酸素運搬機能を有する人工赤血球の創製とその評価に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
199900427A
報告書区分
総括
研究課題名
酸素運搬機能を有する人工赤血球の創製とその評価に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成11(1999)年度
研究代表者(所属機関)
土田 英俊(早稲田大学理工学部)
研究分担者(所属機関)
  • 池田久實(北海道赤十字血液センター)
  • 小林紘一(慶應義塾大学医学部)
  • 末松誠(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成11(1999)年度
研究費
89,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
副作用の心配がない安全で有効な人工赤血球を創製するため、ヒトヘモグロビン(Hb)をリン脂質小胞体に内包したHb小胞体と、全合成系アルブミン-ヘム複合体を対象に、in vitro, in vivo 両面からの厳密な評価結果をヒト血液や他のHb製剤と比較しながら性能改良に直接反映させ、安全で充分量の酸素輸送ができる人工赤血球を製造する。
平成11年度では、細胞型Hb小胞体製造装置の基本設計/長期室温保存安定度の確認/非細胞型と比較した利点の確認/メトHbの新しい非酵素的還元法/新規PEG脂質による小胞体表面修飾の検討/血液成分との相互作用、サイトカイン放出挙動の解析/細網内皮系への捕捉と代謝過程の検討/内毒素血症における肝微小循環の観測/全合成系アルブミン-ヘム複合体のヘム固定位置/酸素, COの結合定数の比較/膠質浸透圧と必要量の酸素輸送を確保するための二量化アルブミンヘム複合体合成/を具体項目とした。
研究方法
Hb小胞体の製造において、気-液接触面積を増大(hollow fiber法の採用)させて、赤血球分散液の一酸化炭素処理と、最終製品となる酸素輸液の長期保存法として脱酸素化法(deoxy型の利用)を採用、効率の向上を検討した。赤血球からのHb精製には限外濾過膜を用いた連続化工程の最適化を行い、赤血球単位量当りの精製Hb回収に要する膜面積と所要時間を確定、基本設計のデータとした。
Hb小胞体の血中滞留時間と分散安定度の向上のため、採用しているPEG脂質を用いる表面修飾では、PEG鎖長の増大が修飾後の脱離を招来するので、脂質部を大きくしてこれを避ける工夫をした。小胞体への導入安定度、凝集抑制効果を評価した。また新規PEG脂質として、リシンを連結した樹枝状分子の分岐末端に4本のアシル鎖を導入した分子を合成。これが小胞体表面に導入される過程と脱離過程を観測、PEG修飾による凝集抑制効果は、PEG添加による小胞体凝集の臨界分子量測定から評価した。/Hb小胞体の保存安定度は、PEG修飾Hb小胞体分散液を窒素雰囲気下保存し (4, 23, 40℃)、諸物性値(吸光度、濁度、粒径、酸素親和度、メト化率)から検討。脂質分解の有無は高速液体クロマトグラフ-質量分析により検討。/Hbのメト体(metHb)の光還元では、溶存気体の効果、各種アニオンやラジカル捕捉剤の添加効果、pHの影響について検討し、還元を促進させる条件を検討した。
細胞型Hb小胞体の利点を整理するため4種類の修飾Hbを合成、溶液物性をHb小胞体と比較した。無麻酔非侵襲の条件で試料を少量投与し、血圧と抵抗血管の血管径変化を同時測定した。/Hb小胞体の生体適合性評価法として、血小板の凝集度、および免疫系への影響として好中球の走化能と貪食能を検討した。またヒト末梢血単核細胞の刺激により放出される各種サイトカインをELISA法により測定した。/出血ショックからのHb小胞体投与による蘇生試験を二回繰返した後に、動脈血中および腸間膜静脈血中TNFα濃度を測定した。/Hb小胞体を投与後2週間までカーボンクリアランス試験と組織病理学的検討を行った。/ラット内毒素暴露潅流肝にとりこまれたHbやmetHbの分解は胆汁中のbilirubin-IXalphaのELISA測定により追跡した。またヘムオキシゲナーゼ-1や誘導型NO合成酵素の発現は、それぞれの単クローン抗体を用いた Western blotting法により行った。
ヒト血清アルブミン(rHSA)にリピドヘムポルフィリン鉄(II)誘導体(FeP)を計8分子包接させたアルブミン-ヘム複合体(rHSA-FeP(8))のO2、CO結合解離定数と活性化パラメーターをレーザー照射後の過渡吸収スペクトルから測定した。アルブミンのSH残基(Cys34)をビスマレイミドヘキサンで架橋して二量化アルブミン-ヘム複合体を合成し、その酸素配位特性と膠質浸透圧を測定した。
