hbと比較しSNO-PEG-Hbでは回復が遅れたものの。脳内酸素化は同等であった。生理食塩水を投与したラットはすべて死亡した。イヌ虚血心モデル実験では、PEG-Hb、SNO-PEG-Hbともに虚血の改善が認められたが、SNO-PEG-Hbでは冠血流の増加も確認され、虚血からの回復もPEG-Hbより早期に起こった。ヒト血小板のin vitro活性化もHb>PEG-Hb>SNO-Hb>SNO-PEG-Hbとなった。また、Hbにはアラキドン酸代謝能が確認され、SNO化では抑制できないが、PEG化により抑制される傾向が認められた。ヘムには以前からperoxygenase活性があると考えられているが、Hbは酸化するとヘムがHb分子から脱落、そのヘムがアラキドン酸代謝を進める。一方、HbのPEG化によりそのアラキドン酸代謝活性は抑制されるが、これはHbのPEG化によりHbからのヘム脱落が顕著に抑制されるためと考えられる。PEG化によるアラキドン酸代謝抑制を介して、血小板活性化の抑制が起こる可能性がある。以上より、HbのSNO化により、血圧上昇や血小板活性化の回避がなされ、さらにそのPEG化により生体適合性が向上することが明らかとなった。SNO-Hbには酸素濃度が低いところで酸素とNOを放つ特徴があるとされており、その性質を有するSNO-PEG-Hbは人工酸素運搬体として有用と考えられる。また、新たに作製したPFC用エマルジョンは粒子径が一定かつ安定であり、PFC溶解性も良好であった。作製したPFC(30%)は、ラットショックモデルで血圧および脳内酸素化を回復させた。現在のPFC製剤の問題点はエマルジョンが不均一、不安定であり、網内系に捕捉され易いところにあるが、新規PFC創製はそれらを改善・回避でき、生体適合性の良いものとなると期待される。
結論
PEG-HbにNOを付加したSNO-PEG-Hbは、血圧上昇がわずかで、血小板活性化を起こさず、またラットショックモデルやイヌを用いた虚血心モデルで酸素供与能とNO供与能が証明されるなど、さらに有用性が高いことが明らかとなった。今後、無細胞性Hb修飾体を人工赤血球として利用する場合は、SNO-PEG-Hbとすべきと考えられる。また、ヒト期限切れHbを使用した人工赤血球では回避できない問題の解決として、新規PFC製剤の開発に着手し、過去のPFCで問題となるエマルジョンの改良を行い、均一で安定性が高い新規エマルジョンが創製された。
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