結果と考察
Hbの精製単離におけるCO化の工程と、Hb小胞体の脱酸素化工程は、気体交換膜の利用により簡略化が達成できた。また、限外濾過膜の組合せにより連続式Hb精製工程を確立できた。これらの成果として、300L規模のHb小胞体の無菌的連続製造設備の基本設計をまとめた。/SFH中VSVは1μMのジメチルメチレンブルー添加系で、照射量1.7J/cm2にて6.4log10の不活化率が得られた。メトHb含量および酸素親和度とも殆ど変化がなかった。加熱処理(60℃,1時間)では、空気,窒素及びCOの雰囲気に依らず、VSVは 5.8log10以上の不活化率であった。/Hb小胞体を1年間室温(20~25℃)で保存しても脂質の分解は無く、漏出Hbも検出限界以下であった。metHb含量は1%以下を保持でき、酸素親和度の低下も僅小値に留まり、酸素運搬機能にも影響は無かった。/Hb小胞体の表面修飾剤としてPEG脂質のアシル鎖数を2本から4本に増大させると、高分子量PEG鎖の安定固定ができ、小胞体の分散安定度は大幅に向上した。/metHbはT状態で 且つ高スピン状態のとき光還元されやすいことが明らかになった。また、微量のmannitol(ラジカル捕捉剤)、あるいは特定アミノ酸の少量の添加により光還元が促進される。特にトリプトファン添加系では、Ar雰囲気で効率高く還元が進行し、空気に曝すと速やかに酸素化Hbが得られ、酸素配位能の復元が確認された。
血小板凝集能に対しHb小胞体の存在は影響無かった。多血小板血漿においてもアゴニスト非存在下、およびコラーゲン刺激による血小板のRANTES放出反応に対する影響はみられなかった。好中球の走化能にも影響を及ぼさなかった。/粒子径の異なる修飾Hb4種類を合成、Hb小胞体と物性比較したところ、生理条件(溶液粘度:3-4cP,コロイド浸透圧:20-25mmHg)に調節できるのはHb小胞体のみであり、これはPEG修飾が小胞体の凝集回避に役立つことに拠る。また赤血球凝集を生起する修飾Hbがあったが、Hb小胞体では影響が無く、Hb小胞体が血液に最も近い物性値に調節された。Hb小胞体を投与した際に、背部皮下微小循環系における抵抗血管の血管収縮、血圧亢進はともに認められないのに対し、粒子径の小さな修飾Hbほど投与直後から抵抗血管の収縮が大きく、これに対応した血圧亢進が認められた。/ヒト末梢単核細胞をHb小胞体存在下培養した上清から、ELISA法によりIL-1α,1β,6,8,10とTNFαを検出したが、SFHとの比較ではTNFαを除いてどれも有意に低い値であった。IL-2,4およびIFN-γは検出されない。/出血ショックからHb小胞体投与による蘇生試験において、動脈血中および腸間膜静脈血中TNFα濃度は、アルブミン投与の場合に比較して有意に低い値となり、Hb小胞体の酸素運搬能によるものと思われた。/Hb小胞体分散液を投与後に貪食能の一過性の低下が認められるが、3日後には亢進し、2週間でほぼ正常値に戻った。組織病理学的観察から、主として脾臓、肝臓にて捕捉と代謝が行われ、1週間以内に代謝がほぼ完了し、腫張は解除され、細網内皮系に不可逆な影響は残らなかった。/正常肝臓ではHbは洞様血管からDisse腔に漏出してCOを捕捉し血管収縮、胆汁鬱滞を引き起こし、肝実質細胞にて徐々に分解されビリルビンを排泄。他方、内毒素作用肝ではヘムオキシダーゼが誘導され、NOも発生する。HbはNOもCOも捕捉するため、著しい血管収縮と胆汁うっ滞を引き起こしたが、Hb小胞体は洞様血管を漏出せず血管の内側にあるクッパー細胞に貪食されるので、上述のような挙動は起こさなかった。
アルブミン-ヘム複合体について、ヘムの包接位置によるO2, CO結合速度の相違を明らかとした。ヘムを16個包接させた二量化アルブミン-ヘム複合体を合成し、その酸素親和度は単量体と同等で、膠質浸透圧は単量体の半分であった。従って、この系はヒト血液の1.3倍量の酸素を輸送できることになる。
結論
1)Hb小胞体の製造における諸工程の条件設定を行い、300リットル規模の連続製造装置の基本設計をまとめた。また、2)Hb小胞体の保存安定度が明らかになり、3)投与後の血流動態が維持され、修飾Hb系で問題とされている血圧亢進がHb小胞体では認められないこと、4)血球成分との相互作用や細網内皮系での捕捉・代謝、内毒素血症における肝臓の血流動態についても明らかになり、安全性に関する知見が集積できた。「臨床応用可能な人工赤血球の創製」に向けて、充分な有効性と安全性を示すことができた。更に 5)メトHbの光還元方法、6)多アシル鎖型PEG脂質や、7)二量化アルブミンヘム複合体の合成など、の新技術が創出できた。

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